椎間板ヘルニア術後下垂足訴訟

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審東京地裁 平成21年(ワ)第34777号 和解 微妙  

 平成22年7月22日に証人尋問を傍聴した事件です。原告代理人は、医療事故研究会森谷和馬弁護士でした。リンク先の経歴からもわかるとおり、医療訴訟の代理人としては百戦錬磨の弁護士であり、否が応にも傍聴に力が入るというものです。

 事例概略は、腰椎椎間板ヘルニアの再手術目的で、初回手術とは別の病院で手術を受けたところ、片足の麻痺をきたしたというものでした。聴いているうちに分かってきたのですが、通常の医療訴訟の尋問の様子とは違い、原告と被告病院主治医の仲が良好な様子で、通常のような患者側と医療側の対立が見られず、私にとっては軽い衝撃でした。主治医の証言などからは、事件概要は以下のようです。

・他院での初回手術は2椎体の神経根除圧だったが、今ひとつ軽快していなかった。
・患者は、担当医の名声を聞いて今回の病院にやってきた。
・術前説明はやや甘かったかも知れない。麻痺という言葉を使ったかは記憶にないが、「神経を痛めやすいと思う」ということは話したと思う。脅かすような言い方はしていない。説明用紙は残っていない。外来が多忙で本来ならばきちんとすべきだった。落ち度・手抜きとも言える。
・前回手術部位を含めて3椎体の神経根除圧を施行。3椎体で癒着もあったが手術時間は2時間程度、出血50cc。手術自体に問題はなかったとのこと。
・術直後の状態は良好。麻痺なし。
・術後数時間で麻痺が出現。緊急再手術を施行したがさほど回復せず。
・主治医の証言によれば麻痺の原因は全く不明。手術は通常通り完璧で、術後に家族にも「成功」とお話した。知り合いの医師にもいろいろ聞いて回ったが、麻痺の原因は誰にもわからなかった。
・主治医は手術中に止血目的で、1cm×1cmに切ったアビテンシート2枚を使用しており、原告側はアビテンシートの量が多すぎて血腫ができて麻痺をきたしたと主張。
・主治医の話では、再手術時に認めた血腫はあずきを潰した程度の大きさで、これが麻痺をきたすほどに神経を圧迫したとは考えられないと証言。
・原因不明ながら、想定しなかった麻痺が出現したため、主治医は大変申し訳無く思った。医療事故であるから医療事故賠償責任保険の会社に報告書を書いた。
・主治医は原告に対して手紙で「私に過失責任がある」とも書いた。

 閉廷後には、主治医と原告関係者ががっちり握手をするなど、通常の医療訴訟では考えられない光景も見られました。主治医は「想定外の結果となった。当然補償されるべき」と考えているようで、保険会社に対しても事実をきちんと書いたと思われますし、この法廷でもなんら臆することなく、全てを誠実に語られたものと思われました。

 ところが・・・

 主治医は補償を出してあげたかったのでしょうが、率直に語れば語るほど手術手技に過失がなかったことが明らかになり、賠償責任からは遠くなっていくのでした。無理矢理こじつけても説明義務違反が考慮される程度だと思われますが、そもそも原因不明な想定外の合併症の話をしておく義務はないでしょうし、わざわざ名医を頼って自ら来院した患者さんが、想定されていない危険性のことを聞いたからといって、手術を受けることを諦めるとも考えられないでしょう。

 主治医は、この事例は当然補償されるものだと思って、医療事故賠償責任保険会社への報告を出したようです。しかし保険会社は、この経過からは医療側に法的責任は認められないと考えたと思われます。それで収まらない原告が訴訟を検討した、ということが推測されます。裁判記録を確認したところ、最初の保険会社への報告書は書証提出されていないようでしたが、それは被告側に不利だからでしょうか。

 以上の尋問および裁判記録確認を通じて、私は以下のような感想を持ちました。

哀れなる原告、そして主治医。法廷の論理はあなた方の考えとは違うはずです。恐らく保険会社から紹介されたのであろう被告代理人、あなた方の考えが、最も法廷の理論に適っていると思われます。そして森谷和馬弁護士、百戦錬磨の医療訴訟専門弁護士であるあなたは、原告側の主張が弱いことをよく分かっているでしょうに、原告に対してどういう説明をした上で、この事件を請け負ったのでしょうか。

 裁判には原告側協力医の意見書として、八潮内科整形外科医院の杉山誠一医師から、「腰椎第五神経根の知覚鈍麻等の原因は、アビテンシートの除去不足による」との意見書も提出されていました。しかし、そこには的確な証拠資料はなく、一医師の感想というレベルの意見書に過ぎないものと思われました。森谷弁護士は、協力医が意見書を書いたのだから勝ち目がある,とでも考えたのでしょうか。しかしこの協力医の意見が、執刀医の過失ないし下垂足との因果関係を証明するようなものでないことは明らかで、百戦錬磨の医療訴訟を専門とする弁護士がそれを見抜けないということは考えにくいところです。そうでなければ、協力医の意見書を取り付けたことで、裁判としての体裁が整ったことから、勝ち目は薄くても請け負おうと考えたのでしょうか。

 そんなわけで、この事件は判決まで行けば原告敗訴確実であろうと、私は高を括っていました。

 ところが・・・

 なんとも驚くべきことに、最終的には350万円で和解となっていたのでした。しかも、そのうち315万円は被告(病院)が支払うのではなく、和解当日になって利害関係人として裁判に加わった主治医(それまでは単なる証人扱い)が、その主治医が個人で加入していた医師賠償責任保険(損保ジャパン)で支払ったのでした。こんな賠償責任保険のカネの出し方があるのか、と訝しく思いました。本来なら賠償責任がないであろう事例で、和解金として患者に相当額の和解金を渡すことは、医療を受ける人々の間の平等を歪めますし、このような和解金が保険の掛金に上乗せされることは、被保険者にとっても公平ではないのではないかと思います。一方、森谷和馬弁護士にとってこの結末は命拾いだったのでしょうか、あるいは、こうなることは彼にとって想定範囲内だったのでしょうか。後者だとしたら、医療訴訟原告代理人としては恐るべきプロと言えそうですが、弁護士という職業に対する私のイメージには影響を与えそうです。まあ、後者でなかったとしても、既にある程度の影響を受けたことは事実です。

 森谷和馬弁護士といえば、彼が会長を務める医療事故研究会のメンバーが担当した、抱腹絶倒の東京脳梗塞見落しカルテ改ざん訴訟も頭に浮かびます。

平成23年7月13日記す。


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