習熟していないのはどちら?

2011年8月3日

今日の東京高裁で医療訴訟の第一回口頭弁論を傍聴、事件番号は平成23年(ネ)第2903号。
控訴人が患者関係者、被控訴人が病院側なので、おそらくは地裁で患者側が敗訴したのでしょう。

通常、控訴審というものは、地裁で一度決着している事件の再確認なわけですから、よっぽど逆転につながるような証拠がなければ、地裁と同じ判決が出ることが多く、そのため実際には、第一回口頭弁論でそのまま結審して次回は判決という場合が少なくありません。

さてこの事件、どうやら高裁に移ったあとに原告側から匿名の意見書が出されたようです。井戸端会議であれば匿名の意見だって別に構わないわけですが、裁判というものは、ある人からある人に金銭を国家権力をもって半強制的に移動させるか否かを争うものですから、その国家権力発動の根拠が匿名というのでは権力の横暴にもつながりかねませんから、その取扱いは難しい物があります。それでもこの事件では、わざわざ病院側がその匿名意見書に対して反論書(第1準備書面)を提出したそうです。どうやら匿名意見書が1週間前に出され、病院側の反論書は昨日に出されたようです。

そこで、今日は患者側がその反論書に対して再反論をしたいというのです。それも、今日のこの法廷で口頭で。患者側が「反論書を昨日受け取ったばかりなので」との旨を弁明すると、裁判長は「あなた方が(意見書を)出すのが遅くなったのでこうなったんでしょう」との指摘をするのでした。患者側は、それでもとにかく口頭で主張を述べるので、それを調書にとってもらいたいということで、一応裁判長も了承しました。

で、ひとしきり再反論を述べると、今度は病院側が再々反論をしたいというのです。恐らく裁判長は既に勝負ありと踏んでいたと思われ、「もういいんじゃないですか」との旨が告げられましたが、病院側が「一言ずつだけ」というので、それも裁判長から了承されました。実際には病院側が再々反論を始めると、そんなに短くはなかったため、「一言じゃないじゃないですか」とのツッコミが入れられていました。

ポイントは5点ありました。大雑把で不完全ですが書いていきます。「再反論」が、患者側の主張です。

反論書「肺に酸素が入らなくなっていた状態が継続していたということに根拠はない」
再反論「気管内挿管後のSp02の数値の回復度が、酸素が入らなくなっていた根拠になる」
再々反論「原疾患が関与しており、そのことだけを以て、肺に酸素が入らなかった根拠とするのは失当」

反論書「なぜ13:40-13:41の間は脳が低酸素状態ではなく、13:47には脳が低酸素状態だったと言えるのか」
再反論「この間の6-7分の間に限界を超えたからだ」
再々反論「何ら科学的根拠がない」

反論書「呼吸停止について(・・・聞き取り不十分)」
再反論「何もしていなければその通りであるが、その間に人工呼吸されていることにより、不可逆的な障害が始まるものではない」
再々反論「原疾患が関与しており、担当医の義務違反のみに帰するのは失当」

反論書「(・・・聞き取り不十分)」
再反論「気管内挿管を6-7分怠ったため」
再々反論「無策のまま6-7分経過したわけではないことは、これまでに主張してきた通り」

反論書「(・・・聞き取り不十分)」
再反論「空気の入らないような人工呼吸をするのは、習熟していないということ」
再々反論「(・・・聞き取り不十分)」

詳細はわからないですが、患者に何らかの急変が起きたということのようです。最後の方は傍聴するのがバカバカしくなってきたのですが、担当した医療関係者について「習熟していない」などと主張するのを聞くと、そういうあなたの医療訴訟担当習熟度はどれくらいなのかな?なんてツッコミたくなりますね。まあそういった例は、枚挙にいとまがないんですが。

蛇足ですがこの事件の右陪席裁判官が、以前に地裁で傍聴した、風俗店を舞台にした大変面白い貸金返還訴訟の裁判官だったので、ちょっと嬉しくなりました。

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インプラント手術で女性死亡

2011年8月1日

まずはお亡くなりになった女性のご冥福をお祈り申し上げます。

この事件に対して、谷直樹法律事務所のブログに記事が書かれています。

この記事を見ると、「泣き寝入りで終わらせることのないようにしないといけませんね.」として、その後に説明義務違反が認められた事例や、手技上の過失が認められた事例が例示されています。

裁判で負けた事例についての言及はありません。

負けた事例をあわせて紹介することが義務というわけではないでしょうが、こういう記事の書き方を見ると、「ホラ、こんなに責任が認められた例があるんですよ」という、弁護士側から見ればうまく行ったという例だけを例示して、責任が認められなかった例、つまり弁護士側から見ればうまく行かなかった例を例示していないという、バランスの悪さに嫌悪感を催すというものです。

まあ、美容外科のホームページも似たり寄ったりですから、一方ばかりを責めることはできないとは思いますが、司法の「自分に甘く、他人に厳しい」態度には、いつもながら違和感を感じます。私としてはこの辺の注意喚起を、医療訴訟の原告の方へのアドバイスや、裁判官の方々へのメッセージとして私のサイトにアップしています。

谷直樹法律事務所のブログには、私からすると香ばしい記事が満載されており、今後も注目して行きたいと思います。

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橋下知事、最高裁逆転勝訴

2011年7月15日

最高裁判決のニュースを見て、そう言えばそんな事件もあったんだなぁ程度に思ったんですが、結構面白い事件だったんですね。

通常の上告審は受理された場合、上告した側に有利な判決が出ることがほぼ確定なわけですが、この事件では双方が上告受理申立して両方共受理されたのですね。ということは上告審弁論のときには双方がどっちにひっくり返るかわからない状態だったということかと。(まあ、高裁で否定された名誉毀損が復活することは難しいだろう、という予想はついていたのかな?)

内容も面白いです。

これも判決を読んで知ったことですが、あの光市殺人犯人の弁護をした弁護士たちは、殺意否認の主張を一度最高裁で排斥された(その主張に最高裁がダメ出しした)にも関わらず、差戻し控訴審で再度殺意否認を主張したとか。そしてそれは犯人にとって逆に不利益な弁護だから懲戒請求に値する、という橋下知事の内心?の主張は筋が通っているように思います。尤もテレビでの懲戒請求扇動のときにはその主張内容が伝わるようなものではなかったようですし、そのため大量の懲戒請求は、そのような理由でのものではなかったのだと思われますが。

この場合の橋下知事の処分的なものは、弁護士会内でやるならまだしも、言論の自由との関係から、賠償責任を認めるほどのものではないというのは、それなりに納得できると思うのですが、負けた弁護士側は「理解しがたい前代未聞の判決だ。絶対に承服できない」(日経より)と言っている模様です。そうかなぁ…

それにしても、荒唐無稽な殺意否認をした光市殺人事件の被告人弁護団は、世間からかなりのバッシングを受けたけれども、私には同様に荒唐無稽としか思えない弁護をした北陵クリニック筋弛緩剤点滴事件の阿部泰雄弁護士は、自らにバッシングを受けないだけでなく、逆にマスコミからの被告人バッシングの空気をかき消した点で、辣腕と評するべきでしょうかね。

ちなみに、今回の裁判所サイトに掲載された最高裁判決の、7頁17行目の「多数の懲戒請求がされたについて」の部分で、”こと”が抜けているらしいことと、14頁11行目で、懐かしの「けだし」の誤用がされていることを指摘しておきましょう。

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勉強不足で大丈夫なの?

2011年6月22日

今日の東京地裁、医療裁判第1回口頭弁論の傍聴。
箇条書きで行きます。

裁判長:原告の主張は、なにが過失ということでしょうか?
原告代理人:十分な検査を行わずに診察して誤診した。適切な医療行為を受ける機会を奪われた。乳癌なのに葉状腫瘍と誤診された。切り取ったのは不適切な医療行為だと。葉状腫瘍の施術としても間違っていた。癌じゃないと喜んでいたら実は癌だったと。

手術で腫瘍をちゃんと切除しているようだし、原告代理人は過失との因果関係も主張しない(というか立証が難しい)という。どうやら適切な医療行為を受ける期待権を侵害したと言うことらしい。

これは…

今年のはじめ頃に出た、因果関係のない場合の過失は、著しい過失があってはじめて検討に値するとした最高裁判例に、全く引っかからない気が…

加藤新太郎判事とかだったら、「これはちょっと無理筋なんじゃないの?!」とかスパッと言っちゃいそうだなぁ、とか思っていたら…

裁判長:今年の最判ありましたよね、2月25日の。
原告代理人:まだちょっと調べてませんで…
裁判長:医療行為の不適切だけを主張する場合には、土俵に上がること自体に、著しい過失があることが必要になると思うんですけど。
原告代理人:そのへんを次回までに主張を明確にして…

うーん、主張を明確にしたら、勝ち目がないことが明らかになるだけなような…

つーか、医療関連訴訟の最高裁判例なんて、数えるほどしかないんだから、勉強しとけよー!!

こういう例を見ると、日弁連がかつて出した「安全で質の高い医療を受ける権利の実現に関する宣言」なんて、どの口が言うのよ?と思ってみたりします。

被告代理人:その最高裁判例は判例時報とかに出ましたか?
(↑原告代理人ではない)

裁判長:まだだったと思います。
(裁判所関係の出版物に掲載されている旨言及されていましたが、出版物の名前は私にはわかりませんでした)

裁判官がそこまで知っている必要はないと思いますし、私も全然気にしませんが、判例時報にも判例タイムズにも、既に掲載されております。一応情報ということで。

いやぁ、原告代理人、ちょっと痛々しい感じでした。

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思う以上に一生懸命なんです

2011年2月7日

東京地裁の医療集中部で部総括判事を勤められた、貝阿彌誠裁判官が、長野地裁・家裁所長に栄転されたそうで、おめでとうございます。で、平成23年1月29日の中日新聞記事「適正で迅速な裁判環境づくり進める 長野地裁・家裁の貝阿弥所長会見」に記載されていたインタビューからなんですが、

「患者が高水準の医療を期待する一方、医師はわれわれが思う以上に一生懸命で、両者の調整が悩ましかった」

・・・

私も、「医療裁判、医療訴訟」のコーナーを書くに当たっては、国民や当事者が高水準の司法を期待する一方、裁判官はわれわれが思う以上に一生懸命で、どのように気を使いながら書いたものか、悩ましく思っています。

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