令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
加藤新太郎裁判長の訴訟指揮その2
2012年9月12日
開廷表を見て、被控訴人が「神奈川県」となっていたので、もしかしたら県立病院が訴えられた事件でないかと考えて、ふらりと法廷に入ってみた事件でした。
残念ながら医療訴訟ではありませんでしたが、裁判長があの加藤新太郎判事。以前にご報告したこの事例と違い、傍聴人がほとんどいなかったので、傍聴席からの笑いは起きませんでしたが、なかなか味のある事件だったのでご報告します。ただし会話のやり取りは速いので、メモは超大雑把です。誰が発言したのかわからなくなっている部分もあります。
事件番号は東京高裁平成24年(ネ)第4419号。双方控訴の事件で、神奈川県は一審被告でした。事件内容は、勾留?された一審原告に対して、留置所(?)の係員が何らかの書面を直ちに渡さなかったことについて、憲法違反だと主張しているようです。それが、単なる書面ではなく何やら特殊な細工が疑われるようなものだったようで…
さて、控訴審開廷の冒頭ですが、一審原告が提出した控訴状、準備書面が充実しているらしく、
加藤裁判長「これ、力が入っているということを、形で表している、と、こういうことですね。憲法議論の後の事実は云々…」
一審被告代理人「施設法の違憲主張。平成11年の最高裁判決で決着している。主張は少し補充します。」
加藤裁判長「十分補充してください。一審原告は勝っているのに控訴している。そこを主張しているのだから、そこは正面から反論して下さい。」
加藤裁判長「判例の理解を示してもらう。当てはめのところで本件の違法性が(・・・)、双方とも個人攻撃とか揚げ足取りがある。『頓珍漢』とは書面には書かない。『不相当』と書く。理性的にね。」
一審原告代理人「捜査、留置の分離についてはぐらかされている気がする。留置管理官は取り調べはしない。また、一審原告の控訴理由書にきちんと反論していない。」
控訴審ではどういうことをするか?→憲法論。当てはめはどうか?
加藤裁判長「一審被告は、1時間後には書面を渡しているので、宅下げを拒否したという評価には当たらないでしょう、としているが、警視庁のは検事が間違えて数日後。こちらは検事は間違えていない。15分だったらどう?日が変わったらダメだよね。5~6時間でもクサイよね。15~30分なら?と」
一審原告代理人「最初に『渡せません』とハッキリ言われた。」
加藤裁判長「公務員なんて、間違いいっぱいするじゃない。できないと言われて、いやいや違うと頑張った。これ、弁護士の真骨頂ですよ。1時間で是正されたじゃないですか。」
一審原告代理人「ワカマツ国賠で、45分での最高裁の判断もある。」
一審被告代理人「この例ではインターネットで(・・・)、仮に弁護人であっても渡さない、という判断もあり得る。それを即時に判断させるのはナンセンスと考えている。」
加藤裁判長「罪証隠滅行為1回で退会にはならないでしょう。」
(発言者不明)「かつてはいなかったかも知れないけど」
加藤裁判長「そのへんも率直でいいね~」
一審原告代理人「留置官の判断で止められるという判断は如何なものか」
一審被告代理人「私も刑事弁護をやらないわけじゃないので…でも今回の文書はそれとは違う。」
加藤裁判長「弁護士宛でも、なお中身をチェックしないとならないという…」
加藤裁判長「おかしな弁護士だったら、こんな訴訟起こしませんよ」
加藤裁判長「今朝思いついたので自信はないけど、憲法違反と国賠…」
(発言者不明)「故意過失ですか?」
加藤裁判長「そこ!」
(発言者不明)「確かに広島で故意過失なしという…」
加藤裁判長「そうだといっても、そこでダメになるとしても、憲法適合性について判断するということかな?」
一審原告代理人「日弁連でも議論したいと思う」
このあと、次回期日を決めるとき、一審原告代理人の希望を取り入れて遅めの時間に設定され、「特別ですよ~」の一声。特別を受け入れたのは、加藤裁判長もこの争いに関心が強いからということなのかな、と思ってみたりします。
それにしてもあれですね、医療訴訟なんかだと、裁判官も所詮は素人なんで、非常に優秀な裁判官でない限り、傍聴していてモニョることも多いですが、憲法議論とかとなると、やっぱり餅は餅屋で、聴いていて清々しいものがあります。
結構注目の一戦なのかも知れません。
追記: この事件は、通称小田原国賠と呼ばれている事件のようです。上で「一審原告代理人」としたのは、どうやら一審原告本人のようです。そしてその一審原告本人が「頓珍漢」と評した一審被告の主張は、こちらで紹介さているようです。
加藤新太郎裁判長の訴訟指揮(その1)はこちらにあります。その3はこちらにあります。
傍聴中に、専門用語を知らずに聞き取れなかった「タクサイ」を、「宅下げ」に修正しました(平成24年10月21日)
MD双胎児の脳性麻痺、補償制度対象外で提訴して敗訴
2012年8月9日
昨日裁判所サイトに、脳性麻痺の事例の仙台地裁判決が掲載されましたのでご紹介します。
まだ判決から3週間しか経っていません。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=82486&hanreiKbn=04
に掲載された判事事項の要旨は、以下の通りです。
「一絨毛膜二羊膜性双胎(MD双胎)の第1児である原告が,被告の開設する病院において重度の脳障害を負って出生した事案について,ノンストレステスト(NST)による胎児心拍の監視を継続すべき注意義務違反を認めた上で,同義務違反と原告に発症した重度の脳障害との間の因果関係を否定するとともに,同障害が残らなかった相当程度の可能性も否定して,請求を棄却した事例」
もう少し詳しく見ますと、一絨毛膜二羊膜性双胎の第一子が脳性麻痺だったのですが、過失の有無については
「同日午前8時54分から同日午前10時24分までの間,頻脈及び基線細変動の減少が認められているところ,この場合には異常波形レベルⅠとして監視の強化・保存的処置の施行又は急速遂娩の準備を行うこととされており,NSTを終了した同日午前10時24分の時点でも原告の頻脈及び基線細変動の減少が解消されていなかった以上,同日午前10時24分の経過後も引き続き監視の強化を行うことが義務付けられるというべきである。」
として原告主張の過失を認定しながら、因果関係については、
「原告の出生直後における臍帯血液ガス所見はpH7.34であり,他方で,第2児の所見はpH7.09であった」ことから、
病的なアシドーシスを示す異常値ではなかった、つまり原告の脳性麻痺は分娩開始以前から既に脳障害が発症していたものであり、被告の過失と脳性麻痺とには因果関係はなく、また過失ががなかった場合に脳性麻痺を負わなかった相当程度の可能性も認められないとして、否定しました。
そして、相当程度の可能性も認められない場合に、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由として損害賠償責任を認めることはできないことが、最高裁平成23年2月25日第2小法廷判決で判示されており、それも認められないとして、原告完全敗訴となりました。
判決の最後の方には、以下のように綴られています。
「原告及びその家族が置かれた現在の状況から見て,産科医療補償制度(平成21年1月1日施行)の適用対象外である本件について,原告が上記主張により救済を求める心情は理解することができるものの,法的に見て,原告の上記主張を採用することはできない。 」
せっかく産科医療補償制度があるのであれば、後追いでも良いのでその制度の方で救済するしくみを作ってあげればいいのにと感じました。どうせお金余っているわけですからね。
判決文はこちらにあります。要点は2頁~3頁と、9頁の下から10行目以下です。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120808095010.pdf
8月9日追記: 原告の出生日を、産科医療補償制度施行以降だと勘違いしていました。平成21年以前の出生であったのであれば、補償制度発足前の出生であれば、後追い救済はあり得ないことでした。
医師法21条と、医療事故調に関する覚え書き
2012年8月8日
法学セミナーという雑誌に連載されている、米村滋人東北大准教授の「医事法講義」が面白い。
その連載第5回の中で、医師法21条・異状死体届出義務について解説があった。
もともと医療事故への適用を想定されていなかった医師法21条が、時代の流れから医療事故にも適用されるところとなり、広尾病院事件では、その届出義務を医療事故の担当医に科すことと、憲法で保障されている黙秘権との関連が問題になったという。
最高裁は、「医師が一定の不利益を負う可能性があっても、それは医師免許に付随する合理的根拠のある負担である」として合憲と判断したが、これに対して学者からの批判が極めて強く、違憲だという説が有力であるという。ちなみに、最高裁が医師法21条の義務を医療事故の担当医に科すことは違憲であると判断していたならば、その判断に異論を挟む必要性は乏しいと思われ、学者からの批判はほとんどなかっただろうと想像する。
医師法21条に関して、警察への届出・報告ガイドラインがいくつかあるという。その中でも特に日本外科学会ガイドラインは、黙秘権を否定するのみならず死亡事例以外にも報告をすべしとしており、およそ医師法21条を念頭において作成されたものとは考えられず、極めて不適切であるようだ。
これに対して、臨床医からの評判が極めて悪い日本法医学会の異状死ガイドラインについては、米村滋人准教授は基本的に適切と考えているようである。このガイドラインの特徴は、検案と異状の解釈を広く取っているところにあるようである。しかし、広尾病院事件の高裁判決では、検案は死体の外表を検査することを言い、異状はその外表に異常が表れることと判断しており、そうするとこの日本法医学会のガイドラインも、日本外科学会のガイドラインほどではないにしても、独自の見解に基いて医師法21条の適用範囲を広げようとしたものであって、適切とは言いがたいと判断されても止むを得まい。法律の素人である日本外科学会が的外れなガイドラインを作成することも問題ではあるが、「法」の字を冠する日本法医学会が、裁判所にも受け入れられていないような独自解釈のガイドラインを公表することは、見方によってはより大きな問題であろう。
余談だが、日本法医学会の異状死ガイドラインに対して臨床医が不愉快になる最大の理由は、医療現場の臨床医と協議した形跡がないことにあろう。日本法医学学会「異状死ガイドライン」についての見解には、「日本法医学会「異状死ガイドライン」は、決して医師の萎縮医療を招いたり、医師と患者の信頼関係を破壊するような結果にはならないものであり」と述べられているが、正直なところその自信はどこから湧いてきているのかと不思議になる。臨床医に対して大きな影響を与えるこのようなガイドラインを作成するにあたって、医療現場の臨床医との協議を欠いたないしは不十分なままにそれを作成し、日本法医学会が発表することは、およそ「法」の字を冠する学会の行為としては適切とは言い難い。しかもその内容が裁判所に受け入れられていないとなれば、なおさらのことである。
話を元に戻す。医師法21条を巡ってこれほどに紛糾する根源は、業務上過失致死傷罪にあるように感じる。業務上過失致死傷罪を通常の医療行為に適用するようなことさえなければ、このような紛糾はまず起こらないだろうし、起こったとしても解決に大きな困難を伴うとは考えにくい。一体何のための業務上過失致死傷罪なのかという疑問は拭えない。しかも、日航機ニアミス事故に対する最高裁の判断を見るに、日本の司法はもはや業務上過失致死傷罪の本来の目的を見失い、司法判断というパズルへの適応そのものを目的化しているのではないかとの疑問を抱かざるを得ない。実際、日航機ニアミス事故に対する評釈をいくつか読んでみたところ、そのほとんどすべてが予見可能性、結果回避可能性の有無について論じるものであり、航空管制上のシステムエラーに対する業務上過失致死傷罪適用の是非に対する言及はわずかであり、もっと根本的に、「言い間違い」という悪意のない行為に対する可罰性の是非という、私から見れば一番根本的な問題に対する言及は皆無であった。
あるシンポジウムで、飯田英男弁護士(元検察官)が「医療関係者が事故調の結果が刑事訴訟に使われるのが問題だとか言っているが、そういう細部にこだわって一番大事なものを見失っていて、心底がっかりだ」というような旨の発言をしていた。私は一番大事なのは憲法だと思うのだが、それを細かいことだから気にするのはおかしいかのような物言いを、法律家がするのは如何なものかと思う。このような、憲法に規定された権利を軽視するような弁護士や最高裁がはびこり、また業務上過失致死傷罪の過失認定のあり方について、専門職への影響を考えに入れられずに旧態依然の判断しかできないような法曹が(一部かもしれないが)存在する日本の司法界においては、いっそのこと医療行為には業務上過失致死傷罪を適用しない規定を明文化したほうが良いのではないかと思う。そんなことは無理だというならば、法曹界は、医師から見ても有罪が当然と言えるような事件(銀座眼科クリニック事件、山本病院事件など)だけを的確に選別する方策を例示して、医療関係者の理解を得る必要がある。
平成23年医療訴訟速報値に対する谷直樹弁護士の分析
2012年7月7日
しばしば一言申し上げたくなる、不思議な魅力の谷直樹弁護士のブログに、最高裁サイトに発表された平成23年の医療訴訟統計(速報値)に対するコメントが掲載されました。
なお、その統計は、最高裁サイトには1ヶ月以上前に発表されたのですが、どういうわけかその後に平成22年の古い統計に差し替えられ、最近になって新しいものに戻されたことが確認されています。
さて、私はここ数年、その最高裁の統計資料を元に、以下の様なデータを作成しています。
表題では「提訴有効率」と書きましたが、要するに、各年の「判決数✕原告勝訴率(認容率) + 和解数 + 請求の認諾数」 をグラフ化したものです。和解も合意の上での終局であることを考慮して、原告として一応の実を得ることで解決した事例の割合が、10年来、原告勝訴率の変動ほどには大きくは変化していないことが読み取れます。
さて、谷直樹先生の分析を確認してみましょう。
医療事故が減少しているという感覚はもてません.
裁判所発表の統計データとは関係ないことですが、医療事故の相談を受ける弁護士の方々の現場感覚としては、そうなのかも知れません。
患者側の裁判所への期待,信頼が減少していることを示唆する数字と受け止めるべきと考えます.
これは的外れでしょうね。勝訴率が大幅に下がっているのに「提訴有効率」はさほど下がっていないということは、以前であれば原告勝訴になる事例が、判決を待たずに和解になるようになったということでしょうから、医療側が訴えの内容を判断して、分が悪いと考えれば和解するようになったわけで、裁判所への信頼に関連付けさせるのは無理があるように思います。むしろ、病院側が敗訴するような事例に病院側が早めの対応をするようになったことが窺われるのですから、その結果として提訴件数が減少したのではないかと推測することのほうが、より妥当ではないかと思われます。
加藤新太郎裁判長の訴訟指揮
2012年6月13日
もう、2年近く前のメモなんですが、ひっくり返していたら出てきたものが、わりと面白かったので備忘録的に。
・・・ 今日,東京高裁第22民事部で,医療訴訟の控訴審の弁論の前に開かれた,ある事件の第1回弁論です。25分もかかったのですが,面白かったのでご報告。と言っても走り書きメモなので裁判の流れまでは分からないと思います。3度ほど笑いが起きた,その雰囲気だけでも。
事件内容はちょっとよくわからないんですが,何らかの土地を,控訴人がうまく丸め込まれて,7億円で売って8億5千万円で買い戻すような取引をしたらしいです。事件番号は平成22年(ネ)第3516号。
被控訴人代理人「先週の金曜日に控訴人から和解の話があって,まだ時間がなくて検討していないんですが,本日は(事前に提出されていた控訴人の書面の)陳述を待ってもらうのが…」
加藤裁判長「せっかく書いたんだからいいんじゃない? どうせ大した主張じゃないんだから」(笑)
(・・・)
加藤裁判長「大した主張じゃないというのは冗談ですけどね。原審では終結後,3月25日付被告準備書面6,未陳(陳述していないこと)になってるけど,未陳のまま書いちゃったけど,これはいいね?」
加藤裁判長「控訴審ではどこを一番見て欲しいの?」
加藤裁判長「控訴人は控訴理由書に新主張があるんだけど,普通なら,時宜に遅れた主張というと思うんだけど,被控訴人は言わないの? 横綱相撲をとるつもりなのね?」
加藤裁判長「被控訴人が訊かないからあえて訊くけど,どうして今頃こんなもの(出したの)?」(笑)
控訴人代理人「原審で負けて,これはまずい,と。」
加藤裁判長「でも,これはどうなの?」
控訴人代理人「ちょっと無理っぽいです」
加藤裁判長「そうだよな,無理っぽいよね。」(笑)
加藤裁判長「原審では,お互いフェアな議論の応酬をしているけど・・・ しかし主張の3なんか,こう言うのを書くと,こんなことで商売しているのと思われる。こういう事を書くとまずいよ」
控訴人代理人「ありがとうございます。勉強になります。」
加藤裁判長「すごく率直に話すから,裁判所としてはやりにくいよね。それは棄却です,とは言いにくいですよね」
(・・・)
控訴人代理人「こちらは1円も得ずに物件を失っているので・・・」
加藤裁判長「でも売買じゃない。売買ってのは,狡猾な人が儲けるものじゃない。それは後知恵だよね。」
控訴人代理人「そうですね・・・」
加藤裁判長「○○社がいつになくいい取引をしちゃった,ということだよね。」