経直腸的前立腺針生検時の、感染高リスク群に対する抗菌剤投与方法をめぐる裁判

2021年7月15日

今日の東京地裁医療集中部、医療訴訟の尋問、事件番号は令和元年(ワ)第33480号。

2017年に施行された経直腸的前立腺針生検で、翌日に敗血症を来した事例。他院に搬送されてICUに3日間入院し、その後も1ヶ月半ぐらい入院していたらしい。見た目は70歳ぐらいの原告ご本人、今は元気な模様。

まず担当医に対する尋問。争点はいくつかあるが、生検時にリンデロン0.5mg/day内服していて感染の高リスク群だったところ、感染予防の抗生剤投与方法が主な争点である模様。低リスク群ならレボフロキサシン(LVFX)1回投与で良いところを、担当医はLVFXとイセパマイシン(ISP)を併用し、さらにLVFXは3回(3日)投与とした。原告側は、2015年の感染予防ガイドライン(恐らく泌尿器科領域における周術期感染予防ガイドライン65ページ)で推奨度Bとされていたピペラシリンとタゾバクタム(PIPC/TAZ)を併用をするべきだったと主張したが、担当医は、2015年ガイドラインが示すPIPC/TAZ併用の根拠となる論文が、有効性の統計的有意差を比較した研究でないこともあり、それには従っていない旨を証言。感染後の培養検査では大腸菌が検出され、LVFXには抵抗性、ISP, PIPC, TAZには感受性あり(全て8以下)。なお、2018年のガイドラインからはTAZの記載は消えているらしい(消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドラインと思われるが、詳細不明)。

続いて原告協力医に対する尋問。なんと泌尿器科医でも感染症専門医でもなく、開業脳外科医(検索すると、内科も標榜している模様)。原告はときどき受診する患者だとのこと。2017年の事件であり、2015年のガイドラインに沿って判断するならPIPC/TAZを併用すべきと言いながら、必ず投与しないとならないわけではなく、担当医の判断であるとも述べており、いいかえれば「過失なし」と言っているようなもので、なぜ証言をしに出てきたのか疑問を感じた。(もちろん他の部分での証言もあるので、一概に言えるものではないが。)

最後は原告本人。原告の認識する事実経過の証言が中心。1ヶ月半の入院中に、事業がうまく進められなかったなどと損害の話も出ていた。

なお、検査前説明については、一般的説明は、担当医の尋問によれば書面を提示しつつ線や丸をつけながら、十分に行った模様。ただし説明をした時点ではリンデロン内服の事実が判明しておらず、高リスク群であることに基づいた説明ができていなかった模様。PIPC/TAZを選択せず、ISPとLVFX3日間を選択した理由についてはカルテ等には記載がない。

尋問終了後、裁判官から当事者双方に対して、和解をする考えの有無を確認したが、原告側がその考えはないと明言され、判決期日が指定された。判決の行く末が見えるような思い。

余談だが、被告代理人が原告協力医である脳外科医に対して、「どこに書いてあるんですか!」などと机をたたきながらの尋問があり、原告側代理人や裁判長から制止される場面があった。最後に被告代理人が原告協力医に「失礼しました」と詫びていたけれど、最初から表向きだけでも紳士的に進められればなお良かったのではないかと思った次第。

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