令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
医療裁判傍聴記
医療裁判傍聴および記録閲覧を通じて得た知見をはじめ,その他裁判関係の話題をご紹介。このブログでラフ・スケッチを掲載し,後日正式記事としてまとめた場合は,拙サイトの医療裁判・医療訴訟コーナーに上梓します。
急性心筋梗塞、ウージングタイプの心破裂の止血後に、CPX(心肺運動負荷試験)を行うのは過失との主張
2021年12月13日
今日の東京地裁医療集中部。循環器疾患の医療訴訟の尋問。一つ前に書いた歯科事例と同じく、この事件でも原告側が、主張整理後にもかかわらず新たな証拠を提出して尋問で使いたいというが、これは却下。
30時間ほど前から症状があった急性心筋梗塞が救急搬送された事例。収縮期血圧70、心電図上急性心筋梗塞。エコーで心嚢液貯留10mm程度を認めた。CTにて急性大動脈解離は否定。
冠動脈造影しカテーテル治療もしたが、血圧は70~75のままであったため、心嚢穿刺し血性の心嚢液を抜き、血圧は100に回復。心嚢ドレーンを留置しICUに入室。ドレーン排液は血性から漿液状に変化。ICUでは大きな合併症はなく、ベッドサイドでのリハビリを開始し、1週間程度の予定でリハビリセンターに行き、階段昇降、自転車等でリハビリをして、退院を目指す方針に。
ところが、退院前にCPX(心肺運動負荷試験)を行うと、その途中で意識がなくなり、血圧が急変。心臓マッサージをしながらカテーテル室へ移動。エコーにて心嚢液貯留は10mm程度で変化なし。ブローアウト型の心破裂疑い。冠動脈造影では詰まっているところはなく、全体的に冠攣縮を認めた。その後死亡。剖検では心嚢内に血腫が充満、心破裂を認めた。
原告側は、急性心筋梗塞で心破裂もあり、合併症を起こさないようにリハビリを行うべきなのに、CPXを行ったのは過失だという主張の模様。被告側は、CPXでは有酸素運動の限界を知るために、VO2とVCO2に留意して行っていたと。血圧も最大で199だったとのこと。
原告側協力医は、急性心筋梗塞後?リハビリ?1週間でCPXを行うのは早すぎる、という意見を提出した模様。被告側は、心破裂例に対する適切なリハビリのあり方は、そもそも心破裂後のリハビリ例が少なくて定見がないとの主張の模様。この辺は素人である私にはわかりかねるが、原告側協力医が、ゴールデンスタンダードがない分野で、自分の考えこそが正しいとゴリ押ししているのではないかとの疑念も持たれ、もしそうであるならば医事紛争の解決の上では迷惑になる可能性があるので、ここは一つしっかり確認してみたいと思う。
また、被告側は、CPX中の急変後には主治医(証人)も対応に当たっていたと主張しているのに対して、原告側は電子カルテの記録者が主治医名義でないことをから、実はその場にいなかったのではないかと主張し、さらには医師法24条1項( 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない)を持ち出して、診療録は診療した本人が書かなければならないのにそうなっていなのだから、実は証人は治療に当たっていなかったのではないかなどと質問する。これには被告代理人から、その法解釈は原告代理人の解釈であり誤導だとの異議があり、裁判長も、そこはもういいですとの指揮をしましたが、
この原告代理人、医療訴訟は専門ではないんですかね? いくらなんでもだと思いますけど。
いままで医療訴訟の尋問をいろいろ見ていて、裁判手続きに疎い証人医師がわざわざ法律の条文を持ち出して答えているのは見たことがあるけれど、弁護士がそれをやるのを見たことは、記憶にありません。
果ては、証人名義の電子カルテ記録のタイムスタンプが、治療にあたっていた時間よりもずっと遅いからと、証人はそのときいなかったのではないかなどとも質問する始末。これに対して証人は、対応中は手が空いてないので、手が空いてから電子カルテを書いてエンターキーを押した時刻が出ているに過ぎないと答えていたけど、原告代理人ホント勘弁してください。
なにはともあれ、最後まで追いかけてみようと思います。
尋問期日に新たな証拠物を持参して、尋問で使おうとする原告代理人
2021年12月13日
今日の東京地裁医療集中部。歯科の事例の尋問期日。尋問期日なので主張整理が終了しているところ、原告側は歯科治療で使われた歯型(印象)を持参し、それを尋問で示して使いたいという。被告代理人は、既に以前に証拠提出している画像CDの写真をプリントしたものを持参していて、それを証拠調べで使いたいという。裁判官は双方を使っても構わないという考えで、被告代理人もそれで良いとのことながら、原告側は、自分らのは使わせろ、被告側のは使わせるわけには行かないという。そこですったもんだして50分ほどが経過。
予定の尋問が終わらないと腹をくくった裁判長が、予定では原告尋問からスタートするはずのところ、わざわざ診療を休んで出頭している被告歯科医師の便宜のために、尋問の順番を変えて被告歯科医師を最初に尋問することに。
被告側弁護士からの尋問の最初の方で、初診時のカルテに原告の訴えとして「〇〇、○○、狭心症、異型性」と書いてあるのは虚偽記載であると原告側から主張されているが、という質問があり、そんなことはないと答える場面あり。それを聞いてこれ以上見る価値なしと判断し、傍聴席を後にしました。
経直腸的前立腺針生検時の、感染高リスク群に対する抗菌剤投与方法をめぐる裁判
2021年7月15日
今日の東京地裁医療集中部、医療訴訟の尋問、事件番号は令和元年(ワ)第33480号。
2017年に施行された経直腸的前立腺針生検で、翌日に敗血症を来した事例。他院に搬送されてICUに3日間入院し、その後も1ヶ月半ぐらい入院していたらしい。見た目は70歳ぐらいの原告ご本人、今は元気な模様。
まず担当医に対する尋問。争点はいくつかあるが、生検時にリンデロン0.5mg/day内服していて感染の高リスク群だったところ、感染予防の抗生剤投与方法が主な争点である模様。低リスク群ならレボフロキサシン(LVFX)1回投与で良いところを、担当医はLVFXとイセパマイシン(ISP)を併用し、さらにLVFXは3回(3日)投与とした。原告側は、2015年の感染予防ガイドライン(恐らく泌尿器科領域における周術期感染予防ガイドライン65ページ)で推奨度Bとされていたピペラシリンとタゾバクタム(PIPC/TAZ)を併用をするべきだったと主張したが、担当医は、2015年ガイドラインが示すPIPC/TAZ併用の根拠となる論文が、有効性の統計的有意差を比較した研究でないこともあり、それには従っていない旨を証言。感染後の培養検査では大腸菌が検出され、LVFXには抵抗性、ISP, PIPC, TAZには感受性あり(全て8以下)。なお、2018年のガイドラインからはTAZの記載は消えているらしい(消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドラインと思われるが、詳細不明)。
続いて原告協力医に対する尋問。なんと泌尿器科医でも感染症専門医でもなく、開業脳外科医(検索すると、内科も標榜している模様)。原告はときどき受診する患者だとのこと。2017年の事件であり、2015年のガイドラインに沿って判断するならPIPC/TAZを併用すべきと言いながら、必ず投与しないとならないわけではなく、担当医の判断であるとも述べており、いいかえれば「過失なし」と言っているようなもので、なぜ証言をしに出てきたのか疑問を感じた。(もちろん他の部分での証言もあるので、一概に言えるものではないが。)
最後は原告本人。原告の認識する事実経過の証言が中心。1ヶ月半の入院中に、事業がうまく進められなかったなどと損害の話も出ていた。
なお、検査前説明については、一般的説明は、担当医の尋問によれば書面を提示しつつ線や丸をつけながら、十分に行った模様。ただし説明をした時点ではリンデロン内服の事実が判明しておらず、高リスク群であることに基づいた説明ができていなかった模様。PIPC/TAZを選択せず、ISPとLVFX3日間を選択した理由についてはカルテ等には記載がない。
尋問終了後、裁判官から当事者双方に対して、和解をする考えの有無を確認したが、原告側がその考えはないと明言され、判決期日が指定された。判決の行く末が見えるような思い。
余談だが、被告代理人が原告協力医である脳外科医に対して、「どこに書いてあるんですか!」などと机をたたきながらの尋問があり、原告側代理人や裁判長から制止される場面があった。最後に被告代理人が原告協力医に「失礼しました」と詫びていたけれど、最初から表向きだけでも紳士的に進められればなお良かったのではないかと思った次第。
医学的裏付けが必要ってことですか?
2021年7月13日
令和3年7月12日、東京地裁医療集中部で傍聴した美容外科の医療訴訟第1回弁論期日のことです。表題の発言は原告代理人から発せられたものです。以下、傍聴メモですが、一字一句正しいわけではないことにご留意ください。
裁判長) 原告は、手術によって何がどうなったことが問題なんですか?
原告代理人) それは準備書面で主張します。
裁判長) 口頭で簡単に…
原告代理人) 顔に穴があいた。頬骨のところがつながっていない。通常くっつくんですが、くっついていない。
裁判長) 過失としては何が問題なんですか?訴状には見出しだけ書いてあるんですけど。過失の具体的な対応というか。何をすべきだったか。
原告代理人) 間隙を作らないように切除すべきだった。ワイヤー式接着の術式を選択したが、プレートを使うべきだった。
裁判長) 医学的裏付けはあるんですか?
原告代理人) 医学的裏付けが必要ってことですか?
(筆者途中退席、一瞬別の法廷へ)
裁判長) 治癒不能の障害で精神的損害、慰謝料として300万円?
原告代理人) そうですね。
裁判長) 被告両名の関係は? 法人は715条使用者責任で、個人の方は709条ということですか?
原告代理人) ・・・はい。
裁判長) 遅延損害金計算の起点間違ってますよね? 令和○年○月○日となっているのはなぜですか? 医療行為の前ですよね。
原告代理人) 間違いです。
裁判長) どう直すかによって今の民法か旧民法か、そのあたりもきちんと訂正してください。
裁判長) 甲A1号証なんですが、見ても何のことか全然わからないんですけど。訴状訂正申立書で、○○医師が説明らしいですが、この画像の何をさしてどう言ってっているのか全然わかりません。
筆者感想: 「医学的裏付けが必要ってことですか?」には度肝を抜かれる思いでしたが、原告側の主張に沿った意見が医師から出ているのかも知れず、結果まで気にしておきたいと思いました。
民事訴訟、揺さぶられっ子症候群(SBS、揺さぶり症候群)の事例
2021年6月24日
2021年6月17日に東京地裁医療集中部で、尋問を傍聴した事件です。以下傍聴メモと後述の症例報告論文に基づいた記述になります。
事案の概要をかいつまんで書くと、
2017年(以下、年を省略)
生後6ヶ月ごろ、おすわりができるようになった。事故以前にも突然後ろに倒れて号泣することが少なくとも2回あった。
生後7ヶ月のある日(事故当日)、家のリビングでおすわりして父と対面で遊んでいたら、急に背中側に倒れて号泣。あやすために抱きあげて背中をたたく。そのうち両手足の力がなくなり目もうつろに。
18:15 救急車を呼んだ。救急隊から心臓マッサージの指導受けて親が施行(ここまで家族供述)。
18:21 救急車到着
病院で頭部CT→最初の報告では異常認めずと。しかし家で親が心臓マッサージをやるような事態であり、ICUに入院。体重8kg。
事故2日後、平日になってスタッフが揃い、CTを再確認すると2x3x3mmの硬膜下血腫を認めた。院内の子供の安全対策室に連絡。
事故2日後または3日後
全身レントゲン→異常なし
眼科検査→追視良好だが、両眼底出血あり。程度は高度ではないが多層性出血があり、単発ではないと判断。
頭部CT→硬膜下血腫少し増加。症状は問題なし。
事故3日後、家族に説明。
病院の記録に残る家族の言動
「転倒しただけでこんなことになるのか」「揺さぶったということはあった」→虐待という言葉も出たので違和感あり記載した。(医師の供述)
同日、児童相談所に通告
事故6日後
8:19 PR180に上昇。泣いていた可能性は否定できない。
(峰村注:9:19の聞き間違いかもしれない。)
9:05-9:10 SpO2(の記録)が途切れている。
9:33- SpO2(の記録)が途切れている。看護師がケアをしているとかあると思う。
9:37- PR低下(150から低下した)
9:40 ベッドの柵に頭をぶつけた。
痙攣再発、硬膜下血腫増悪。眼底出血も悪化。増悪の原因は不明。
面会時間は早朝8:30までと、11:00からであり、このイベント発生時は面会時間外。
法医学医師「何らかの傷害が考えられる」と。
その後5ヶ月間にわたり子供が一時保護された。
その後児童相談所から親が何らかの指摘を受けたのは、児童相談所の職員が自宅に来て、ベッドに柵を付けられないことはやむを得ないと確認されたことのみだった。
今は健康に過ごしている。
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事故6日後には病院でICUにいたのに血腫増悪。もし頭蓋内血腫や眼底出血が虐待でなければありえないというのなら、事故6日後の増悪について病院内で(スタッフなどから)虐待を受けた事態も考えないといけないと思うんですけど、あくまでも親の虐待ありきといった対応をし続けたのは、問題があるのではないかと感じました。しかも事故6日後のことについても、親が手を出していたのではないかという趣旨の尋問していて、どうなのかなぁ、と。ICUで面会時間外に親が虐待したというのは、なかなか考えにくいようには思います。
そもそも私自身はSBS症候群の考え方自体があまり飲み込めていないんですけど、子供によっては、虐待とかに限らず、わりと簡単に硬膜下出血や眼底出血が起こるんじゃないかと空想しますが…
原告側からは、この事例の学術報告をした青木信彦医師が証人として登場。その学術報告は以下で全文閲覧可能。CTや眼底写真とかも載っています。
https://www.researchgate.net/publication/340303440_Infant…
これを見ると、硬膜下血腫も、眼底所見も、入院中の増悪が目につく印象です。
そうであれば、まずはその間滞在していた病院内の、スタッフによる虐待を疑わないでいいのだろうかという気になります。SBS理論の「硬膜下血腫と眼底出血を見たら虐待を疑え」というのは、要するにそういう考えを持てということだと思うのですが。
この訴訟は引き続き追いかけようと思います。
#令和2年7月13日、青木信彦医師の敬称が抜けていたのを修正。