令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
カテゴリー「医療訴訟」の記事
谷直樹弁護士が書かれた、国保旭中央病院のタオル残置事案に対するコメントを読んで
2012年5月9日
旭中央病院で1983年に起こした、タオル置き忘れ事件の判決が今日あったようです。朝日新聞によれば以下のようです。
手術で体内にタオル25年 千葉・旭市に賠償命令
千葉県旭市の市立国保旭中央病院が手術で体内にタオルを置き忘れたため、癒着した脾臓(ひぞう)を25年後に摘出することになったとして、同県の男性(53)が旭市に1億2千万円余の損害賠償を求めた訴訟の判決が9日、東京地裁であった。森冨義明裁判長は約1100万円の賠償を命じた。
判決によると、男性は1983年に十二指腸潰瘍(かいよう)の手術を受けた。2008年に腹部で見つかった腫瘍(しゅよう)のようなものがタオルであることが分かった。判決は「置き忘れた医師らに注意義務違反があり、男性は必要でない手術を受けることになった」と指摘。障害が残ったために失ったと考えられる収入や慰謝料を賠償すべきだと判断した。
男性側は25年間にわたってタオルが体内にあったことで下痢の症状が出たと主張したが、認められなかった。市側は「脾臓を摘出しても、労働能力に影響はない」「早く医療機関を受診していればタオルは発見されていた」などと主張していた。判決を受け、旭中央病院は「内容を確認し、今後の対応を決めたいと思います」とコメントした。
2012年5月9日21時3分
この事件について、例の患者側弁護士である谷直樹弁護士がコメントをつけておられます。これがどうにも違和感を感じずにいられないものでした。
まず、脾臓を摘出した場合の後遺障害等級について、
脾臓を摘出すると,感染防御機能力が低下したり,疲れやすくなる,ので,8級相当程度の賠償が認められます.
と書かれています。私は、裁判所が認定した約1100万円という賠償額を考えると、とても後遺障害等級8級を認められたとは考えられないと思いました。そこで調べてみたところ、こちらのページによれば、現在では脾臓摘出の後遺障害等級は13級を認定されることが普通になっているようです。8級の場合の慰謝料は819万円であり、逸失利益は私がざっくり計算したところでは、550万3900円×(45/100)×11.69= 2895万3265円、となっています(再手術当時49歳、賃金センサス男子学歴計として)。 以上から、この事件において後遺障害等級を8級と認められたとは考えにくいのです。もし13級の認定であれば、慰謝料が139万円、逸失利益が579万0653円となり、さらに再手術を受けることになった慰謝料なども考慮すると、約1100万円であれば計算上は整合性が高いと思われます。
それでいて谷直樹弁護士は、
森冨義明判事は,常識的な判決を下す判事で,本件も常識的な判決です.
というのです。どうもこの感想は、勘違いに勘違いを重ねた感想に思えて仕方がありません。
また、指摘しておきたいことは、常々医療側に厳しい意見を書く谷直樹弁護士ですら、約1100万円の判決に常識的だと感想を述べていることからすれば、提訴に当たって1億2千万円余を請求した原告の請求は、甚だ非常識と言えそうです。原告代理人が誰で、どういう主張をされたのか興味があります。
最後に、谷直樹弁護士は、
それにしても,約36センチのタオルを残置するとは,驚きます。
と述べられています。この点、私も同意するところですが、そのように驚かれる谷直樹弁護士が、以上のような頓珍漢と思われる感想を書かれたことに、さらなる驚きを頂きました。
ちなみに私の感想ですが、過失の有無を争うような事案ではないでしょうから、要は賠償額の争いで、どちらかと言うと病院側の主張が通った事例という印象を持ちました。私のノートによれば事件番号は、東京地裁平成22年(ワ)第18806号でした。気が向いたら後日調べてみようと思います。
てんかんの方への運転免許発給
2012年4月13日
てんかんの患者さんによる自動車死亡事故が起きました。
個別の事故のことはさておき、一般的な話をします。
てんかんを持病とする方への免許証が発給されるようになったのは、服薬治療で発作が抑制されていれば大丈夫だから、という理屈のようです。
ところが、そのてんかん治療に用いられる薬の説明書きには、「眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意する。」と書かれているというのです。
ということは、発作を抑えようとその薬を飲めば、今度はその薬を飲んでいることによって自動車運転をすべきでないことになります。
てんかんの方が謂れのない差別を受けることは問題ですが、それはそれとして、上記のように危険が予見できるにもかかわらず、厳密な認定を経ずに運転免許を発給することには、大きな問題があると思います。
もし医師が、薬の説明書に背く指導をして、それにより事故を起こすようなことがあれば、被害者から厳しく責任を追求されるであろうことが、昨今の医療訴訟の流れから容易に想像されます。
私は眼科医ですが、視力だって0.7以上でなければ免許が発給されない仕組みになっているのです。てんかんの方への運転免許の発給については、その方法の見直しがされるべきところだと思います。
参考: うろうろドクター先生のブログ
被害者は8歳、腸生検術後の穿孔で死亡
2012年4月11日
今日傍聴した医療事故の事例です。
被害者は8歳。バイオプシー、内視鏡検査で腸炎を診断され、ステロイド投与で加療していたけれども、それ以前に行なっていたFNA生検で平滑筋腫の疑いとされており、また腸管肥厚も改善しないため、平滑筋肉腫も考えられるとして、腸炎がある程度落ち着いたところで試験開腹を行った。2-3日で退院できる予定が、術後経過が不良で嘔吐など繰り返し、腸炎増悪と思われ、体重減少。毎日エコーを当てて経過観察。術後9日目には腹水を認め吸引1ccで、グラム染色を施行して細菌は認めず。その後も嘔吐など繰り返し体重減少。術後16日目に突然大量の腹水を認め、造影検査施行、腸穿孔が疑われて再開腹。十二指腸に径5-7mm程度の穿孔を認めた。穿孔部位と炎症を認めた大網などを切除し手術終了するも、最初の手術の術後23日目に死亡。術後の病理では線維素性化膿性炎で、腸の平滑筋内にミクロレベルで血栓ができており、大変珍しい症例だったとのこと。
原告側は、最初の試験開腹をすべきでなかったとか、術後9日目に既に腹膜炎であったとか主張し、原告側証人がそれにある程度沿う証言をしていく。しかしその証人、CRPの正常値を知らないし、あまり参考にしないと証言したり、毎日体重を測ってステロイド投与量を調整するのは一般的でないなどと証言するなど、信頼性に疑問を感じさせた。
被告医師は、術前の説明では、麻酔の危険性は説明したと思うが、試験開腹自体の危険性は自分でも認識しておらず、結果もちょっと考えられない結果であったと証言。あと、カルテ記載は不十分だったようで、その点は反省して今は改善しているとのこと。
うーん、傍聴した印象では被告病院の医療水準は非常に高く、むしろ原告側証人の証言に疑問を感じるところが多かったですね。原告側証人は、以前に東京の多摩センターにあった「詐欺まがい」の医院に対する訴訟でも証言したそうで、そこでは活躍したのだろうと思われますが、今回の事件ではむしろ被告病院の診療の正当さを際立たせたように思います。
被害者はイヌであり、腸炎はリンパ球性腸炎でした。原告らはその飼い主、被告病院は動物病院でした。
心房細動のカテーテルアブレーションで完全房室ブロック合併
2012年4月11日
年度変わって間もない平成24年4月9日。例年、年度初めは裁判がほとんど開かれないので今日もないだろうと高をくくっていたら、予想に反して午前10時から午後5時予定の尋問がありました。
原告は発作性心房細動があり、投薬では抑えきれなくなってきたためにカテーテルアブレーションを希望した方。WPW症候群で、以前にもカテーテルアブレーションを施行されていました。
平成18年に被告病院で、肺静脈隔離術に加えて、三尖弁輪下大静脈峡部線状焼灼術(以下、線状焼灼術)を一期的に施行されたところ、その線状焼灼術中に、突然に完全房室ブロックを来したようです。今はペースメーカーを入れられています。
原告協力医として、東京医科大学八王子医療センターの鵜野起久也准教授が登場です。
大雑把なところを記すと、
・肺静脈隔離術と線状焼灼術を一期的に行うことは許される。
・アブレーションラインが、非常に中隔に寄りすぎている。もうちょっと縦壁側、胸郭側を焼く。一緒にやっている平成10年卒の医師もそう言っている。
・天井が低いから、少し動いただけでも房室結節に当たりうる。
・心内電位の見方に問題がある。これを見たら通電はやめるべきだ。やめていれば完全房室ブロックはなかった。
・指導医としてこういう見方をしているとするとヤバイ。
・チーム全体として注意していれば防げた事故
心電図については、私には荷が重いですが、
・不安定な房室伝導。長くなったり短くなったりしている。一回興奮すると膜電位が下がる。これが出たらやめろと若い医師に言っている。
・dullな電位が見られる。His束近傍にある。
・ノイズがこんなに大きく動くときは、カテーテルの先端が動いている可能性があり、確認しないといけない。
・房室伝導時間が10~20ミリ秒短縮するのは誤差範囲ではない。
・午後4時59分51秒、自律神経興奮の一時的な房室乖離がある。僕なら中止する。
・午後4時59分56秒、午後5時00分09秒、房室伝導回復しているから、午後4時59分54秒の時点では II度またはIII度房室ブロックではない。
・アブレーション、I-IIと III-IVの振幅が小さい。焼けたからだとすれば III-IVは小さくならないが、カテーテルのずれだとIII-IVが小さくなるのでこちらだ。
・心房電位も大きい。
被告病院指導医の主張は、
・dullな電位が His束近傍ということは成書に書いてあることではないと思う。
・午後4時59分31秒~32秒、aVL1,2, His 5,6に電位に変化あり、ノイズがあるのは、カテーテルの干渉、接触と考える。
・その後の変化はなく、透視で位置の変位はない。カテーテルの干渉はよくある。変位がなければ続ける。心電図でも変化がない。
・房室ブロックが出る前の写真、His束よりも随分したにカテーテルがある。
・見かけ上の房室伝導短縮、220ミリ秒→202ミリ秒、これは有意とは取っていない。検査中に判断つけるのは難しい。
・房室乖離が出ている原因は、痛み茂樹、寝室側交感神経↑による。(原告は、洞房結節が傷害されて接合部調律になっていると言っている)
・房室乖離で中止しない。心室が焼けていると判断。blocked PACが出ている。
・房室ブロックかどうかは、1拍では判断しない、できない。数拍見て鑑別して決める。途中でやめるとまた最初から焼灼ラインを引き直さないといけなくなる。
・カテーテル先が中隔に近づきすぎているとの指摘があるが、特に問題がある位置とは考えていない。今回のような房室ブロックは今までにない。
うーん、眼科の私には荷が重いですが、医学論争をそのまま法廷に持ち込んでいるような印象です。つまり、裁判でいえば、最高裁で他の裁判官と異なる反対意見を書いた裁判官に責任を負わせようとするようなものに見えます。
東京地裁民事第14部の高橋譲裁判長では、そのような専門家の判断の機微に触れることなく、有責を出すのではないかという匂いを感じました。
コーヒーこぼしてマックを訴えた裁判の真相
2012年3月6日
岡口基一判事のツイートで知ったNHK BS放映の、マクドナルド「ホットコーヒー裁判」の真実を見ました。コーヒーでやけどして訴えて2億円という、トンデモ裁判だと言われていたけれど、実は報道の印象と真逆だというふれ込みのようです。
ところが私にとっては、最初の数分を見てすぐに、これは全然真逆ではないと思われました。コーヒーが熱すぎたといいますが、そもそもコーヒーは熱いのが当然ですし、買ったコーヒーを股に挟んでフタを開けたようですが、それはそもそもコーヒーに対して行う行為ではありません。それでやけどしたならそれはやけどした人の過失でしょう。番組では、それまでにもコーヒーが熱すぎてやけどを負ったという苦情が700件あったのに放置していたと言います。そのすべてが、従業員が客にぶっかけてしまったものであったのにそれを放置したというのならば、過失と言われて納得もしますが、やけどが発生した状況を把握しないまま苦情件数だけを並べて、対策を講じなかったことを直ちに過失だなどと断言することには違和感を覚えます。
番組では、コーヒー2日分の売上を懲罰的損害賠償として算出したとして、懲罰的損害賠償額が2億円と高額になった理由を述べていますが、計算式が入っているからなんとなく根拠があるもののように見えますが、とどのつまりは直感的な算出に過ぎません。
この裁判を利用するなどして、大企業や国が「馬鹿げた裁判のツケは市民に回ってきます」とキャンペーンを行ったと言います。「馬鹿げた裁判のツケは市民に回ってくる」という面を全否定することは難しいと思います。そもそも懲罰的損害賠償などというものを肯定して、異様な高額賠償を裁判所が認定するものだから、それを巡る余計な紛争が起きているのではないかと思います。
そのようなキャンペーンの結果、多くの州で損害賠償額に制限が設けられたと言います。それを見た時点で私は、「通常の損害に上限を設けるならとんでもない話だが、懲罰的損害賠償額に上限を設けるならあってもおかしくない話だろう。」と思ったところでした。
ところが驚愕すべきことに、州によっては、なんと懲罰的損害賠償額だけでなく、賠償額全体にまで上限を設けたというのです。こうなるともう目茶苦茶でしょう。相手に明らかな過失があっても、受けた損害の全ての賠償を受けられない可能性がある民事訴訟。こうなるとアメリカの裁判制度自体が、大きな社会混乱を招いているのではないかとの考えを禁じえません。
とりあえずの全体的な印象を書いておきますと、
1. 様々な面において自己責任を旨とすると思われるアメリカで、コーヒーをこぼしてやけどしたことが賠償されるのが当然と受け止められていることに違和感を感じます。
2. そのような社会の中で、民事訴訟がまるでバクチ的な後出し保険制度として君臨しているような印象です。
3. 番組では、政府や大企業の策略を指摘しているようですが、私にはむしろこの番組自体が、法律家とりわけ弁護士の策略によるものではないのかという捉え方も可能だと思わせられます。
町村先生の記述とはだいぶ違いますが、受け止め方は人それぞれということで。
今日、後半の放映があるようですので、楽しみにしています。