「頑張れる自信が全く無いですよ」

2022年4月23日

2022年4月某日、東京地裁医療集中部での医療訴訟第一回弁論期日。裁判長が提出書類等を一通り確認した後、続けて「原告の主張する過失とは…何が過失ということでしょうか。」との直球発言をされ、俄然興味をひかれました。

(注:以下、メモによるもので、発言には不正確な部分があり得ます。)

原告代理人(以下、「原」):令和○年○月○日の見落としで…

裁判長(以下、「長」):これについては被告も認めるんですか?

被告代理人(以下、「被」):認否を争うとなっています。

長:訴訟前のやり取りで、見落としとの話もあったようですが。

 

その後のやり取りを聴くと、以下のような流れがあったようです。

1) 問題発生後、被告側医師が謝罪文のようなものを作成。

2) 原告と被告のやり取りは、対立するようなものではなかった。

3) 被告病院は、医師賠償責任保険から賠償金が出るものと思っていた。

4) しかし保険会社が、この事案は医療過誤に該当しないと判断した。

当初医療側は、診療に問題があったと認識して、話合いで解決点を見出そうとしたようです。しかし保険会社が診療について精査したところ、医療側に過失があったとは考えられず、保険金の対象外と判断したようで、そのため原告がやむなく提訴した、ということのようでした。稀にあるトラブルパターンです。以前に類似の問題が発生した事件の報告がこちらにあります

さて、訴訟を起こして患者側が医療側に賠償金を請求するとなると、行われた診療のどこに過失があり、その過失の根拠は何であるということを患者側が証明する必要があります。しかし、この原告代理人は事前に被告側医師から謝罪文のようなものが出ていたため、当然に過失が認められるものと思いこんでいたようです。

以下、カッコ内の青文字は、私の心のつぶやきです。

原:甲○号証で、本人(被告医師)が過失を認めていたので… いわゆる専門家証人を立ててというのではないと思うんですが。

長:しかし保険会社が該当しないと言うのでは、ある程度法律構成を立てて… このままでは何が問題なのかわからないので…

(中略)

原)正直に言うと、専門家証人を見つけるのは難しい。(素直なところは好感が持てるが、それでいいのか?)
長)「適切に操作し」どういう操作か。「不鮮明」「不注意」が何を指すのか。
原)つらいですね~それは。被告医師のそれを私達がやるということですかね~ 表の世界での主張立証が必要ってのはそれはわかりますよ。でも今までの流れとぜんぜん違うんじゃないですか。身内に専門家がいない。それがダメッつったら。
長)それはもう原告の方で協力医を探してもらうしかないんじゃないでしょうかね。
原)ウーン…
(中略:期日調整のやり取り)
原)今からあてのない旅に出ますので…どうやって探しますか、本当に正直に言いますと、ほんっとうに何のあてもない。(「あてのない旅」言うなよ(笑))
被)謝罪文書を書いている。9月19日、9月9日が一番問題だと言うなら。
長)じゃあまずできるところまでやって…
原)今から医師を探せっていわれたらつらいですよ。どこに電話したらいいのか… 頑張れる自信が全く無いですよ。途方に暮れますよ。

 

原告代理人さん、謝罪文を入手しているから当然に話がまとまると思っちゃったんでしょうね… でも医事紛争でカネの出どころが保険会社である場合(つまりほとんど全ての医事紛争の場合)、その内容を精査できる能力がないまま受任すると、この件のように足元を掬われることがありうるんですよ。今からでも復代理人(代理人の弁護士が、追加で指定する弁護士)を付けるとかしないと、ちょっとまずいんじゃないですかね。もっとも保険会社が医療過誤に該当しないと判断したものをひっくり返すのは容易ではなく、どうやっても厳しい戦いになる予感がしますね。

専門外に手を出すならば慎重に慎重を重ねよ、という強い教訓になりそうな事例でした。引き続き追いかけたいと思っています。

そういえば、2018年に報道された、杉並区の肺がん検診見落としに関しても、同様な問題を抱える事例がありました。その事例では、裁判前に医療側が高額示談を提示したものの、患者側が拒否して提訴しました。すると裁判では医療側が過失はなかったと主張しはじめ、医療訴訟素人と思われる患者側代理人が四苦八苦しているようでした。その事件も同様に追いかけたいと思っています。

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