2012年9月の記事

加藤新太郎裁判長の訴訟指揮その3

2012年9月28日

いつものように東京高裁・地裁に出かけて開廷表を見ていると、高裁の開廷表に、地裁で傍聴した事件の控訴審第一回弁論の表示が。控訴審事件番号は平成24年(ネ)第4200号。法廷に入って待つこと数分、お出ましになられたのは加藤新太郎判事… そうか、そういえば22民事部でした。例によって早口ですから、メモは大雑把です。

加藤裁判長「被告病院の応答が、裁判所から見るとやや物足らない。基本的には新しい主張は出てこないので、控訴人は証拠弁論を一所懸命している。被控訴人としては、いちいち『これは当たっている』『当たっていない』という主張をしてもらいたい。」

ふーむ、「証拠弁論」といういい方をするんですね。

加藤裁判長「例えばリスク評価。控訴理由書では原判決の○○について、『証拠を記していない、認定が間違っている』としている。こういう点は簡単に反論できる。○○証人についての評価は反論できる。『弱いリスク要因でも複数重ねれば高リスクであることを認定できる』とあるが、これもそうは言えないのか、その指摘を。○ページ、『人種差によるリスク。白人なのでリスクを1段階上げる』とあるが、これに対する反論は出てきていない。」

加藤裁判長「国枝医師の意見書について、答弁書では『国枝医師が、従前、論法に書いていたのは肺血流シンチ云々…今回はCTと書いている。従前のと言っていることが違う。だから信用できない』とあるが、それは、言い過ぎでは?」

 一方、控訴人側は鑑定実施を求めているのですが、

加藤裁判長「鑑定をやらなくても明々白々なら、鑑定をやらないこともいくらでもありますよ。なんでも勝つわけではないからね、医療裁判は。」

と、バッサリ。

亡くなった患者さんの肺塞栓症の重症度が争点の一つで、控訴人はひどかった(massivだった)と、被控訴人はそれほどでもなかった(massivではなかった)と主張しているのですが、

控訴人代理人「国枝医師が massivと判断している。」

被控訴人代理人「詰まった度合いで massivか否かを判断するのではない。」

控訴人代理人「国枝医師も、CTだけで重症度判断をするとは言っていない。」

被控訴人代理人「甲B15号証で臨床所見を上げているが、それ自体がガイドラインの『血行動態不安定』に当たらない。甲B115号証では、『とにかく詰まり具合で見るのだ』書いている。」

115号証って、聞いただけでもウンザリですね(笑)

控訴人代理人「本件では70%詰まっている」

加藤裁判長「尋問の聞き方が悪かったからしょうがないね、という話になりがちですよ。」

あああ、この場に原告本人もいるのに…(笑)

加藤裁判長「5年間で20回の争点整理。最初に主張した過失と構成を途中で変えていて、それで負けている。控訴審でもまた総花的な主張をしている。控訴審ではここを見て欲しいというところをはっきりしないと、原審を全部引用して敗訴になってもおかしくないですよ。」

この点私は、控訴人代理人の一人である伊藤紘一弁護士が、以前にも素人目にはハチャメチャな主張を展開していたのを聴いたことがある(「行き当りばったり提訴医療訴訟事件」として既報)ので、傍聴席で苦笑しながら聴いていました。

ところで、司法判断の方法にもガイドラインのようなものがあって、優秀な判事さんだとそういう”ガイドライン”をしっかり踏まえて審理されますが、中には相当にひどい審理がされている事例もあるわけです。そのことを考えると、医療行為についてやれガイドラインを外れていないかとか適用を誤っていないかとかを、所詮は医療の素人である法律家が過度に厳密に審理するのは、滑稽といえば滑稽です。「沖縄総胆管結石摘出不成功訴訟」に見られたような訴訟指揮のレベルの仕事を、医師が医療行為において行っている場合であっても大目に見ろとまでは直ちには言いませんが、今回報告した事例に限って言えば、亡くなった患者さんの医学的所見を相当に穿った見方をしてして初めて、原告の主張するような過失の判断を検討する余地が生まれるという状況であると思われるところ、原審では『普通に考えればハイリスクではなく、血栓症はmassivではなく過失もない』という判断をしたのですから、それこそそのまま引用して控訴人ら敗訴としてもいいのではないかと思うわけですが、控訴審の裁判長が優秀かつ緻密だと大変ですね(笑)

なお、原審判決文はこちらにあります。加藤新太郎裁判長の訴訟指揮1はこちら、2はこちらです。

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ソウル中央地裁で医療専門審理委員尋問を傍聴

2012年9月26日

2012年9月21日にソウル中央地裁で、医療訴訟の専門審理委員に対する尋問を傍聴してきた報告です。第18民事部、事件番号は2010年가합第12196(나)。さすがに日本で傍聴しているときのようにはしっかり聞き取れませんでしたが…

概要は、77歳女性、10年前に脳梗塞の既往あり。高血圧、高脂血症あり。その治療内容は不明(証拠資料が出ていない)。中大脳動脈の5mm程度の動脈瘤3つ。眉毛部から入って、3つとも結紮術をしたら、翌日未明に全身状態が悪化(右腕、右足麻痺、意識低下)。広範な出血、水頭症を認めて再手術したものの、最終的には亡くなった。全身状態が悪化してからの、脳浮腫対策などの治療内容も不明。(カルテが抜けている模様。全身状態が悪化するあたりまでは、看護記録よりも医師記録のほうが詳細なくらいに書かれていたと専門審理委員が指摘)
手術翌日のCT画像(これはおかしいということになってから撮られたもの)では、出血はかなり広範囲だが、眉毛部から結紮部に至る部分の出血はではなくて、それよりもかなり上方での出血。そのことから、術中出血ではなくて、遅延性出血に見えるとの意見。

原告側の主張は、
コイル塞栓術が良かったのではないか?
経過観察でも良かったのではないか?
コイル塞栓術の話は聞いておらず、説明義務違反では?
複数の脳動脈瘤を一度に結紮するのは不適切では?
術後出血は、手術中に牽引しすぎた過失があってのことでは?
術後出血に対する治療内容が不適切だったのでは?

といったところのようですが…

うーん、コイル塞栓術の説明をせずに自己決定権を奪ったとは言っても、脳梗塞既往ありの77歳女性で、そこまで過失を問うかねぇ…と思っていたら、裁判長から、「原告のうち二人は医師だそうですが、何科の医師ですか?」との質問あり。

… orz

何科であるかはその場では把握されておらず、答えはありませんでしたが、医者が怖いあたりは日韓共通ですなー

ちなみに専門審理委員に対する尋問は、まず原告代理人、次に被告代理人、そして裁判官からの質問があり、補充質問があればそれをして終わりです。
1時間半の尋問終了後に、案内してくださった書記官さんが「長時間の傍聴お疲れ様でした」とおっしゃるので、「全然長くないです。日本では尋問の日は朝から晩までやることが少なくないです」と答えたら、目を丸くしていました。

専門審理委員制度は日本でできてから韓国に導入された制度で、日本では医療訴訟ではほとんど使われていないのに対して、韓国ではフル活用されています。ただ問題なのは、専門審理委員は一般的な事柄について「説明」をするのが建前であるのに、実際のところは当該事案に対する「意見」を述べまくっているように見受けられる点でしょうかね…

あと、原告代理人は、韓国の尊厳死事件で原告代理人をした事務所の弁護士だということでしたが、専門審理委員に対する質問事項では、超基本的な質問がバンバン出てきて、「そんな質問、自分で文献をみればわかるだろ」と思わずにいられませんでした。(脳動脈瘤の自然経過での破裂率とか、クリッピングと結紮術の適応とか…

とはいえ、第三者医師に率直に意見を求めることができるのは、双方にとって悪いことではないようには感じます。日本では専門審理委員を使おうとすると、特に東京では原告代理人が難色を示すことが少なくないですらしいのですが、無理を押し通そうとする意図がなければ、訴訟費用的にも低廉な専門審理委員制度は、もっと活用できると思うのですがね~

(韓国の尊厳死裁判:尊厳死を認めさせることを求めて大学病院を相手に提訴された事件で、韓国の最高裁で人工呼吸器を停止せよという判決が出た。ちなみに人工呼吸器を停止しても自発呼吸があって死亡せず、今度は治療の瑕疵を訴えてまた大学病院を提訴した。

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加藤新太郎裁判長の訴訟指揮その2

2012年9月12日

開廷表を見て、被控訴人が「神奈川県」となっていたので、もしかしたら県立病院が訴えられた事件でないかと考えて、ふらりと法廷に入ってみた事件でした。

残念ながら医療訴訟ではありませんでしたが、裁判長があの加藤新太郎判事。以前にご報告したこの事例と違い、傍聴人がほとんどいなかったので、傍聴席からの笑いは起きませんでしたが、なかなか味のある事件だったのでご報告します。ただし会話のやり取りは速いので、メモは超大雑把です。誰が発言したのかわからなくなっている部分もあります。

事件番号は東京高裁平成24年(ネ)第4419号。双方控訴の事件で、神奈川県は一審被告でした。事件内容は、勾留?された一審原告に対して、留置所(?)の係員が何らかの書面を直ちに渡さなかったことについて、憲法違反だと主張しているようです。それが、単なる書面ではなく何やら特殊な細工が疑われるようなものだったようで…

さて、控訴審開廷の冒頭ですが、一審原告が提出した控訴状、準備書面が充実しているらしく、

加藤裁判長「これ、力が入っているということを、形で表している、と、こういうことですね。憲法議論の後の事実は云々…」

一審被告代理人「施設法の違憲主張。平成11年の最高裁判決で決着している。主張は少し補充します。」

加藤裁判長「十分補充してください。一審原告は勝っているのに控訴している。そこを主張しているのだから、そこは正面から反論して下さい。」

加藤裁判長「判例の理解を示してもらう。当てはめのところで本件の違法性が(・・・)、双方とも個人攻撃とか揚げ足取りがある。『頓珍漢』とは書面には書かない。『不相当』と書く。理性的にね。」

一審原告代理人「捜査、留置の分離についてはぐらかされている気がする。留置管理官は取り調べはしない。また、一審原告の控訴理由書にきちんと反論していない。」

控訴審ではどういうことをするか?→憲法論。当てはめはどうか?

加藤裁判長「一審被告は、1時間後には書面を渡しているので、宅下げを拒否したという評価には当たらないでしょう、としているが、警視庁のは検事が間違えて数日後。こちらは検事は間違えていない。15分だったらどう?日が変わったらダメだよね。5~6時間でもクサイよね。15~30分なら?と」

一審原告代理人「最初に『渡せません』とハッキリ言われた。」

加藤裁判長「公務員なんて、間違いいっぱいするじゃない。できないと言われて、いやいや違うと頑張った。これ、弁護士の真骨頂ですよ。1時間で是正されたじゃないですか。」

一審原告代理人「ワカマツ国賠で、45分での最高裁の判断もある。」

一審被告代理人「この例ではインターネットで(・・・)、仮に弁護人であっても渡さない、という判断もあり得る。それを即時に判断させるのはナンセンスと考えている。」

加藤裁判長「罪証隠滅行為1回で退会にはならないでしょう。」

(発言者不明)「かつてはいなかったかも知れないけど」

加藤裁判長「そのへんも率直でいいね~」

一審原告代理人「留置官の判断で止められるという判断は如何なものか」

一審被告代理人「私も刑事弁護をやらないわけじゃないので…でも今回の文書はそれとは違う。」

加藤裁判長「弁護士宛でも、なお中身をチェックしないとならないという…」

加藤裁判長「おかしな弁護士だったら、こんな訴訟起こしませんよ」

加藤裁判長「今朝思いついたので自信はないけど、憲法違反と国賠…」

(発言者不明)「故意過失ですか?」

加藤裁判長「そこ!」

(発言者不明)「確かに広島で故意過失なしという…」

加藤裁判長「そうだといっても、そこでダメになるとしても、憲法適合性について判断するということかな?」

一審原告代理人「日弁連でも議論したいと思う」

このあと、次回期日を決めるとき、一審原告代理人の希望を取り入れて遅めの時間に設定され、「特別ですよ~」の一声。特別を受け入れたのは、加藤裁判長もこの争いに関心が強いからということなのかな、と思ってみたりします。

それにしてもあれですね、医療訴訟なんかだと、裁判官も所詮は素人なんで、非常に優秀な裁判官でない限り、傍聴していてモニョることも多いですが、憲法議論とかとなると、やっぱり餅は餅屋で、聴いていて清々しいものがあります。

結構注目の一戦なのかも知れません。

 

追記: この事件は、通称小田原国賠と呼ばれている事件のようです。上で「一審原告代理人」としたのは、どうやら一審原告本人のようです。そしてその一審原告本人が「頓珍漢」と評した一審被告の主張は、こちらで紹介さているようです。

加藤新太郎裁判長の訴訟指揮(その1)はこちらにあります。その3はこちらにあります。

傍聴中に、専門用語を知らずに聞き取れなかった「タクサイ」を、「宅下げ」に修正しました(平成24年10月21日)

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