「司法問題」カテゴリーアーカイブ

提訴したばかりの段階で訴状を記者クラブに送信し記者会見→弁護士懲戒の件

大阪の弁護士,山中理司先生のツイッターより。

提訴直後に原告代理人がマスコミ相手に記者会見する例は結構多い印象ですが,やりようによっては弁護士懲戒制度の対象になるようです。

こちらにその懲戒の概要がありました。弁護士の氏名が出てしまうのはちょっと申し訳ないですが,どうしようもないのでこのままリンクをしておきます。

弁護士懲戒処分検索センター

 

また,続くツイッターには以下のように書かれています。

医療訴訟での提訴後の記者会見がどの程度問題になるかははっきりしませんが,もうちょっと慎ましくやったほうがいいのではないかという思いはありました。

 

今後に注目しておきたいと思います。

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判決日の調書に裁判官が2名しか記載されておらず差し戻された事件の閲覧

昨年9月に東京高裁でされた判決ですが,千葉地裁松戸支部で行われた一審の判決日の口頭弁論調書に,裁判官が2名しか記載されていなかったため,判決言い渡しに関与した裁判官の構成が明らかでなく,判決言渡しが適式にされたことが証明されないので違法として,事件を千葉地裁に差戻した事件がありました。東京高裁平成29年(ネ)第2060号です。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=87075

単純ミスと思われ,こういうことがあるのは仕方がないと思ったのですが,ツイッターの法律家界隈でちょっとは話題になったようなので興味を持ち,平成30年1月12日に松戸地裁で記録の閲覧をしてきました。

書記官が補充の裁判官名を記載し忘れ,裁判長もそれに気づかずに認印を押印した可能性が高そうに思うものの,一方,裁判長が「田村裁判官は差支えだし,二人でもやむを得ない」と違法手続きを強行した可能性も理論上は残るとしか言いようがないと思われました。

ポイントを挙げておきます。

  1. 千葉地裁松戸支部での審理で,途中弁論準備手続きを八木貴美子裁判官と日下部優香裁判官とで行われていた。
  2. 平成29年1月20日の第3回口頭弁論の調書には,八木貴美子裁判長,田村政巳裁判官,日下部優香裁判官の名前があり,裁判長の認印が押されていた。判決書には,「裁判官田村正巳は,差支えのため原判決の判決書原本に署名押印できない」旨記載があった。
  3. 平成29年3月24日,判決言渡し。口頭弁論調書によれば,出頭した当事者はなし。調書には八木貴美子裁判長,日下部優香裁判官の名前があり,裁判長の認印が押されていた。
  4. 控訴審では一審原告側から,判決言渡し日の裁判体の構成に関する主張はなかった。
  5. 平成29年9月5日,東京高裁で控訴審判決言渡し。
  6. 平成29年9月11日,新潟県警察の方が訴訟記録を閲覧。その際に身分証明書として提示したものは警察手帳だった。
  7. 千葉地方裁判所に差戻されたため,まず千葉地裁で事件番号が付されたのち,平成29年10月6日に千葉地裁松戸支部に回付された。
  8. 千葉地裁松戸支部で改めて事件番号平成29年(ワ)第834号が付された。
  9. 平成29年10月24日,松戸支部民事部が終結した口頭弁論の再開を決定した。
  10. 平成29年12月8日,第1回口頭弁論。裁判官は八木貴美子裁判長,田村政巳裁判官(差戻し前裁判で判決言渡し日に差支えであった裁判官),池本拓馬裁判官によって行われた。原告側から裁判官忌避申立てがされた。

ケアレスミスは誰にでも起きるものなので,過剰な問責はしないで欲しいと思うところですが,一方で,これによって当事者が被る時間的費用的損失は償える道があればいいのになとも思います。

差戻し判決をした裁判長は大段亨裁判官でした。自分の中で大段亨裁判官といえば,天津で妻が自殺したという事件の控訴審で,遺族側を逆転勝訴させたこと,そしてその事件についてクリニック側からされた強制執行停止申立てを認めたことが印象深いです。特に,控訴審判決の強制執行停止には相当に強い条件が付けられているにもかかわらず,自身が出した判決に対して,これといった逆転する事情などの疎明もなされていない申立てを認めたことが印象深かったです。

ともあれ松戸支部の本件はこれ以上追いかけても仕方がないと思うのですが,この記事を書くに当たってWeb検索をしたところ,この事件で原告に暴行を加えていたと原告から指摘されていた警部補が,千葉地裁の決定で刑事訴訟に付されていたことを知りました。

http://www.sankei.com/affairs/news/170905/afr1709050042-n1.html

内容をもっとよく見ないとなんとも言えませんが,この手の責任追及は過剰になされると現場の萎縮に繋がりますからほどほどにして頂きたいところです。

なんともいろいろなことが起こる事件ですね…

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落合洋司弁護士の最高裁判所の役割に対する無理解

元検察官の落合洋司弁護士が衆議院選挙に出馬するというので、以前から気になっていたこの方の司法に対する無理解、無思慮な発言について記しておこうと思います。

2001年に管制官が便名を言い間違えたことをきっかけとしてニアミスが起き、けが人が多数発生した日本航空機のニアミス事件がありました。言い間違いをした管制官とその指導をしていた管制官が業務上過失致傷罪で起訴され、一審では無罪とされたものの高等裁判所で逆転有罪となり執行猶予付きの禁錮刑を言い渡されました。最高裁判所でもその判決が覆されなかったため有罪が確定し、禁錮以上の刑が確定した者は失職するという公務員の規定により職を失いました。最高裁判所では有罪は覆されませんでしたが、最高裁判所でこの事件を担当した5人の裁判官のうち櫻井龍子裁判官だけは、この事件は無罪とするべきだとして全体の意見と異なる反対意見を述べました。落合洋司弁護士は、その反対意見について「間違い」と述べました。

弁護士落合洋司(東京弁護士会)の日々是好日20101031日分

ここでニアミスの状況の骨子を簡単に解説しておきます。

日航機の958便と907便がこのように飛んでいました。

そこで管制官は、958便に下降するよう指示して、安全を確保しようと考えました。そのようにすることで、2000フィート(約600メートル)の間隔を得ることができるはずでした。

しかし管制官が958便に下降の指示を出すべきところを、間違えて907便に下降の出してしまいました。907便はこれに従って下降をはじめました。もっとも、このままであっても結果的には1000フィート(約300メートル)の間隔を得ることができて、結果的には危険が迫る事態にはならないはずでした。

しかしここで、航空機衝突防止装置(TCAS)が作動し、958便に下降の指示を、907便に上昇の指示を自動的に出しました。このとき907便は管制官の下降指示と、TCASの上昇指示を受けたことになったわけですが、この事件当時は、管制官とTCASから相反する指示が出た場合、どちらの指示を優先すべきかについての取り決めがなく、907便は管制官の指示が絶対であると考えて下降し続けました。一方、958便はTCASの指示に従って下降をし続けました。なおこの事件当時、TCASから飛行機に対していつどのような指示が出たかについては、管制官に自動的に知らされるしくみにはなっていませんでした。

双方がお互いに近づく異常事態が発生したわけですが、最後の最後に958便は上昇に転じる決断をし、907便がさらに急降下を決断したことによって、最悪の事態である衝突は避けられました。しかし急降下をした907便に多数の負傷者が出てしまいました。

地方裁判所の判決と最高裁判所の櫻井龍子裁判官は、このニアミスは航空機衝突防止装置(TCAS)の指示が介在したがためのニアミスであり、管制官は便名を言い間違えたとはいえ、TCASの自動作動がなければニアミスになることはなかった指示であったのだから、言い間違い自体は業務上過失致死自体を基礎づける過失には当たらないというものでした。しかし日本の刑事司法の世界では、このような考えは特異な考え方であるようで、最高裁判所の他の4人の裁判官には賛同されず、有罪は覆されなかったわけです。私はこの事件と判決、最高裁判所の決定には難しい問題が含まれていると感じ、その問題の中心が最高裁判所の宮川光治裁判官の意見に如実にあらわれていると感じたため、以前に以下のような記事を書きました。

宮川光治裁判官の余計な一言

しかしながら上記記事にも書いたのですが、個人的にはこの事件には日本の刑事司法の重大な問題が含まれていると考えるものの、それが日本の刑事司法の一般的な考え方であったのであるならば、この事件で有罪判決が出されることはやむを得ないことであり、多くの法律家の支持を得る現実は受け入れるしかないことだと思っています。

しかしそうではあっても、その一般的だと思われる意見と異なる櫻井龍子裁判官の反対意見について、落合洋司弁護士が「間違い」と評価したことは問題だと思います。

この事件のような、過失によって人が死傷した事件について刑罰を与える根拠である業務上過失致死傷罪は、どのような過失を処罰の対象とするかについては法律には示されていません。刑法211条には「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」と規定されているだけで、どのような過失を処罰の対象とするかについては述べられていないのです。そうすると、どのような過失を処罰の対象とすべきかについては、裁判所、特に最高裁判所が判例をもって判断を示して規定してゆくのが筋であるということになります。そしてその判断は、そのときそのときにおける最高裁判所の裁判官の考え方次第で変更される可能性があり、またそれができる仕組みになっています。ですから最高裁判所の裁判官がそれについて表明した意見というのは、その内容がよほど荒唐無稽であるなどの特別な事情がない限り、「正しい」とか「間違い」といった評価をくだされる筋合いのものではないということになります。落合弁護士の言うところの「間違い」も、それがもし最高裁判所の裁判官の多数派の考え方になれば、それが「正しい」意見になるわけです。今ここで多数派の考え方のことを『「正しい」意見』と書きましたが、そのときそのときの最高裁判所の裁判官が示した判断が結果的に規範となったものであるに過ぎないのであって、本質的には、正しい・正しくないなどと評価されるべきものではないと言えます。

落合弁護士は櫻井裁判官の意見について「刑事法の過失や因果関係の考え方としては、かなり特異(別の表現で言えば間違い)」と述べました。この事件の最高裁判所の決定がなされた時点では、櫻井裁判官の反対意見は特異な意見であったことは事実のようですが、わざわざ「別の表現で言えば間違い」とまで述べたところを見るに、落合弁護士は、最高裁判所が判断を示し、またときとしてその判断を変えることがあるという最高裁判所の基本的役割について理解ができていなかった、あるいは思いを致すことができなかったようです。

落合弁護士はその後段で、櫻井裁判官の反対意見のような考え方を法学部の試験等で書くと合格点は取れないので、そういう意味で参考になると述べています。その点に異論を挟むつもりは毛頭ありませんし、私にはその能力もありません。しかしさらにそれに続けて「こういった刑事法の素養に欠ける裁判官が、最高裁裁判官として数多くの刑事事件に関与しているというのはいかがなものか」とまで述べている事実は、落合弁護士が最高裁判所の何たるかを理解し損なっていることを再度自白したものと考えられ、法律家としていかがなものかと思います。落合弁護士のこのような考え方を参考にして最高裁の役割に関する法学部等の試験に臨んだら、合格点は取れないのではないかと想像しますが、如何でしょうか。

個人的には、ご自身の専門分野である司法のしくみの、それも極めて根本かつ重要な事項について無理解ないしは十分に思いを致せない一方で、言い間違いというなんの悪気もない過失を犯罪として処罰することについて一点の疑義も抱かないような人には、立法府には出てきてもらいたくないと思っています。

参考: 日本航空機駿河湾上空ニアミス事故 – Wikipedia

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「悪徳弁護士」と言っちゃあさすがにダメだろうなぁ・・・

2016年6月30日の傍聴、事件番号は東京地裁平成27年(行ケ)第53号。原告名と被告名から、弁護士の懲戒処分取消請求の事件と思われる事例。同じ時間に医療訴訟があったけれどもそちらは美容外科の事例のようで、先に懲戒処分取消請求の事件をチラ見してみることにした。

 

原告は弁護士だが代理人もつけている。原告側の証人二人と、原告本人(=弁護士)の尋問。原告側の証人は原告本人にお世話になった依頼者とその関係者。証人の尋問からは、原告本人は真面目で真摯に仕事しているように思われて、なんでこれで懲戒請求食らうかな~、と思いながら、続く原告本人(弁護士)に対する尋問を聴いていたら、最後のほうでその答えが判明。

 

とある事件の準備書面で相手方弁護士のことを「悪徳弁護士たる◯◯弁護士」と書いてしまったらしい。さらに「訴訟詐欺的活動」とも書いたとか。

 

・・・それを言っちゃあ、さすがにダメっすよね。検索してみると、受けた懲戒は戒告だったようですが、ひっくり返るものでもないでしょうに・・・

 

こういう事例をみれば、弁護士であっても本人が処分を受けたとなれば戒告程度の処分であってもこれだけ抵抗するのだから、医師が自分では非がないと思っているのに過失を追求されたらどれだけ抵抗したくなるか、法律家の方々にもよくわかってもらえるものと思います。

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裁判記録表紙の取り扱いが杜撰な件

今日は東京地裁である裁判記録の閲覧をしていました。

ふと表紙を見ると、原告に対して符号として「甲」、同様に2人の被告に対して「乙」と「丙」が振られていました。これまでの私の経験ではよくあることです。

しかし、その表紙用紙をよく見ると、「当事者欄符号」の凡例として、「原告 甲、被告 乙、参加人 丙、引受人 丁、補助参加人 戊」と注釈が印刷されているのでした。

そうすると今まで見慣れていた、複数の被告に対して、乙、丙、丁・・・との符号を振ることは、凡例に違反しているということになります。

この当事者欄符号は結構重要で、弁論調書の当事者欄にも流用され、表紙を見ないと誰が出頭したのかが分からないほどです。

こういう連綿と続けられている間違いは、大した間違いではないかも知れませんけど、司法慣行ではあるけれども、司法水準ではない例として宜しいでしょうかね。

そもそも、裁判記録の中で表紙の扱いの杜撰さは普段から気になるところで、殴り書きがあるわ、日付が略号で書かれているわ、甚だしくは最高裁では修正にホワイトテープを使うわで、およそ裁判記録としての扱いを受けていないのではないかと、訝しくなるほどです。これも最高裁(平成17年(受)第1612号)でしたが、表紙の「受理・不受理」の欄で、「不受理」にマルがつけられてさらにバツがつけられていて、隣の「受理」にマルがつけられていました。訂正印はありませんでした。

はっきり言ってどうでもいいことなんですが、医療関係者に対しては記録をきちんとするように口酸っぱく言われる法律家が多いので、あんたらはどうなのよ?! と思ってみたりするわけです。

ま、医療訴訟を見る限り、裁判所や原告代理人は、他人(医療関係者)に厳しく自分に甘い傾向があると私は思っているので、嫌味の一つも言ってみたくもなるのだということです。実際に記載しているのは書記官なり事務官の方でしょうがね。

(2012年4月24日、誤記訂正: ×被告人→○被告)

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