沖縄総胆管結石摘出不成功訴訟・判決文

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損害賠償請求事件
那覇地方裁判所平成18年(ワ)第1358号
平成23年6月21日民事第2部判決
原告 X1
同訴訟代理人弁護士 三ツ石雅史
被告 医療法人Y1
同代表者理事長 Y3
同訴訟代理人弁護士 与世田兼稔
同 新見研吾
同 中西良一


主文

1 被告は、原告に対し、金2325万9296円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その4を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、1項及び3項に限り、仮に執行することができる。


事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、金4000万円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告の経営する病院で総胆管結石の内科的及び外科的除去術を受けた原告において、被告に対し、これらの処置を担当した勤務医らの過失により、急性膵炎を発症し、さらに糖尿病及びうつ病に罹患したと主張して、医療契約の債務不履行に基づく損害賠償の一部請求として、賠償金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実
(1)当事者
 被告は、沖縄県内の被告肩書所在地において、Y2(以下「被告病院」という。)を経営する医療法人である。
 原告(昭和29年2月10日生)は、平成元年ころから○○に勤務していたが、平成13年6月27日、上腹部痛、背部痛等により被告病院の内科を受診し、閉塞性黄疸、総胆管結石疑いにて入院することになった者であり、その当時、47歳であった。
(2)診療経過
ア 内科的手術
 原告の結石について、平成13年6月27日に行われた超音波検査では、胆のうの結石は明らかであり、総胆管内にも結石の存在が疑われたが、はっきりしなかった。
 内科における原告の担当医のA医師は、原告の治療について、内視鏡的に総胆管内の結石を確認して除去する方針を定め、ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)及びEPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術)を行うこととした。
 A医師は、平成13年6月29日、原告に対し、病状とERCPの説明を行い、同年7月3日、ERCPによって総胆管結石を確認した上、EPBDを施行して除去を試みたが、これによって除去することはできなかった(以下「本件内科手術」という。)。
イ 膵炎と外科への転科
 翌日の平成13年7月4日の未明から、原告に膵炎が出現し、血液検査の結果、ERCPに伴った膵炎と診断され、保存的治療が施行された。
 原告は、平成13年7月11日ころには、膵炎の改善が見られたが、同日、根治術を目的に外科に転科することになった。
ウ 外科的手術
 外科における原告の担当医のB医師は、原告と配偶者のX2に対し、事前説明を行って手術同意書を得た。
 そして、B医師は、平成13年7月13日、まず、胆のう管を切開して細径胆道ファイバーを挿入し、総胆管内に結石を確認したことから、バスケット鉗子にて採石を試みたものの、採石することができず、総胆管下部に結石が嵌り込むこととなった。そこで、B医師は、次に、開腹して胆のうを摘出した上、総胆管を切開する方法で採石を試みたが、やはり成功せず、かえって結石をさらに総胆管下部へ嵌頓させることになった。そのため、B医師は、手術による結石の除去を断念し、T—チューブを留置して手術を終了した(以下「本件外科手術」という。)。
エ 急性膵炎と治療
 平成13年8月8日、原告の総胆管結石の状態を確認するため、T—チューブ造影検査が施行されたが、原告が検査中に痛みを訴えたため、検査は終了となった。
 原告は、平成13年8月12日、上腹部痛、腰痛を訴え、夕食時に摂食不良、嘔吐となり、同日夜には、T—チューブの排液不良が出現した。
 平成13年8月13日にも上腹部及び下腹部痛が存在し、原告は、血液検査にて急性膵炎と診断され、外科観察室へ転床となった上、膵炎治療が開始された。
 平成13年8月14日、腹部CTでグレード4の重症急性膵炎の診断となり、B医師は、原告の腹部動脈にカテーテルを留置し、急注療法を開始したが、同月16日、フォローアップの腹部CTで膵臓に一部壊死が確認され、壊死性膵炎の診断が加わった。
 その後、B医師は、原告の重症急性膵炎の改善傾向が認められたため、平成13年8月20日をもって動注療法を終了し、同月21日、中心静脈ラインより中心静脈栄養療法を開始した。
 そして、平成13年8月25日、再度、原告の腹部CT検査が行われ、膵炎の改善が認められた一方、重症急性膵炎の合併症である膵仮性のう胞の形成も認められた。
オ 結石の嵌頓解除
 平成13年8月27日には原告の便も白色から茶褐色へと変化し、同年9月5日には胆道ファイバー検査、胆管造影検査等が行われたが、総胆管内の結石は確認されず、造影剤の十二指腸への通過も良好であった。
 平成13年9月26日、再度、確認のため、原告の総胆管造影が施行されたものの、やはり遺残結石は発見されなかった。
カ サンドスタチンの投与等
 他方、原告は、平成13年8月上旬には発熱が持続し、その後も嘔吐、悪心が続いた。
 平成13年10月3日に膵仮性のう胞ドレナージチューブからの造影検査が行われたところ、のう胞腔と主膵管との交通が確認されたため、膵液量を減少させ、のう胞腔を閉鎖させることを目的として、同月4日から原告にサンドスタチンの皮下注射が開始された。なお、その結果、平成13年10月31日にされた原告の瘻孔造影では、のう胞腔は閉鎖状態となっていた。
 原告の悪心は徐々に消失したが、イライラ感、不眠、不安感が変わらなかったため、B医師は、平成13年11月6日にサンドスタチンの投与を中止したものの、原告の不眠、不安等の症状が続いたことから、同月15日には心理療法士との面談を実施した。
 原告は、平成13年12月3日、紹介されたCの心療内科を受診し、うつ病疑いと診断された。
キ 退院
 原告は、平成13年12月10日、被告病院を退院し、平成14年1月26日に被告病院を外来受診した際、腹部超音波検査により、膵尾部に仮性のう胞の再形成が認められた。
2 関連する医学的知見
(1)胆のう結石を併発した総胆管結石とその治療方法
ア 結石に対する一般的治療法
 胆のう結石の治療法としては、従来より開腹した上での胆のう摘出術が広く行われ、その他、薬物を用いた溶解療法、衝撃波による結石破砕療法、腹腔鏡下の胆のう摘出術などの治療が行われている。
 他方、総胆管結石の治療法としては、開腹下の結石除去術、内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)が行われてきたが、衝撃波による結石破砕療法、また、比較的最近になり、腹腔鏡下の砕石術や内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)による除去術も行われるようになった。
 胆のうと胆管の結石が併発している場合、臨床の場では、疾患の重篤度からまず胆管結石の治療が優先されることが多い。
イ 総胆管結石に対する内視鏡的治療
 総胆管結石については、外科的手法と比較して人体に対する侵襲が少ないなどの理由から、内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)によって結石を確認した後、そのまま内視鏡的に結石を摘出する治療法が用いられることが多い。
 内視鏡治療は、大きくESTとEPBDとに分けられる。
 ESTは、1974年に初めて文献報告された手法であり、内視鏡下に十二指腸乳頭括約筋を電気メスで切開して膵・胆管にアプローチする方法である。国内、国外を問わず総胆管結石について一般的に実施されている確立された手法であり、結石除去率は90パーセント前後とされる。ただし、乳頭を切開するため、乳頭機能が廃絶すること、早期合併症として出血、膵炎、穿孔などが認められ、出血傾向のある患者については禁忌とされている。また、技術習得の困難性も認められる。
 EPBDは、1983年に報告された手法であり、十二指腸乳頭括約筋をバルーンで拡張し、括約筋を切開せずに胆・膵管にアプローチする方法である。ESTと比較して、乳頭機能の維持ができ、技能習得が比較的容易である等の利点があるとされるが、これらの点については諸説が存在する。また、ESTよりも出血、穿孔等の合併症は少なく、出血傾向のある患者に対しては比較的安全な手法と考えられるが、膵炎の合併症の発生率がESTより高いとされ、出血等と対比しての治療の困難性等から、国外では積極的には実施されていない。ただし、国内においては、膵炎の合併を抑えるための工夫とともに、相当数実施されている手法であることも認められる。なお、ESTと比較して、開口部が小さいため、一般的に直径10ミリメートル以下、3個までの胆道結石が適応とされる。このような比較的小さな結石に関しては、結石除去率は高い。また、胆のうからの落下結石が考えられる症例ではEPBDを選択するのが合理的とする見解もある。
ウ 総胆管結石に対する外科的治療
 総胆管結石の外科的治療としては、開腹による除去が行われてきたが、現在では、腹壁に大きな創を作らずに侵襲性の低い腹腔鏡下の手術が多く実施されている。特に、胆のう結石と総胆管結石の併発例の多くを占めると考えられる胆のうからの落下結石の事例では適応とされる。
 腹腔鏡下の手法として行われる経胆のう管法は、胆のう管のできるだけ総胆管近くに約半周の切開をおき、そこから一旦バルーンを入れて胆のう管を拡張した上、バルーンを抜いて細径の内視鏡を経胆のう管的に総胆管まで入れ、結石を発見したらバスケットカテーテルで結石を把持し胆管外へ引き出す手法である。適応は少数(3個以下)、小結石(7ミリメートル以下)であるとする文献が多い。なお、経胆のう管法は、総胆管切開法と比較して、合併症数の減少が認められたとする研究結果も存在し、また、術後入院期間を短縮できるとされており、総胆管結石症手術における第一選択としている病院も存在する。
 総胆管切開法は、総胆管に縦切開をおき、切開口を通じて通常の内視鏡を挿入し、結石を発見したらバスケットカテーテルで結石を把持して胆管外へ引き出す手法である。経胆のう管法と同様に腹腔鏡下でも行われるが、その場合、経胆のう管法と比較して、適応は多数(4個以上)、大結石(8ミリメートル以上)であるとする文献が多い。なお、結石の遺残に対しては、T—チューブを留置して造影剤を入れて検査をし、T—チューブ瘻孔からの切石が行われる。
(2)膵疾患及び糖尿病
ア 急性膵炎と慢性膵炎
 急性膵炎は重症例を除いて一般的に可逆性であるが、急性膵炎の複数回の再発と慢性膵炎への移行は関連性がある。また、膵壊死そのものが膵炎の長期転帰を左右すると認めるに足りるデータはないが、壊死性膵炎では内外分泌障害と形態学的異常が多いとの報告がある。
イ 膵性糖尿病
 膵性糖尿病とは、厳密には膵疾患に伴って出現した糖尿病のことであり、平成14年に行われた厚労省の調査研究班による慢性膵炎全国転帰調査では、慢性膵炎患者の50・4パーセントに糖尿病が認められ、平成6年の調査時点で糖尿病を認めなかった患者の28・9パーセントに糖尿病が認められた。
 慢性膵炎に伴う膵性糖尿病の発症機序としては、慢性膵炎の進行によりランゲルハンス島が破壊され、インスリンを分泌するβ細胞が減少して、糖代謝に異常をきたすものである。また、我が国における慢性膵炎の診断基準には糖尿病は含まれていないが、糖尿病の特徴的症状である口渇、多尿、体重減少は慢性膵炎に多い症状である。
 なお、糖尿病については、尿糖、血液検査における血糖及びHbA1cの値が指標となっており、日本糖尿病学会が平成11年に発表した診断基準では、空腹時血糖値が126mg/dl以上、糖負荷試験2時間値又は随時血糖値が200mg/dl以上のいずれかを満たす場合に「糖尿病型」の検査値とされ、この検査値のいずれかが別の日の検査で2回以上確認された場合、「糖尿病型」を示しかつ糖尿病の典型的症状の存在、HbA1c6・5パーセント以上、確実な糖尿病網膜症の存在の条件を満たす場合に糖尿病と診断される。
3 争点
(1)注意義務違反
ア 本件内科手術(EPBDの採用)
イ 本件外科手術(除去失敗と嵌頓)
(2)糖尿病との因果関係
(3)うつ病との因果関係
(4)損害
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア〔注意義務違反—本件内科手術(EPBDの採用)〕について
〔原告の主張〕
 手術は患者の身体に対する侵襲行為であるから、医療契約を締結した医師には、手術方法の選択及び手術の際の具体的な操作に当たり、患者の生命や身体の安全を保全するための最大限の注意義務が課せられる。
 内視鏡による総胆管結石の除去法として、一般的にはESTが第一選択であり、EPBDはESTが困難な場合などの特段の事情がない限り選択されるべきでないところ、被告のA医師は合理的な理由なくEPBDを採用した。
 したがって、本件内科手術において、被告の履行補助者のA医師には過失があるから、被告は、債務不履行による損害賠償責任を免れない。
〔被告の主張〕
 原告の総胆管内の結石は1個であり、大きさも直径8ミリメートルと比較的小型であるから、ESTでなくEPBDを試みたことに何の問題もない。
 なお、原告提出の意見書(甲B6)でもこの点は問題視されていない。
2 争点(1)イ〔注意義務違反—本件外科手術(除去失敗と嵌頓)〕について
〔原告の主張〕
 本件外科手術において、被告の履行補助者の担当医B医師には、次のとおりの過失があるから、被告は、債務不履行による損害賠償責任を免れない。
(1)手技の選択上の過失
 被告のB医師は、本件外科手術において、まず、胆のう管から細径胆道ファイバーを挿入する経胆のう管法で総胆管結石の除去を試みたが、胆のう管の径は一般的に5ミリメートル以下であり、原告の総胆管結石の大きさからして、適切な選択ではない。
 また、細径胆道ファイバーを使用することにより、強いバスケット鉗子を使用できなかったことが結石の除去に失敗した最大の原因であると容易に推認できる。
(2)手技の実施上の過失
 被告のB医師は、本件外科手術の途中でディスポ製品のバスケット鉗子の操作性が悪くなることを予見し得たにもかかわらず、予備のバスケット鉗子を利用しておらず、この点に過失があることが明らかである。
 また、本件外科手術で用いられた手技自体は、結石の除去に失敗することが想定できないほど成功率の高い手技であるにもかかわらず、B医師は、結石を乳頭部に嵌頓させ、かつ、当該手技に必要以上の時間をかけてしまっており、結石除去の失敗について、具体的な手術操作に何らかの誤りが存在したことの高度の蓋然性があるものであり、この点、被告は何らその他の原因を主張していない。
〔被告の主張〕
 本件外科手術において、被告のB医師には何らの注意義務違反もない。
(1)手技の選択上の過失について
 B医師は、結石の大きさと自己の経験から経胆のう管法で十分除去可能と判断し、かつ、胆のう管からの除去がうまくいかない場合でも総胆管切開に切り替えることが可能であるため、まず、経胆のう管法を採用したのであって、この判断に何らの問題もない。
 また、経胆のう管法を用いるには細径胆道ファイバーを利用するしかないのであって、この点にも問題はない。
(2)手技の実施上の過失について
 手術の途中で鉗子を取り替えるなどということはできない。また、経胆のう管法から総胆管切開法に切り替えた段階では、既に結石は嵌頓に近い状態であったから、鉗子を取り替えたところで意味はない。
3 争点(2)〔糖尿病との因果関係〕
〔原告の主張〕
 原告の糖尿病は、被告の注意義務違反と因果関係を有する。
 すなわち、原告は、被告による手術失敗のため、3回にわたり急性膵炎を発症したものであり、特に3回目は重症の壊死性膵炎であって、これらにより膵臓組織は著しく荒廃した結果、ランゲルハンス島数と容積の減少を生じ、膵血液量の減少も伴ってインスリン分泌の低下を来したことにより、最終的に糖尿病の発症に至った。
〔被告の主張〕
 原告の主張する因果関係を争う。
 原告の場合は、一連の治療の流れの途中で、結石が自然排石されて偶発的に重症急性膵炎を併発したと考えられるため、医療行為に伴う過失により重症急性膵炎が発症したとはいい難い。
4 争点(3)〔うつ病との因果関係〕
〔原告の主張〕
 糖尿病とうつ病には重大な関連性があり、原告のうつ病は、被告の注意義務違反と相当因果関係を有する。
〔被告の主張〕
 原告の主張する因果関係を争う。
5 争点(4)〔損害〕について
〔原告の主張〕
(1)被告による診療契約の債務不履行と因果関係のある原告の損害は、次のとおりである。
ア 入院雑費 25万0500円
 1日当たり1500円が相当であり、入院日数が167日である。
1500*167=250500
イ 入院付添費 108万5500円
 原告の夫が付き添っており、1日当たり6500円が相当である。
6500*167=1085500
ウ 入院慰謝料 244万0000円
 標記の額が相当である。
エ 休業損害 1111万2940円
 原告の基礎年収額が229万9229円であり、平成13年7月から平成18年10月までの58か月分である。
2299229*58/12=11112940.1
オ 後遺障害逸失利益 1336万4572円
 原告は後遺障害等級7級5号相当の後遺障害を負ったものであって、労働能力喪失率が56パーセントとなり、遅くとも本件訴訟の提起日の平成18年11月11日の時点(52歳)で原告の症状が固定し、15年のライプニッツ係数が10・3797である。
2299229*0.56*10.3797=13364572.0
カ 後遺障害慰謝料 1100万0000円
 標記の額が相当である。
キ 説明義務違反による慰謝料 500万0000円
 被告は、「この手術はお腹を切らない。安全性が高い。30分で終わる。失敗するのは何万人に1人で成功率が高い。過去に大阪で1人亡くなっているが、それ以降失敗した人はいない。」などと安易な説明をしており、原告の判断を奪った慰謝料として、標記の額が相当である。
ク 弁護士費用 400万0000円
ケ まとめ 合計4825万3512円
250500+1085500+2440000+11112940+13364572+11000000+5000000+4000000=48253512
(2)よって、原告は、被告に対し、診療契約の債務不履行による損害賠償の一部請求として、4000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の平成18年11月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告の主張〕
 原告の主張する損害を争う。
 特に、原告には労働能力の喪失を伴うような後遺障害は認められず、また、被告の担当医は事前に十分に説明を行っている。
 なお、原告の入院日数は163日である。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)〔注意義務違反〕について
(1)前記第2の1前提となる事実に加え、《証拠略》によれば、
ア 原告には、胆のう内に3個、総胆管内に1個の結石が存在し、総胆管内の結石の直径は約8ミリメートルであったこと、
イ 総胆管内の結石1個については、その形状及び大きさから、胆のうでできた胆石が胆のう管から総胆管内に落ちたものと推測されること、
ウ 本件外科手術前,B医師は、原告と夫のX2に対し、胆のう管から取り出せない場合には総胆管を切開して石を取出した後、T—チューブを留置することになり、手術後の入院が1か月ほどとなると説明したこと、
エ 本件外科手術の際、B医師は、経胆のう管法を試みた後、胆のうを摘出した上、総胆管を切開して、砕石鉗子、バルーン等を利用した結石の処理も試みたが、いずれも成功しなかったこと
がそれぞれ認められる。
(2)本件内科手術(EPBDの採用)について
 原告は、本件内科手術について、ESTが第一選択であり、被告のA医師が合理的理由もなくEPBDを選択した旨主張する。 
 確かに、ESTについては、国内、国外を問わず一般的に行われている確立された手法であり、発生する頻度の高い合併症に対する治療の困難性の程度から、その優位を説く見解の存在することも窺われる。
 しかしながら、原告提出の社会保険中央病院副院長松田眞佐男作成の意見書(甲B第6号証、以下「松田意見書」という。)及び被告提出の東京女子医科大学附属青山病院消化器内科教授長原光の意見書(乙B第5号証、以下「長原意見書」という。)のいずれも、EPBDの採用自体については、何ら問題を指摘していない。
 そして、本件内科手術が行われた時点で、EPBDが報告されてから既に20以上が経過しており、我が国においては相当程度実施されていることを考慮すると、ESTと比較しての優位性に議論があるとしても、EPBD自体が問題の大きい未確立の手法ということは決してできないこと、原告は当時47歳と比較的若く、乳頭機能維持の可能性という利点を重視するのは不合理でないこと、原告の総胆管結石は8ミリメートルと比較的小型の結石が1個であり、この結石が胆のうからの落下結石である可能性も高いことなどをそれぞれ指摘することができる。
 これらを総合して考慮すれば、被告のA医師において、ESTではなくEPBDを採用したことから、直ちに注意義務に違反すると認めることはできない。
 したがって、原告の上記の主張は失当である。
(3)本件外科手術(除去失敗と嵌頓)について
ア 結石除去の失敗と原因
 B医師において、経胆のう管法、総胆管切開法の順で、本件外科手術を実施し、砕石鉗子、バルーン等も利用しながら原告の総胆管結石1個の除去を試みたが、これを実現できず、本件外科手術を断念したことは、前記(1)のとおり認められる。
 そして、経胆のう管以外の方法で除去できなかった原因について、B医師は、経胆のう管法の実施中に結石を押し込めてしまうとともに、胆管内の壁に浮腫が生じ、結石の嵌頓により、その他の結石処理法が成功しなかった旨を証言しており、これらの証言は、入院診療録中の経過表の記載と照らし合わせても、信用し得るものである。
 したがって、本件外科手術においては、経胆のう管法によって総胆管内の結石を除去することができず、むしろ嵌頓させてしまったため、最終的に結石の除去に成功しなかったものと認められる。
イ 結石嵌頓の原因
 B医師は、経胆のう管法による採石について、結石を取り出す操作に手間取り、手術自体が通常より長時間かかったこと、手術操作により粘膜面を刺激することになり、長く刺激するほど浮腫は出やすくなること、結石を押し込めてしまったことと浮腫が合わさって結石が抜けなくなったことをそれぞれ証言し、他方、なぜ操作に手間取ったかについては、「…うまく取れなかったとしか言いようがないです」と答えるのみで、何らその原因の説明ができていない。
 経胆のう管法は、これを総胆管結石手術における第一選択とする病院も存在する一般的な手法であること、松田意見書及び長原意見書がいずれも総胆管切開手法まで行って結石除去ができないのは稀と指摘し、B医師自身、自己の経験において同様の結果に陥った症例は1例もなく、最終的に結石除去を断念せざるを得ない事態は想定していなかった旨証言していることなどを考慮すると、経胆のう管法の実施中に総胆管切開やその他の方法によっても除去できない程度に結石を嵌頓させてしまったことが手術そのものの困難さなどによるやむを得ない結果であるとは想定し難い。もとより、結石の把持に手間取り、その結果として結石が嵌頓状態に陥ったことは、B医師自身が認めるところである。
 そうすると、結石の把持が困難であったことについて、その他の原因の存在が認められない限り、本件外科手術における結石の嵌頓は、経胆のう管法の実施中におけるB医師の操作上の誤りに起因すると推認し得るものである。そして、被告において、そのような原因関係につき具体的な主張立証を一切せず、また、B医師からも説明がされない状況からすれば、具体的な態様を特定することはできないものの、B医師において、操作上の誤りにより、総胆管結石を総胆管下部に嵌頓させてしまい、その結果として本件外科手術が失敗したものというほかない。
ウ 以上のとおりであるから、原告の主張するその他の過失につき検討するまでもなく、被告のB医師には本件外科手術における手技の実施上の過失が認められる。
 したがって、被告は、原告との診療契約について、B医師を履行補助者とするものであり、その債務不履行に基づき、これによって原告に生じた損害を賠償する責任がある。
2 争点(2)〔糖尿病との因果関係〕について
(1)重症急性膵炎との因果関係
 被告は、原告の本件外科手術後の重症急性膵炎の発症について、一連の治療のなかで結石が自然排石されたことによるものであって、医療行為に伴う過失による発症とはいい難い旨を主張する。
 しかしながら、原告の総胆管結石は、本件外科手術の結果、膵管及び乳頭部により近い総胆管下部に押し込まれている状況であったことからすれば、これによって、急性膵炎のリスクが高まることは明らかであり、また、被告のいう自然排石によるものであったとしても、除去できなかった結石のもたらしたものであることに変わりがない。
 したがって、被告の上記の主張にかかわらず、本件外科手術における結石の除去失敗と重症急性膵炎との間の因果関係を否定することはできないものというべきである。
(2)糖尿病との因果関係
ア 前記第2の1前提となる事実に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(ア)原告は、平成16年10月23日、糖尿病の診断を受けた。
(イ)原告は、現在、高度の糖尿病の状態にある。
(ウ)原告の血液検査による血糖値は、次のとおりの変動を示している。なお、基準値は60又は70~110mg/dlである。
・平成12年 8月31日 102mg/dl
・平成13年 2月19日  98mg/dl
・      6月27日 129mg/dl
・      7月 4日 143mg/dl
・平成14年 7月25日  98mg/dl
・     12月26日 155mg/dl
・平成16年 8月19日 268mg/dl
・      9月 2日 248mg/dl
・     11月 4日 352mg/dl
・     12月11日 326mg/dl
・平成17年 1月 8日 402mg/dl
・平成21年10月31日 397mg/dl
(エ)原告のHbA1cの値は、平成16年8月19日から平成17年1月8日までの間の血液検査で、10・4パーセントから11パーセントの間で推移している。また、平成21年10月31日の血液検査では、11・9パーセントであった。なお、基準値は4・3~5・8パーセントである。
(オ)原告の膵仮性のう胞は、腹部超音波検査によると、平成14年6月29日の時点で直径6・8センチメートルと巨大なものであったが、平成21年10月31日の時点で直径2・5センチメートルとかなりの縮小が認められた。
(カ)D病院の電子カルテの平成14年2月9日の欄には、「指導目的:急性膵炎後の膵嚢胞です。慢性膵炎として食事指導お願いします。」との記載がある。
イ 原告は、急性膵炎が繰り返し発症したことにより膵臓組織が荒廃し、膵臓のランゲルハンス島数と容積の減少を生じるなどして、膵性糖尿病に進行した旨を主張しており、これは松田意見書に依拠するものである。
 そこで、検討するに、原告は、少なくとも平成13年7月4日と同年8月12日の2回にわたり、急性膵炎を発症し、特に後者の時点では、膵臓の一部壊死が認められる壊死性の重症急性膵炎にまで進行した。そして、この重症急性膵炎の合併症として膵仮性のう胞が形成され、いったんは、のう胞腔の閉鎖状態に至りながら、再度巨大な仮性のう胞が形成され、平成21年10月31日の時点で縮小はしたものの、残存しているとの経過をたどっている。
 このような経過は、原告の膵臓組織の相当な荒廃を伴うものと認められるところ、さらに、平成14年2月の時点から慢性膵炎としての食事指導の指示がされ、原告の現在の症状に関して、被告病院の甲田医師が「慢性膵炎に関連した症状と思われる」旨を陳述していること、原告の血糖値は、平成13年6月27日の入院以前は通常値であり、平成13年及び平成14年ころは高めであるものの通常値の範囲内に収まることもあったが、平成16年以降は血糖値及びHbA1cの値が非常に高い数値を継続的に示していること、慢性膵炎から膵性糖尿病への進行は長期的な転帰を見守る必要があること(前記第2の2関連する医学的知見(2))、原告が従前の健康診断等では糖尿病に関する指摘を受けたことが一切ないと述べていることをそれぞれ指摘することができる。
 そうすると、これらを考慮すれば、原告の糖尿病は、急性膵炎の繰り返しから慢性膵炎に進行し、さらに、遅くとも平成16年8月の時点では糖尿病に進行したものと合理的に推認することができる。
(3)以上のとおりであるから、被告の注意義務違反と原告の糖尿病との間には因果関係の存在が認められ、被告において、原告の糖尿病による損害を賠償する責任がある。
3 争点(3)〔うつ病との因果関係〕について
 原告は、糖尿病とうつ病との関連性から、被告の注意義務違反と原告のうつ病との間に因果関係がある旨を主張する。
 しかしながら、原告は、平成13年12月3日の時点で既にうつ病疑いと診断されており、他方、前記2(2)のとおり、この時点で原告が糖尿病を発症していたことを示す事実関係は窺われないから、糖尿病とうつ病との関連性をもって、直ちに被告の注意義務違反と原告のうつ病との間の因果関係を認めることはできない。
 また、原告において、糖尿病の発症後、これによって一定の精神的負担を負っていたこと自体は想像に難くないものの、糖尿病患者の大半がうつ病に罹患することを示すまでの客観的資料はなく、うつ病の発症には患者の素因を含む種々の要因が考えられるところ、原告は、被告の注意義務違反と原告のうつ病の発症との関連性についての何ら的確な主張立証をしない。
 したがって、被告の注意義務違反と原告のうつ病との間の因果関係を認めることはできず、これによる損害の賠償を求める原告の主張は失当である。
4 争点(4)〔損害〕について
(1)入院雑費、入院付添費及び入院慰謝料 合計244万5000円
ア 原告の被告病院での入院期間は、平成13年6月27日から同年12月10日までであるところ、本件外科手術においては、当初から開腹での総胆管切開術も予定されており、T—チューブが留置された場合の入院期間が約1か月であったことを考慮すれば、被告の注意義務違反と相当因果関係のある入院期間は、本件外科手術の日から1か月を超えた同年8月13日以降と評価すべきである。
 したがって、入院雑費及び入院慰謝料の基礎となる入院日数は、平成13年8月13日から同年12月10日までの120日である。
イ 入院雑費 18万0000円
 1日につき1500円とするのが相当であり、標記の額を認める。
1500*120=180000
ウ 入院慰謝料 184万0000円
 原告において、120日間の入院の延長を余儀なくされたことにより、精神的苦痛を被ったことが明らかであり、なお、本件事案に顕れた諸般の事情を考慮して、標記の額を認める。
エ 入院付添費 42万5000円
 原告の夫のX2が仕事を休業することはなかったものの、原告の入院期間中ほぼ毎日の朝と夜に付き添っていたことが認められる。
 この点、原告の夫の付添につき医師の指示があったと認めることはできないものの、致死性のある重症急性膵炎の発症や膵仮性のう胞の形成等が認められた原告の場合、少なくとも急性膵炎の診断がなされた平成13年8月13日からその後初めて外泊を許可された同年11月6日の前日までの85日間については、原告の夫の付添の必要性が認められる。
 したがって、これらの事情を考慮して、1日につき5000円とするのが相当であり、標記の額を認める。
5000*85=425000
オ 前記イないしエを合計すると、244万5000円となる。
180000+1840000+425000=2445000
(2)休業損害 316万1439円
ア 基礎収入
 原告において、平成13年6月17日の被告病院の入院前は、Eに勤務し、株式会社Fから平成12年の給与賞与として合計229万9229円の支給を受けていたことが認められ、この支給額をもって、損害算定の基礎収入と認める。
イ 休業期間
 原告は、被告病院の入院以後、Eで勤務していないこと、賃金も受け取っていないこと、退職金名目で3万円を受け取ったこと、平成15年ころに3か月程度Gで勤務したことがそれぞれ認められ、他方で、上記の3万円の受取時期のほか、退職手続の有無や時期等を裏付ける証拠はない。
 これらの事情からは、相当因果関係を肯定できる原告の休業期間は、長くとも平成13年8月13日から平成14年12月31日までと捉えて、これを16・5か月と認めるのが相当である。
ウ したがって、標記の額を認める。
229929*16.5/12=3161439.8
(3)後遺障害逸失利益 835万2857円
ア 後遺障害
 原告は、慢性膵炎を経て膵性糖尿病の発病に至り、現在、高度の糖尿病の状態にあるものと認められ、また、平成16年8月以降の血糖値及びHbA1cの値の推移からは、原告の主張する平成18年11月2日の時点において、既に症状の固定した状態にあったものと認められる。
 もっとも、糖尿病の症状は様々であるから、後遺障害としての内容や程度は、慢性膵炎又は糖尿病に起因すると認められる具体的な症状から評価されるべきである。
 この点、原告には、慢性膵炎に関連する症状としての脂肪性下痢及び背部痛が時折存在し、糖尿病の症状として一般的な頻尿の存在も認められ、腹部臓器の機能に障害が生じていることが明らかであり、労務への影響を否定することはできない。他方、原告は、仕事に就かない理由として、不眠や体のだるさ、通院等の負担を挙げるところ、慢性膵炎及び糖尿病の影響として、従事可能な労務が著しく制限されているとまで認めることはできず、もとより、原告自身が医師の勧めるインスリン治療を受入れていない状態にある。
 そうして、原告の後遺障害の内容や程度について、これらの事情を考慮した上、後遺障害による逸失利益として、労働能力の喪失割合を勘案すれば、これを35パーセントと捉えることが相当である。
イ そして、原告は、平成18年11月11日の時点で52歳であり、この症状固定の後、67歳まで15年間にわたり、その労働能力の制約を受けるものであって、15年のライプニッツ係数が10・3797であり、原告の基礎収入は、前記(2)のとおり、229万9229円である。
ウ したがって、標記の額を認める。
2299229*0.35*10.3797=8352857.5
(4)後遺障害慰謝料 750万0000円
 原告の後遺障害の内容や程度,致死的な疾患である壊死性の重症急性膵炎の併発や膵仮性のう胞の繰り返しの形成をたどった経緯、現在、高度の糖尿病に罹患し、インスリン治療等が強く求められる状態にあること、その他原告の生活状況や年齢など本件事案に顕れた諸般の事情を考慮して、標記の額を認める。
(5)説明義務違反
 原告は、ERCP及びEPBDの前に、開腹しない手術であること、短時間で終わり、安全性が高いこと、成功率が高いことなどの安易な説明するのみであったとし、本件内科的手術を行った被告のA医師に説明義務違反があった旨を主張するもののようである。 
 しかしながら、原告において、A医師が具体的に何を説明すべきであったかについて、何ら的確な主張はされていない。
 また、EPBDが開腹しない手術であり、外科的手法と比較して人体に対する侵襲が少ないこと、手技は相対的に容易で結石除去率も高いことは医学的な事実である上、A医師は、平成13年6月29日、原告に対し、ERCPの際の偶発症として穿孔や出血、膵炎等があり得ると説明していることも認められる。
 したがって、原告の上記の主張は失当であり、被告の説明義務違反に基づく慰謝料の支払を求めることはできない。
(6)まとめ
 前記(1)ないし(4)の損害を合計すると2145万9296円となる。
2445000+3161439+8352857+7500000=21459296
 なお、相当因果関係にある弁護士費用は、これを180万円と認める。
 したがって、原告の損害額は、2325万9296円となる。
21459296+1800000=23259296
5 結論
 以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として、2325万9296円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の平成18年11月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第5 結論
 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田直人 裁判官 高橋明宏)
裁判官早山眞一郎は、転補のため署名押印することができない。
(裁判長裁判官 平田直人)


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