令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
2022年4月の記事
父の診療を担当した医師(息子)が、姉妹から訴えられた事例
2022年4月25日
東京高裁の医療訴訟。開廷表に「弁論(本人尋問)」の記載あり。証人・本人尋問は一審で終わるのが一般的であり、高裁で尋問を行うことは珍しく、内容が気になりました。
傍聴していると、この事例は、医師である被告が、患者である父(元医師・89歳)の脳梗塞の発見が遅く搬送が遅れたため、血栓溶解療法を行うことができなかったとして、被告医師の姉妹から訴えられた事例であると分かりました。被告医師とその姉妹とは、20年ぐらいほとんど接触がなかったそうです(被告医師談)。
一審の判決文は判例データベースにあり、事件番号は東京地裁令和2年(ワ)第14948号。その判決文と、高裁で行われた医師に対する尋問から、事件を眺めてみます。
背景
患者は当時89歳男性で被告医師の父。医師の自宅と医院が同じ建物内にあり自由に行き来できる構造。患者と医師とは毎日対面。被告医師の専門は脳神経外科。
既往歴
84歳頃からアルツハイマー型認知症に罹患。被告医師は患者が88歳の頃から主治医として診療開始。同時期から介護センターによる訪問介護を受け、またデイサービスを利用開始。
経過(以下、日のみ記載)
(22日:原告側は、この日から麻痺症状があったと主張。根拠は、転院先の総合病院のカルテにそれらしき記載があるため。)
24日:デイサービスに通所。リハビリ体操、早口言葉、カラオケ等のレクリエーションをこなす。
夕方、ヘルパーが、夕食時に身体が若干右に傾いていることに気づき、被告医師に報告。神経学的所見異常を認めず。身体の右への傾きは修正可能で、食事も右手で食べていたことを確認。
25日:身体が右に傾く。神経学的所見異常を認めず。15:20頃血液検査を施行、大きな異常を認めず。
26日:朝食時に,身体の傾きに加えて,右手の動きが悪くスプーンを上手く使えない。右手に麻痺が出現しており、頭蓋内疾患の発生を疑う。紹介状を書いて、介護タクシーで総合病院へ。
尋問を聴いて、私がポイントと感じた点は以下の通り。「被)」は被告医師、「原代)」は原告代理人を示します。
被)被告医師が付き添うが、総合病院では口頭での説明をしたか記憶ない。紹介状以外の情報は伝わっていないと思う。
原代)看護記録に、「22日、歩行していても右に傾く、25日、歩行できず右麻痺出現」との記載あり
被)話していない。原代)「24日、デイサービスに行った」
被)これは事実。総合病院で説明したかもしれない。被)2月26日のCTで左基底核部の脳梗塞。rt-PA(血栓溶解療法)適応はなかった。
原代)22日と25日の話がずれるのはなぜか。看護記録が不正確になった原因に心当たりは?既往歴家族歴、24日のことも正確なのに、22日と25日のことだけ曖昧なのが疑問だ。あなた(被告医師)に不利益な部分が曖昧と思うので訊いている。
被)数日前から右不全片麻痺とだけ説明。被)24日の身体の傾きは、手を加えれば修正可能。もともと重度のアルツハイマー。大脳萎縮。認知症の進行も考えた。身体が傾くのはTIAの症状ではない。
原代)血圧、脈拍、心雑音の検査は?
被)検査したかもしれない、しなかったかもしれない。原代)カルテになんで書かないのか。
被)自分の父親という特殊なケースなので。原代)24日に搬送しなかったのはなぜか。
被)脳梗塞、頭蓋内疾患はほぼ疑っていなかった。原代)なぜ右に傾いていたのか
被)認知症と下肢筋力低下。原代)脳梗塞の疑いが否定出来ないのに搬送しないでいいのか
被)もともと重度の認知症。25日は麻痺がなかった。26日、スプーンがうまく使えていないことに気づいた。見るからに麻痺があるので神経学的検査の必要なく、介護タクシーを呼んだ。原代)甲号証意見書(原告協力医)には、拘束の時期の特定は(画像所見ではなくて)臨床症状優先と書かれている。
被)これは違う。画像で決まる。
うーん、それにしても、アルツハイマーを発症している89歳の脳梗塞で、搬送が遅れて血栓溶解療法(rt-PA)を施行できなかったから過失だと言い、同じ相続人同士であるのに兄弟に対して裁判を起こす例というのもあるのですね。私見では、一般に医療訴訟の原告が医療関係者またはその家族である例は、そうでない例よりも比率的に多いように思っていますが、兄弟姉妹同士での争いとなると非常に珍しいと思います。なお、以前に調べた医師を含む兄弟姉妹同士の医療訴訟例として、東京地裁平成19年(ワ)第28251号が挙げられます。
「頑張れる自信が全く無いですよ」
2022年4月23日
2022年4月某日、東京地裁医療集中部での医療訴訟第一回弁論期日。裁判長が提出書類等を一通り確認した後、続けて「原告の主張する過失とは…何が過失ということでしょうか。」との直球発言をされ、俄然興味をひかれました。
(注:以下、メモによるもので、発言には不正確な部分があり得ます。)
原告代理人(以下、「原」):令和○年○月○日の見落としで…
裁判長(以下、「長」):これについては被告も認めるんですか?
被告代理人(以下、「被」):認否を争うとなっています。
長:訴訟前のやり取りで、見落としとの話もあったようですが。
その後のやり取りを聴くと、以下のような流れがあったようです。
1) 問題発生後、被告側医師が謝罪文のようなものを作成。
2) 原告と被告のやり取りは、対立するようなものではなかった。
3) 被告病院は、医師賠償責任保険から賠償金が出るものと思っていた。
4) しかし保険会社が、この事案は医療過誤に該当しないと判断した。
当初医療側は、診療に問題があったと認識して、話合いで解決点を見出そうとしたようです。しかし保険会社が診療について精査したところ、医療側に過失があったとは考えられず、保険金の対象外と判断したようで、そのため原告がやむなく提訴した、ということのようでした。稀にあるトラブルパターンです。以前に類似の問題が発生した事件の報告がこちらにあります。
さて、訴訟を起こして患者側が医療側に賠償金を請求するとなると、行われた診療のどこに過失があり、その過失の根拠は何であるということを患者側が証明する必要があります。しかし、この原告代理人は事前に被告側医師から謝罪文のようなものが出ていたため、当然に過失が認められるものと思いこんでいたようです。
以下、カッコ内の青文字は、私の心のつぶやきです。
原:甲○号証で、本人(被告医師)が過失を認めていたので… いわゆる専門家証人を立ててというのではないと思うんですが。
長:しかし保険会社が該当しないと言うのでは、ある程度法律構成を立てて… このままでは何が問題なのかわからないので…
(中略)
原)正直に言うと、専門家証人を見つけるのは難しい。(素直なところは好感が持てるが、それでいいのか?)
長)「適切に操作し」どういう操作か。「不鮮明」「不注意」が何を指すのか。
原)つらいですね~それは。被告医師のそれを私達がやるということですかね~ 表の世界での主張立証が必要ってのはそれはわかりますよ。でも今までの流れとぜんぜん違うんじゃないですか。身内に専門家がいない。それがダメッつったら。
長)それはもう原告の方で協力医を探してもらうしかないんじゃないでしょうかね。
原)ウーン…
(中略:期日調整のやり取り)
原)今からあてのない旅に出ますので…どうやって探しますか、本当に正直に言いますと、ほんっとうに何のあてもない。(「あてのない旅」言うなよ(笑))
被)謝罪文書を書いている。9月19日、9月9日が一番問題だと言うなら。
長)じゃあまずできるところまでやって…
原)今から医師を探せっていわれたらつらいですよ。どこに電話したらいいのか… 頑張れる自信が全く無いですよ。途方に暮れますよ。
原告代理人さん、謝罪文を入手しているから当然に話がまとまると思っちゃったんでしょうね… でも医事紛争でカネの出どころが保険会社である場合(つまりほとんど全ての医事紛争の場合)、その内容を精査できる能力がないまま受任すると、この件のように足元を掬われることがありうるんですよ。今からでも復代理人(代理人の弁護士が、追加で指定する弁護士)を付けるとかしないと、ちょっとまずいんじゃないですかね。もっとも保険会社が医療過誤に該当しないと判断したものをひっくり返すのは容易ではなく、どうやっても厳しい戦いになる予感がしますね。
専門外に手を出すならば慎重に慎重を重ねよ、という強い教訓になりそうな事例でした。引き続き追いかけたいと思っています。
そういえば、2018年に報道された、杉並区の肺がん検診見落としに関しても、同様な問題を抱える事例がありました。その事例では、裁判前に医療側が高額示談を提示したものの、患者側が拒否して提訴しました。すると裁判では医療側が過失はなかったと主張しはじめ、医療訴訟素人と思われる患者側代理人が四苦八苦しているようでした。その事件も同様に追いかけたいと思っています。
腹部大動脈瘤の有無を疑い、検査を追加すべき義務?
2022年4月22日
東京地裁、医療集中部の尋問。急性大動脈瘤破裂で亡くなられた方の診療を巡る訴訟でした。
まずは亡くなられた患者さんのご冥福をお祈りいたします。
開廷の冒頭に、裁判長から争点の確認があり、「腹部大動脈瘤の有無を疑い検査を追加する義務」が争点の一つであることが判明しました。
そして担当医の尋問が始まったのですが、いつまでたっても腹部大動脈瘤の話に進まないのです。以下、症例の概要です。
一人で自家用車を運転して来院
前日12:00頃に餃子を食べてから、発熱、腹痛、嘔吐、下痢が出現。嘔吐2回、下痢3回を繰り返した。
初診時、顔色、意識、呼吸正常。発汗なし、血圧は測定せず。
腹痛の強さは普通。仰臥位で診察。視診で腹部膨満、打診で鼓音、触診で圧痛を認める。急性胃腸炎を疑い、ソルラック500ml 点滴静注。途中で血液検査結果が出て WBC 16100, CRP 3.44, BS 162, Cr 3.0(聞き取り不十分)等。細菌感染を疑いホスミシンを側管追加投与。さらにソルデム300を500ml追加点滴。ブスコパン、アゼリオも投与。
点滴終了して、本人が看護師に「治った、もう家に帰りたい」と言い、伝え聞いた医師が帰宅を許可。本人は運転して帰宅。
帰宅後急変し、その後急性大動脈解離が判明したらしい(詳細不明)。
画像診断はしないのか、の質問には、「痛みが続くのならやるが、治ったから帰るというのに、追加はしない。保険もうるさくて、過剰診断で目をつけられる」と返答。
遺族は証言の最後に、「最初から腹部大動脈瘤を疑えということではなくて、もっとよく観察していれば、血圧も測らないような診察にはならないのではないか」との旨を述べていました。
担当医は、「急性大動脈解離は救急でいっぱい見ているが、背部痛が多い。消化器症状がメインで腹部大動脈瘤は考えつかない」との旨を述べていました。
傍聴していても、画像検査をする義務があることの根拠には特に言及されず、不思議な気持ちで傍聴を終えました。
ちなみに、警察からは診療録の提出を求められたそうですが、出頭までは求められなかったようです。
裁判の結果は気にしておこうと思います。