沖縄総胆管結石摘出不成功訴訟

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審那覇地裁 平成18年(ワ)第1358号 判決平成23年6月21日 判決文
閲覧メモ
二審福岡高裁
那覇支部
平成23年(ネ)第116号 和解平成24年1月30日 不当  

 平成24年4月に判例タイムズの目次で見つけて判決文を読み、強い違和感を抱いた事件です。特に強く違和感を感じた点は、総胆管結石摘出の操作に手間取ったことについて、「「…うまく取れなかったとしか言いようがないです」と答えるのみで、何らその原因の説明ができていない。」として、操作に手間取り総胆管結石を摘出できなかったことについて、その原因の説明ができないということは手技に何らかの過失があったものと推定し、過失を認められた点です。

 手術の合併症と法的過失にも同様のことを書きましたが、手術において操作に手間取ることは、過失がなくてもありうることであり、それ以上の説明をしようがないこともまたありうるということは、残念なことではありますが、手術をする医師の常識です。また私は、医療訴訟で手術手技の過失が認められるには、「当然にこれこれをするべきところを怠った」というように、過失の具体的な内容を原告側が指摘する必要があると考えていたのですが、この判決ではそうではないのです。この事件の裁判官は平田直人裁判長、高橋明宏裁判官、平山眞一郎裁判官で、原告代理人は三ツ石雅史弁護士、被告代理人は与世田兼稔弁護士ほかでした。この事件に関わる法律家がそれぞれどれほどの能力を備え、またどのような証拠が揃うと、医師に対して心理的に大きな影響を及ぼすと思われるこのような判決が出るのかが大変気になりました。そこで一度はよく調べてみようと思い、平成24年6月4日、記録閲覧をするために那覇地裁に出かけました。ちなみにJALパックで1泊2日2万9800円の安値で、夕食クーポンで吉﨑食堂のあぐー豚のラー油鍋セットメニューまで満喫できました。ただ、飛行時間約2時間30分で、韓国ソウルより遠いのには参りました。

 遠路はるばる閲覧に出向くことから、事前に電話で閲覧可否の確認を取ったのですが、ここでちょっとしたトラブルがありました。控訴審で和解しているが和解調書は開示する予定はないというのです。今まで各所で様々な事件を閲覧してきましたが、和解調書を閲覧できなかったことはありませんでした。記録係の人に「これまでに各地の裁判所で記録閲覧をしてきたが、和解調書だけ開示されないというようなことは経験したことがない。和解調書は訴訟記録と一体のものなので、閲覧制限の申立てがあれば別だが、そうでなければ公開しない理由がないと思う」との旨を伝えたところ、裁判所で協議して頂けて、原則として閲覧可能だとの返答を頂きました。これまで第三者記録閲覧をする人が稀で、対応に不慣れだったのでしょう。そのようなトラブルがあったので、閲覧時に際してメモを取ることは許されないのではなかろうかとの不安がありましたが、当日の閲覧申請の際にメモは可能と伝えられ、閲覧メモ禁止で有名なさいたま地裁と違い、民度は上々とホッとしました。

 さて、閲覧してみると驚きの連続でした。あまりに驚きが多いので箇条書きにしてみます。赤のカッコ内は私のツッコミです。

訴状(平成18年11月10日付)には、被害額は4000万円を下らないと書いてあるだけで、その内訳が書いていない。
(普通、内訳ぐらい書くだろ。)
原告第2準備書面(平成19年8月7日付)に書かれた因果関係の話。手術の失敗で糖尿病になった。糖尿病だと鬱になる可能性が2倍であるから、鬱と糖尿病とには因果関係があるという理屈。
(可能性が2倍ということは五分五分ということなので、因果関係の説明になっておらず、相当程度の可能性止まりの説明にしかなっていない。)
原告側が準備した第3準備書面(平成20年4月8日付)。被告側が作成した診療経過一覧表に対して、全て不知とした。
(ちゃんと検討して、認める部分と認めない部分、不知の部分を書けよ。いくらなんでも「全て不知」はないだろう。)
また、損害の具体的内容として、後遺障害慰謝料2000万円、後遺症による逸失利益1600万円、弁護士費用400万円と記し、計算式は一切なし。(計算式のない逸失利益の主張なんて初めて見たけど、こんな書面を出そうとして代理人は恥ずかしくないのか? しかも提訴から1年5ヶ月も経っているというのに。)
平成20年4月9日、第7回弁論準備。原告に対して、診療経過一覧表の再検討をして認否を行い、また、損害額について再度整理して主張するよう指導あり。そのため上記第3準備書面は陳述しなかったことになった。
(手取り足取りの訴訟指揮で、教育的でいいですね。裁判長が平田直人裁判長に変わる前のこと。)
原告第4準備書面(平成20年9月4日)。カルテに医師の署名が全くないのは慣行に反して極めて不自然だし、平成13年7月16日から同年8月8日までカルテの記載が全くないのも不自然と主張。
(署名がないことはもちろん良いことではないけれど、「極めて」がつくほど不自然ではないと思うが。ただしカルテ記載がないことは、確かに宜しくない。)
損害額は、逸失利益が229万9229円(年収)×12.4622(ライプニッツ係数)=2865万3451円。残りは慰謝料の一部と主張
(普通、労働能力喪失率を乗ずるだろ。残りは慰謝料の一部ってのも、投げやり過ぎないか? 不自然をいうなら、こっちのほうが不自然だろう。)
被告第4準備書面(平成21年3月11日)。提訴から2年以上経過しているが、原告が過失に関する具体的な主張をしていないため、反論のしようがない。
(…おいおい)
第22回弁論準備(平成22年3月16日)。
被告:原告の主張整理が全くなされなていない。争点整理手続を終了し、人証調べ手続きに入って頂きたい。
(手取り足取り訴訟指揮にも、打てど響かずといったところか。)
受命裁判官:原告は早急に主張整理を完了され、4月9日までに和解希望額を示されたい。
(被告側からの指摘から、さらに一年経っているのだが…)
原告和解希望額(平成22年4月13日)
2000万円
(主張整理はできなくても、和解希望額はスッと出てくるようで(笑))
第23回弁論準備(平成22年4月16日)
被告側は 和解には応じられないと宣言。和解打切。
(当然だろうな。)
差し替え前の原告第7準備書面(平成22年6月1日)
損害
逸失利益は後遺障害等級7級で労働能力喪失率56%、訴訟提起時に52歳
229万9229円×0.56×10.3797(ライプニッツ係数)=1336万4572円
後遺障害慰謝料1100万円
説明義務違反500万円
弁護士費用400万円
(後遺障害等級の主張が出てくるのに提訴から何年かかってるの? あ、3年半か。)
差し替え後の原告第7準備書面(平成22年6月1日)
休業損害、平成13年7月から平成18年10月(提訴の前月)
229万9229円×58ヶ月/12月=1111万2940円
逸失利益1336万4572円
(ドタバタもいいところ、もう見てらんない。)
被告第5準備書面(平成22年6月24日)
後遺障害等級7級の根拠が不明だと主張。
(またかよ(笑))

  このあと執刀医に対する証人尋問が行われました。その尋問を踏まえた原告の主張にまた驚きの連続です。

原告第8準備書面 平成22年12月13日

操作性が悪くなる前にカテーテルを替えなかった過失
(医学的な証拠は?)

胆石が8mmならば、当然それにふさわしい径の通常のファイバースコープを使用すべきだった。
(で、そうすべきだという医学的な証拠は?)

「石を挟む機械が細くて挟めなかった」→石を挟む機械が細かったことに尽きる。通常径のファイバーなら取れていたことが明白。
(で、通常径のファイバーなら確実に取れていたという証拠は?)

「Tチューブ造影と膵炎を4日間のタイムラグで否定」→Tチューブ以外に考えられない。またそれ以外に考えられる要因について全く言及していない。
(素人の勝手な思い込みですね。総胆管結石が自然排出した際に急性膵炎を発症したことが強く疑われるのであって、全く言及していないという言い草は如何なものかと思いますね。急性膵炎の発症のメカニズムについて、理解していないんでしょうね。)

「うまくいってたら本人が糖尿病にならなかったかどうかというのは言えない」→およそ医師の説明になっていない。
(およそ弁護活動の言動とは思えない。)

8月8日~8月2日に医師の記載がないことについて「検査はやっていた。結果として膵炎は発症していないので、記載しなかったと思っている。」→全く理由になっていない。
(適切ではないかもしれないが、理由になっていないことはないでしょう。あ、法律家と非法律家とで、「理由」の意味合いが違うということかな? ここは譲歩しましょうかね。でも損害と関係ないと思うんだけどな。)

8月8日のTチューブ造影の所見が全く記載がない。担当医の証言「結果は全部分かっていた。」「特に理由はない。ただの書き忘れ」→全く理由になっていない。裁判所で言えば、期日に期日調書を作成しないのと同じくらいの異常事態である。カルテの信用性に強い疑念。
(裁判所の調書とカルテとは役割が違うのだという根本的なことを無視して、自分の土俵でばかり物事を考えるという異常事態である。)

石を取り出す操作に手間取った理由「うまく取れなかったとしか言いようが無い」→医学的説明の放棄。
(医学に対する無理解。)

高橋裁判官「それを使えば取りやすくなった可能性はあったか」
執刀医「可能性という言い方をすればどんなことでも可能性があったとしか言いようが無い」
→医学的説明を放棄して一般論に逃げた。事実上可能性を認めた。
(可能性は認めているという点はその通りだと思うが、「可能性」という単語の中身やその度合いを深く考えないのは、この弁護士に限らず一般的な法曹の大きな問題。判例タイムズ1355号の、浜秀樹判事の記事を参照されたし。)

早山裁判官「摘出断念の事態の想像はしていたか?」
執刀医「いいえ」
→しかし操作性が悪くなることは予測していた。なのに「いいえ」というのは重大な過失。
(操作性が悪くなることと、摘出ができないこととが直ちに直結するわけではないのだが。)

裁判官は、8mmの胆石があり、4-5mmのファイバーしか用意していない医師に手術を任せるか?6-8mmの通常のは用意していないがいいか?と訊かれて「お願いします」と言うか?絶対にない。
(お願いするか否かは、通常のファイバーを用意しない理由を確認してからの話になると思うのだが。表出した事象だけから話を進めてもいいのであれば、私も、訴状に請求額の内訳も書かず、逸失利益を主張する際に計算式も書かず、提訴から4年経っても「主張整理を完了されたし」と促されるような弁護士に対して、「お願いします」とは絶対に言わない。)

 さて、被告側は最終書面を提出します。

被告最終準備書面 平成22年12月20日
満4年も経過しているが、原告は過失の特定が不十分
(だよなぁ・・・)
原告協力医による松田意見書も、以下の点を指摘しているのみである。
1. ERCPからEPBDを選択した点に問題はない
2. 胆管12mm、結石1個で10mmであり、EPBDは適切
3. 鉗子による破砕、結石除去用バルーンカテーテル、逆噴射カテーテル、一部施設では電気衝撃結石破砕装置を使うが、これらを施行したか?
(3.については、この事例でも電気衝撃結石破砕装置以外は全て使われている。他の部分も含めて、原告協力医は疑問を呈するに留まり、ミスを思わせることは書いていないのである。)

 原告はさらに書面を出していますが、

原告第9準備書面 平成23年2月22日
EST困難例にはEPBDを適応する。つまりEPBDを採用したことが過失である。
(原告協力医ですら、そんなこと言っていないんだけど…)

と、まあこんな調子です。

 そして判決では、推定過失が認められて原告の勝訴となりました。当然ながら病院側は控訴しました。一方、患者側も賠償金の増額を求めて控訴しました。

 一審の過失認定の不当さについて、病院側は控訴審で以下のように主張しました。

病院側控訴理由書
医療専門員の関与もなく、鑑定もなく、その結果裁判官らの臨床医療に対する知見が不十分なまま、結果責任を追求するという不合理な認定に至った。
病院側第1準備書面
原判決で、結石除去ができないことについて「執刀医は、経胆のう管法による採石について、結石を取り出す操作に手間取り、手術自体が通常より長時間かかったこと、手術操作により粘膜面を刺激することになり、長く刺激するほど浮腫は出やすくなること、結石を押し込めてしまったことと浮腫が合わさって結石が抜けなくなったことをそれぞれ証言し」と認定している。これが結石除去ができなかった理由である。原因説明はこれで十分と思料するが、原判決は「何らその原因説明ができていない」とする。しかし、大多数の臨床医に同様な質問をしても、恐らく、それ以上の原因についての主張・立証のしようがないとの見解が表明されるものと思料する。それゆえ、過失の有無、因果関係の鑑定が必要と主張しているのである。

要するに、原判決が求める結石除去ができなかったことについての「具体的な主張立証」が、いかなる事実を想定しているのか全く不明である。加えて、裁判官においても求釈明もせず、判決時点において主張立証がないとの断定は、自らの審理不尽を棚に上げて、かつ一審原告が本来負担すべき過失についての主張・立証責任を何らの根拠なく原審被告に転嫁するものであり、極めて問題のある判決と評する外ない。

逆に一審原告において、胆管内の浮腫が原因で結石が嵌頓している場合、どのような手技を用いれば結石除去が可能となるのかを具体的に明示すべきである。これが注意義務違反=過失の主張となるはずだからである。

 全くその通りだと思うのですが、一応過失認定部分の評論についてはさておいて、損害認定に関する部分を見てみたいと思います。病院側は控訴理由書で、

後遺症、膵臓の障害。これに関する事実認定が完全に欠如している。

と主張していますが、判決文はどうでしょうか。判決文では、後遺障害による逸失利益について、以下のように書かれています。

後遺障害による逸失利益として、労働能力の喪失割合を勘案すれば、これを35パーセントと捉えることが相当である。

 後遺障害等級が明示されていないことは如何なものかと思うのですが、労働能力を35%喪失したという認定からは、後遺障害等級表で労働能力喪失率が35/100とされる、9級相当と判断したものと考えて良いでしょう。そして後遺障害等級表の9級には、この事例と関連する可能性がある障害としては、次の2つが挙げられています。

・神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの

 このうち前者については、この判決では手術不成功とうつ病との因果関係が否定されており、この事例には該当しないと考えて差し支えないでしょう。一方、後者については、仮性膵嚢胞を発症した事実などから、障害を残したと推定することには一理ありそうです。では、服することができる労務が相当な程度に制限されたか否かはどうでしょうか。

(・・・)後遺障害としての内容や程度は、慢性膵炎又は糖尿病に起因すると認められる具体的な症状から評価されるべきである。
 この点、原告には、慢性膵炎に関連する症状としての脂肪性下痢及び背部痛が時折存在し、糖尿病の症状として一般的な頻尿の存在も認められ、腹部臓器の機能に障害が生じていることが明らかであり、労務への影響を否定することはできない。他方、原告は、仕事に就かない理由として、不眠や体のだるさ、通院等の負担を挙げるところ、慢性膵炎及び糖尿病の影響として、従事可能な労務が著しく制限されているとまで認めることはできず、もとより、原告自身が医師の勧めるインスリン治療を受入れていない状態にある。

 先に述べたように、腹部臓器の機能に障害が生じていることについてはとりあえず良しとするとしても、労務への影響の判断は如何なものでしょうか。労務への影響があるのであれば、それは原告が立証するべきであるところ、仕事に就かない理由として原告が主張しているのは「不眠や体のだるさ、通院等の負担」だというのです。そしてこれらが膵臓の障害から来るものであると的確な証拠をもって主張した形跡はありません。そうすると、この原告の主張立証からは、膵臓の機能障害によって従事可能な労務が著しく制限されていると言えないばかりか、服することができる労務が相当な程度に制限されるとも言えないと考えられます。それを「労務への影響を否定することはできない」という可能性を以って、服することができる労務が相当な程度に制限される場合に相当する労働能力喪失を認めたことは、的確な証拠を伴わない過剰な認定をしたものと判断せざるを得ません。後遺障害等級表をよく見ると、11級の障害として「胸腹部臓器に障害を残すもの」が挙げられているのであり、上記のような原告の主張からは、(単に障害が残ったことを以って"労働能力"の喪失を認めるのは如何なものか、という素人の素朴な疑問はさておき、)この11級相当を上回る認定をすることは誤りであると言って差し支えないと考えます。

 このような後遺障害認定の横車を見ると、推定過失認定の判断方法についても、いかがわしさを強く感じるというものです。推定過失認定の部分に限っていえば、最高裁判例などに反するなどの明らかな違法を認めるには足りないとしても、後遺障害認定については大きな問題があると考えられたため、司法過誤度Aと判定した次第です。しかし、医師の視点からより問題視すべき点は、推定過失認定の部分にあるということは強調しておきたいと思います。やはり本質的には、過失の具体的内容を摘示し、それに対して判断を下すのが司法の役目であると考えますが如何でしょうか。

 それにしても、「なぜ操作に手間取ったかについては、「…うまく取れなかったとしか言いようがないです」と答えるのみで、何らその原因の説明ができていない。」などと判示するその判決書の中で、自らが認定した後遺障害については、上記の通り何らその根拠の説明ができていないことはお恥ずかしい限りで、プロの仕事とは到底考えられません。しかも、手術操作に手間取ったことについての理由を詳しく説明することは、医業の本質的な仕事とは言えないのに対して、損害の認定の理由を詳しく説明することは、司法の本質的な仕事なのですからなおさらです。また、これは主に原告代理人に大きな原因があることだと思いますが、この程度の通常の医療裁判の進行に大きく手間取り、結果として4年半もかかるような仕事をする方々が、手術という限られた時間の中での手間取りに対して法的責任を追求することも、滑稽としか言いようがありません。さらに言えば、先に紹介した控訴審での病院側の主張を見ると、一審での推定過失の認定は病院側にとっては不意打ちであったと考えられ、一審の終局に近づいた段階での訴訟指揮には、相当に問題があったと推察されます。以前から何度か書いていますが、司法や患者側弁護士の「自分に甘く、他人に厳しい」にはもううんざりです。この裁判官や原告代理人が受診を求めてやって来ても、医療行為の何たるかを理解せず法外な契約を求めるものとして、診療契約を拒否することを検討する余地があるのではないでしょうか。少なくとも皮肉のひとつくらいは言ってやっても、バチは当たらないように思います。

 結局この事件は、控訴審で1400万円で和解になりました。ちなみに、三ツ石雅史弁護士は兵庫県弁護士会所属であり、最終的に那覇地裁に30回近く出向かれましたが、その旅費も相当な額に上るのではないかと思われました。なお、それとは別に電話会議方式が10回余り行われました。

 さて、あとは余談ですが、この稿を書くに当たってインターネットを検索したところ、この事件にコメントされている弁護士がお二人いらっしゃいました。

 お一人は田端綾子弁護士で、ご自身のブログである弁護士ラベンダー読書日記にて、判例時報でこの一審判決に付けられた解説について、「解説が因果関係論に言及しているのは、ちょっと違うんじゃないかと思ったのですが」と評されています。なるほどその解説を見ると、最高裁昭和判例50年10月24日や、最高裁判例平成11年3月23日といった因果関係に関する判例を持ちだして、本件判決はその系譜に当たるなどと書かれています。しかしながら本件のポイントは推定過失がそのまま認定された点であり、判例時報のタイトルでも「担当医師には手技の事実上の過失があったとして」とされているのですから、田端綾子弁護士のご指摘通りで、判例時報の解説はちょっと違うと思います。

 もうお一人は、当サイト当コーナーでも何度かご登場頂いている谷直樹弁護士です。よほどこの判決を気に入られていると見えて、ご自身のブログや、民間医局の医療過誤判例集で、繰り返し書かれています。これらの記事にも最高裁判例平成11年3月23日が例示されているのですが、繰り返しになりますがこの最高裁判例は本質的には因果関係に関する判例である上に、過失の有無については、過失がなかったと推認することはできないと判示するに留まるものなのであって、推定過失を認めるという判例ではないのですから、例示が適切ではないように思います。

 谷直樹弁護士に対しては、以前に、手技上の過失の考え方について「谷直樹弁護士の謬論」として苦言を呈したことがあります。谷直樹弁護士としては、 過失の具体的内容が示されないまま過失認定されている今回の判決を見て、「それ見たことか」とでも思われたのかも知れませんが、蓋を開けてみたらその裁判の実態はひどいものだったというわけです。この裁判記録を見られていたら、恥ずかしくて記事に書けなかったのではないかと思うんですけどね。

 判例時報の解説には、適切な判断であり「実務上参考となる事例として紹介する。」と、判例タイムズには「事例判断の一つとして参考になろう。」と、民間医局の医療過誤判例集には「手技上の過失の特定、認定について、参考になる事例判決である。」とそれぞれ書かれています。

 私は、この事例は、裁判の中にはレベルが低いものもあるのだということの証左として、参考になる程度の事例だと考えます。なんでこんな事例を、判例雑誌に出したんでしょうかね?

お時間のある方は、ぜひ閲覧メモもご覧ください。また、判決文はこちらにあります。

平成24年6月11日記す。


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