日本透析医学会 毎日新聞の記事に対する調査委員会への手紙

毎日新聞による公立福生病院透析中止報道問題関連です。

報道が開始されて10日ほど経過した平成31年3月17日,日本透析医学会のガイドライン(提言)に問題があると感じ,以下の文面の手紙を送りました。記録として残しておきます。

———————————————————–

前略

私は東京で眼科診療をする傍ら,医療訴訟に関心を持ち日々研究をしております,峰村健司と申します。

近時,公立福生病院における透析中止問題で,貴会(日本透析医学会,以下同様)が作成された「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」が話題になっており,また貴会の毎日新聞の記事に対する調査委員会が当該病院に立入調査をしたとの報道もあり,強い関心を持っております。

そこで私も上記「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」(以下,本件提言)を拝見したところ,この提言には看過できない非倫理性を含んでいると考えられましたので,私見を述べさせて頂く次第です。

1) まず,本件提言278頁14行目には「治療の選択は患者ならびに家族に決定権がある.」との記載があります。これは極めて深刻な間違いで,診療契約の対象は患者本人であり家族ではありませんから,原則として決定権は患者本人に属します。多くの場合,患者家族にも決定権があるように見えるかも知れませんが,実際には通常の意思決定能力がある患者の場合は,家族と協調することについて同意をしている必要があると考えられます。逆に患者本人と家族間に対立があり,家族と強調することを患者本人が同意しない場合には,家族の決定権はないことになります。このような状況は多くはないとはいえども,極めて珍しいことともいえないので,条件なしに「治療の選択は患者ならびに家族に決定権がある.」などと提言で断言することは極めて不適切と考えます。

2) 同278頁3行目には「維持血液透析開始あるいは継続によって生命が維持できると推定できる患者が自らの強い意思で維持血液透析を拒否する場合には,医療チームは家族とともに対応し,治療の有益性と危険性を理解できるように説明し,治療の必要性について納得してもらうように努力する.」との記載があります。ここでも条件なしに「医療チームは家族とともに対応し」と書かれていますが,1)で述べたように,患者本人の同意なく家族をその対応に当たらせることは極めて問題です。また,患者が拒否する場合には説明をして治療の必要性を納得してもらうように努力をするとの旨が書かれていますが,決心がついていない患者であれば別として,既に「強い意志で…拒否」している場合について,さらに翻意させる努力をするということは,ともすれば患者本人の自己決定権に介入する行為になりますので,上記の記載は不適切で,文言の修正が必要と考えます。

3) そもそも治療行為は,患者本人が「治療を受けたい」と言っても医療側に理由があればそれを断る場合はあっても,患者本人が「治療を受けない」と言うのにそれに反して治療を行えば犯罪(業務上過失致死傷)の要件を満たす可能性があるのであって,そのような状況の下,患者の「治療を受けない」という強い決心を強引に翻意させた場合,その翻意させた行為に不適切があれば極めて大きな問題となると考えられますので,2)で挙げた問題点は単なる自己決定権の侵害にはとどまらない結果を発生させる可能性があると考えます。

4) この平成年間の医療訴訟における一大テーマは,自己決定権の尊重とパターナリズムの排除であったと考えます。それはエホバの証人輸血拒否に関する最高裁判所判決(最高裁判所第三小法廷平成12年2月29日判決)から一貫して裁判所が取る方針と考えます。そのような中,その方針とは真逆とも思われる本件提言は,法的な問題をも引き起こす可能性があるのではないかと危惧します。本件提言の作成には小川義龍弁護士が関与されているようですが,本件提言の内容について改めて相談されたほうが良いのではないかと考えます。

5) 毎日新聞の記事に対する調査委員会には,外部委員として上記小川義龍弁護士を含む3名の弁護士が参与されているようですので,特に弁護士委員には調査内容をよく確認してもらい,本件提言に見られるような倫理的に問題となりうる点が排除された最終報告を残して頂きたいと考えます。

以上,医療訴訟に関心を強く持つ一医師として,私見を述べさせて頂きました。

草々

やめれば死亡する治療の継続を拒否し,その結果亡くなった患者の遺族が起こした裁判

証人尋問の一部を傍聴 した,東京地裁医療集中部の事件です。全部を傍聴したわけではないので,わかった要点だけをかいつまんで紹介したいと思います。事件番号は平成29年(ワ)第9227号。

慢性骨髄性白血病の患者が,グリベックという特効薬を服用していたものの,副作用が辛くて2013年に休薬を願い出たそうです。患者さんはその後に亡くなり,遺族が提訴しました。

諸事情から血液内科専門ではない医師が担当していました。グリベックがよく効いており,服用を続けていれば良くなっていた可能性が高い一方,服用を中止すれば死亡する可能性が高いと認識していました。そんな中,患者が休薬を希望したため,医師は服用を継続するよう説得を試み,その説得内容についての詳細な記載も残っているとのことでした。それでも説得はうまくいかず,やむなく「投薬の休止願い」を書いてもらい,投薬を中止したとういのです。担当の先生は,一般には休薬願いを書いてもらっても,説得によって再開をした人が多かったと証言していたので,この患者さんに対しても,休薬後も説得を試みていたのだろうと思います。

原告(遺族)からの主張の中には,「グリベックから第2世代の薬に変えるべきだった」「無理矢理に服用させるべきだった」との主張があったとのことでした。

1つ目の主張に対しては,当時はまだ第2世代は多くは使われていなかったし,効果の違いはよくわからなかった,グリベックがとても良く効いていたので,服用するよう説得することが治療だと考えていたということでした。この点については私は門外漢ですから,評価ができません。

2つ目の主張に対しては,縛ってでも飲ませることはできなかった,と証言されていました。これは全くそのとおりで,意識の明確な大人に対して,本人が望まない治療を強制することが,どれほどの人権蹂躙になるかを考えれば当然です。かつて,日本の医療界では患者を縛ってでも治療することが正義と考えられていた時代があったように思いますが,少なくとも近時の裁判所の判断では,患者の自己決定権を重く捉えていますし,私もそれがより妥当な考えだと思います。

昨今,人工透析治療を巡って,患者が中止を希望しても中止してはいけないだとか,透析を中止するような選択肢を提示してはいけないだとかいうようなおよそ頓珍漢な議論がなされている中,この裁判の動向にも注目したいと思っています。

弁護士は懲戒請求ぐらいでガタガタ言うべきではない?

大元は,「ぽぽひと@常時発動型煽りスキル持ち」(平成30年12月23日時点での呼称。以下,ぽぽひと先生と記す)という弁護士の先生のツイートです。

「医療過誤訴訟における医師の被害妄想でありがちなんだけど、実際は医療事故で医療側が敗訴するケースの何倍ものケースで医療側が勝訴してるし、その何十倍も訴訟提起すらせず断念してる事案がある。」

とのことです。確かに,以下の最高裁発表の資料によれば,医療側が勝訴するケースは医療側が敗訴するケースの3~5倍程度となっています。

地裁民事第一審通常訴訟事件・医事関係訴訟事件の認容率

また,「その何十倍も訴訟提起すらせず断念している」という点は,統計があるのかどうか知りませんが,少なくともあながち間違っているともいえないだろうという肌感覚を私も持っています。

ぽぽひと先生は,「医師の被害妄想」だと述べられました。引用元ツイートには「世界一産婦が死なない国であるのに,死ねば産婦人科医は訴えられて負ける」と書かれており,訴訟リスクへの不安を述べたものと考えられるところ,それは被害妄想だということのようです。

このやり取りには若干の齟齬があるように思われ,全てをそのまま受け取るのは適切ではないと思いますが,少なくともぽぽひとさんが「医師の訴訟にまつわるリスクは高くない」ということを言っていると捉えて良いだろうと思います。

ところでここに,弁護士に対する懲戒請求事案の集計がありました。

懲戒請求事案集計(平成5年~平成29年)

これを見ると,懲戒請求された件数に対して,実際に懲戒された件数は概ね3%台と,極めて低いようです。細かく見るとさらに指摘できる点はありますが,ざっくりいって医師の訴訟リスクと比べて特段高いリスクということはないと言えそうです。

昨今話題になっている,北周二先生,佐々木亮先生らに対して内容不明の大量懲戒請求がなされた事件は論外と思い,私も一部カンパをさせて頂きましたが,そういう異様な事例は別として,基本的には懲戒請求は弁護士が意に介するほどのものではないと考えて良さそうです。しかも医師が訴えられれば医療の素人である法律家に裁かれ,多くの医師が到底承服できないような内容の判決を出されることがあるのに比べれば,懲戒請求は同業者による評価がなされるものであり,その点でも心理的な負担は軽いだろうと思います。

もっとも,私の考えでは,たとえ同業者による評価を受けるものであったとしても,負担は決して少ないというものではないと思っています。私が傍聴した以下の弁護過誤訴訟では,被告(弁護士)に敗訴する理由が到底あるようには見えないにもかかわらず,「これ以上被告乙1として,原告の請求に煩わされる時間が増えれば,事務所経営者として業務上取り返しの付かない損失を被る危険が」あると主張されており,少なくとも時間的負担は少なくないだろうとの印象を持ちます。

魅惑の弁護過誤訴訟・結末編

ぽぽひと先生は,医師が訴えられれば,異業種の素人に全てを説明しないとならず,大変な負担であるという現実に,少しは配慮した発言はできなかったのかなと思います。

また,医療訴訟について触れるのであれば,中には本当にとんでもない事例があるという現実も知ってもらいたいと思います。最悪の例は以下のものです。

大橋弘裁判長トンデモ訴訟指揮事件(法律家向けバージョン)

「エホバの証人輸血拒否で死亡」報道の紹介記事問題

患者側で活躍する谷直樹弁護士が,7年前にご自身のブログで,「青森県立中央病院,エホバの証人信者の手術を打ち切り患者死亡」とのタイトルで,以下のようにコメントをしていました。

輸血は拒否しても,血液製剤は拒否していません.血液製剤を使用して手術を続行することはできなかったのでしょうか.

私は最初にこれを見たとき,エホバの証人は人間の体から離れた人間の一部は絶対に受け入れない,と理解していたので,血液から作られた血液製剤を拒否していないというのは筋が通っていない,と思い,ツイッターで,「・・・へ?」とコメントしました。

しかし上記は私の理解不足から来きたもので,エホバの証人の中には,赤い血の輸血はダメだけれども血液製剤は構わないなどと,中途半端な考えを持つ人もいるようなのです。

参考:輸血拒否- Wikipedia

そうすると,この亡くなられた方も実は血液製剤は拒否していなかったという可能性はあるわけです。実際,拒否していたことを知らないまま「拒否していません」とは書けませんよね。

そうだとすると,谷直樹弁護士はどうしてこの亡くなられた方が血液製剤を拒否していないことを知っていたのでしょうか。報道にはそのようなことは書かれていません。

もっとも考えられることは,記事に登場する息子さんから,谷直樹弁護士が相談を受けていたということになるでしょう。そしてこの事件について,息子さんか谷直樹弁護士がマスコミに情報提供したということになるでしょう。病院がマスコミ取材に応じるにしても,個別の事例について,遺族の了解なしに取材に応じることはできないと思われます。

そうして報道されたものを,自身のブログで,「報道があったので掲載しました」という体(てい)で紹介するやり方はどうなんでしょう。

他にも谷直樹弁護士が受任して,提訴段階で報道があり,敗訴したからなのか判決については報道がないという事例もあり,そのようなマスコミの使い方をするところをみると,一方的だなと感じるところです。できるだけそういう例を掘り起こしていきたいと思っています。

相手取るべき相手を間違えているのではないか?

先週の傍聴です。東京地裁民事第14部,医療訴訟で事件番号は平成30年(ワ)第27653,期日は第一回弁論。

被告はB病院とC医師。

しかしB病院は,事件が起きたA病院から事業は引き継いだが別法人,職員も一旦退職して新組織としてやっている。A病院の債権債務は精算して国に返してしまって実態がない。そしてB病院はAと関係がない。

裁判長)被告とすべき相手を間違えているのではないか・・・でもC医師についてはその問題はないか。

被告代理人) 一応Cさんが入っているので,中身については入って頂いて,○○を継続しなければならないと思いまして。当事者適格は争わないが,誠実に争います。

原告代理人) 万一過失が認められて賠償金が認められた場合・・・ (峰村注:万一とか言うなよ,それほとんど勝てないって暗示じゃんかよ

被告代理人) 渉外の交渉の時に権利義務の客体が違うというお話はお伝えしたつもりだったが・・・


感想: 原告代理人の訴訟進行スキルはどうなんでしょう,まあC医師も対象にしているからいいのかも知れませんが,僕ハラハラします!