宮川光治裁判官の余計な一言

 今回は医療事故の話ではありません。日航機ニアミス事故の最高裁棄却決定書の話です。刑事医療事故とも関係する話なので,こちらに掲載しておきます。

 事件そのものは,管制官の言い間違いを端緒として,TCASというコンピュータによる事故防止機構があったもののうまく機能せず,結果的にニアミスを引き起こしたというもので,言い間違いの過失があったことは明らかであり,それがニアミスにつながったという判断は,TCASの介在があったとはいえ,誤っているとも言えないもののようです。事件については町村先生のブログでご確認下さい。

 私はこの事件で被告人らの有罪が確定したことを憂慮するものですが,しかし過失と因果関係の有無とについて,一般的な刑事司法の判断方法を適用すれば,有罪という結論になることには止むを得ない面があり,その点では高裁判決を出した控訴審裁判官らや,棄却決定を出した最高裁裁判官らを責めても仕方がないのかも知れません。

 しかしそうは言っても,この有罪確定は何とも腑に落ちないものがあります。それはなぜかといえば,言い間違いという誰しもが日常生活で犯しうるちょっとした間違いが,犯罪として刑罰に付されたからです。宮川光治裁判官は「緊張感をもって,意識を集中して仕事をしていれば,起こり得なかった事態である」などと断定しています。確かに緊張感をもって仕事をすれば,間違いを減らせる可能性はあるかも知れませんが,それでも間違いを完全にゼロにできるとは言い切れないというのが,むしろ一般的な感覚ではないかと思います。むしろ,緊張感を持っている時こそ,その緊張感が仇となり,かえって間違いに気づかない可能性すらあるのではないかと思われます。「緊張感を持って仕事をすれば,間違いなど起こさない」という考えは,証拠を伴わない単なる空想なのであり,現実に即していない単なる願望に過ぎないのです。もし本当に,緊張感をもって意識を集中して仕事をしていれば,間違いなどは起こさないものだというのであれば,例えば,2年もかけてお粗末な矛盾を含んだ判決を書いた,一宮身体拘束裁判の控訴審裁判官らなどは,緊張感を持たずに仕事をしていたということになるでしょう。その裁判官らは,法的に罰せられることはないにしても,緊張感をもって意識を集中して仕事しないような裁判官だったのですから,左遷されるなどの不利益があってしかるべきだと思われます。

 どんなに重要な局面であっても間違いを起こす場合がありうることは,それはもう人間の限界としか言いようがないと思います。そのようなヒューマンエラーを低減すべく,コンピュータを用いて対策を講じたところ,それがかえって事故を発生させる一因となった可能性があったというのが,今回の事件です。そのような事故で,事故の端緒となったからといって,単なる言い間違いをした管制官(およびそれに気付かなかった管制官)だけを刑罰に付すことが,一体何の正義であるというのか,私には理解不能です。既に述べたように,言い間違いなどというものは日常誰もが起こしうるミスでしかないのですが,それに対して結果が悪ければ刑罰を与えるというシステムは,恐怖政治であり,強権司法なのではないかと考えます。百歩譲って,そのようにすることが安全向上に資するという確証があるのであれば,渋々ながら首肯せざるを得ないのかも知れませんが,単なる言い間違いを罰することが安全向上に資するという証拠はどこにもないでしょう。わざと言い間違いを犯そうなどという悪意を持った人間は別として,通常業務において無意識に言い間違いを犯してしまう瞬間というのは,一種の心神喪失状態であると捉えることもできるでしょう。そのような状態で犯した所業を罰することは,却って人権侵害とすら言えるのではないかと思います。

 業務上過失致死傷罪の存在に異議を唱える人がほとんどいない日本の法曹界は,総じて人権意識が希薄であるかのように,私には映ります。少なくとも,今回のようなシステムエラーが問題となる事故において,その端緒となった管制官を有罪とすることについて,「緊張感を持って仕事をすれば,間違いなど起こさない」などと,実生活上の現実と異なる前提を持ち出して肯定しようという人が,最高裁裁判官を務めているような国においては,業務上過失致死傷罪などというものは,ナントカに刃物になりかねない恐怖の悪法であると思われます。ま,上記のような意見を書いてしまった宮川光治裁判官も,単に緊張感を持って仕事をしていなかっただけなのかも知れませんが,いずれにしてもその現実直視力の貧困を見ると,最高裁,高裁,地裁を問わず,裁判官として働くには不適格なのではないかと思う次第です。

 単なる言い間違いを刑法犯として処分することに,一点の疑義も抱かないような法律家は,法律家であることを辞めたほうが良いと思います。

平成22年11月17日記す。平成24年12月19日、軽微な修正(旧版はこちら

追記

 これまでに何人かの法律家の方々に、ツイッターなどでこのページを紹介して頂きました。ありがとうございます。また、他にも法律家の方々から、いくつかの興味深いご指摘を頂いたので、追記します。

 最高裁決定の補足意見で宮川光治裁判官が述べた、「本件は,そもそも,被告人両名が航空管制官として緊張感をもって,意識を集中して仕事をしていれば,起こり得なかった事態である。」という部分は、過失認定における決まり文句的な言い回しに則ったものだとのご指摘を頂きました。そうすると、宮川光治裁判官は、緊張感をもって、意識を集中して仕事をせず、決まり文句的な言い回しを漫然と使用したことによって、経験則に違反した意見を述べたということになりますから、その意見陳述は、業務上過失の典型と評して良いように思われます。

 また、裁判が原則として三審制となっていることは、途中で誤った結論が出ても、その誤りを修正する機会を確保するためであるのに、そのように誤りが起こりうることを前提とした仕組みの中で働いている方々が、一瞬の言い間違いを厳しく罰するというのは滑稽だというご意見も頂きました。これは全くその通りで、裁判官に対して、「お前が言うな」という感想を抱くことはごく自然なことだと思います。

 なんにしても、この裁判の結末を見ると、司法関係者のミスについては、無限の厳しさを以って批判をするのが良いと思う次第です。いくら批判されたとしても、それが何らの刑事責任追及につながるわけでも無いのですから、私も気楽ですし、批判される裁判官もさぞかし気楽なことと思います。

 願わくば私の批評活動が、業務上過失責任追及のあり方の見直しにつながればと思います。

追記: 平成25年3月10日記す。

付記: 宮川光治裁判官は、平成24年2月27日限りで定年退官しました。

この事件に関する別記事:落合洋司弁護士の最高裁判所の役割に対する無理解


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