父の診療を担当した医師(息子)が、姉妹から訴えられた事例

2022年4月25日

東京高裁の医療訴訟。開廷表に「弁論(本人尋問)」の記載あり。証人・本人尋問は一審で終わるのが一般的であり、高裁で尋問を行うことは珍しく、内容が気になりました。

傍聴していると、この事例は、医師である被告が、患者である父(元医師・89歳)の脳梗塞の発見が遅く搬送が遅れたため、血栓溶解療法を行うことができなかったとして、被告医師の姉妹から訴えられた事例であると分かりました。被告医師とその姉妹とは、20年ぐらいほとんど接触がなかったそうです(被告医師談)。

一審の判決文は判例データベースにあり、事件番号は東京地裁令和2年(ワ)第14948号。その判決文と、高裁で行われた医師に対する尋問から、事件を眺めてみます。

背景
患者は当時89歳男性で被告医師の父。医師の自宅と医院が同じ建物内にあり自由に行き来できる構造。患者と医師とは毎日対面。被告医師の専門は脳神経外科。

既往歴
84歳頃からアルツハイマー型認知症に罹患。被告医師は患者が88歳の頃から主治医として診療開始。同時期から介護センターによる訪問介護を受け、またデイサービスを利用開始。

経過(以下、日のみ記載)

(22日:原告側は、この日から麻痺症状があったと主張。根拠は、転院先の総合病院のカルテにそれらしき記載があるため。)

24日:デイサービスに通所。リハビリ体操、早口言葉、カラオケ等のレクリエーションをこなす。
夕方、ヘルパーが、夕食時に身体が若干右に傾いていることに気づき、被告医師に報告。神経学的所見異常を認めず。身体の右への傾きは修正可能で、食事も右手で食べていたことを確認。

25日:身体が右に傾く。神経学的所見異常を認めず。15:20頃血液検査を施行、大きな異常を認めず。

26日:朝食時に,身体の傾きに加えて,右手の動きが悪くスプーンを上手く使えない。右手に麻痺が出現しており、頭蓋内疾患の発生を疑う。紹介状を書いて、介護タクシーで総合病院へ。

尋問を聴いて、私がポイントと感じた点は以下の通り。「被)」は被告医師、「原代)」は原告代理人を示します。

被)被告医師が付き添うが、総合病院では口頭での説明をしたか記憶ない。紹介状以外の情報は伝わっていないと思う。

原代)看護記録に、「22日、歩行していても右に傾く、25日、歩行できず右麻痺出現」との記載あり
被)話していない。

原代)「24日、デイサービスに行った」
被)これは事実。総合病院で説明したかもしれない。

被)2月26日のCTで左基底核部の脳梗塞。rt-PA(血栓溶解療法)適応はなかった。

原代)22日と25日の話がずれるのはなぜか。看護記録が不正確になった原因に心当たりは?既往歴家族歴、24日のことも正確なのに、22日と25日のことだけ曖昧なのが疑問だ。あなた(被告医師)に不利益な部分が曖昧と思うので訊いている。
被)数日前から右不全片麻痺とだけ説明。

被)24日の身体の傾きは、手を加えれば修正可能。もともと重度のアルツハイマー。大脳萎縮。認知症の進行も考えた。身体が傾くのはTIAの症状ではない。

原代)血圧、脈拍、心雑音の検査は?
被)検査したかもしれない、しなかったかもしれない。

原代)カルテになんで書かないのか。
被)自分の父親という特殊なケースなので。

原代)24日に搬送しなかったのはなぜか。
被)脳梗塞、頭蓋内疾患はほぼ疑っていなかった。

原代)なぜ右に傾いていたのか
被)認知症と下肢筋力低下。

原代)脳梗塞の疑いが否定出来ないのに搬送しないでいいのか
被)もともと重度の認知症。25日は麻痺がなかった。26日、スプーンがうまく使えていないことに気づいた。見るからに麻痺があるので神経学的検査の必要なく、介護タクシーを呼んだ。

原代)甲号証意見書(原告協力医)には、拘束の時期の特定は(画像所見ではなくて)臨床症状優先と書かれている。
被)これは違う。画像で決まる。

 

うーん、それにしても、アルツハイマーを発症している89歳の脳梗塞で、搬送が遅れて血栓溶解療法(rt-PA)を施行できなかったから過失だと言い、同じ相続人同士であるのに兄弟に対して裁判を起こす例というのもあるのですね。私見では、一般に医療訴訟の原告が医療関係者またはその家族である例は、そうでない例よりも比率的に多いように思っていますが、兄弟姉妹同士での争いとなると非常に珍しいと思います。なお、以前に調べた医師を含む兄弟姉妹同士の医療訴訟例として、東京地裁平成19年(ワ)第28251号が挙げられます。

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