未確立の癌免疫療法で死亡,訴訟

癌免疫療法(オプジーボ)の研究で本庶佑先生がノーベル賞を受賞されました。おめでとうございます。

さて,それとともに今回のノーベル賞の癌免疫療法とは異なる,根拠の確立していない治療を行うクリニックが宣伝攻勢をかけてくるのではないかと心配されています。

ノーベル賞受賞で相談殺到 誤解してほしくない免疫療法

それで思い出したのですが,一年前ぐらいに,そのような根拠の確立していない癌免疫療法のクリニックが訴えられていた裁判を傍聴していたので書いておこうと思います。

訴えられた医院は癌免疫療法のクリニック。樹状細胞療法だとかいうやつでした。亡くなった女性の夫と娘が原告のようでした。

平成25年1月,大学病院で膵癌が判明,ステージは3。転移はないものの,開腹したら癌細胞が動脈に接していて切除できなかったそうです。抗がん剤治療を1クール施行,余命は平均10ヶ月と言われたそうです。

そこから夫が最先端治療を探し始めました。千葉大の重量子線,筑波大の陽子線,国立がんセンター放射線科などでは,内臓に隣接しているのでそれらの治療はできないと言われたそうです。

そうして未確立の癌免疫療法のクリニックの調査に足を踏み入れていきます。しかしそのようなクリニックでも「5年以上持つとはとても言えない」と言われたりしたようです。

そんな中,樹状細胞を患部に直接投与して放射線療法を併用するクリニックを見つけ出し,治癒の見込みがあると思わされて,そこでの治療を始めたそうです。説明の際には,治りますとは言わず,「完治を目指して,努力します」との旨の玉虫色の予後説明がされたようです。被告医師の尋問では,「転移がないのでひょっとしたらの思いがあった」との旨を証言していました。

結局その樹状細胞を注入する治療を受けたのですが,被告医師はおなか側から針を刺して,胃を貫通して膵臓に注入したそうです。胃を貫通するという方法については,自分も最初は怖いなと思っていたけど,実際にはこれまで500例だか800例だかで問題が起きたことはなかったとのことでした。

その6日後の夜から痛みがあり,痛みの翌日に近くの病院でCTを獲ったところ腹膜炎と診断されました。癌免疫療法のクリニックに電話をしたところ,最初に膵癌の診断をした大学病院に行くように指示されたそうです。大学病院はいい迷惑だったと思います。

結局,細胞の注入から約3週間後に亡くなられました。膿瘍の検査結果からは,皮膚などにいる細菌よりも胃の中にいる細菌が関係していることが疑われたとのことでした。

患者さんの母親が反対したため,剖検はしなかったそうです。

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裁判の結果はまだ確認していません。少なくとも治療の見込みについての説明は誠実であったとは思えませんでした。東京地裁での傍聴で,事件番号は平成27年(ワ)第6470号でした。

そこまで言っておいて,逸失利益は請求しないの?

30歳女性の両側卵巣腫瘍を,婦人科専門でない外科医が摘出し,過失があって生殖機能が失われたという極めて残念な事例です。まずは原告の方に心よりお見舞いを申し上げます。事件番号は東京地裁平成20(ワ)19347号です。

細かい点に議論はあるものの,過失があって生殖機能が失われたことについては,被告も認めています。ですからその点についてはここでは触れません。

気になったのは原告からの損害額の主張です。原告には代理人弁護士がついています。健康被害があった場合に参照される後遺障害等級表には,両側の卵巣を失った場合についての記載がありません。そのためこの原告は,後遺障害等級表の7級に掲げられている「両側の睾丸を失つたもの」を参照して,以下のように主張しました。

後遺障害等級表・労働能力喪失率によれば,男性における生殖能力の喪失の障害に当たる「両側の睾丸を失ったもの」は7級と位置付けられ,労働能力喪失率は56%,慰謝料額は1051万円である。婚姻前の女性が妊娠及び出産の可能性を奪われることは,人生設計を狂わされることでもあり,障害等級7級の精神的損害を上回るものであることは明らかである。

そして慰謝料として3000万円を請求しました。後遺障害7級の基準にされる1051万円よりも増額されていることについては,その理由が主張されており,増額幅の程度はさておき,あまり違和感は感じませんでした。実際,判決でも慰謝料として通常よりも高額の1300万円が認められました。

ところでその慰謝料増額理由の中には,このような主張もありました。

また,原告は,今後10年から20年の間,ホルモン補充療法を行う必要があり(甲A4),同療法の副作用による体重増加のため,○○における○○としての仕事の継続が困難となっている。

・・・そこまで述べておいて,なぜ逸失利益を請求しなかった?!

↓後遺障害等級表のリンクです。
http://www5d.biglobe.ne.jp/Jusl/IssituRieki/Sousituritu.html

核心的でない検査をどこまでやる義務があるか

今日の医療訴訟傍聴は,最近えらく医療側に厳しい判決を出している印象のある東京地裁民事第35部,事件番号は東京地裁平成29年(ワ )第11645号。歯科口腔外科の事例。原告は患者本人,被告は大学病院。

右下8番の歯根部周辺?の病変についての治療目的に,近医から紹介された女性。被告病院では右下7番が炎症性病変の責任病巣と判断,5-8番のブリッジを外して7番と8番を抜歯することを検討。原告本人は祖父が口腔癌であったことから心配しつつも,入れ歯になることを嫌って7番の抜歯を拒否し,8番のみを抜歯した(と,被告が主張)。被告病院医師としては,癌を疑う状況ではなかったが,7番を抜歯すれば根尖の生検をして確定診断もできるのでそのように考えていたが,8番は本丸ではなく確実な診断に結びつかないので生検に出すことは考えなかった。後日MRI等から癌が疑われ,生検で顎骨中心性の癌(口腔癌の中でも稀で,かつ診断が難しい)が確定診断された。

傍聴していて気になったのは以下の点。裁判官が持っていた疑問の一つに,7番は抜かずとも8番を抜いた段階でその部位から生検をしていれば癌が判明していた可能性があるのではないか,なぜそれをしなかったのか,というのがあった。被告病院医師は,本丸でない部分を生検しても,確定診断ができるものではなく,何も出なかったときに喜んでしまって却って本丸の診断が遅れる可能性に繋がるので,そのような治療方針は取らない,という。裁判官は,それでも8番から生検をやっていれば癌が発見できていた可能性はあるだろうと訝しがっているように見えたが,如何なものだろうか。

医療訴訟を見ていると,原告側から,医療訴訟では多く行われる,相当程度の可能性喪失に対する慰謝料*1の主張をしていなかったり,また説明義務違反の主張をしていないものがそれなりにある。中には代理人のうっかりミスでそれらを忘れたものもあろうが,中には意図的なもの,つまりそれらを主張すると,本丸の過失=因果関係による損害賠償請求の主張のインパクトが弱くなると考えてのものもあるようである。裁判官とて同じで,どこまで人証申請を認めるかなどは,最後には裁判官の経験から確実に必要と思われる範囲に限定しているのではなかろうか。本件で本丸ではない8番根尖の生検をしなかったのは,例えてみればそういう面もあるだろう。さらに言えば生検とて体の組織を取るものであって,相応の危険性もある。そのようなメリットとデメリットの両面性のあるものを,良い面ばかりを気にして施行義務を科すのだとしたら,当然にそれは妥当な判断とは言えない。

本件で厳しい判断が出るかどうかはフタを開けてみないとわからないが,最近厳しい判決が見られた部の裁判であり,またどこの裁判所と限らずこれまでにもそのような,患者に有利な面ばかりを協調し不利な面を軽視して医師の責任を認めた判決は枚挙にいとまがないので,本件でもそのようなことが起こらなければよいが,と心配するものである。

 

*1 過失があるが因果関係は認められない場合に,因果関係までは認められなくても損害を免れる相当程度の可能性があったとして,相応の慰謝料を主張する方法

提訴したばかりの段階で訴状を記者クラブに送信し記者会見→弁護士懲戒の件

大阪の弁護士,山中理司先生のツイッターより。

提訴直後に原告代理人がマスコミ相手に記者会見する例は結構多い印象ですが,やりようによっては弁護士懲戒制度の対象になるようです。

こちらにその懲戒の概要がありました。弁護士の氏名が出てしまうのはちょっと申し訳ないですが,どうしようもないのでこのままリンクをしておきます。

弁護士懲戒処分検索センター

 

また,続くツイッターには以下のように書かれています。

医療訴訟での提訴後の記者会見がどの程度問題になるかははっきりしませんが,もうちょっと慎ましくやったほうがいいのではないかという思いはありました。

 

今後に注目しておきたいと思います。

判決日の調書に裁判官が2名しか記載されておらず差し戻された事件の閲覧

昨年9月に東京高裁でされた判決ですが,千葉地裁松戸支部で行われた一審の判決日の口頭弁論調書に,裁判官が2名しか記載されていなかったため,判決言い渡しに関与した裁判官の構成が明らかでなく,判決言渡しが適式にされたことが証明されないので違法として,事件を千葉地裁に差戻した事件がありました。東京高裁平成29年(ネ)第2060号です。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=87075

単純ミスと思われ,こういうことがあるのは仕方がないと思ったのですが,ツイッターの法律家界隈でちょっとは話題になったようなので興味を持ち,平成30年1月12日に松戸地裁で記録の閲覧をしてきました。

書記官が補充の裁判官名を記載し忘れ,裁判長もそれに気づかずに認印を押印した可能性が高そうに思うものの,一方,裁判長が「田村裁判官は差支えだし,二人でもやむを得ない」と違法手続きを強行した可能性も理論上は残るとしか言いようがないと思われました。

ポイントを挙げておきます。

  1. 千葉地裁松戸支部での審理で,途中弁論準備手続きを八木貴美子裁判官と日下部優香裁判官とで行われていた。
  2. 平成29年1月20日の第3回口頭弁論の調書には,八木貴美子裁判長,田村政巳裁判官,日下部優香裁判官の名前があり,裁判長の認印が押されていた。判決書には,「裁判官田村正巳は,差支えのため原判決の判決書原本に署名押印できない」旨記載があった。
  3. 平成29年3月24日,判決言渡し。口頭弁論調書によれば,出頭した当事者はなし。調書には八木貴美子裁判長,日下部優香裁判官の名前があり,裁判長の認印が押されていた。
  4. 控訴審では一審原告側から,判決言渡し日の裁判体の構成に関する主張はなかった。
  5. 平成29年9月5日,東京高裁で控訴審判決言渡し。
  6. 平成29年9月11日,新潟県警察の方が訴訟記録を閲覧。その際に身分証明書として提示したものは警察手帳だった。
  7. 千葉地方裁判所に差戻されたため,まず千葉地裁で事件番号が付されたのち,平成29年10月6日に千葉地裁松戸支部に回付された。
  8. 千葉地裁松戸支部で改めて事件番号平成29年(ワ)第834号が付された。
  9. 平成29年10月24日,松戸支部民事部が終結した口頭弁論の再開を決定した。
  10. 平成29年12月8日,第1回口頭弁論。裁判官は八木貴美子裁判長,田村政巳裁判官(差戻し前裁判で判決言渡し日に差支えであった裁判官),池本拓馬裁判官によって行われた。原告側から裁判官忌避申立てがされた。

ケアレスミスは誰にでも起きるものなので,過剰な問責はしないで欲しいと思うところですが,一方で,これによって当事者が被る時間的費用的損失は償える道があればいいのになとも思います。

差戻し判決をした裁判長は大段亨裁判官でした。自分の中で大段亨裁判官といえば,天津で妻が自殺したという事件の控訴審で,遺族側を逆転勝訴させたこと,そしてその事件についてクリニック側からされた強制執行停止申立てを認めたことが印象深いです。特に,控訴審判決の強制執行停止には相当に強い条件が付けられているにもかかわらず,自身が出した判決に対して,これといった逆転する事情などの疎明もなされていない申立てを認めたことが印象深かったです。

ともあれ松戸支部の本件はこれ以上追いかけても仕方がないと思うのですが,この記事を書くに当たってWeb検索をしたところ,この事件で原告に暴行を加えていたと原告から指摘されていた警部補が,千葉地裁の決定で刑事訴訟に付されていたことを知りました。

http://www.sankei.com/affairs/news/170905/afr1709050042-n1.html

内容をもっとよく見ないとなんとも言えませんが,この手の責任追及は過剰になされると現場の萎縮に繋がりますからほどほどにして頂きたいところです。

なんともいろいろなことが起こる事件ですね…