過剰な吸引分娩による胎児死亡訴訟・判決文抜粋

(事件番号:平成18年(ワ)第27918号、東京地裁判決平成20年3月5日)

判決:本人に1100万、夫に550万
助産師に対する請求は棄却

1 請求

本人に2233万2370円、夫に1320万、
助産師に550万

2 事案の要旨

原告は第一子、助産院よりB産婦人科に搬送されD大学へ搬送、子宮内胎児死亡
被告が適時に帝王切開を行わなかったためであるなどとして、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求
助産師には「分娩時に異常が生じた場合にはE病院(大学病院)に転院・搬送させるとの合意に違反した」
7月15日受診し入院、アダラート投与、18日22時30分吸引分娩、約2時間半翌日1時中止され、病室に戻った。
2時自然に出産できるようないきみを感じたため、分娩室に入ったが、被告に「まだ陣痛が弱い」と言われ、病室に戻された。5時ころ腹部に違和感を感じ、看護師にドップラーされている最中に心音消失。6時20分に夫の車でD大学へ転院。
6:45到着
7:20子宮内胎児死亡確認
15:28帝王切開死胎児娩出

3 争点

(1) 助産師の責任
ア E病院(大学病院)へ転院させるべき義務違反の有無、
イ 転院・搬送先医療施設についての情報提供・説明違反義務の有無
ウ 損害額
(2) 医師の責任
ア 18日22時30分ころ帝王切開選択すべきにもかかわらず要約を満たさない吸引分娩を試行した過失の有無
イ 吸引分娩開始後、3回滑脱するか、もしくは15~30分経過した時点で帝王切開にしなかった
ウ 18日23時40分ころ帝王切開にしなかった
エ 各過失と子宮内胎児死亡との因果関係
オ 損害額

4 争点についての当事者の主張

(1)転院させるべき義務違反の有無
原告の主張
転院・搬送先がどのような医療施設であるかということは、契約を締結するか否かの判断をするにあたってきわめて重要。B病院のような個人病院なのか、E病院(大学病院)なのか非常に重要であることは社会通念上明らか。
 転院・搬送先についての合意が特になされた場合は、契約であり、合理的理由がなければ合意された施設に搬送するべき義務を負う。

助産師の主張
合意は成立していない。むしろ助産師がE病院(大学病院)を受診してもらうことになっていると説明したところ、原告らはこれに難色を示した。仮に原告が主張する合意がなされていたとしても、助産師に債務不履行があったとは認められない。原告は「医師の診断が必要になった場合」にはすべてE病院(大学病院)(F病院だったかもしれない、峰村注)に紹介してもらえると思っていたとのことであるが、まさに医師の診断が必要になったその15日自らの意思でE病院(大学病院)(F病院だったかもしれない、峰村注)ではなく後期検診を受けているB医院を予約の上で受診しているのだから、債務不履行によってB医院受診に至ったものではない。

(2) 転院・搬送先医療施設の情報提供・説明義務違反の有無
原告の主張
助産院における妊娠経過および分娩の管理では、母体胎児に何らかのトラブルが生じれば必然的に意思のいる医療施設への転院搬送が法律上必要となり、助産院のみでは完結しないことが十分に想定される特殊性があるため、当該助産院と契約を締結するか否かの判断をするにあたって重要な情報である。
原告の希望するE病院(大学病院)ではなくB医院へ搬送されることがある、どんな医療施設であるかについて十分な情報提供をすべき
B医院の名前すら出さず、E病院(大学病院)に搬送するという誤った内容の説明をした。

助産師の主張
一般に助産院に課される義務として状況に応じた搬送をすべき義務はあっても、搬送先について具体的な説明をすべき義務まではない。原告は最終的に自分たちで検討してB医院に行っている。

(3) 損害額
慰謝料500万。
合意に反して転院させたこと、情報提供説明義務、弁護士費用

助産師
B医院に転院させたこと自体が児の生命維持に危険を生じるというものであったのであればともかく、「適切な説明がなされていれば、C助産院ではない他の助産院を選択したというが、自らの選択で後期検診をB医院で受けており、どのような施設か知っていたはず。結果的には原告本人が知っていたことより、因果関係のある損害は生じない。

争点(2)ア 18日23:40頃帝王切開すべきだったにも関わらず、要約を満たさない吸引分娩を実施した過失の有無
原告の主張:重症妊娠中毒症
22:30で5~6cm(3.5指)
39週2日で、未熟性なし
要約を満たしていないのだから、吸引ではなく帝王切開すべきであった。
経膣分娩を強く希望していたために吸引にこだわってしまったと主張するが、原告が強く経膣分娩を希望したという事実はなく、当該主張事実の存否は被告の過失の有無に影響しない(産婦が経膣分娩を希望したというだけでは、適切な時期に帝王切開を実施せずに不適切な吸引分娩をしたことが免責されるものではない)。したがって、被告の主張は原告の主張に対する反論として失当である。

被告の主張:
原告は重症妊娠中毒症で帝王切開もあり得たが、経膣分娩の強い希望があり、被告はなんとかそれを遂げさせてやりたいと考え、入院期間中原告の容態の経過等も考慮し、経膣分娩が可能であると判断し吸引分娩を選択した。
本件の吸引分娩開始時において、原告に全開が確認されていなかったという点で教科書的には吸引分娩の適応と要約を一部満たしていなかったことは否定しない。しかし原告ら提出の「急速遂娩術」にあるように、全開は原則にすぎない。全ての要約を完全に満たした場合のみ吸引分娩を行いえるのであれば、吸引分娩を行いえる場面はほとんどないといっても過言ではない。本件においては他の要約を満たしていたのであり、原告の経膣に対する強い拘りがあったことに加え、原告が重症妊娠中毒症であったこと、原告が痛みに弱い体質であったことから早期に胎児を娩出させることが望ましかったこと、さらには原告が産み月に入っていたことなど、被告は具体的状況を考慮して原告に対し吸引分娩を行うと判断に至ったものであり、また吸引分娩開始後において、被告は児頭の下降を確認しており、合理性は十分に認められる。原告の主張は教科書的な一般論に終始し、原告の当時の症状、入院後の経過といった具体的な状況を全く考慮しないものであり、失当である。

争点(2)イ 吸引開始後、吸引カップが3回滑脱するかもしくは全牽引時間が15~30分以上に経過した時点で帝王切開を行わず、吸引分娩を継続した過失の有無
原告の主張:
要約を満たしていない以上、吸引を選択すること自体がそもそも誤りであるが、仮に吸引を選択したのだとしても全吸引時間は15分以内、最大30分以上にならないようにしなければならず、またカップの滑脱が3回以上起こる場合も吸引の限界であり、この時点で直ちに帝王切開に切り替えるべき注意義務を負っていた。

被告の主張:
吸引を継続したのは、原告の経膣分娩への希望・こだわりをなんとかかなえてやりたいとの思いと、吸引後児頭が下降してくるのを確認できたため、吸引分娩が可能であると判断したからである。この点についてはD大学の医師が「レントゲンをみると赤ちゃんが下の方にいたので、下からもできたのではないかと思いますが、それはわかりません」とコメントしており、病理解剖結果報告書においても、吸引分娩による「直接の死因となる頭蓋内の変化」については「認められなかった」との所見が示されている。これらより被告の胎児娩出が可能であるという判断、吸引の継続時間に関する判断のいずれに関しても、医学的見地からは適切なものであった。
なお、22:30~翌1:00まで3~4回の吸引を試みたが分娩に至らず、吸引分娩を中止している。この点、原告らは被告が原告に対し断続的に吸引分娩を継続し、その回数は3,4回というものではなく、より多数回にわたり行われたと主張するが、原告らの主張は単なる想像に基づくものと言わざるを得ず、失当である。

争点(2)ウ 23:40頃の時点で帝王切開を行わなかったことの過失の有無

争点(2)エ 因果関係
原告の主張:
23:57より胎児仮死となり、翌4時~6:30頃子宮内胎児死亡となった。妊娠中毒症による胎盤機能の低下が存在していたとしても、それのみでは周産期の急激で確実に胎児の循環障害を生じさせ、重篤な低酸素や子宮内胎児死亡をただちに招来しえるものではなかった。
22:30に帝王切開にしていれば、1時間後くらいには児娩出できていた
23:40に決断していれば1:00には娩出できた

被告の主張:
原告の主張は、すべて慎重に対応すべき胎児ジストレスが繰り返し出現したこと、数時間に及ぶ胎児仮死があったことを前提としている。しかし原告が主張する胎児仮死があった時間と心音の消失が確認できた時間との関係から到底認めることはできない。

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裁判所の判断
午前10時受診しB医師不在、19:30診察し156/102、UP2(+)入院
原告の経膣分娩に対する強い希望な記載なく、本人尋問でもB医師は記憶にないと言っており、助産院から来たというだけでは認められない。

吸引分娩の適応
1 分娩第2期における分娩停止または分娩遷延
2 回旋異常
3 軟産道強靭
4 母体疲労
5 母体腹圧不全
6 胎児仮死
7 母体合併症(妊娠中毒症、心疾患)
8 双胎第2子分娩
9 帝王切開時の児頭娩出

要約
1 全開大
2 既破水
3 CPDなし
4 先進部st+2
5 著しい反屈位ではない
6 母体の膀胱直腸が空虚

絶対禁忌
1 明らかなCPD
2 顔位
3 骨盤位の後続児頭

比較的禁忌
1 高位の児頭
2 低出生体重児

日産婦の研修ノートにより
全吸引時間は15分以内、最大30分
2,3回で児頭が全く下降しない場合や何度も滑脱する場合、著しい産瘤形成のある場合は吸引分娩の限界

争点に対する判断

争点(1)ア (E病院(大学病院)へ転院させるべき義務違反の有無)について
ア 3月中旬ころにC助産院を見学した際及び3月30日に被告C助産師との間で妊娠及び分娩の管理についての契約を締結した際、原告Aが被告C助産師に対し、妊娠中や分娩時にトラブルが生じて医師に見てもらうことが必要になった場合(妊娠経過ないし分娩経過に異常が生じた場合)、E病院へ転院・搬送してもらえるのかと確認したところ、被告C助産師は、医師に診てもらうことが必要になった場合には同病院へ転院・搬送する旨回答したことは前記1(1)イのとおりであり、これによれば、原告Aは被告C助産師との間で、妊娠経過ないし分娩経過に異常が生じ、医師の診察が必要となった場合には、E病院を紹介し、同病院へ転院させるとの合意をしたものと認めるのが相当であり、被告C助産師は、同病院の受け入れが不可能であったり、同病院の医療水準あるいは同病院への搬送に要する時間等の関係で、母児にとって危険が生じる可能性がある等の合理的理由がない限り、原告Aを同病院へ転院させるべき義務を負っていたものと言うべきである。
イ これを受けて、原告Aは、被告C助産師が妊娠中毒症の症状を示して医師の診療を受けることが必要になった原告AをB医院に転院させたことは、上記合意に反することであって、被告C助産師に転院させるべき債務の不履行であり、同被告には、合意に基づく医療施設に転院できなかったことについて、原告Aの精神的苦痛を慰謝すべき義務があると主張する。
 しかしながら、前記1(2)イのとおり、原告Aは被告C助産師から強い働きかけと説得等を受けたという経緯はあるものの、最終的には、B医院が安心できる良い医療施設であるとの被告C助産師の言葉を信頼してB医院を受診し、さらに、B医院を受診した際、被告B医師から、まず3日間自分のところで様子を見させて欲しいと言われたことから、これを承諾して被告B医師との間に診療契約を締結してB病院に入院したことが認められるところである。
 そうすると、被告C助産師が、E病院ではなく、B医院に転院させようとしたことが原告Aの意思に反するものであったとしても、原告Aは、被告C助産師からB医院を紹介されたとはいえ、最終的には、自らの意思と判断で、B医院を受診し、被告B医師との間に診療契約を締結して、B医院に入院したものというべきであり、本件において、被告C助産師が紹介したB医院がおよそ医療機関というに値しないようなところであればともかく、そのような事情は存しないのであるから、被告C助産師がE病院への紹介状(診療情報提供書)を交付するなど、原告Aに対し、E病院へ転院させる手続きをとっていないとしても、これをもって、被告C助産師にE病院へ転院させる義務の違反(債務不履行)があり、原告Aの権利や法的利益が侵害されたものと評価することはできないというべきである。

(2) 争点(1)イ (転院・搬送先医療施設についての情報提供義務・説明義務違反について)
ア 原告Aは、被告C助産師は、契約締結に際して、原告Aに対し、母体・胎児に異常が生じて医師の診察が必要となった場合の転院・搬送先の医療機関等について適切な情報を提供して、説明をすべき義務があるのに、これを怠り、誤った内容の説明を行ったと主張するのに対し、被告C助産師は、助産院に課される義務として、状況に応じた適切な医療機関に搬送すべき義務はあるが、それ以上に搬送先について具体的な説明をすべき義務はないと主張して、これを争っている。
 一般に、助産院において、母体ないし胎児に異常が生じた場合には、原則として医師の診療が必要となることからすると、助産院での出産を考える妊産婦にとって当該助産院の提携医療機関や緊急時の搬送先医療機関がどのようなところであるかは重大な関心事というべきである。したがって、助産師は、当該助産院と契約を締結した妊産婦からの要望があれば、母体・胎児に異常が生じて医師の診療が必要となった場合に転院・搬送する予定の医療機関について正確な情報を提供すべき契約上の義務があることは明らかというべきである。
 もっとも、助産院が転院・搬送を予定する医療機関が複数存在する場合には、説明を受ける妊産婦としても、主たる転院・搬送先として緊急時に適切な医療を受けることが可能な医療機関が含まれているか否かさえ判明すれば、当該助産院で出産するか否かを決定する上での特段の不都合はないと考えられるから、医師の診療が必要となったときに転院・搬送を予定している主な医療機関についての情報を提供し、説明をすることで足りるというべきである。
イ 本件において、C助産院では、平成15年当時、妊産婦に医師の診療が必要になった場合、E病院のほか、B医院にも転院の手続きをとっていたことが認められるが(丙A1、被告C助産師)、C助産院からB医院へ転院・搬送される妊産婦は、被告B医師がその本人尋問において供述するところによっても、年に数名程度であったというのであって(被告C助産師の供述によれば、C助産院を訪れる年間40ないし50人程度の妊産婦のうち、B医院に転院するのは年に1人か、2人であるとされている。)、これらのことからすると、B医院がC助産院の主たる転院・搬送先であったとまでは認めることができないから、被告C助産師に、原告Aとの契約締結の際、同原告に対し、C助産院からの転院・搬送先の医療機関としてB医院についての情報を提供するまでの義務はなかったものというべきである。
ウ なお、仮に、被告C助産師に原告Aの主張するような情報提供義務違反等があるとしても、もとより妊産婦に医師の診療が必要となった時点における受入先の医療機関の状況等によっては、予定されていた医療機関を利用することができないことがあること、前記1(2)イ、(3)アのとおり、原告Aは被告C助産師からの強い働き掛け等を受けたとはいえ、自らの意思と判断で被告B医師との間で診療契約を締結して、B医院に入院したことからすると、被告C助産師の上記義務違反等によって、原告Aの権利または法的利益が侵害され、同原告が損害をこうむったものということはできない。

18日22:30の帝王切開に関して
妊娠中毒症重症で母児ともに安全かつ速やかに分娩が進行すると予測される場合をのぞいて最初から帝王切開が選択されるべき
陣痛は微弱、全開しておらず吸引分娩の要約を満たしていない
血圧コントロールも十分ではないアダラートの継続的投与にも関わらず
よって急速遂娩での速やかな児娩出による妊娠の終了が必要であると判断される状態であった。

しかし吸引の適応は・・・であり、重症妊娠中毒症の場合は帝王切開以外の分娩を実施してはならないとの趣旨を含むものとは認められず、「吸引は鉗子と比べて牽引力が弱いので安易に施行すると娩出に失敗して逆に母児を危険にさらす可能性がある」と指摘するのみであって、鉗子と異なり全開の要約はゆるやかに解されていることを考慮すると、その記載内容からして全開という要約を満たしていない場合は吸引をしてはいけないとまではしていないことは明らかというべきであり、帝王切開でなく吸引を開始したことを過失と認めることはできない。
15~30分以上経過した時点で帝王切開せずに吸引を継続した過失
しかし、3回以上がいつの時点かわからないので、いつの時点で帝王切開に切り替えるべきだったかまでは判断できない。

遷延一過性徐脈の原因は様々あるものの、原則的には胎児仮死として対処すべきこととされており、また明らかな原因がないにもかかわらず1時間に3回以上の頻度で出現すれば、急速遂娩を考慮すべきとされているのは()のとおりであるから、23時22分から20分の間に3度の胎児ジストレスが出現した本件においては、23:37頃の徐脈が胎児ジストレスであると判明した23:40頃の時点で急速遂娩が必要であった。そして本件では20:30頃から1時間以上にわたり吸引分娩が試みられていたことに加え、原告が重症妊娠中毒症であり、帝王切開の適応もあったのであるから、被告には吸引を中止して帝王切開に切り替えるか、B医院では無理なら高次医療機関に搬送すべき注意義務があった。

なお被告は原告らが指摘する上記3回の胎児ジストレスについては、吸引分娩の吸引のタイミングにあわせたまたま出現したにすぎない心配のない一過性徐脈であり、慎重な対応が必要となる異常な胎児ジストレスではないから、被告に帝王切開を実施すべき義務はないと主張する。
被告の主張するように、吸引分娩の実施が胎児ジストレスの原因になることがあるとしても、()の通り内診時や児頭頭皮電極装着時に発生する比較的予後良好な例では、通常数分以内に回復し、その後に細変動の減少が認められることはないとされているところ、本件では23:54頃から細変動の減少が認められており、このことからすると上記3回の胎児ジストレスは慎重な対応が必要となる異常なものであった。そして吸引分娩は22:30頃から断続的に行われているにもかかわらず、23:22頃から突然胎児ジストレスが確認されるようになり、午後11時22分から37分ころまでの短時間に3回の胎児ジストレスが出現していることから考慮すると、胎児ジストレスは慎重な対応を要する異常なものであったと認めるのが相当であり、胎児仮死が強く疑われる状況にあったというべきである。
また被告は、本件では胎児心拍細変動が減少した23:54から4時間経過した後においても、毎分129回の児心拍が確認されているのであり、病理解剖報告書において胎児の「脂肪直前に比較的急激で高度な循環動態の悪化」が指摘されていることからすると、胎児の「明らか」な仮死状態が数時間続いたとは考えられないとも主張する。しかし23:54頃から4時間経過した後に確認された児心音は看護師がドップラーで確認したものであり、ドップラーによる一時的な児心拍数の確認のみでは、必ずしも胎児の状態を正しく把握することはできないし、また病理解剖結果報告書では、非常に著明な臓器内血管の血液うっ滞(高度うっ血像)は、「胎児の死亡直前の比較的急激で高度な循環動態の悪化があり、それに伴った低酸素状態が招来されていた可能性を示唆するものである」とされているのみであって、その記載が本件において胎児仮死の状態が数時間続いたことを否定する趣旨であるとも認められない。
したがって原告らが指摘する上記3回の胎児ジストレスは、慎重な対応が必要となる異常な胎児ジストレスではないとする被告の上記主張は採用できない。
以上の通り、被告には23時40頃の時点で吸引分娩を中止し、帝王切開を施行するか、高次医療機関に搬送すべき注意義務があったものと認めるのが相当であるところ、被告は上記義務違反があるにもかかわらず吸引分娩を中止し帝王切開を施行しなかったのであるから、同被告には過失があるというべきである。

医師被告の各過失と胎児死亡との因果関係の有無

被告は少なくとも23:40に帝王切開を行わなかったことについて過失があることは上記の通りであり、翌19日午前5時ころまでには児心音が確認されていたこと、児の病理解剖報告書では胎児の死因について、分娩の過程での比較的急激な胎盤機能と胎児循環の障害が死因の多くの部分を占めている可能性が高く、その胎盤機能の悪化に対して、妊娠中毒症に起因する胎盤循環機能の低下が促進的に働いた可能性が考えられるとされていること、被告自身も本人尋問において、早めに帝王切開に切り替えていれば子宮内胎児死亡という結果を回避することができた可能性があったと認めていること等に照らすと、23:40頃までに、吸引を中止して帝王切開にするか搬送していれば、帝王切開までに要する時間を考慮しても子宮内胎児死亡という結果は避けられたものということができるから、被告の上記過失と子宮内胎児死亡は相当の因果関係があると認められる。
なお、D大学の診療録中本件における子宮内胎児死亡の原因は不明であるとの記載があり、上記病理組織結果報告書においてもその原因は不明とされ、「妊娠中毒症に起因する胎盤循環機能の低下が、促進的に働いた可能性が考えられる」としつつも、「妊娠中毒症に伴う胎盤変化がどの程度、循環障害の促進に関与したかは、病理組織学的な検索では断定困難」との判断が示されているが、これらはいずれも病理学的な意味での子宮内胎児死亡の原因は不明であるものとするものにすぎず、被告の過失と子宮内胎児死亡のとの間に法的な意味で相当因果関係があるとした上記判断を左右するものではない。

損害額について
上記認定判断によれば、被告にはその過失行為によって原告らに生じた損害を賠償する義務がある

原告のD大学の入院費用
過失がなくても帝王切開は避けられなかったのであるから、帝王切開とそれに伴う入院費は過失との因果関係はない。吸引分娩が長引いたことによる悪化した会陰裂傷等に対する治療費は額が明確ではなく、具体的に算定することができないので、慰謝料の算定において考慮する。

慰謝料
原告は39週という出産直前に被告の過失により待望の子を失ったのであり、精神的苦痛は出生後の新生児が死亡した場合となんら異なることはなく、その苦痛と悲しみは極めて深く、大きいというべきである。原告の受けた精神的苦痛がきわめて大きいものであったことは、原告が本人尋問において、産婦人科に通うことも恐怖であり、次の子供を出産することなどはとても考えることができないと述べていること、本件から約1年の間無月経の状態となり、その後月経は不順ながらも来るようにはなったものの、現在も排卵がない無排卵月経が続いている状態であることなどからも窺うことはできる。これらの事情に加えて、原告がD大学退院後現在にいたるまで尾てい骨付近の神経症状や会陰部の痛みに苦しんでいること、本件診療の経過、被告の過失の内容・程度等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は1000万円と認めるのが相当である。

原告夫の慰謝料
出生直前に児を失ったのであって、これにより被った精神的苦痛と悲しみはやはり深く、大きいというべきである。500万円。
弁護士費用原告に100万、夫に50万。

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臨床経過

平成15年7月15日
20:00 妊娠38週6日、妊娠中毒症のため、助産院より転院。初産。
    子宮口閉鎖、156/96、浮腫あり、尿タンパク(2+)
    経膣分娩を希望
    (原告より反論:経膣分娩を希望した事実も記載もない)
21:10 NST施行、情緒不安定、150/90、アダラート1錠内服

16日
3:00 ナースコール、出血ごく少量
8:00 夜間入眠できないとの訴えあり、子宮収縮なし、
    138/98、浮腫(2+)
10:30 NST40分
12:00 ラミナリア5本挿入、メイアクト3T3×2TD
14:00 (原告による)陣痛?
15:00 NST40分、130/90
20:10 180/110
20:20 子宮口1.5指、ラミナリア抜去、アダラート1錠内服
    (原告による)この時破水し、原告夫と母に
    「破水したからお産が進む」との説明があった
20:55 130/88

17日
7:00 15分毎の腹緊あり、160/110
9:00 130/90
9:10 内診所見不変
9:20 NST20分
12:00 ラミナリア10本挿入、メイアクト追加処方、マイリス膣錠挿入
    (原告による)4分毎に陣痛があった
14:00 140/90
15:00 158/110
15:15 NST25分
15:40 アダラート1錠内服
16:10 140/80
18:00 軽度の咽頭痛・腰痛、感情失禁
    5%TZ250ml+セファメジン1g、150/74
    (原告による)痛みでほとんど食事も取れない。看護師に泣きなが
     ら尾てい骨の痛みを訴えた
20:00 150/90、140/90
21:00 NST30分、140/92

18日
0:00 2~3分毎に陣痛、154/94
0:30 被告医師によりラミナリア抜去、子宮口2.5指、陣痛1~2分毎
    アダラート1錠内服
0:50 排泄時に破水、NST30分、剃毛、レシカルボン座薬挿肛
1:20 140/90
2:00 140/80、FHB140~150
3:00 被告医師内診、所見不変、陣痛1~2分毎
    ホリゾン5mg内服、140/90、NST30分
5:00 ホリゾン無効のため5mg追加、142/88
8:00 睡眠全く取れず、150/90
9:30 アダラート1錠内服
10:00 NST20分、陣痛5分毎、156/86
11:30 内診所見不変、マイリス・クロマイ膣錠挿入
11:50 NST
13:00 陣痛2~3分毎、プロスタグランディン内服、150/100
13:30 5%TZ250ml+セファメジン1g
13:40 アダラート1錠内服
14:00 プロスタグランディン内服
14:20 140/98
15:20 内診所見不変、プロスタグランディン内服(最終)、NST20分
15:00 5%TZ250ml+セファメジン1g
16:00 少し眠る
17:00 150/116
17:30 アダラート1錠内服
18:00 170/120
18:50 ラミナリア15本挿入、146/98
20:00 アダラート1錠内服、168/120
21:00 160/120
22:00 124/82
22:30 陣痛1~2分毎、分娩室へ移動、ラミナリア抜去、子宮口3.5指
    吸引分娩施行、NST、5%TZ250ml+アトニン0.1単位×3回
    150/100、アダラート1錠舌下
    被告医師が原告夫と母に原告のお腹を押すように指示
    「お腹の方まで痛みが来るまで部屋で休みなさい」と指示

    (原告による反論)
    会陰切開を入れ吸引分娩。カップを変えて何度も施行。30分経過
    したところで夫が「本当にこのまま続けて大丈夫ですか」と質問。
    吸引継続。酸素投与。
    この1時間30分後、タオルをねじってはちまきのようにしたもので
    お腹を押す、何度も吸引し、15分後に中断
    その後吸引を再開し、顔は青ざめ、足が震える「極限状態」
    「このままの状態で分娩を続けるのは無理。どうにかして」と言うと
    被告は吸引を諦め「これじゃ生まれない、部屋で休みなさい」。
    23:20変動一過性徐脈 65bpm、4分
    23:31変動一過性徐脈 75bpm、4分
    23:40変動一過性徐脈 80bpm、3分
    23:46、23:50、23:57分にも変動一過性徐脈
    会陰切開部より出血が多量でタオルにべったりと血液が着く

19日
0:00 酸素投与
2:00 分娩室へ入室、FHB120~130
    (原告による)
    「もうだめ、救急車呼んで、もう痛くて死にそう、どうにかして」
4:00 140/80
6:30 児心音消失確認、D大学へ


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