過剰な吸引分娩による胎児死亡訴訟

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審東京地裁 平成18年(ワ)第27918号 判決平成20年3月5日 微妙 判決文抜粋
二審東京高裁 平成20年(ネ)第1627号 判決平成20年11月26日
(確定)
妥当  

共同通信にて以下のように報道された事件です。

胎児死亡で医師に賠償命令 帝王切開遅れ1650万円

08/03/06

 帝王切開の遅れが原因で出生前に胎児が死亡したとして、東京都東久留米市の夫婦が、東京都台東区の産婦人科医に約3500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は5日、1650万円の賠償を命じた。

 村田渉(むらた・わたる)裁判長は「帝王切開するか、帝王切開ができるほかの病院に速やかに搬送していれば、子宮内での胎児死亡という結果は避けられた」と医師の過失と死亡の因果関係を認定。

 その上で「出生直前に順調に育っていた胎児を失った精神的苦痛は、出生後の新生児が死亡した場合と何ら異なるところはなく、極めて深く、大きい」と指摘した。

 判決によると、原告の女性は2003年7月15日、病院で妊娠中毒症と診断され入院。同月18日午後10時半ごろから2時間半にわたり、吸引分娩(ぶんべん)をしたがうまくいかず、いったん病室に戻った。

 19日午前5時ごろ、腹部に違和感を感じ検査したところ心音が消え、その後、搬送先の病院で胎児の死亡が確認された。

 平成19年4月以来、東京地方裁判所民事第34部にて裁判長を務める村田渉判事は、私が考えるに医療の限界をよく汲み取り、概ね妥当な判断をされていると考えていたところにこのニュースだったので、ニュースを見たときはちょっと驚いたものでした。

 しかしその後、裁判記録を閲覧したところ、この裁判では医院側敗訴の判決を書くのはある意味当然だということが分かりました。というのは、被告医師に争う気持ちがなかったからです。

 被告医師側が裁判所に提出した準備書面に、以下のように書かれていました。

…上述のとおり、本件においては胎児死亡の原因が不明であることからすれば、被告B医院における原告Aに対する具体的処置について、胎児死亡と結びつくものは無かったといわざるを得ない。
 しかし、被告B医師としては、原告らの強い要望であった経腟分娩を被告B病院において遂げさせることができなかったこと、また、結果的には胎児死亡という最悪の結果が発生してしまっていることに鑑み、これ以上過失の有無、程度に関する紛争を訴訟手続きにおいて解決することは希望せず、早期において話し合いによる解決を希望するものである。

 さらに言えば、被告側が提出した証拠物はたった1通、それもB医師の陳述書だけです。医学的な内容を争う姿勢は全く見られませんでした。なので普通に考えれば、この裁判は裁判所が判決を出す前に和解するものであったと思われます。にもかかわらず裁判所の判決になった理由は、新聞記事では全く触れられていないことですが、B病院転院前に通っていたC助産院と患者との争いがあったからのようです。

 この患者はB医師とともにC助産院も訴えていました。C助産院にはより高度な医療機関への紹介義務があったという訴えです。 C助産院提出の陳述書の一部にはこのように記されています。

「6月29日以降の受診時において、Aさんに高血圧や浮腫が見られました。もっとも、血圧はさほど高いというわけでもなく、浮腫や蛋白尿も常に見られていたわけではありません。」

「7月13日、Aさんに対し、血圧も高めであり医師の診察が必要であること、自分のところではE病院(大学病院)病院に行ってもらっていることを伝えましたが、Aさんは、アットホームなところがよい、病院はすぐにおなかを切るからいやだ、E病院(大学病院)病院には行きたくない、一度帰って考えてみるなどと述べて帰宅されました。
 その後、電話があり、一度受診して知っているからとのことでB医院を受診したということでした。………」

「Aさんは自分の意思によってB医院を受診したのです。B先生へ紹介するときは、私自身が付き添っていったり、カルテをコピーしそれをファックスして送っていますが、AさんについてはそのようなFAXなどを送っていないことからしても、私から診察を依頼したのではないことがわかると思います。
 C助産院からB医院を受診された他の妊婦については、B医院で出産するのではなく、同医院からD大学を紹介されて出産にいたるのが通常でした。また、これまでC助産院から紹介した妊婦さんについては、分娩にいたる経過中、B先生と一緒に努力してまいりました。これまでB医院で出産にまで至った例は聞いていません。Aさんについても、あくまでB先生に相談してもらって、その結果、医療機関での出産が必要であれば、D大学を紹介受診することになるものと思っていました。

「結語
 Aさんのお子様については、本当に残念な結果となってしまったと思います。しかし、実際の事実経過と異なる理由によって、出産自体に関与していない私に対して高額の請求がなされることについては納得できません。適切な判断をお願いします。」

 ということで、この訴訟が和解にならずに判決に至った理由は、原告とC助産師との事実争いのためと考えられました。C助産師の陳述のとおり、この患者は少なくとも帝王切開に対して拒否感を持っていたことは事実のようです。

 結局この事件は、B医師も責任を感じて話し合いによる解決を希望しており、普通なら報道されることなく解決されるべきところを、C助産師と患者Aとの争いがこじれたために、巻き添えで話し合い解決にならずに判決を待つこととなったものであると考えられます。ところが共同通信社では本質的な争いの部分は全く無視して、付随する部分だけを報じるというおかしな仕事をしたものと考えられました。

平成20年3月16日記す


控訴審

 平成20年11月26日に,高裁判決が出ました。共同通信の報道を見ると,前回の報道で助産師の存在を無視していたこととは打って変わった報道です。

助産師に220万賠償命令 東京高裁が逆転判断

08/11/27

 約束と異なる産婦人科を紹介されて入院、帝王切開の遅れで出生前に胎児が死亡したとして、東京都東久留米市の女性が、かかりつけの助産師に慰謝料など550万円の支払いを 求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は26日、請求を棄却した1審判決を取り消し、220万円の賠償を命じた。

 石川善則(いしかわ・よしのり)裁判長は「原告は大学付属病院を紹介してもらえるはずだったのに、水準の低い医療行為を受けることになり、精神的苦痛は大きい。約束違反が 胎児の死亡要因の一つ」と判断した。

 女性は、助産師のほか「帝王切開の遅れはミス」として都内の産婦人科医にも賠償を求め提訴。

 今年3月の1審東京地裁判決は、産婦人科医の過失を認め1650万円の賠償を命じ、確定。一方、助産師については「女性の意思と判断で入院した」と責任を認めず、女性が控訴していた。

 控訴審ではまず,C助産院からE大学病院への転送実績の調査がなされました。過去2年間にC助産院からE大学病院への転送が何件あったかを,E大学病院に確認したのですが,その結果は0件でした。つまり,C助産院では「何かあったらE大学病院に転送する」と言っておきながら,実際にはそのつもりがなかったということが認められたと考えられます。

 患者側から提出された証拠の一部には以下のように記載されていました。

 問題が生じた際には「あそこには(緊急時搬送大学病院)ちゃんとした助産師がいないのよ。あそこの助産師には任せられない 医師もね。そんなところで事故にでも遭ったらどうするの」と脅かされ強制的にB産婦人科へ行くことを勧められたのです。

 最後には「お願いだからBさんへ行ってよ(B産婦人科) よく診てくれるし安心だからさぁ 血圧が下がれば すぐここに戻ってこれるからね」と懇願までしました。

 何度も緊急時搬送先である大学病院へ行きたいといっているのにどうして相手方はあんなに強引にB産婦人科に行けと指示をしたのかも分かりませんし 納得できません。

 医療者側(C助産師)敗訴判決で,人によって感じるところは様々かと思いますが,妥当な判決と考えました。

平成21年1月4日記す。


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