ここまで説明しても説明義務違反?!

2011年12月10日

ETSの説明義務違反で、110万円賠償の判決が出た事例の続報です。
事件番号は、平成21年(ワ)第55号、裁判長は高橋譲判事でした。
判決文をざっと確認してきたので、その説明内容と、それに対する判断などを記します。

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患者に交付したビデオ内容(患者はそれを見たことも確認されている)
手術後長期にわたって残る続発症は、ETSがもたらす効果の裏返しの関係にあり、手の汗を止めて快適な生活をするには、ある程度の負担の覚悟が必要。
最も頻度が高いのは、背中や腹部、さらには臀部などの発汗が増加する代償性発汗。個人差があるが、ETSを受けたほとんどの人に起こる。

パンフレットの記載内容
ETSの効果が半永久的に続くのと同様に、副作用も長期間続く。手術の効果が及ばない範囲である腰や臀部、下肢の汗の量が手術前より増える。ETSを行うと顔や手などの胸より上の部分の汗が止まるため、それより下の部分の汗の量が増える。ほとんどの患者に起こるが、代償性発汗を自覚しているのは約3分の2の患者。つまり、手術後には足の汗が増える可能性が高いということである。

直接の説明
ETSの内容、手掌からの発汗が止まること、ETSの副作用を説明。代償性発汗については、胸より上の汗が止まること、胸より下の汗が増えること、程度は人によって異なること、ETSを実施したほとんどの場合に代償性発汗が発症することを説明した。
代償性発汗の量がどの程度になるか、重篤な代償性発汗を発症することがあることについては説明をしなかった。
原告はホルネル症候群について最も気になっていて質問したところ、めったにないと回答した。代償性発汗で止まった部分の汗が体の他の部分から出るとは聞いていたが、出なくなる部分の汗がどのくらいの量であるかについては特に質問しなかった。

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説明内容等に対する裁判所の判断

平成10年当時の発汗量の評価は、患者本人の訴えによる主観的な評価に依存している。手術後や治療効果を判定するためには客観的な評価が不可欠と考えられるが、その報告は少ない。

原告は、ETSで手掌多汗症が治ったこと自体には満足している。
適切な説明を受けていれば本件手術を受けていなかった、とは認められない。

平成10年当時にも、ETS術後に日常生活に支障があると訴えた患者はいた。当時NTT関東では手掌多汗症の患者が大量で手術は2年待ち。多数の手術経験があったと推認できる。ETSで重篤な代償性発汗が、ETSを行う医療機関の間で一般的な認識になっていたとまでは言えなかったとしても、NTT関東の医師においては、文献調査が十分可能であった。現に、平成7年までには、精神的に問題がある患者であったとはいえ、社会生活不能な事態に陥った症例や、ノイローゼになった症例を経験していた。

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平成10年当時の発汗量の評価は、患者本人の主観的な評価に依存していたようです。そうすると、普通に考えれば代償性発汗についての覚悟を促す内容となっているこの術前説明は、その治療を受けるか否かの利害得失を検討するのに必要かつ十分な情報を提供したものと言って差し支えないでしょう。

さらに言えば、平成10年当時には、「ETSで重篤な代償性発汗が、ETSを行う医療機関の間で一般的な認識になっていたとまでは言えない」そうです。この点からも、「日常て生活に支障をきたすほどの代償性発汗を発症することがありうること」を説明しなかったことについて、過失を認めるには足りないと思われますし(裁判所もこの点での過失を認めているわけではないようですが)、多数の手術をこなしていたNTT関東病院での術後に社会生活不能な事態に陥った症例は、精神的に問題があった患者だというのですから、やはり「重篤な代償性発汗発症の危険性が一般に起こりうること」まで説明をしなかったからといって、過失を認めるということにもならなさそうに思います。

どうやら裁判所は、NTT関東(というかこの術者)はETSを多数行う専門性を持っていたのだから、文献調査を徹底的に行なってその危険性を伝えておかなければならなかった、ということを言っているようです。しかしこれも不思議なことで、ETSを多数行う専門性を持っているのであれば、どちらかと言えば情報提供側になることが多いと考えられますが、裁判所は逆のことを考えているのでしょうかね。医学的知見の拡散についての認識に、ちょっと無理があるように思いますがね。

なんにしても、この事例で無責判決(原告敗訴判決)ならば無理なくスッと書けると思われるのに、この判決は無理を重ねて有責判決に仕立て上げられた、いわば原告にいくばくかの花を持たせるように無理を重ねたと感じられて、いかがわしくて仕方がありません。

先日は判決文だけしか見れなかったので、後日、他の記録も見てみてから更に検討したいと思います。

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