2010年6月の記事

弘中惇一郎弁護士が訴えられた事件

2010年6月20日

控訴審の開廷表で見つけた事件で、弘中惇一郎弁護士が控訴し、さらに上告ないし上告受理申立てがなされていたことから気になっていた事件で、だいぶ前に千葉地裁で閲覧してきました。

同じ弘中惇一郎弁護士でも、以前に円錐角膜移植手術後散瞳症訴訟で見られたような、素人目にも明らかと思われる単なる弁護過誤事件と違い、今回の事件は素人目にはそれなりにややこしい事件で、この事件に先立って3件の提訴がありまして。

1.
商品先物取引の「Y株式会社」から損害を被ったとして、被害者XがY株式会社に対して7000万円あまりの賠償請求を提訴(一次訴訟)、1800万円支払いで和解し、期日指定された平成18年1月20日までに支払済み。その際のY株式会社の代理人が弘中氏ほか、Xの代理人がS弁護士。

2.
その5ヶ月後の平成18年6月1日、Xが、担当社員であったAなどに対して、被った損害の一部として1000万円の賠償請求を提訴(二次訴訟)(これはのちに600万円で和解)。その際のXの代理人がS弁護士、Aなどの代理人が弘中氏ほか。

3.既に一次訴訟で和解している上に、担当社員に対してさらに提訴した第2事件の提訴は信義則に反して違法だとして、平成18年9月16日、AなどがXおよびS弁護士に対して弁護士費用など160万円の請求を提訴(三次訴訟)(これはのちに棄却)。Aなどの代理人が弘中氏ほか。

以上の流れから、今度はS弁護士が弘中弁護士ほかを訴えたというのが、今回閲覧した事件でした。

争点は、(1)二次訴訟提起の不当性(Xは、一次訴訟の和解によってAらに対する請求を放棄していたか)、(2)三次訴訟の不当性、の二つでした。

地裁判決に示された事実

(1) 一次訴訟提起前、S弁護士が弘中弁護士に対してAの住所を開示請求した。弘中弁護士は守秘義務を理由として拒否。

(2) Xは一次訴訟の和解に応じたものの、金額と、一次訴訟にてAの尋問がなされなかったことから納得がいかず、Xは後日S弁護士に対して、Aらの責任追及を希望する旨を表明。

(3) S弁護士は、通常の会社であれば6~7割の和解が可能と考えていたため、Xを気の毒に感じていたものの、Aの資力に期待できないからとXに再考を促したが、Xは受け入れなかった。

(4) 一次訴訟の5ヵ月後、二次訴訟を提起。Aの住所については裁判所に調査を申し立てた。

一審の判断は、
(1) 一次訴訟では、XがAに対して債務免除の意思表示をしたとは認められず、二次訴訟の提起は正当である。一次訴訟で、Aを相手取らなかったのは、支払能力に疑問があったからであって、住所不定であったからではない。これは二次訴訟でAの住所を「Y内」として提起されていたことからわかる。
(2) 三次訴訟は不当である。
で、弘中氏らは50万円+弁護士費用10万円を支払うよう認めた。

控訴審の判断は大雑把に言ってしまえば、裁判所に判断を求める権利は憲法で保障されているものであり、三次訴訟は不当とは言えない。というもので、一審判決は破棄されました。

原告側は上告および上告受理申立てをしましたが、受理されませんでした。

なにやら弘中氏は、こちらに紹介されている例のように、他の弁護士から煙たがられる可能性のある訴訟の受任もしているようで、それを他の弁護士から煙たがられていたのかなぁ、と感じられました。S氏側に30人も代理人がついたのはその辺が理由だったんでしょうかね。今回閲覧した事例は、非法律家である私としては「どっちもどっち」という感想です。

医療訴訟の場合、医療関係者から見れば「これは濫訴だろう」と思われるような提訴が結構あるのですが、裁く人たちも素人なので、実際にはそういう例で逆提訴しても、濫訴とはなかなか認められないでしょうね。

一審の判断理由をもっとしっかり読んでこれたら良かったんですが、時間的に叶いませんでした。

千葉地裁平成18年(ワ)第2503号
東京高裁平成20年(ネ)第150号
平成20年(オ)第1068号
平成20年(受)第1295号
原告 S
原告代理人 大槻厚志 外30名 (←どの審級でのものか失念)
被告 弘中惇一郎、加城千波

(平成23年10月6日、弁護過誤リンク追記)

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魅惑の三平方の定理医療訴訟

2010年6月13日

本年6月3日に、本人尋問を傍聴した事件です。

平成22年(ワ)第61号
原告席にはざっくばらんなおじさんが一人。

本人訴訟だ…

秋吉裁判長から、「弁論更新の手続をいたします。趣旨としては・・・」と、弁論更新手続きにまで説明を付けるサービス。それはさておき。

代理人弁護士がいないから、左陪席(ネーベン)が質問を開始。では、スタート。
(いつものことですが、明示した以外にも、途中結構抜けはありますがご了承を)

左陪席
被告から血管の穿刺を受けるようになったのはいつからか?
—— 3年以上経っています。

A病院から別の病院に転院したのはいつ?
—— 昨年11月

転院するまでに被告から受けた血管穿刺の問題点は?
—— 3つのポイントを上げて書面にまとめました。1、血管は細いくだで、血管を刺した注射針が反対面に突き当たり、血管痛を起こす。2、物理でいうテコの原理。穿刺針では把手が力点、穿刺口が支点、針の先端が作用点。入射角によって、高い角度で指すと、入れてすぐグイと下げないとならない。すると支点に力がかかる。透析患者は動脈圧が静脈に流れる。いつも怒張している。私は触って推測するに、血管内径は3mmあるいはそれより細い。支点による力、あとで直角三角形の定理を説明しますが、圧迫性血管痛を引き起こす。以上3点から・・・

裁判長
ちょ、ちょっとよろしいですか、先ほど3点にまとめたとおっしゃられましたが、今のお話では2点しか話されなかったように思うのですが、
—— 1、血管の反対面に突き当たり血管痛を起こす、2、高い角度で刺入することによるテコの原理、3、1と2の複合による。

3点目は1点目と2点目の複合ということですか
—— はい

左陪席
針の角度は何度とすべきか?
—— 私の考えでは10度。しかし10度だと血管が逃げる。分度器などで図ると15度が相当。

自分で計算した結果か?
—— はい。計算の理由を聞いてくれますか?

理由は? (←左陪席優しい)
—— 直角三角形の定理というか、理想的な直角三角形を外れた場合は必ず・・・(途中不明)、三平方の定理だけが一般的な看護師・・・(途中不明)、加法の定理もあるが、これは難しいので必要ないと思う。

穿刺をどこに受けたか
—— 左の前腕と上腕。

入射角は何度くらいだったか?
—— 測ってやろうと思い、分度器をポケットに入れていって・・・

結論を教えてください。
—— 60度を超していたと思う。

根拠は?
—— 自分で測りました。

(原告がえらく身を乗り出しているのを左陪席が見て) 聞こえにくいですか?
—— いや、聞こえるけれど、慎重に聞こうと思いまして。

枕は必要ですか? (腕枕のこと)
—— 15度の場合は不要。丸太を想定した場合(・・・)、仮に30度で刺入したとしても、斜面によって(・・・)枕をあてがわないと無理が生じる。

被告は枕を使ったか?
—— 私が求めて、枕を使ってもらいました。

いつ頃のことか?
—— 被告が刺入するときは場所による。なるべく低い角度から刺してくれと常日頃から言っていた。だんだん角度が低くなっていったが、15度にはならなかった。

被告代理人
甲A1号証、甲A2号証(陳述書)を作成する際に、医学文献は参照したか?
—— 医学文献は持っていません。

参照していない?
—— していない。医学文献に近いものは図書館で見ました。

それを写したということか?
—— いや、写してなんかいません。

被告の刺入角度は、何度くらいまで低くなっていたか?
—— 30度を超していたと思う。最初は60度を超えていたと思う。

60度を超えると、固定できないのではないか?
—— できません。

乙B3号証(恐らく医学教科書の類)に、30度前後が適切と書いてあるが。
—— 直角三角形の定理・・・

いや、この文献の記載はどう思うか?
—— ナンセンスだと思う。

高角度で刺すことにより、対面壁に突き当たると言ったが、そういうことが被告にあったのか。
—— あった。普通なら、圧迫性血管痛は起こりえない。

裁判長
最後に何か言っておきたいことがあればおっしゃって下さい。
—— 三平方の定理で典型的なところを述べます。斜辺イコール、垂直辺の2乗プラス水平線の2乗、の平方根の長さとなる。この辺をしっかりとご理解頂ければと思います。

何の理解だよw

この後、2~3分間、合議するのでお待ちくださいと言って、裁判官3人が裏に消えまして、何の合議かと思ったら、「合議の結果をお伝えします。原告から鑑定の申請がありましたが、採用しないこととしました。」とのこと。こんな事件で鑑定不採用に合議も何もないだろうと思ったけれども、そこら辺は手続き重視の裁判法廷ですね。

「弁論を終結します。判決は7月29日、木曜日、午後1時10分、場所は611号法廷です。○○さんはいらしてもいらっしゃらなくても構いません。いらっしゃらなかった場合には、書面をお送りします。」

最後まで御丁寧でした。

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