手術の合併症と法的過失

 「手術や処置などで手元が狂って、健康な部分を傷つけて後遺症を負いました」。一般の方の多くは、「それは医療ミス、医療過誤だ」と考えるでしょう。一方医療界では、そのような後遺症のことを「合併症」と呼び、多くの場合それは仕方がないことだと考えます。仕方がないことだから賠償責任はないものだと考えるのです。

 このような話をすれば、一部の患者団体などが、「手元が狂って傷つけたのに、賠償責任がないとはどういうことか。それを必ず成功させるのがプロではないのか」などと息巻きそうですが、多くの場合、本当に賠償責任がないのです。

 手術で「誤って傷つけた」の状況を非医療者の方には理解しにくいと思いますが、例えばこんな感じで伝わるでしょうか?

 あなたの目の前に生きた大ダコがいます。鼻から一番遠くの足の、胴体の付け根から数えて10番目と11番目の吸盤を過不足なくえぐり取ってください。生ダコでうねうね動いていて大変ですが、他の部分は絶対に傷つけないで下さい。

 さて、あなたはこの難題に対して、どれくらいの修練を積めば100%の自信を持って臨めるようになると思いますか? 何らかの理由でどうしてもこの難題に挑まないとならないとして、他の部分に傷をつけたら過失を認定すると言われたら、無茶だと思いませんか? 自分には無理だとしたら、誰か絶対の腕を誇る人を探せますか? プロなんだから100%成功させることができるだろうと信じられますか?

 「プロなんだから100%成功させるものだ」と思いたい気持ちは分かりますが、現実にはプロとて一介の人間であり、上記のような難題を100%成功させられる、というわけにはいかないものです。もっと端的な例として、サッカーのPKなどが考えられます。プロサッカーの試合でPKを蹴るのは、選ばれたサッカー選手であり、PKが決まる確率はかなり高いですが、どんな名手が蹴っても、100%を保証できるというわけにはいきません。残念なことではありますが、医療もそれと同様なのです。

 「誤って傷つけられた場合には、患者は泣き寝入りなのか」と思うかも知れません。確かに私も、そのような場合に補償をするような制度があると良いと思う場合があります。ただしそのような補償は一般に「無過失補償」と呼び、裁判で認められるような法的な過失とはあくまでも別のものです。現在日本で医療機関にかかるときの契約は「準委任契約」といい、医師の最善の努力を受けることの契約であって、結果を保証するような請負契約ではありません。「最善の努力」という言葉は大げさに思いますが、ともかく、その医師が普通に努力をしても結果がダメだった、という場合、普通に努力をしたことによって契約は遂行されており、結果が悪かったからといって賠償を求められるものではない、ということになります。

 「そんなことを言っても、普通ならあり得ないようなミスがあれば賠償すべきではないか」と思うでしょう。確かに、普通ならあり得ないようなミスであれば過失が認められる可能性もあります。そのような過失を認められるためには、「この手術のこの時点で、これこれをすることが当然であったのに、それをしてなかったために障害を負った」というように、ある時点で当然しておくべきことをしていなかった、というような具体的な指摘ができることが最低限必要になります。「もっと注意していれば、ミスは起きなかったはずだ」などという漠然とした指摘では、過失は認められないのです。

 したがって、裁判を起こすことを検討している患者や遺族の方は、具体的な過失の中身をよくよく検討する必要があります。「手術の結果が悪くて障害を負った」といえば、いかにも医師に過失があって裁判に勝てるような印象を持たれるかも知れませんが、現実はそう簡単ではないということです。

結果の失敗と過失は別です。
たとえば未破裂動脈瘤の手術で動脈瘤を破裂させれば失敗です。
しかしそれはイコール過失ではありません。
(・・・)
手術に失敗して患者が死んだ場合も、失敗と過失は別ですから。下手くそというだけで残念ながら法的責任を負わせることはできません。

 上記は、患者側弁護士として活躍されている寺島道子弁護士のサイトの、「証拠の検討」からの引用です。患者側として弁護士に相談する場合には、このような基本事項を理解している弁護士を探されるよう努力されると良いと思います。

 また、「手元が狂って障害を負った」場合に補償金が支払われるような制度を考える場合には、その補償金をどうやって集めるかが大きな問題となることを理解して下さい。ヘタをするとその補償金の財源確保のために、脳外科手術1回数百万円の上乗せが必要、ということになりかねず、そのような補償制度を義務化すれば、それによって却って治療を受けられなくなる人が出ることも考えられます。

 この「手術の合併症と法的過失」について考える具体例として、椎間板ヘルニア術後下垂足訴訟や、卵巣腫瘍摘出尿管損傷訴訟をお読み頂くと良いかも知れません。これらの例では賠償金ないし和解金の支払いが認められてますが、これらの例のような判断が当然というものではない、ということです。

 ついでになりますが、約4年前に「元検弁護士のつぶやき」に私が書いた文章を貼っておきます。この件に関する私の考えは、4年前と本質的には変わっていないようです。

・・・特に手術においては「誤って傷つけた」はつきものであり、どんな名手であっても100%起こさないで済むはずはなく、医者から見れば想定の範囲内のことです。そして「誤って傷つけた」のあとのリカバリーがまたうまく行かないことについても、100%回避できるものではなく、医者から見れば想定の範囲内のことです。これらのような想定の範囲内の思わしくない結果のことは、医者の間では「ミス」とは言わずに「合併症」と呼んでいます。そして「合併症」の危険性を、手術を受ける患者さんにも甘受してもらえなければ、手術をすることは出来ません。想定内の結果を、甘受してもらえないのであれば、そんな行為は出来るはずがありません。極論すれば、医療行為は「何が起こるかわからない」ものですから、何が起ころうが甘受してもらえないのであれば、そもそも出来ないものなのです。
 しかし、そういう私も医者になりたての頃に、「合併症」という言葉を聞くと「それってミスも含まれているよなぁ」と思ったものだし、今でもそう思う気持ちがあります。例えば手術における「誤って傷つけた」は「合併症」だとは言ってみても、やっぱり「ミス」だと言えばミスとも言えるし、「過失」の意味を広く捉えれば「過失」だと言えないことはないと思います。ただし合併症が起こるかも知れないという事実は、手術をする以上想定内であることは間違いなく、そのような業務に対して刑事の「業過罪」や民事の「不法行為」を適用される以上、「手術という通常業務をこなすこと」=「合併症が起こることは想定内」=「業過罪で有罪になったり、不法行為で賠償を命じられることは想定内」ということになります。そうなれば、医療行為は、通常業務自体に、業過罪や不法行為の賠償を織り込まないとならないことになります。他にこんな職業はないと思われ、異常事態といえるでしょう。
 業過罪のほうは、福島事件以降の検察の態度から、私はあまり心配はしていないのですが、そうは言っても業過罪が存在する限り、実際には薄氷の上の安心とも言えます。民事の方も解決の道は全く見えません。ここからは空想になりますが、こんなことならいっそのこと、応召義務を廃止して、過失不問補償保険に加入している患者だけを診療すれば良いような状況にならないものかとも思います。過失不問補償保険は、民事で賠償が認められたときの賠償額と同等の補償があり、かつもし患者さんが提訴する場合には補償額を全額返還する義務が生ずるような保険です。保険料は莫大なものになるでしょう。しかし、通常業務自体に業過罪や不法行為の賠償を織り込ませしめるような思想を持つ一般の人々に対抗するには、やむを得ないものと思います。
 一方、「誤って傷つけた」は、誰がやっても100%起こさないとは言えずとも、名手がやれば確率は低いし、不器用な医者の場合は起こしやすいことではあるわけで、余りにも合併症が多い医者を制限するような方策は、あった方が良いと思います。名手がごくまれに起こす合併症を甘受し、頻繁に合併症を起こすリピーター医師を咎めるには、運転免許の点数制のような制度しかないだろうと考えています。それでもそのような制度は、刑事や民事と連携させるべきではなく、あくまで行政処分のみの制度であるべきでしょう。

平成23年8月14日記す。平成23年8月25日、文中にサイト内リンク紹介を追加。平成23年12月27日、誤字訂正。


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