泉徳治元最高裁判事が、最高裁裁判官国民審査制度に否定的見解

法学セミナーという雑誌の2013年3月号。巻頭言として、泉徳治*元最高裁判事の「最高裁裁判官国民審査制度は存続すべきか」という記事が掲載された。

氏の見解のもっとも重要な部分は、「裁判官は、国民の多数派が反対しても、個人、特に少数派に属する人たちの憲法で保障された人権を守るという役割を担っている。「yes」か「no」の投票で、任命の可否を決することはふさわしくない。」という部分だと思う。そして素人の私も、まさにそのとおりだと思う。

しかしながら、大橋弘トンデモ訴訟指揮事件での上告審のように、最高裁であっても、基本姿勢を誤った審理をすることがあるらしいことを見てしまった私としては、いくら最高裁とはいえ最高裁というだけで全幅の信頼をおけるものとは言えず、まずありえないとはいえ、万が一の場合に発動可能な安全弁があることは、無駄のようには見えても、一応の意味があるのではないかと思った次第。

氏が「我が国が「×」記号の記載のみを求める方式を採用したことは、賢明な選択であった」と評するように、このあたりが現実的な落としどころということで、良いのではないだろうか。正直、この件についてはそっとしておくのがいいように思うばかりである。

*正しくは「泉德治」(「徳」が旧字体)

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