熊本認知症患者転倒訴訟,判決内容概要

認知症患者が車椅子で一人でトイレに行き,トイレ内で転倒して寝たきりになった事故について,病院側の責任を認めて,2770万円ないし2780万円の賠償が認められたとして,広く報道された事件です。

入院中に転倒で賠償2780万円 熊本地裁判決、弓削病院の過失認定

医療関係者の間では,医療現場の責任を過大に認めたのではないかと大きく話題になりました。この事件について,知人が調べてくれたので報告します。

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熊本地方裁判所、訴訟番号:平成27年(ワ)第413号

原告被告ともに熊本市内だが、原告代理人は八代市。

原告は事件当時89才、転倒脳挫傷でA病院入院。回復期病院であるB病院へ転院。長谷川式0点 食事以外全介助 要介護5認定。易怒性および妄想など精神症状顕著であるため被告病院へ転院。手続き上は医療保護入院となっており相当な精神症状があった模様。

入院時病名は器質性精神病。入院時は転倒リスクレベル3(最大)の評価。
3月下旬に入院して4月に徐々に歩行能力向上した。
4月12日のケースカンファレンスで転倒リスクレベル2へ下げたので、安全ベルト(抑制)はやめた。
長谷川式はやっていない。
4月下旬には尿意を自己申告してた。かなりの頻尿が続いていた。

転倒事故は5月上旬連休中 午後8時ちょっと前。
病棟入院患者は40名 夜勤3名。
眠前薬の配布内服時間でデイルーム監視役は一人。
ほかの二人はほかの作業をしていた。
患者に薬を配布服薬させながら全体を監視。
被告がいなくなったことはわからなかった。
トイレで転倒して発見された。

頸椎損傷して両上下肢機能全廃。
今は別の療養病院に入院中。
誤嚥性肺炎もきたして気管切開とのこと。
娘(原告)は毎日付き添っているとのことで、付き添い費用も損害賠償請求項目に入れられていた。

【以下 判決文から裁判所の判断】

争点 1 過失の有無について

被告には原告を見守る注意義務があった。気が付かなかったから注意義務違反。原告がトイレの際に必ず声掛けしていたとの主張は、記録上単独行動もみられるので認められない。高度認知症なのだから声掛けを前提とした体制をおこなうべきではない。デイルーム監視役が監視に専従していれば十分だった。

院内のマニュアルに、「夜勤は4人で行い、うち一人は監視役に徹する」との旨の記述があり、また 事件後は4人体制としている。事件前は3人が常態だった。

(裁判記録では、40人のほかの患者の要介護度についてもちょっとした争点にはなっていた模様。)

監視役の准看護師の証言で,「患者に薬を配りながらでは注意は十分ではない」との旨の発言が判決理由に入っている。監視役専従を一人配置するべしとの結論。

争点 2 損害額

治療費 50数万 →争いなし。

付き添い費用 →医師の指示がなく 現在の入院先を原告(娘)自身が「完全看護」と言ってるので却下。

慰謝料・雑費→原告主張の7割 600万程度。(ブログ主注:慰謝料の詳細項目は不明)

逸失利益→最初から原告の主張になし。

後遺障害慰謝料→約2000万円
結局、後遺障害慰謝料約2000万円が金額としても論点としても最大だった。
元々重度認知症の人の完全四肢麻痺の後遺障害慰謝料(逸失利益ではない)。

被告の主張として、既存の障害に加重した場合は損害から差し引く(神戸地裁H20年9月5日)、逸失利益から既存障害を差し引く(さいたま地裁H25年12月10日)という判例の援用があったが、裁判所は,「元々重度認知症ではあったが、上肢機能に異常はなく4月から歩行能力も改善しており,認知症と四肢麻痺は同系列の障害ではなく、新規障害と判断するので損害は2000万円を下らない」との旨の判断をした。

訴訟費用は原告が3割、被告が7割負担。

争点 3 過失相殺

原告に事件当時、十分な事理弁識能力はあったとは認めがたい。しかし被告は認知症施設として重度認知症があることを前提として受け入れたのだから、これを前提として看護するべきである。

判決文では 一時的な安全ベルトの使用は認めていた。

【閲覧者感想】

重度認知症を過失相殺では責任ゼロにしておいて、損害認定では健常者と全く同様というところがポイントだと思う。

判決では 原告(娘)が入院時に転倒の危険性を全く聞いていなかったことも言及しており、入院時配布資料に明記しておくことも対策かもしれない。

論点にないところで興味深かったのは入院時と退院時の処方。
入院時:向精神薬4剤、α阻害剤(前立腺肥大)、抗コリン薬(頻尿)、降圧剤、下剤など
退院時:向精神薬はメマリー20㎎のみ。八味地黄丸も?、泌尿器科的処方なし。下剤と降圧剤など。
良心的な処方管理をしていると思われるが、法廷では一切論点になっていない。

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【閲覧者感想2】

医療への無理解。

暴れる重度認知症患者が行けるところは多くない。受け入れるほうは大変だし採算も悪い。認知症という前提を重視しろということは、受け入れる患者を選べというのと同義。

おそらくそこに無自覚なのか、別問題といえば通るとでも思ってるんでしょう。法曹ならそこを逃れるロジックを展開しておくものでしょうが、それは探したけど見られず、そういう意味では稚拙。

損害計算の積算根拠や判断・前例は医事紛争にかぎらず 交通事故などの分野に共通のロジック・形式だと思う。ロジックとホンネの乖離があったりするフシがあったら、そこを突くとおもしろい。
医事だけを見てフォーマットを変更することは普通は出来ない

さらにいうと現実無視の判決ですでにサラ金業界をつぶしている。そういう反省も全くないところに清々しさを感じた次第。

民民の任意性の高い契約と医療を同列に扱っている。応召義務はこういう時には出てこない。

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【処方について、別の医師の感想】

良心的な処方管理をしていると思います。向精神薬4剤だったのが無くなってる訳ですから。そのままの処方継続していたらガッツリ薬剤性の抑制になったり、薬剤性パーキンソニズムのために、トイレに自分で行くこともできなかったでしょうし、転ぶことも無かったと思います。

どう考えても、体の元気な認知症は「入院させると馬鹿を見る」って判決にしか思えません・・・。

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【ブログ主感想】

注意義務についても医療側に厳しい判断だと感じるが、とりあえず措いておく。

別系列の障害だから後遺障害慰謝料もゼロから計算というロジックだと、一人の人が何度も高額の後遺障害慰謝料を得ることができることになる。そのロジックのもとでは、例えば異なる系列の障害で後遺障害等級1級を2回起こせば、一回限りの死亡事例よりも高額な慰謝料を得られることになり到底公正とは言えないと思う。後遺障害等級を認定する際に異なる障害を併合して上位の等級を認定するルールがあることとも整合しない。

認知症が事故を起こした大きな要因となったと判断できる例であるにもかかわらず、過失相殺を認めていない点は、日本の司法慣行としてしばしば見られることだと思うが、司法水準にかなった判断とは直ちにはいえないと思う。そもそも過失相殺は,当事者からの主張がなくても,裁判所が判断できることになっている。韓国の裁判所なら、黙っていても5割・8割の責任制限(素因減額・過失相殺の類推適用)があると思われる事例であるが,日本ではどういうわけかもともと弱っている方の事故であっても,健康な方の事故と同じように計算されることが多い印象。

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「熊本認知症患者転倒訴訟,判決内容概要」への2件のフィードバック

  1. 興味深く拝見しました。
    報道だと歩行時にふらつくから予見できたという程度の
    判決のように見えましたが、少し違ったということでしょうか。
    気になったのは、後遺障害1級なら2800万なのでは?

    1. 判決が注意すべきポイントとした点は,報道とは少し違っていたようですね。私自身判決文を読んだわけではないので,確信は持っていませんが。
      医療訴訟については,報道はあまり当てにならないのでやはり判決文に当たることが重要だと思います。
      後遺障害慰謝料は,一般には年齢などが考慮されることはあると思います。どうして減額したかについては,普通は判決文には詳しくは書かれないので,想像にならざるを得ません。

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