2022年3月の記事

鼻の整形手術後死亡事例の訴訟、一審の認定事実抜粋

2022年3月24日

鼻の整形手術後に死亡、聖路加国際病院側に600万円賠償命令…東京高裁が医師の過失認定(読売新聞)

患者さんのご冥福をお祈りいたします。

報道が先行していて議論の材料が足りないと思いましたので、とりあえず一審判決の事実認定を判決文から引用しておきます。


第4  当裁判所の判断
 1  認定事実
 前記前提事実,証拠(甲C5,C7,乙A8,A9,原告B本人,証人D,証人C及び後記各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
   (1)  本件患者は,平成22年11月30日,本件病院の形成外科を初診し,同日以降,同病院の形成外科及び耳鼻咽喉科を受診し,左不完全口唇裂,外鼻変形との診断のもと,両科の合同により,鼻中隔矯正術,下鼻甲介粘膜切除術及び外鼻形成術の実施が計画された(乙A1・20,702~708頁)。
   (2)  本件患者は,平成23年2月18日,本件病院に入院し,D医師及びF医師(以下「F医師」という。)が実施した全身麻酔下で,本件手術を受けた。
 本件手術中の経過は,以下のとおりである。(乙A1・725,739,890頁,A2,A6)
   ア 午後2時04分頃
 手術室に入室した。
   イ 午後2時05分頃
 酸素6L/分の投与が開始された。
   ウ 午後2時10分頃から15分頃
 レミフェンタニル720μg/時の点滴が開始され,プロポフォール100mg及びロクロニウム(比較的作用時間が短い筋弛緩薬)50mgが静注された。
   エ 午後2時18分頃
 気管挿管がされた。
   オ 午後2時20分頃
 酸素1L/分及びエア3L/分の投与が開始され,セボフルラン1.5%の吸入が開始された。
   カ 午後2時52分頃から午後3時35分頃
 耳鼻咽喉科医による手術が実施され,終了した。
   キ 午後4時1分頃
 形成外科医による手術が開始された。
   ク 午後4時33分頃
 ロクロニウム10mgが静注された。
   ケ 午後4時38分頃
 フェンタニル300μgが静注された。
   コ 午後5時22分頃
 フェンタニル200μgが静注された。
   サ 午後5時48分頃
 形成外科医による手術が終了した。
   シ 午後5時52分頃
 酸素10L/分及びエア2L/分の投与が開始され,セボフルランの吸入及びレミフェンタニルの点滴が中止された。
   ス 午後5時55分頃
 アトロピン-ネオスチグミン(拮抗薬)6mLが静注された。
   セ 午後6時05分頃
 酸素5L/分及びエア1L/分の投与が開始された。
   ソ 午後6時7分頃
 D医師は,F医師とともに,本件患者が,痛み刺激なく開眼し,呼び掛けに対して左手で握り返す動作が可能であること,開口が可能であること,舌を出すことができること,嚥下反射及び咳反射があること,自発呼吸があり深呼吸が可能であることを確認した。この時,SpO2は100%,EtCO2は35~37mmHgであり,その他,異常な血圧や心拍数等は認められなかった。この際,筋弛緩モニターの使用はされなかった。
 D医師は,同時刻頃,気管チューブを抜管した(本件抜管)。
   タ 午後6時15分頃
 回復室に到着した。回復室に到着後,生体情報モニターが装着され,血圧,脈拍,心電図,SpO2などの計測が開始された。
   チ 午後6時16分頃
 酸素6L/分の投与が開始された。SpO2は100%であった。F医師が,本件患者に痛みがあるか確認したところ,本件患者は首を横に振る動作をした。
   ツ 午後6時17分頃
 SpO2が90%台前半に低下したため,D医師と看護師が,本件患者に深呼吸を促すとともに,肩を叩くなどの刺激を与えながら声掛けをしたが,本件患者の反応はなかった。
   テ 午後6時18分頃
 D医師が,用手的に下顎を挙上して気道確保を行った上で,アンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが,本件患者には,本件手術により鼻に綿球が詰められていたことや,添木等がされていたことから,アンブ蘇生バッグを押し当てることが困難であり,十分な換気は得られなかった。
   ト 午後6時19分頃
 回復室前の廊下にいたC医師が加わった。C医師は,本件患者に眼球上転や全身硬直があることを確認し,アンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが,やはり換気困難であったため,酸素化を図るために気管挿管が必要であるとの判断がされた。C医師及びD医師は,本件患者の口からピンク色の泡沫状分泌物が溢れ出ていたが,本件患者には歯を食いしばるように力が入っており,開口が困難な状態であったことから,開口が可能な状態になるよう,ロクロニウム50mgを静注した。
   ナ 午後6時20分頃
 本件患者の開口が可能な状態になったため,D医師が,気管チューブによる気管挿管を試みたが,依然として泡沫状分泌物が著明であり,視野の確保が困難であったため,C医師と交代し,C医師は,視野の確保が困難で声門の確認ができなかったことから,盲目的に挿管を行い,完了させた。挿管の深さは,成人女性の標準である21cm程度とされた。
 挿管後,C医師は,用手換気の際の加圧によって左右対称に胸郭が上がること,5点聴診(心窩部,両鎖骨下,両腋下)によって,心窩部で空気流入音がなく,胸部では音量は小さいが呼吸音があり,左右差がないことを確認し,これらのことから肺に空気が入っているものと判断し,さらに,D医師と,その頃,回復室に駆け付けていたE医師(集中治療室専従の麻酔科医である。)も同様に聴診を行い,肺に空気が入っていると判断した。また,C医師,D医師及びE医師は,呼気時に気管チューブ内に水滴があることを確認し,正しく気管挿管がされたと判断した。この際,カプノメーターの使用はされなかった。
 その後,気管チューブの内部を伝って多量の泡沫状分泌物が逆流し,本件患者の顔に付着したため,気管チューブを口に固定するための粘着テープを貼付することができず,医師や看護師らが交代で気管チューブを手で押さえて固定した。
   ニ 午後6時23分頃
 心拍数は64回/分となり,血圧は61/47mmHgとなった。
   ヌ 午後6時28分頃
 PEA(心停止の一種であり,心電図上は波形を認めるが,有効な心拍動がなく脈拍を感知できない状態をいう。甲B48)となったため,心臓マッサージが開始された。
   ネ 午後6時34分頃
 PCPS(心肺の機能を補助する装置)の準備中,胃膨満が認められたため,D医師は,食道挿管を疑い,気管支ファイバーの準備を指示した。その後も本件患者のPEAの状態は継続した。
   ノ 午後6時44分頃
 D医師は,気管支ファイバーにより,食道粘膜と思われる所見が認められたことから,食道挿管になっているものと判断し,気管チューブを抜去した。
   ハ 午後6時47分頃
 C医師が,エアウェイスコープによる挿管を試みるも,泡沫状分泌物が著明で,視野の確保が困難であったため,挿管できなかった。
   ヒ 午後6時48分頃
 C医師が,声門上器具であるi-Gelを挿入し,換気良好となったことを確認した。
   フ 午後6時49分頃
 SpO2は78%であった。
   ヘ 午後6時51分頃
 心拍が再開した。SpO2は100%であった。
   ホ 午後6時55分頃
 心室細動となり,心臓マッサージが再開された。
   マ 午後6時57分頃
 PCPSが開始された。
   ミ 午後7時15分頃
 瞳孔が散大し,対光反射はなかった。
   ム 午後7時24分頃
 D医師が,喉頭鏡を使用して気管挿管を実施した。
   メ 午後7時45分頃
 ICU(集中治療室)に移動となった。

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