静岡羊水塞栓症訴訟(控訴審判決文)

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主文

1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは,控訴人X1に対し,各自,4990万2834円及びこれらに対する平成20年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは,控訴人X2に対し,各自,2500万1417円及びこれらに対する平成20年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を被控訴人らの,その余を控訴人らの負担とする。
6 この判決の第2項及び第3項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。2 被控訴人らは,各自,控訴人X1に対し,6174万9784円,控訴人X2に対し,3087万4892円及びこれらに対する平成20年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,分娩のためにa病院(以下「被控訴人病院」という。)を受診し,同病院での治療中に死亡したB(以下「B」という)の相続人である控訴人らが,上記Bの死は,被控訴人病院の担当医師の治療行為上の過失に基づくものである旨を主張し,被控訴人病院を運営する被控訴人静岡県Y1組合連合会(以下「被控訴人Y1」という。)に対しては診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)による損害賠償請求として,担当医師であったその余の被控訴人ら(以下「被控訴人医師ら」という。)に対しては不法行為による損害賠償請求として,Bの死亡により生じた損害(慰謝料及び逸失利益等)の合計9262万4677円について,控訴人X1(以下「控訴人X1」という。)に対し6174万9784円,控訴人X2(以下「控訴人X2」という。)に対し3087万4892円及びこれらに対するBの死亡した日である平成20年4月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である(控訴人らは,控訴の趣旨において連帯支払を求める趣旨を明記していないが,上記の趣旨と解する。)。

2 原審は,Bの担当医師であった被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2」という。),被控訴人Y3(以下「被控訴人Y3」という。)及び被控訴人Y4(以下「被控訴人Y4」という。)には,Bに対して抗ショック療法及び抗DIC療法を開始すべき義務があったのにこれに違反した過失があったとしつつ,Bの死亡当時の医療水準に照らした治療では,被控訴人医師らがBを救命することができたとは認められず,被控訴人医師らの過失とBの死亡との相当因果関係は認められないと判断し,控訴人らの請求をいずれも棄却した。そこで,これを不服とする控訴人らが本件控訴を提起した。

3 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア Bは,昭和59年○月○日生まれの女性であり,平成20年4月27日被控訴人病院で死亡した(死亡時24歳)。控訴人X1はBの夫,控訴人X2はBの母であり,Bの相続人は両名のみであり,控訴人X1が3分の2,控訴人X2が3分の1の相続割合で相続した。(甲A1,甲B1ないし4)
イ 被控訴人Y1は,被控訴人病院を運営する法人である。
ウ 被控訴人Y3,被控訴人Y2及び被控訴人Y4は,いずれも平成20年4月27日に,被控訴人病院の産婦人科の医師としてBの診療を担当した医師である。
(2) 被控訴人病院
ア 被控訴人病院は,産婦人科のほか,内科,外科,脳神経外科,麻酔科等合計14の診療科を有し,病床数265床(一般病棟213床,回復期リハビリテーション病棟52床)を有する病院であるが,平成20年当時ICUはなかった(甲B101)。
イ 被控訴人病院は,平成20年4月1日から開始された妊産婦緊急搬送入院加算の届出を社会保険事務局長に対して行い,受理された。妊産婦緊急搬送入院加算の施設基準は,①産科又は産婦人科を標榜している保健医療機関であること,②妊産婦である患者の受診時に,緊急の分娩について十分な経験を有する専ら産科又は産婦人科に従事する医師が配置されており,その他緊急の分娩に対応できる十分な体制がとられていること,③妊産婦である患者の受診時に,緊急に使用可能な分娩設備等を有しており,緊急の分娩にも対応できる十分な設備を有していることである。(甲B46,101)
ウ 被控訴人病院の産婦人科の診察日及び診察時間は,月曜日から金曜日の午前8時30分から午後0時であり,火曜日及び木曜日については午後も診察を行っている。なお,婦人科については土曜日の午前8時30分から午後0時も診察を行っている。(甲B64)
(3) 診療経過等(以下において,時刻のみ表記している場合は,平成20年4月27日を指す。)被控訴人病院におけるBの診療等の内容及び経過は,原判決別紙「診療経過一覧表」のとおりである(ただし争いのある部分を除く。)。主要な事実を列挙すると以下のとおりである,
ア Bは,初診である平成19年9月14日以降,定期的に被控訴人病院産婦人科を受診し,被控訴人Y4及び被控訴人Y3による診察を受けた。Bの出産予定日は平成20年4月24日とされ,妊娠経過は概ね順調であり,同月25日の受診時においても母児ともに異常は認められなかった(乙A1,2)。
イ Bは,午前0時頃,被控訴人病院に自ら電話し,陣痛を訴えた。対応した看護師は,陣痛が強くなったら再度電話するように伝えた。午前6時50分頃,Bは被控訴人病院に再度電話し,その後,Bは,控訴人X1の運転する車で被控訴人病院に向かった。
ウ B及び控訴人X1は,午前7時20分頃までに,被控訴人病院に到着した。被控訴人病院では,当初,助産師が対応した。Bは,来院時,独歩で来院し,ふらつきはなかったが,口唇色がやや不良で,発汗が著明であった(乙A2)。
エ Bを診察した助産師は,胎児の心音を聴取しようとしたが,聴取することができなかったため異常と判断し,午前7時53分頃,担当医である被控訴人Y3に対して電話連絡を行った(乙A2,10)。
オ 被控訴人Y3は,午前8時過ぎ,被控訴人病院に到着し,直ちにBをエコーで診察し,児心拍消失と胎盤の早期剥離を疑う所見を確認し,帝王切開で胎児を出産させることを決定した(以下,この手術を「本件手術」という。)。被控訴人Y3は,本件手術をすること及び胎動がほとんどなく胎児の生存は難しいと思われることを控訴人X1に対して説明し,控訴人X1は帝王切開手術と輸血の同意書にサインした。Bは,午前8時45分頃,手術室に入った。その際のBの状況は,顔色やや不良で冷汗ありと認められた。控訴人X1が手術室にBを送ると,すぐに被控訴人Y3が手術室から出てきて,控訴人X1に対し,最悪の場合Bの子宮を切除する旨を話し,控訴人X1は了解した。
カ 本件手術は,被控訴人Y3が執刀医を,被控訴人Y2が助手をそれぞれ務め,被控訴人Y3及び被控訴人Y4が麻酔を担当して行われた。麻酔は腰椎麻酔で時間は午前9時05分から午前11時02分,手術時間は午前9時15分から午前10時45分であった。(乙A2)
キ 被控訴人医師らは,午前9時24分に胎児を娩出し,同27分に胎児の死亡を確認した。胎児娩出直後から胎盤及び大量の凝血塊が切開創から溢れてきた。被控訴人医師らは,輪状マッサージで子宮の収縮がやや良好と認められたことから,子宮温存可能と判断した。(乙A2)午前9時30分頃,Bは収縮期血圧がショックの目安となる90を下回り,ショックに陥った(以下,Bが陥ったショックを「本件ショック」ということがある。)。
ク 被控訴人医師らは,午前10時30分頃から,BにRCC(濃厚赤血球。以下「MAP」ともいう。)2単位(1単位は140ml)の輸血を行った。
ケ 被控訴人医師らは,午前10時45分頃,本件手術を終了した。被控訴人Y3は,午前11時過ぎ,待合室へ行き,控訴人X1及び親族に対し,胎児は死産であったこと,Bの子宮は残したこと,痙攣等があるため鎮静剤等の投与を行ったこと,脳内出血の可能性があるためCT検査をすることを説明した。
コ Bは,午前11時15分,CT室に移され,同18分に頭部CT検査が施行された。その後,被控訴人Y3は,控訴人X1及び親族に対し,Bに脳内出血はなかったことを報告したが,Bの血圧は計測できないほど低く,人工呼吸器を装着する旨説明した。
サ Bは,午前11時30分頃,普通病棟に移された。その後,被控訴人医師らは,午前11時40分頃からBにRCC2単位の輸血を行い,同45分頃からFFP(新鮮凍結血漿)2単位(1単位は120ml)の輸血を行った。午後1時10分頃,控訴人らが面会のために病室に入ったところ,Bは人工呼吸器をつけていた。同19分には,医師が心臓マッサージを施したが,同24分心拍停止となり,同40分,Bの死亡が確認された。
(4) Bの血圧等の推移
ア Bの血圧,脈拍及びSpO2(動脈血酸素飽和度)の推移は以下のとおりである(原判決別紙「診療経過一覧表」参照)。なお,以下において特に断らない限り,血圧の単位はmmHg,脈拍の単位は回数/分である。
血圧(収縮期/拡張期) 脈拍 SpO2
午前7時20分 113/87 90
午前8時35分 118/62 62 97
午前8時45分 125/81 90 100
午前8時50分 158/81 130 100
午前8時55分 155/78 109 100
午前9時00分 138/60 111 100
午前9時05分 140/83 115 100
午前9時10分 125/69 110 100
午前9時15分 115/58 125 100
午前9時20分 110/43 126 100
午前9時25分 101/43 137 100
午前9時30分 85/35 135 100
午前9時35分 90/35 131 100
午前9時40分 93/40 136 100
午前9時45分 58/35 136 100
午前9時50分 75/35 136 100
午前9時55分 70/30 111 100
午前10時00分 49/20 感知せず 89
午前10時05分 60/25 133 100
午前10時10分 58/25 155 100
午前10時15分 65/27 155 100
午前10時20分 63/27 136 100
午前10時25分 68/28 140 100
午前10時30分 48/24 143 100
午前10時35分 102/75 138 100
午前10時40分 88/56 142 100
午前10時43分 120/45 142 100
午前10時47分 55/28 131 100
午前10時55分 52/20 132 100
午前11時00分 97/77 142 98
午前11時30分 上腕で測定不可 下肢で測定131/95 測定不可
午前11時42分 測定不可
イ Bの体温は,午前7時20分の時点で35.5度,午後0時02分の時
点で33度であった。

4 争点
(1) 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無(争点1)
(2) 産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無(争点2)
(3) 出血量チェック及び輸血に関する過失の有無(争点3)
(4) 弛緩出血への対応に関する過失の有無(争点4)
(5) 転送義務違反の有無(争点5)
(6) 被控訴人らの過失とBの死亡との間の相当因果関係の有無(争点6)
(7) 被控訴人医師らによる期待権侵害の有無(争点7)
(8) B及び控訴人らの損害(争点8)5 争点に対する当事者の主張

(1) 争点1(常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無)
(控訴人らの主張)
ア 常位胎盤早期剥離とは分娩経過中の胎児娩出前に子宮や胎盤が剥離してしまう疾患で,母体には出血性ショック,羊水塞栓症あるいは産科DIC等の合併症を発症させる危険性が高い産科救急疾患である。また,産科DICとは,産科的基礎疾患を原因として血液の凝固線溶の平衡が崩れ,血管内の過凝固と二次線溶が交互に繰り返されて,全身的な微少血栓の形成と出血傾向をきたす疾患である。妊産婦が常位胎盤早期剥離という出血性疾患を発症した場合,産科DICを発症しやすい身体的状況を不可避的に備えてしまっていることになるが,そのような妊産婦に対し,産科DICに備えた諸準備を行うことは産科医の重要かつ基本的義務である。被控訴人医師らは,この義務を果たすための以下の各注意義務に違反したものである。被控訴人らは,産科DICの治療においては,基礎疾患の除去が最優先されるものであり,これを優先したと主張するが,救命のためにはむしろ抗ショック療法・補充療法が重要であり,少なくとも基礎疾患の除去と抗ショック療法・補充療法は同時並行的に行われるべきものである。
イ 産科DICスコア算出のために必要な血液検査項目に関する過失
妊産婦においては,短時間に産科DICになることが多いが,産科DICは発症すると深刻な病態となるため,発症を未然に防ぐ,あるいは重症化を防ぐために,短時間に診断するための手段として産科DICスコアが設けられている。この産科DICスコアが8点以上であれば,今後産科DICに進展する可能性が高いため,少なくとも抗DIC療法の準備をする又は治療を開始する必要があるとされ,13点以上となった場合は産科DICであるとして治療を行う必要があるとされている。この産科DICスコア算出のために凝固系の血液検査を行うこと,すなわち,一般的な血液検査の検査項目に加えて,プロトロンビン,部分トロンボプラスチン時間,フィブリノーゲン,フィブリン/フィブリノーゲン分解産物(以下「FDP」という。)をセットで計測することが必要である。被控訴人医師らには上記の凝固系の血液検査を実施すべき注意義務が存するところ,これを怠り,必要な項目についての検査を懈怠した過失がある。
ウ 血液検査及び産科DICスコアカウントを経時的に行う注意義務違反
上記イのとおり,産科DICスコアが8点以上であれば少なくとも産科DICに向けた対策を始めることが必要である。Bについては,午前9時頃の手術・麻酔開始前の時点で産科DICスコアが8点を超えているが,被控訴人医師らは,カウント自体を怠りこの注意義務に違反した。
また,産科DICは急激に症状が進展するため,産科DICスコアを経時的に,あるいは病態の変化に伴い改めてカウントする必要がある。特に,Bについては,血圧の低下・脈拍の上昇という循環動態の悪化が生じ,出血量が増大し,意識レベルや呼吸状態が経時的に悪化しているという状況であったのであるから,経時的にスコアをカウントする必要があったにもかかわらず,被控訴人医師らは,結局のところ一度としてこれを行わず,注意義務に違反した。
さらに,被控訴人医師らは,産科DICスコア算出において必要とされている項目の血液検査を経時的に行う義務並びにその血液検査をスムーズに行うためのルート確保を予め行っておく注意義務にも違反した。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。
後記(6)の被控訴人らの主張で述べるとおり,本件で実際に起こったことは,常位胎盤早期剥離からの単純な産科DICの進行ではなく,そこに羊水塞栓症による全身性のアナフィラキシーショックが加わり,これが主体となって急激かつ重篤な産科DICを発症したということである。被控訴人医師らには,このような羊水塞栓症が発症して引き起こされる急激な産科DICの進行まであらかじめ予想して血液製剤や薬剤等を緊急に準備しておく義務は認められない(羊水塞栓症の発症率は2~3万分娩に1例程度と考えられている。)。
本件では,羊水塞栓症の発症と本件ショックの発現さえなければ,手術終了時(午前10時45分)以降は新たな出血は認められなかったのであるから,仮に胎児や胎盤を娩出した午前9時30分以降に産科DICが進行したとしても,その進行は緩徐であったはずであり,適時の産科DICスコアのカウント,適宜の検査の実施とそれに伴う必要な処置の実施で十分対応できたと考えられる。

(2) 争点2(産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無)
(控訴人らの主張)
ア 初期治療の実施についての過失
被控訴人医師らは,Bが被控訴人病院に到着した午前7時20分には,Bに蒼白,冷汗,脈拍の軽度上昇という出血性ショックの初期症状(ClassⅠ)があることを確認し,かつ午前8時以降には常位胎盤早期剥離を確認していたのであるから,出血性ショックの重症化あるいは産科DICの発症を防止すべく,午前7時20分から午前8時過ぎまでの時点で,Bの出血性ショックを疑い,その重症化あるいは産科DICの発症を亡するために,①酸素投与,②Trendelenburg体位の確保,③急速輸液(乳酸リンゲル液の投与)を行うべき注意義務があったのに,これを怠った。
イ 午前9時頃の手術室入室後,麻酔開始前の時点における過失
産科危機的出血においてはショックインデックス(心拍数を収縮期血圧で除した値で,出血量ないしは出血性ショックの重症度を測るための指標。以下「SI」という。)に留意し,SIが1を超えた場合には輸血の準備を行い,SIが1.5を超えた時点で直ちに輸血を行うべき注意義務があった。なお,上記産科DICスコアの有用性及びSIに着目した産科出血への対応が明記された「産科危機的出血への対応ガイドライン」(甲B24。以下「産科出血ガイドライン」という。)は本件手術当時発表されていなかったものであるが,産科出血ガイドラインに記載された産科出血への対応の留意点については本件手術当時既に一般的な産科医の知見となっていたものである。
Bについては,遅くとも午前9時10分過ぎにはSIが1を超えたのであるから,被控訴人医師らはこの時点で上記抗ショック療法及び抗DIC療法の準備を行う必要があったにもかかわらず,それを怠り,注意義務に違反した。なお,補充療法において極めて重要な役割を果たすFFPに関しては,被控訴人Y3が発注したにもかかわらず,看護師の過誤により,日赤センターに注文されなかった。これが被控訴人Y1の過失であることは明らかである。
また,FFPは冷凍された状態で保存されているため,使用に当たってはこれを解凍装置もしくは湯で解凍する必要がある。特に本件手術のように,産科出血が問題となり緊急手術が行われる事案においては,事態の急変に備えるためには予め解凍を行っておくよう医師において指示・準備する注意義務がある。ところが,被控訴人病院にあったFFPは,午前10時30分頃(午前9時30分からの本件ショック発現後からでも60分後)に解凍されないまま手術室に搬入されたため,直ちに使用できない状態であった。被控訴人医師らにこの点に関する指示不足・準備不足の過失があったことは明白である。
ウ 本件ショック発現時から午前10時頃までの間の本件ショックに対する治療に関する過失
本件ショックは午前9時30分頃発現した。午前9時30分までの時点でヘスパンダーとラクテック輸液は行われており,これらの治療に対しては無反応であった。さらにこの時点で出血量も2000mlを超えていた。また,本件ショック発現後も,収縮期血圧は90未満が継続し,しかも漸次悪化している状況であった。この時点におけるBの産科DICスコアは10点(常位胎盤早期剥離・胎児死亡:5点,冷汗:1点,蒼白:1点,頻脈:1点,出血時間延長≧5:1点,収縮期血圧<90:1点),SIは1.6であった。
以上の状況に鑑みれば,本件ショックが発現した午前9時30分頃以降の時点においては,産科出血及び産科DICに対する治療,具体的には出血量と同量の輸血,ステロイド投与(抗ショック療法)及びATⅢ(アンチトロンビン製剤)の投与(DIC発症防止のための抗DIC療法)を開始する注意義務が存したことは明らかである。
ところが,被控訴人医師らは,抗ショック療法としては輸液と酸素投与及び午前9時50分からのドーパミン投与を行ったのみで,抗DIC療法としての副腎皮質ステロイドの大量投与や電解質,アシドーシスの補正,ウリナスタチンの静脈注射(以下「静注」という。)をいずれも怠った。さらに重要なのは,Bは本件ショック発現後,輸液に無反応であったのであるから,直ちに補充療法としてRCC,FFP及びATⅢなどの投与を行うべきであったにもかかわらず,被控訴人医師らはこれらをいずれも怠っている。
エ 午前10時30分から午前11時頃までの間の本件ショックに対する治療に関する過失
午前10時30分までの間,輸液は継続されたが,Bはこれには無反応で血圧は上昇せず,ショックの状態は続いていた。そして,午前10時30分に収縮期血圧が48,脈圧が20となるに至り,ようやくRCCが2単位投与された。
輸血を行う場合には,出血量と同等量以上が目安とされ,特に産科出血においては,FFPが同等量以上輸血されることが必須であるが,本件手術において麻酔・循環動態担当としてこれを判断する立場にあった被控訴人Y4は,後記(6)のとおり出血量に関する重大な把握ミスや,産科出血等に対する基礎的知見不足から,3483mlの出血量があり,ショックが継続している患者に対し,わずか4単位560mlのRCC輸血しか行わず,十分な量(最低でもRCC及びFFP各10単位以上)の輸血を行うべき注意義務に違反した。
また,この時点においては,産科DICスコアの観点からも,ショックが継続しているという観点からも,産科DICに対する抗ショック療法(副腎皮質ステロイドの大量投与や電解質,アシドーシスの補正,ウリナスタチンの静注),補充療法(RCC及びFFPの輸血に加え濃厚血小板,ATⅢの投与)が当然開始されるべきところ,被控訴人医師らにはこれを怠った注意義務違反もある。
オ 本件手術終了後の対応に関する過失
午前10時30分過ぎの時点では,手術室における午前11時時点での最終出血量3438mlに近い出血が既に生じていたと考えられ,これに対して遅れて開始された2単位(280ml)の輸血では過少であり,また,消費性凝固障害に対応するFFPも輸血されていないため,当然すぐにその効果は低減してしまう。このことは,Bの出血量を踏まえれば十分に予想されるものであった。
ところが,麻酔・循環動態担当の被控訴人Y4は,2000mlもの出血を見落とし,他の被控訴人医師らもこれを把握していなかったことから,RCC2単位の輸血後バイタルが落ち着いたと軽信し,事実として輸血によって明確に血圧が上昇したことは理解しながらもこれを継続することがなかった。
さらには,この時点で優先されるべきはショック及び産科DICに対する治療であるところ,Bに脳出血や子癇発作を疑うべき根拠が乏しいにもかかわらず,CT撮影を優先させ,RCCやFFPの追加の準備もなくCT室に異動させた。すなわち,被控訴人医師らは,ショック及び産科DIC治療を優先する注意義務,あるいは少なくともショックに対する治療を優先して行いつつCT撮影などを行うべき注意義務に違反した。
カ 保温に関する過失
出血性疾患において,ショックに陥った患者の保温に努めることは極めて重要な治療行為である。出血に低体温が加わると代謝性アシドーシスが加速し,「死の3徴」と呼ばれる状況に陥ってしまうからである。具体的には,被控訴人医師らは,Bの体温が低下することのないよう,室温を上げる,ブランケットで体表を覆う,輸液を加温するなどの措置を講じるべきであった。
ところが,本件手術においては,通常よりも相当長い時間がかかり,かつ5000mlもの大量輸液が実施されたにもかかわらず,被控訴人医師らがBの保温に気を配った形跡はなく,輸液について加温の指示をすることもなかった。このような被控訴人医師らの保温義務の懈怠によって,Bは33度の低体温状態に至ったものであり,被控訴人医師らには,出血性疾患の患者に対する保温に関する注意義務違反がある。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。控訴人らは,Bの救命可能性があったことを前提に,被控訴人医師らの様々な過失を主張しているが,後記(6)の被控訴人らの主張で述べるとおり,本件ショックは全身性のアナフィラキシーショックであり,いくら産科DIC治療を行ったとしても,Bを救命することは不可能であったと考えられるから,被控訴人医師らにはそもそも結果回避可能性がなかった。
以下,控訴人らの各過失の主張について反論する。
ア 初期治療の実施についての過失の主張(控訴人らの主張ア)についてBは,被控訴人病院に来院した午前7時20分頃には既に常位胎盤早期剥離を発症していたものと考えられるところ,控訴人らが指摘する蒼白や冷汗は,この常位胎盤早期剥離の発症により当然にみられるものであり,出血性ショックの初期症状であったとはいえない。なお,控訴人らが指摘する出血性ショックの初期症状(ClassⅠ)の基準は,外傷性出血に関するものであり,本件に当てはまるものではない。
したがって,午前7時20分から午後8時過ぎまでの間,被控訴人医師らに①酸素投与,②Trendelenburg体位の確保,③急速輸液を行うべき注意義務があったとはいえない。
イ 午前9時頃の手術室入室後,麻酔開始前の時点における過失の主張(控訴人らの主張イ)について
被控訴人Y3は,午前8時過ぎにコールにて来院し,エコーで胎児の心拍停止を確認し,胎盤の早期剥離を疑って緊急帝王切開を決定し,その後直ちに血液検査を実施し,午前8時40分には手術室入室となり,直ちに帝王切開に着手していることから,これら一連の手順に不適切な点は全く認められない。
控訴人らは,産科出血ガイドラインを引用し,被控訴人医師らが産科DICスコアやSIに着目した輸血等を行わなかったことを非難しているが,本件ガイドラインが発表されたのは平成22年4月であり,被控訴人医師らが同ガイドラインに従った対応を行わなかったことをもって非難されるいわれはない。なお,産科DICスコアはどの時点でスコアをとるかによっても点数は大幅に変わる(特に本件ではBの状態が刻々変化しているので固定して考えることは困難である)が,被控訴人医師らが手術室入室の時点で考慮した産科DICスコアは,7点(胎児死亡5点+出血時間5分以上1点+冷汗1点)である。また,SIは出血性ショックの重症度を測るための基準であるのに対し,本件ではBに出血性ショックは生じていないのであるから,被控訴人医師らにSIに着目して輸血を開始しなければならない注意義務はない。さらに,本件手術当時,臨床現場の産科管理において,SIは一般的に使用されていなかったから,SIが1.6を超えていたからといって被控訴人医師らに輸血を開始すべき注意義務があったともいえない。
本件において,被控訴人Y3は,RCC10単位とFFP10単位を取り寄せるよう看護師に指示したが,何らかの手違いによりFFPの取り寄せがされず,事前にFFPの準備がされなかったことは事実である。しかしながら,結果論ではあるが,本件でBにアナフィラキシーショックが生じてさえいなければ,仮に十分な事前準備がされていなかったとしても,Bは十分に救命された可能性が高いのであり,この発注ミスを過大視することは適切ではない。
ウ 本件ショック発現時から午前10時頃までの間の本件ショックに対する治療に関する過失の主張(控訴人らの主張ウ)及び午前10時30分から午前11時頃までの間の本件ショックに対する治療に関する過失の主張(控訴人らの主張エ)について
後記(6)の被控訴人らの主張で述べるとおり,本件ショックは全身性のアナフィラキシーショックであり,血管透過性亢進により発症から10分後までに最大50%もの血漿成分が血管外に漏出したと考えられる。そうであるとすると,救命のためには,血漿成分の血管外漏出を止めるか,あるいは漏出してしまった血漿成分を補完するしかない。
後者の血漿成分の補充は,生理食塩水やリンゲル液などの大量輸液であるが,本件ではこれは行われている。しかし,前者の血漿成分の血管外漏出,すなわち浮腫が起こることを食い止めることは,現状ではこれに対する有効な治療法が確立していないので,Bに生じたような急激な浮腫が起こることを防ぐ手立ては現在のところ存在しない。控訴人らが主張する輸血や抗DIC治療,ステロイド投与などはいずれも急激な浮腫を食い止めることはできないのであるから,本件ショックの発現当初からこれらの治療を全部行ったとしても,救命はおろか,延命すら期待することができなかった。
エ 本件手術終了後の対応に関する過失の主張(控訴人らの主張オ)及び保温に関する過失の主張(控訴人らの主張カ)について
Bに対しRCC合計4単位の輸血が行われた午前10時30分から午前11時過ぎにかけての時間帯においては,大血管が高度に虚脱化してしまっていることから,この時点で固形物である赤血球をいくら補充したとしても病態の改善(血圧ないしショックの改善)に役立たないことは明らかである。控訴人らはRCC2単位の輸血によりBの血圧の改善がみられた旨主張するが,後記(3)の被控訴人らの主張で述べるとおり,ポンピングでの輸血を行っている間だけ血圧計に示された血圧が一時的に上がっただけであり,輸血によって状態が改善したわけではない。
被控訴人医師らがBについてCT検査を行った理由は,午前10時45分の手術終了時点において,呼吸困難,胸痛などの羊水塞栓症を疑わせる典型的な症状がみられなかった一方で,痙攣の出現などから子癇発作や脳出血などの脳疾患の可能性を疑ったためである。羊水塞栓症が2~3万分娩に1例ほどのまれな疾患であるといわれていることを考えると,被控訴人医師らの判断には合理性があったというべきである。

(3) 争点3(出血量チェック及び輸血に関する過失の有無)
(控訴人らの主張)
Bが発症したのは常位胎盤早期剥離という出血性疾患であり,しかも胎児死亡という重症例である。被控訴人医師らは,Bが被控訴人病院に到着した午前7時20分には,Bに蒼白,冷汗,脈拍の軽度上昇という出血性ショックの初期症状(ClassⅠ)があることを確認し,かつ午前8時以降には常位胎盤早期剥離を確認していた。産科出血は,産科DICを発症させやすく,大量出血に至る危険を有し,早め早めの治療が必要とされている。さらに,本件手術中にはBがショックに陥り,これが手術終了時まで長時間継続している。輸血の指標となるSIが1.5を超えれば一般的に輸血が必須とされているところ,BのSIは,午前9時30分に1.6,午前9時45分に2.3,午前9時55分の1.6,午前10時10分に2.7,午前10時20分に2.2,午前10時30分に3.0と本件ショック後一貫して輸血が必要な状況にあった。
一方,輸血を行う場合,輸血量の決定については,総出血量が極めて重要な情報となるのであるから,被控訴人医師らは,本件手術中の総出血量を把握することにより,適正な量及び種類の輸血治療を行う計画を立てるべき注意義務及びこれを踏まえて現実に適正な輸血治療を行うべき注意義務を負っていた。
しかしながら,被控訴人医師らは,後記(6)のとおり,単純に確認を行わないことによって1938mlもの出血量を見落とし,結果として時期としても遅く,かつ過少な量の輸血しか行わなかった。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。
後記(6)の被控訴人らの主張で述べるとおり,本件ショックは,典型的なアナフィラキシーショックであり,血管透過性亢進により発症直後のわずかな時間で大量の血漿性成分が血管外に漏出してしまったことによるショックである。このような病態に対して,RCCという固形物(赤血球)を血管内にいくら投与しても血漿成分の血管外漏出を止めることができないことは明らかであり,被控訴人医師らに輸血に関する義務違反はない。
控訴人らは,Bは本件ショックに陥った後行われたRCC合計4単位の輸血によって血圧が著明に回復したことから,午前9時30分の段階で輸血が行われていれば効を奏したはずである旨主張する。しかしながら,午前10時30分のポンピングでの輸血開始以降,収縮期血圧が臨床的にショックの指標とされる90を上回ったのは,午前10時35分,午前10時43分,午前11時の3回のみであって,いずれもポンピングを開始した直後か最中のことである。逆に1回目の輸血開始から約15分後(これは1回目の輸血が終了したころに当たる。)の午前10時47分には収縮期血圧は再び50台まで下がっていて,血圧が著明に回復したとは到底いえない。要はポンピングを行っている間だけ血圧計に示された血圧が一時的に上がっただけである。加えて,午前11時の血圧は,脈圧が20とショックの判断指標である30を下回っており,2回目の輸血開始後ですらショックは改善していない。
また,控訴人らは,被控訴人医師らに経時的に出血量を把握すべき義務があったと主張するが,そもそも帝王切開の手術中にシーツ下の見えないところの出血量に注意する必要があるというのは,手術の経過中にシーツ下に経時的に出血が漏れ出すことがあるからである。ところが,本件のように人工破膜後胎児を取り出し,出血を除いた直後にショックが起こりその対応に追われた状況下では,被控訴人医師らに膣からのシーツ下への出血を予想してシーツをめくって確認しなければならない注意義務など存在しない。

(4) 争点4(弛緩出血への対応に関する過失の有無)
(控訴人らの主張)
Bの子宮は,胎児娩出時,子宮収縮が不良で,輪状マッサージ治療を行い,子宮温存が可能か検討をしなければならないほどの状態であった。弛緩出血とは胎盤娩出後,遅発的に発生するものであるから,当然弛緩出血の所見(収縮不良の巨大子宮や出血)について観察すべき注意義務が被控訴人医師らにはあり,かつ,異常所見が認められれば直ちにこれに対処すべき注意義務があった。
しかしながら,被控訴人医師らは,画像で一見して気付くような巨大子宮という異常所見を見落とし,かつ総出血量のうち約半分である1938mlもの出血量を見落としていたことも相まって,Bが弛緩出血を発症したことを見落としたものであるから,弛緩出血の所見(収縮不良の巨大子宮や出血)について観察すべき注意義務に反し,かつ,これに対する必要な対処(抗DIC療法や子宮収縮剤の継続的投与,さらにはこれが功を奏さない場合の子宮摘出などの外科的治療)を怠った過失がある。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。
本件でBに発症した羊水塞栓症は,DICタイプの羊水塞栓症のうち極めて短時間で全身に強烈なアナフィラキシーショックが生じて全身性の浮腫をもたらすタイプのものであり,子宮に限局して浮腫が生じたものではないから,控訴人らの主張はその前提が誤っている。また,弛緩出血で子宮全摘術を行うのは出血のコントロールのためであるところ,本件では,手術終了時以降,子宮からの弛緩出血は一切認められていないことから,止血目的で子宮を摘出することは考えられなかったし,午前11時のCT撮影時点で巨大子宮に気付いたとしても,被控訴人医師らとしては,Bに全身性のアナフィラキシーショックが生じているとは思いもよらなかったものであり,子宮がなぜ巨大化しているのかその原因について理解することはできなかった。
控訴人らの主張は,午前11時過ぎの腹部CT画像からみて閉腹を終えた午前10時45分の時点で子宮は巨大化していたはずであるということを前提にしたものであるが,被控訴人医師らは,午前9時45分頃から腹膜の縫合を開始し,午前10時頃には腹膜縫合を終了したものであるから,この頃以降,被控訴人医師らが子宮の状態を目視することはできなくなっていたものであり,控訴人らの主張は前提を欠くものである。

(5) 争点5(転送義務違反の有無)
(控訴人らの主張)
後記(6)の控訴人らの主張において述べるとおり,本件でBに羊水塞栓症が発症していたことを認めることはできないというべきであるが,仮にDIC型の羊水塞栓症が発症していたとした場合,まず行うべきは抗DIC療法,補充療法であり,この初期治療・急性期治療を行った時点で高次の医療施設に転送する,あるいは初期治療・急性期治療を行いつつ,子宮収縮剤の投与や場合によって子宮全摘術により子宮を摘出し,さらに必要がある場合にはICUを有する高次医療施設に転送することが必要であった。被控訴人らは,ICUを有しない被控訴人病院において初期治療・急性期治療を行うことは困難であった旨の主張をするが,被控訴人病院の規模や態勢,行うべき治療内容に照らし,被控訴人病院においてできない初期治療・急性期治療は存在しなかったというべきである。
しかしながら,被控訴人医師らは,必要な初期治療・急性期治療を行うこともなく,必要に応じて高次医療施設に転送させることもなかったものである。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。
本件ショックのような重篤なショックを伴う羊水塞栓症がいったん発症してしまったら,ICUでの集学的治療が施されて初めて救命され得るものであるところ,被控訴人病院にはICUがなく,そのようなことは不可能であった。また,本件ショック発現以後,Bは循環動態不安定のためCT室への移動すらままならなかったことから外部への救急搬送などは到底耐え得る状態ではなかった。

(6) 争点6(被控訴人らの過失とBの死亡との間の相当因果関係の有無)
(控訴人らの主張)
ア 本件では,Bが常位胎盤早期剥離を発症したことは確実であるが,その後の死亡に至る経緯については,被控訴人医師らの医療記録の記載が粗雑であり,検査もほとんど行われていないため,弛緩出血,羊水塞栓症の有無等により複数のルートが想定される。ただし,最終的な死亡に至った直接的な原因としては,①産科DICから多臓器不全により死亡した又は②出血性ショックから多臓器不全により死亡したという二通りの可能性に絞られ,Bはこのいずれかにより死亡したことは明らかであるから,Bの死亡と被控訴人らの過失との間には因果関係が認められる。
イ 午前8時25分の血液検査のデータにおいて,赤血球数の低下がみられ,午前10時51分には更に急激に低下している。これらの検査結果は,多量の出血があったことを示している。午前10時51分の血液検査の結果によれば,大量の出血に伴う出血性ショックが存在していたことは明らかである。また,Bの午前9時45分時点でのSIは1.5を超えており,これを説明できるのは出血性ショックのみである。
この点に関し,被控訴人らは,午前9時30分ころのBの出血量は,吸引分1200グラム,ガーゼ分289グラムの合計1489グラムにすぎないと主張するが,この出血量が正確なものとは思われない。被控訴人らはガーゼ分289グラムに大量の凝血塊が含まれていると主張するが,それではガーゼに含まれる量が過少であるし,ガーゼに凝血塊は吸収できないのであり,この主張は不自然である。また,被控訴人ら主張のとおりであるとすると,午前9時30分以降に胎盤剥離面から外出血としてじわじわと1310mlも出血したことになるが,午前11時18分のCT画像で子宮内にはわずかな出血しか認められなかったことと相容れず,本件においてパッドに流出した外出血は,吸引前に子宮内に大量の出血があった午前9時23分頃までにそのほとんどが流出したと考えるのが自然である。
もっとも,1500mlの出血量は,出血量のみで考えたとしても,出血性ショックにおけるclassⅡとⅢの境界点であり,ショックに陥ることが十分に考えられる出血量である。
また,被控訴人らは,Bが本件ショックに陥った午前9時30分までの血圧低下は腰椎麻酔によるものであると主張する。しかし,腰椎麻酔が開始されたのは午前9時05分であるところ,腰椎麻酔開始以前の午前8時50分には脈拍数が130に増加し,高度の頻脈となっている。腰椎麻酔によって神経原性ショックが起きていたとすれば,脈は徐脈となるはずであるが,実際には腰椎麻酔実施後もBの頻脈は継続していた。
ウ 被控訴人らは,司法解剖の結果をもとにBの死因について羊水塞栓症によるアナフィラキシーショックであると主張するが,司法解剖で母体への流入が確認されたのは扁平上皮細胞であり,羊水塞栓症において最も高率に見いだされるはずのムチンは見つかっていない。扁平上皮細胞はカテーテル挿入時に高頻度に母体に流入するものであって,本件でも中心静脈カテーテルが挿入されているため,Bの血管内から扁平上皮細胞が発見されたとしても羊水塞栓症を発症していたことの根拠となり得ない。またアナフィラキシー様反応の関与を確認するためのアナフィラトキシンの染色も行われていない。そもそも,被控訴人医師ら自身,本件手術中にBに羊水塞栓症を疑ったり,羊水塞栓症の治療を行ったりしたことはなく,かえって循環血液量の不足を疑っていたことが窺われる。
仮にBに羊水塞栓症が発症していたとしても,Bに呼吸苦及びSpO2低下という症状が現われず,本件ショックの発現から3時間以上の経過時間を経てショックの症状が進展し,最終的に死亡に至ったという経緯を踏まえるならば,Bに発症した羊水塞栓症は,肺血管に胎児成分等による機械的塞栓が起こり,心肺虚脱,意識消失などを主症状とする劇症型の羊水塞栓症ではなく,出血性ショック又は産科DICと同様の症状を呈する羊水塞栓症に区分されるべきものである。両型を含む羊水塞栓症を発症した場合の救命率は,平均的に87%であり,羊水塞栓症の死亡率を引き上げているのは心肺虚脱や意識消失などを主症状とする羊水塞栓症であるから,Bに発症した羊水塞栓症の救命率は90%を上回ることになる。したがって適切な抗ショック療法及び抗DIC療法が施されたならばBは救命された可能性が高いというべきである。
エ 被控訴人らは,仮に本件ショックが出血性ショックであるとするならば,大量輸液の継続にもかかわらず,Bの大血管の高度虚脱化が起きた事実や,本件手術終了後にBにこれといった出血(性器出血,腹腔内出血)が認められなかった経過を説明することは不可能であると主張する。しかしながら,Bは,下大静脈だけでなく,腹部大動脈も虚脱しているところ,両者の虚脱は単なる毛細血管の透過性亢進ではなく循環血液量全体が減少していることを示すものであって,確認されただけでもBは3438mlの出血があったのであり,このほかに術前術後の出血等があったことからすれば,大血管の虚脱は出血多量で十分に説明できる。また,産科DICの診断においてさらさらした非凝固性の出血は要素となっていないのであるから,本件手術後Bにさらさらした非凝固性の出血が認められないからといって,本件ショックが出血性ショックであり,それに起因して産科DICを発症したことを否定する理由にはならない。なお,本件手術終了後もドレーンに出血は続いており,計測された分だけでも240mlが存在していたのであるから,本件手術終了後にこれといった出血がなかったというのは事実に反する。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。
ア Bの死因は,司法解剖の結果のとおり,羊水塞栓症によるショック死である。午前9時30分にBが陥ったショックは,控訴人らが主張するような出血性ショックではなく,現時点では救命不可能な羊水塞栓症によるアナフィラキシーショックである。
なぜなら,本件ショックは午前9時23分の人工破膜直後に起きており,この時点での出血量は出血性ショックを起こすようなものではなかったからである。仮に,本件ショックが出血性ショックであったとするなら,大量輸液の継続にもかかわらず,午前11時過ぎのCT画像から明らかなようにBに大血管の高度虚脱化が起きた事実や,本件手術終了後にこれといった出血(性器出血,腹腔内出血)が認められなかった経過を説明することは不可能である。これらの経過を説明することができるのは,急激な血管透過性亢進により発症10分後までに最大50%もの血漿成分が血管外に漏出するとされるアナフィラキシーショックのみである。
加えて,本件でBに出血性ショックやDIC型(子宮限局型)の羊水塞栓症が発症したとするなら,それに基づいてBに産科DICが発症し,さらさらした非凝固性の出血(弛緩出血)が起きてしかるべきであるのに,Bにはこのような非凝固性の出血は最初から最後まで一切見られていない。
イ Bに羊水塞栓症によるアナフィラキシーショックが生じたことは以下の点から明らかである。
(ア) Bは,抗原物質である羊水成分に暴露した直後である午前9時30分に本件ショックに陥っており,アナフィラキシーの診断基準に照らしても,本件ショックは典型的すぎるほどのアナフィラキシーショックそのものである。
羊水が母体の全身に流入すると,2種類の反応が起こる。一つには古典的羊水塞栓症で羊水の固形成分が肺動脈に詰まるいわゆる古典的羊水塞栓症,もう一つは流入した羊水により強いアナフィラクトイド反応が生じるもので,循環不全の状態を引き起こせばショック(アナフィラキシーショック)となる。Bは,午前9時23分の人工破膜の時点で,羊水が腹腔内に漏出し抗原物質に暴露した。本件ショックはまさにこのタイミングで発現しており,しかも,収縮期血圧が90を下回る状態となったことから,羊水塞栓症由来のショック(アナフィラキシーショック)であることは明らかである。
(イ) なお,本件ショック発現後の抗ショック療法や急速輸液(1000ml/h以上)にもかかわらず,ショックからの回復が全く見られず(すなわち上記治療に全く反応せず),その上,本件手術終了後弛緩出血を含め目立った出血は一切起こらず,子宮は浮腫で巨大化し,かつ同時に腹部大動脈などの大血管が高度に虚脱化してしまったのは,アナフィラキシーショックに伴う血管の透過亢進性によりごく短時間のうちに大量の血漿成分が血管外に漏出してしまったからである。したがって,本件ショックは,臨床所見のみならず,病態としてもまさにアナフィラキシーショックそのものである(出血性ショックではこのような経過は全く説明がつかない。)。控訴人らは,Bに皮膚症状や呼吸苦といった症状が認められなかった点を捉えてBにアナフィラキシーショックが生じた事実を否定するが,急激な循環虚脱からの重篤なショックが起きた本件では,控訴人らが指摘するような症状が出現する前にBはショック死してしまったと考えられる。
(ウ) 控訴人らは,CT画像によっても全身性の浮腫は確認できず,Bにアナフィラキシーショックは生じていない旨主張する。しかし,アナフィラキシーショックによって生じる全身性の浮腫のメカニズムは,全身の末梢血管の透過性亢進が生じ,毛細血管から各組織における細胞間質への体液移動が起こり,全身に浮腫が生じるというものであるところ,毛細血管があるところなら,諸臓器をはじめとする全身の各組織に浮腫が生じることになるのであって,CT画像で腹部の皮下に浮腫が認められないからといって,Bに全身性の浮腫が生じたことを否定することにはならない。
ウ Bに出血性ショックが生じたとする控訴人らの主張は,以下に述べるとおり理由がない。
(ア) 出血性ショックは,出血量が循環血液量の35%から40%に達する場合に初めて収縮期血圧が低下することにより生じるものであるところ,本件手術時におけるBの循環血液量が7256mlであったと仮定すると,午前9時30分までのBの出血量は1489mlであったから,出血量が循環血液量に占める割合は約20%に過ぎず,本件ショックが出血性ショックであることはあり得ない。
控訴人らは,午前9時30分の時点で2500mlを超える量の出血があった旨主張するが,そのような証拠は全く存在しない。控訴人らの主張する上記出血量は,本件手術後に確認された出血量の大部分が本件ショック発生までの間に出血したという前提のもとに計算されたものであるところ,午前9時30分から本件手術終了時までの間の術野(子宮の外側)で計測された出血量が519ml(ガーゼ219ml)であった以上,目に見えない子宮内(しかも胎盤が剥離されている)から子宮口・膣を通じてベッド下の2枚のパッドに漏れ出した出血は午前9時30分以降,上記519mlをはるかに上回る量であったことは間違いないからである。
(イ) ところで,本件で仮に午前9時30分の時点で2500ml程度の出血が起きていたと想定した場合であっても,この程度の量では出血性ショックが起きることは考えにくい。なぜなら,本件ショックの直前にBに対して代用血漿剤(人工膠質液)であるヘスパンダー1000mlが血管内に補充されており,本件ショックの時点では最低でもその分循環血液量は維持されていたからである。
その結果,本件ショックが起きた午前9時30分の時点の出血量を2500mlと仮定したとしても,この時点で実質的に失われた循環血液量は1500ml程度にすぎず,この程度の量は出血性ショックを起こすことは考えにくい。加えて,本件手術においては,ラクテックが午前9時10分には右手から,午前9時25分からは右正中からも投与されており,晶質液といえども投与中は循環血液量を増加させる血漿増量剤としての機能を持つとされていることを考えればなおさらのことである。
しかしながら,午前9時30分に生じた本件ショックは,出血性ショックとは機序が全く異なるアナフィラキシーショックであったことから,ヘスパンダーの事前の投与は,Bの突然死を防ぐ効果はもたらしたものの,救命には結びつかなかったのである。
なお,念のため付言すると,午前9時30分の出血量を2500mlと仮定して,かつこの時点で血管内に留まっている輸液量をヘスパンダーのみの1000mlとした場合の午前9時30分の時点の推定ヘモグロビン値は6.2g/dlとなり,この程度のヘモグロビン値は,輸血を直ちに必要とする値でもなければショックになるような値でもない。
エ 以上のとおり,本件ショックはアナフィラキシーショックであることは明らかであるところ,かかる症例に対しては,アナフィラキシーショック(血管攣縮,血管透過性亢進,浮腫)に対する有効な治療がされなければ救命は困難となる。しかしながら,現状,これらに対する決定的な治療法は存在せず,致死率は60~80%であるとされている。言い換えるならば,本件ショックのような重症例では未だ有効な治療薬はなく,およそ救命は不可能であったと考えられる。したがって,被控訴人らに何らかの過失があったとしても,過失とBの死亡結果との間に因果関係があるとはいえない。

(7) 争点7(被控訴人医師らによる期待権侵害の有無)
(控訴人らの主張)
本件において,被控訴人医師らの過失とBの死亡結果との間に相当因果関係が認められないとしても,前記(1)ないし(6)の控訴人らの主張に述べた諸事情によれば,Bに適切な治療が施されていれば救命できたことにつき相当程度の可能性があることは明らかである。したがって,被控訴人医師らは,控訴人らに対し,期待権侵害による損害賠償責任を負う。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。医師が期待権侵害のみを理由とする不法行為責任を負うか否かは,当該医療行為が著しく不適切な事案においてのみ問題となるところ,本件において,被控訴人医師らの医療行為が著しく不適切であったということはできない。

(8) 争点8(B及び控訴人らの損害)
(控訴人らの主張)
ア 損害額
(ア) 解剖検案料 10万円
(イ) 葬儀費 150万円
(ウ) 死亡慰謝料 3000万円
(エ) 死亡逸失利益 4260万4252円
平成19年賃金センサス学歴計全年齢平均賃金である346万8800円から生
活費控除として3割を減額し,稼働可能年齢までの43年間にわたる逸失利益を同
期間に対応するライプニッツ係数(17.5459)を乗じる方式により中間利息
を控除して算出すると,4260万4252円となる。
(オ) 胎児死亡慰謝料 1000万円
(カ) 弁護士費用 842万0425円
(キ) 合計 9262万4677円
イ Bの相続人は,夫である控訴人X1及び母親である控訴人X2であり,その相続分はそれぞれ3分の2,3分の1である。
よって,相続した損害賠償請求権は,控訴人X1が6174万9784円,控訴人X2が3087万4892円である。
(被控訴人らの主張)
控訴人らの主張は争う。

第3 当裁判所の判断当裁判所は,本件において,被控訴人医師らに診療行為上の過失が認められ,被控訴人医師らの過失とBの死亡結果との間に因果関係も認められることから,原判決を取り消し,控訴人らの請求を一部認容すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 判断の前提となるべき事実
前提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,これを左右するに足りる証拠はない。

(1) 診療経過等
ア Bの身長は164.0cm,妊娠前の体重は61.0kg,本件手術直前の体重は78.2kgであった。Bは,妊娠前に大きな病気にかかったことはなく,アレルギーもなかった。(乙A1,2)
イ Bは,初診である平成19年9月14日以降,定期的に被控訴人病院産婦人科を受診し,被控訴人Y4及び被控訴人Y3による診察を受けた。Bの出産予定日は平成20年4月24日とされ,妊娠経過は順調であり,同月25日の受診時においても母児ともに異常は認められなかった。(乙A1,2,10)
ウ Bは,午前0時頃に被控訴人病院に陣痛を訴える電話をし,対応した看護師から陣痛が強くなったら再度電話するように指示されたことから,午前6時50分頃,被控訴人病院に再度電話をした上,被控訴人病院に向かい,午前7時20分頃までに,被控訴人病院に到着した(乙A2,控訴人X1)。
被控訴人病院は,通常の診察時間ではなかったことから,分娩を担当できる医師が不在であり,当初,助産師が対応した。Bは,来院時,独歩で来院し,ふらつきはなかったが,口唇色がやや不良で,発汗が著明であった(乙A2)。
エ Bを診察した助産師は,午前7時20分頃,BにNST(胎児心拍モニタリング)を装着し,胎児の心音を聴取しようとしたが,聴取することができなかった。ドップラー,エコーでも同様であったため,異常と判断し,同53分頃,担当医である被控訴人Y3に対して電話連絡を行った。(甲A3,乙A2,10)
オ 被控訴人Y3は,午前8時過ぎ,被控訴人病院に到着し,直ちにBをエコーで診察したところ,Bの胎盤と子宮壁の間に血液と思われる胎盤後血腫の像があり,胎盤自体が厚くなっていたこと,胎児の心拍も認められなかったこと,Bの腹部が非常に硬くなっていたこと等から,Bが常位胎盤早期剥離を発症したと判断し,本件手術を行うことを決定した(乙A10,被控訴人Y3)。
カ 午前8時25分に採血された血液検査の結果が午前9時13分頃得られたが,その結果は,赤血球数(以下「RBC」という。)3.19,ヘモグロビン濃度(以下「Hgb」という)8.2g/dl,ヘマトクリット値(以下「Hct」という。)25.4,活性化部分トロンボプラスチン時間(以下「APTT」という)29.3,プロトロンビン時間国際標準比(以下「PT(INR)」という。)1.11,出血時間8.0<であった。
被控訴人医師らは,上記血液検査において,産科DICスコアをカウントするのに有用であるFDP及びDダイマーの検査は指示しなかった。
なお,被控訴人病院において,RBCの基準範囲は3.8~4.8,Hgbの基準範囲は12~15,Hctの基準範囲は34~45,APTTの基準範囲は25~38とされていたところ,上記血液検査の数値はいずれも基準範囲を下回っており,Bの体内で出血が起こっていることを示唆するものであり,特にHctは相当低い数値であることから,赤血球の数が減少しているだけでなく,血液が希釈された状態になっていることも窺われる状態であった。
(以上につき甲A3,甲B40,乙A2,3,被控訴人Y3)。
キ Bは,午前8時45分頃,手術室に入った。その際のBの状況は,顔色やや不良で冷汗が認められた。内診を行ったところ,Bの子宮口は4cm開大であり,出血が認められた。(甲A3,乙A2)
本件手術は,被控訴人Y3が執刀医を,被控訴人Y2が助手をそれぞれ務め,被控訴人Y3及び被控訴人Y4が麻酔を担当して行われた。麻酔は腰椎麻酔で,時間は午前9時05分から午前11時02分,手術時間は午前9時15分から午前10時45分であった。(乙A2,被控訴人Y3)
ク 被控訴人病院には,RCC4単位,FFP4単位の在庫しかなかったため,被控訴人Y3は,午前9時頃,看護師に対し,日赤血液センターからRCC10単位,FFP10単位を取り寄せるよう指示したが,看護師の発注ミスにより,FFP10単位は発注されなかった。
被控訴人病院の最寄りの赤十字血液センターから被控訴人病院までの所要時間は,自動車で12分ほどであり,被控訴人Y3が取り寄せの指示をした上記RCC10単位は,午前9時20分頃被控訴人病院に到着した。(以上につき甲B45,甲B114の1ないし3,被控訴人Y3,弁論の全趣旨)
ケ 被控訴人医師らは,午前9時23分に人工破膜を行い,午前9時24分に胎児を娩出し,午前9時26分に胎盤を娩出し,子宮を体外に出した。小児科医が午前9時27分に胎児の死亡を確認し,その後胎児とともに手術室を退室した。胎児娩出直後から胎盤及び大量の凝血塊が切開創から溢れてきたが,凝血塊は手で何度か鷲掴みに出来るほどの量で,被控訴人Y3と被控訴人Y2が次々に子宮から除去した。除去後の子宮は全体に柔らかく表面色も早期胎盤剥離時のそれを呈していたが,強出血は認められず,子宮の大きさが一般の子宮と比べて大きい状態になっていたわけではなく,浮腫状でもなかった。
Bの子宮は収縮が不良であると認められたが,被控訴人医師らは,Bが初産婦であったこと,輪状マッサージで子宮の収縮がやや良好と認められたことから,子宮温存可能と判断し,被控訴人Y3が子宮切開創を縫合し,被控訴人Y2がそれを結紮して閉じ,腹腔内に戻す処置を開始した。この間,じわじわとした出血はあったものの,出血が止まらないということはなかった。なお,上記小児科医が手術室を退室した後,被控訴人医師らが子宮を温存するか考えている間に,Bは被控訴人Y4に対し,「赤ちゃん大丈夫なの」と尋ね,それに対し,被控訴人Y4は,「とりあえず小児科の先生が診てくれるから」と返答するなどした。
(以上につき乙A2,3,12,15,被控訴人Y3,被控訴人Y2)
コ 被控訴人医師らは,Bに対し,午前9時30分までに,合計約1350mlの輸液(ヴィーンD100ml,ヘスパンダー1000ml,ラクテック約250ml)を行った(乙A2,被控訴人Y3)。
サ 午前9時30分頃,Bの収縮期血圧が90を下回り,Bは本件ショックに陥った。なお,Bの血圧は,午前9時30分頃低下に転じたというわけではなく,午前9時05分に収縮期140/拡張期83であったものが,午前9時10分に収縮期125/拡張期69,午前9時15分に収縮期115/拡張期58,午前9時25分に収縮期101/拡張期43,午前9時30分に収縮期85/拡張期35と推移したものであり,麻酔開始直後である午前9時10分頃から徐々に低下し始め,人工破膜後も低下を続け,午前9時30分頃に本件ショックに陥ったというものであった。その後の血圧は,午前9時40分に収縮期93/拡張期48となっていったん改善したものの,午前9時45分には収縮期58/拡張期35と再び悪化した。被控訴人Y4は,その頃Bに対し,血圧を上げる目的で輸液を全開とし,昇圧作用のあるエフェドリンを8ml投薬し,午前9時50分頃からはカコージンを継続的に投与したが,後記のとおりRCC2単位の輸血が開始された後である午前10時35分に至るまで,収縮期血圧が90を上回ることはなかった。
なお,脈拍については,一般に60から100の間が正常であり,100を超えると頻脈と考えられているところ,Bの脈拍については,手術室に入室した午前8時45分の段階では90であったが,本件手術開始前の午前8時50分に130となり,その後一貫して100を超える高い状態が続いた。
(以上につき甲B14,40,乙A2,3,被控訴人Y3,被控訴人Y4)
シ 被控訴人Y4は,午前9時45分から午前9時50分頃の間及び午前10時頃の2回,Bに痙攣様の動きがあったことを確認した。被控訴人Y4が確認した動きは,1回目は,手を挙げるような動きであり,2回目は,体をのけぞるような動き及び歯を食いしばるような動きが30秒から1分程度続いたというものであった。被控訴人Y4は,その後Bの上記の動きが治まりつつあると認識したものの,アレビアチンを投与し,下顎の開口が困難な状態であったため,舌の圧挫を予防するためBにバイトブロックを使用した。しかし,被控訴人Y3及び被控訴人Y2は,上記被控訴人Y4が確認したBの痙攣様の動きに気付かなかった。(乙A2,11,被控訴人Y3,被控訴人Y4,被控訴人Y2)
ス 午前10時00分,Bの収縮期血圧が49にまで低下した。被控訴人Y4は,血圧を上げる目的で,末梢血管を拡張する効果のある(すなわち血圧を下げる効果のある)笑気ガスを切った。その後収縮期血圧は60程度に上昇したが,ショック状態から回復はしなかった。(乙A2,11,被控訴人Y4)
セ 被控訴人Y3は,午前10時頃までにBの子宮切開創の縫合を終え,同時刻頃,Bの子宮を腹腔内に戻し,閉腹を開始した。ただし,被控訴人Y3には,Bが本件ショックに陥った時点から後記腹膜縫合の直前ころまで,Bの血圧が低下していることの認識はなかった。
被控訴人医師らは,Bの腹膜縫合の直前頃からBの血圧の低下及び頻脈が頻発していることを確認し,また呼びかけへの反応が不良であり,不穏状態が認められるとして,Bに循環血液不足又は子癇発作を疑った。また,このころ,被控訴人Y4はRCC4単位が手術室に搬入されたことの連絡を受けたが,被控訴人Y3と相談し,今は血圧が低いが,本件手術の出血は多量とは思われず,Bが若年であることからRCCは輸血せずに様子を見ることとした。
(以上につき乙A2,11,被控訴人Y3,被控訴人Y4)
ソ 午前10時30分,Bの収縮期血圧は再び48に低下した。被控訴人Y4は,被控訴人Y3の相談の上,午前10時30分頃から,BにRCC2単位の輸血をポンピングにより開始した。この輸血開始の直後である午前10時35分,Bの血圧は,収縮期102/拡張期75となり,一時的に上昇した。(乙A2,10,11,被控訴人Y4)
タ 被控訴人Y3は,午前10時45分頃,閉腹手術を終え,本件手術は終了した。手術時間は1時間30分で通常より若干長い程度であった。被控訴人医師らは,手術終了段階でBの意識レベルが低下していることを確認した。
手術終了直後,被控訴人Y2は,血圧低下の原因として子宮からの出血が急に増加している可能性も考え,超音波で腹部の上から観察したが,子宮腔内の血液貯留はほとんどなく,悪露流出も通常の帝王切開術後と同じ程度であった。
このころRCC2単位の輸血が終了したが,直後の午前10時47分,再びBの血圧は低下した(収縮期55/拡張期28)ことから,被控訴人医師らは,追加でRCC2単位の輸血を開始した。このころFFPも手術室に届けられたが,未解凍の状態であったため,直ちには輸血できず,解凍を行った。
(以上につき乙A1,2,11,被控訴人Y2,被控訴人Y4)
チ 午前11時頃,血圧が一時的に回復し(収縮期97/拡張期77),Bは,被控訴人Y4からの呼びかけに一度うなずくなどした。そこで,被控訴人医師らは,Bに子癇発作や脳出血の可能性も考え,CT撮影を行うこととした。Bが出術室を出るまでの間の総出血量は,経時的に把握されていたわけではなかったが,後に確認したところ,確認された分だけで3438ml(吸引:1500ml,ガーゼ等:1938ml)であった。被控訴人医師らは,本件手術中,上記出血量3438mlのうち,吸引分の1500mlについては把握していたが,それ以外の1938mlについては把握していなかった。
Bは,午前11時15分,CT室に移され,頭部CT検査が施行され,同時に腹部CTも撮影された。この時点で,Bの子宮は巨大化しており,帝王切開後の子宮の重さはだいたい700g以下,通常500g程度であるところ,Bの子宮の重さは約1300gとなっていた。もっとも,腹腔内や子宮内に病的な液体貯留所見は認められなかった(後にCT画像から推測されたところでは,子宮内に貯留していた血液量は83.91cmであった。)。また,この時点で,Bの腹部大動脈及び下大静脈は虚脱していた。なお,画像診断を行った脳外科の医師は,特に明らかな脳出血や浮腫はないと診断した。
なお,CT撮影中,看護師がBの呼吸の異変に気づき,「呼吸がおかしいから挿管した方がよいのでは」と被控訴人Y2に申し出た。これに対し,被控訴人Y2は,撮影室からBの呼吸の状態を確認することができなかったことやBが手術室では自発呼吸をしていたこと等から直ちに同申し出に応じることはなかったが,上記看護師は「絶対に呼吸がおかしい」と強く主張した。撮影終了後に被控訴人Y2がBの状態を確認すると,Bは努力性の呼吸(下顎呼吸と判断できるもの)を呈していた。
(以上につき甲B97,乙A2,3,10ないし12,13の1ないし5,15,証人C,被控訴人Y3,被控訴人Y4,被控訴人Y2)
ツ Bは,午前11時30分頃,普通病棟に移された。
その後,被控訴人医師らは,午前11時40分頃からBにRCC2単位の輸血を行い,同45分頃からFFP(新鮮凍結血漿)2単位(1単位は120ml)の輸血を行った。
午後0時02分のBの体温は,33.0度,心拍数は136であり,SpO2及び血圧は測定不可であった。その後午後0時10分,右鼠径部から血液ガスの採取が行われたが,PO2は255.5,PCO2は16.7,Ph7.002であり,被控訴人Y4はBが代謝性アシドーシス,代償性過換気になっていると考えた。この際,血液採取及び血液検査も行われ,その結果は午後0時52分に判明したが,血小板数8.1万/μl,Dダイマーは73.1であり,遅くとも午後0時10分頃の段階で,Bは重症の産科DICを発症していた。また,同血液検査において,Hgbは7.5g/dl,Hctは22.1であり,手術開始前に比しても更に貧血が進んでいる状態であった。
午後0時頃,Bに対して心エコーが実施されたが,その結果,右室負荷も右室拡大所見も左室圧排所見も認められなかった。
午後1時10分頃,控訴人らが面会のために病室に入ったところ,Bは人工呼吸器をつけていた。同19分には,医師が心臓マッサージを施したが,同24分心拍停止となり,同40分,Bの死亡が確認された。(以上につき甲A6,乙A1ないし4,11,乙B11,証人C,控訴人X1,被控訴人Y2)
テ 被控訴人医師らは,本件手術当日,Bについて産科DICスコアをカウントすることはなかったし,SIによる評価を行うこともなかった(被控訴人Y3,被控訴人Y4,被控訴人Y2)。
ト Bの死亡について,静岡簡易裁判所裁判官の発付した令状により平成20年4月30日,浜松医科大学法医学教室のD医師(以下「D医師」という。)により司法解剖が行われた。その結果,Bは全身極度の貧血で,各臓器も貧血所見が著明であったが,それに相当する血液貯留は認められず,出血箇所の特定もできなかった。Bの腹腔内は巨大な妊娠子宮により占められ,その前面下部には横走する新しい手術痕が認められ,子宮内腔に縫合痕と胎盤の剥離痕が認められる以外に異常な出血及び血液貯留は認めず,腹腔内には淡赤褐色液75mlが認められた。その後,静岡中央警察署司法警察員からの嘱託によりD医師がBの死因についての鑑定を行った。病理組織検査の結果,肺の血管内に羊水成分とみられる細胞(サイトケラチンAE1/AE3)が確認された。また,血漿について亜鉛コプロポルフィリン(胎児の便中に多量に存在するとされている物質)を測定したところ,高値を示した。
D医師は,肺の血管内に羊水成分とみられる細胞が確認され,その影響のほうが貧血所見より重要であると判断し,Bの死因について羊水塞栓症であると推定した。また,同医師はBから娩出された死亡胎児(女性胎児)の死因についても鑑定を行い,常位胎盤早期剥離として矛盾しない旨の結論を得た。
(以上につき甲B70,乙A6,8)

(2) 医学的知見等
ア 常位胎盤早期剥離
正常位置(子宮体部)に付着している胎盤が,妊娠中または分娩経過中の胎児娩出前に子宮壁から剥離した状態をいう。発生頻度は全分娩の0.3~0.9%程度とされる。
胎盤が子宮壁から剥離すると,剥離面から出血が起こり,この出血を止めるために,母体では凝固因子を大量に消費するため,産科DICを発症しやすく,産科DICをきたす原因の中で最多(約50%)である。
常位胎盤早期剥離は,上記のとおり剥離面から出血が起こるため,臨床上,急性貧血,止血のための子宮異常収縮,子宮腔への血液の流出,胎児の低酸素血症等の症状を呈する。急性貧血では,顔面蒼白や冷感という症状を呈することがある。外出血量は内出血量に比べて少量であることが多く,また外出血がないこともあるため,外出血量のみに気をとられると出血性ショックに気づくのが遅れることがあるとされる。
常位胎盤早期剥離は,胎盤剥離面積,出血量,胎児の状況等により軽症,中等度及び重症の3類型に分類され,胎児の死亡が確認された場合,母体の条件により帝王切開又は経膣分娩を選択するとされ,出血性ショックやDICを呈した場合には,それぞれの治療を行う。
平成20年に公表された「産婦人科診療ガイドライン産科編2008」(甲B28。以下「産婦人科ガイドライン」という。)においては,常位胎盤早期剥離の管理について,母体に産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始するとされ,母体予後の観点からはDICの程度が問題となるとし,より早期にDIC診断を行うために後記オの産科DICスコアを用いること及び常位胎盤早期剥離による胎児死亡と診断した場合には,施設のDIC対応能力や患者の状態等により,①DIC評価・治療を行いながらの人工破膜・オキシトシン等を用いた積極的経膣分娩促進又は②緊急帝王切開を行いながらのDIC評価・治療のいずれかを採用すべきことが示されている。なお,産婦人科ガイドラインは,日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会の共同事業として,平成19年3月に仮案が決定され,その後数次にわたるコンセンサスミーティングを経て「2007年11月1日版(案)」が作成され,全文が日本産科婦人科学会雑誌平成19年12月号及び平成20年1月号の2回に分けて掲載され,平成20年2月末に最終案が作成されたものであった。
(以上につき甲B5,28,41)
イ 弛緩出血分娩第3期または胎盤娩出後の子宮筋の収縮不良による異常出血(500ml以上)をいう。胎児と胎盤が娩出されると,通常子宮は強く収縮して胎盤剥離面からの出血が減少し,やがて出血は止むところ,何らかの原因によって子宮の収縮が妨げられたり,減弱したりすると,胎盤剥離面からの出血が止まらないことがあり,この状態を弛緩出血という。出血量が多くなればショック症状を呈し,産科DICを併発することがある。
出血性ショックを発症した場合は,抗ショック療法(輸液,輸血など)及び抗DIC療法(ATⅢ製剤の投与など)を行う。
(甲B5,6,118,134)
ウ 産科ショック
広義には偶発合併症によるものを含め妊産褥婦がショック状態に陥った場合すべてをいうが,一般的には妊娠もしくは分娩に伴って発生した病的状態に起因するショックをいう。
原審における証人であるC教授(以下,本件訴訟における立場に関わりなく「C証人」といい,証言を引用する場合には「証人C」という。)が平成19年3月発刊の「病気が見えるvol.10」に執筆した産科ショックに関する解説(甲B5)によれば,産科ショックの約90%は出血が原因となった出血性ショックであり,残りの10%は非出血性ショック(羊水塞栓症,肺血栓塞栓症,仰臥位低血圧症候群,敗血症性ショック等)である。常位胎盤早期剥離,羊水塞栓症,敗血症性ショックの場合は,産科DICを伴いやすい。
なお,平成19年1月に発刊された「産婦人科研修の必修知識2007」(甲29)においては,分娩時の異常出血では,一般に800mlから1000mlを超えてなお出血が多めに持続するときは,輸血用血液を注文するべきであるとされている。また,「今日の治療指針2008年版」(甲B15)においては,産科出血の対策として,「分娩時出血量が500mlを超える場合,18G以上のエラスター針で血管確保の上,出血量の2~3倍の輸液を行う。出血量が循環血液量の15~20%程度なら乳酸もしくは酢酸リンゲル液でよいが,20~50%に達する場合は,輸液に加え輸血を行う。輸血は原則としてRCCである。出血量が循環血液量の20%とは約1000mlの出血量に相当する。ただし,妊娠末期の循環血液は非妊時の約150%に増加しているため,実際に輸血が行われる出血量は約1500mlを目安とする」旨記載されている。
(甲B5,7,15,29,78)
エ 産科DIC
産科的基礎疾患によって血液の凝固線溶の平衡が崩れ,血管内の過凝固と二次線溶が交互に繰り返されて,全身的な微少血栓の形成と出血傾向をきたす疾患をいう。
特に産科DICを発症しやすい基礎疾患として,児が死亡した常位胎盤早期剥離,2000ml以上の出血による出血性ショック,重度感染症,羊水塞栓症が知られている。
平成19年に発表された文献(甲B8)においては,産科DICの基礎疾患は相互に密接に関係しており,出血性ショックの一部には,少量から中等量の羊水が母体血中に流入する軽症の羊水塞栓症が含まれており,これをDIC型後産期出血と証する説もあること,胎児死亡を伴った重症の常位胎盤早期剥離は,産科DICを発症する可能性が極めて高いので厳重な注意が必要であることが指摘されている。産科DICは重篤化すると非可逆性になり,生命が危険となることから,治療は時期を失することなく行われる必要があるとされ,原則としてショック自体の治療(抗ショック療法)とともに原因疾患の除去や止血を並行して行う。
DICでは凝固・線溶系の亢進だけでなく,補体系の活性やサイトカイン・好中球活性化などの炎症性病態も関与しているため,これらの是正を行うための抗DIC療法も必要となる。抗DIC療法には,補充療法として,FFP,濃厚血小板の投与があり,酵素阻害療法として,AT-Ⅲ(アンチトロンビン)製剤,合成抗トロンビン薬の投与がある。
経過観察のための検査・措置として,出血量に見合った輸血を行う,具体的には出血量が800mlに達し止血傾向がなければ輸血を準備し,1000mlになれば輸血を開始する。なお輸液も併用する。
(以上につき甲B5,7,8,29,140)
オ 産科DICスコア
産科DICは突発的に発生し経過が急性であり,診断に時間的な余裕がないことが多いため,基礎疾患の重篤性と臨床症状に重点を置いてスコア化し,早期に治療に踏み切るため,産科DICスコアがある。
産科DICスコアが7点以下である場合は,その時点ではDICとはいえず,8点~12点の場合は,DICに進展する可能性が高く,13点以上であれば,DICとしてよい,とされている(ただし,DICと確診するためには,13点中2点,またはそれ以上の検査成績スコアが含まれる必要がある。実際にはスコアの合計が8点以上となったらDICとして治療を開始する。)。
産科DICスコアは以下のとおりである。
(ア) 基礎疾患
a 常位胎盤早期剥離
・ 子宮硬直,児死亡 5点
・ 子宮硬直,児生存 4点
・ 超音波断層所見及びCTG所見による早剥の診断 4点
b 羊水塞栓症
・ 急性肺性心 4点
・ 人工換気 3点
・ 補助呼吸 2点
・ 酸素放流のみ 1点
c DIC型後産期出血
・ 子宮から出血した血液または採血血液が低凝固性の場合 4点
・ 2000ml以上の出血(出血開始から24時間以内) 3点
・ 1000ml以上2000ml未満の出血(出血開始から24時間以内) 1点
d 子癇
・ 子癇発作 4点
e その他の基礎疾患 1点
(イ) 臨床症状
a 急性腎不全
・ 無尿(≦5ml/時) 4点
・ 乏尿(5<~≦20ml/時) 3点
b 急性呼吸不全(羊水塞栓症を除く)
・ 人工換気または時々の補助呼吸 4点
・ 酸素放流のみ 1点
c 心,肝,脳,消化管などに重篤な障害がある場合にはそれぞれ4点を加える。
・ 心(ラ音または泡沫性の喀痰など) 4点
・ 肝(可視黄疸など) 4点
・ 脳(意識障害および痙攣など) 4点
・ 消化管(壊死性腸炎など) 4点
d 出血傾向
・ 肉眼的血尿およびメレナ,紫斑,皮膚粘膜,歯肉,注射部位からの出血 4点
e その他
・ 脈拍≧100 1点
・ 血圧≦90(収縮期)または40%以上の低下 1点
・ 冷汗 1点
・ 蒼白 1点
(ウ) 検査項目
・ 血清FDP≧10μg/ml 1点
・ 血小板数≦10×10
4
/μl 1点
・ フィブリノーゲン≦150mg/dl 1点
・ プロトロンビン時間(PT)≧15秒(≦50%)またはヘパプラスチンテスト≦50% 1点
・ 赤沈≦4mm/15分または≦15mm/時 1点
・ 出血時間≧5分 1点
・ その他の凝固・線溶・キニン系因子の異常(例,AT-Ⅲ≦18mg/dlまたは≦60% プレカリクレイン,α2-Pl,プラスミノゲンその他の凝固因子≦50%) 1点
(甲B7,8,29,35,36,140)
カ 出血性ショック
内外出血に伴って循環血液量が大量かつ持続的に喪失する病態であり,血圧が低下する結果,末梢組織が低灌流状態になって,正常な細胞活動を維持できなくなるものをいう。ただし,このような病態に陥る前に,副腎が刺激されカテコラミンが分泌されることによる代償機転が働く,すなわち交感神経作用としての頻脈と血管収縮による蒼白,冷汗などの体表所見が,出血性ショックの早期兆候として出現する。
平成16年10月発刊の「外傷初期診療ガイドライン第2版」(甲B14)によれば,出血量が,750ml以下又は循環血液量の15%未満の場合は軽度(ClassⅠ),出血量が750ないし1500ml又は循環血液量の15%~30%の場合は中等度(ClassⅡ),出血量が1500ml以上又は循環血液量の30%を超える場合は高度(ClassⅢ,Ⅳ)の出血とされ,一般に循環血液量の30%を超えると収縮期血圧の低下をもたらし,重篤なショックを生じさせるとされる。
また,上記文献においては,出血性ショックでは,意識障害,蒼白,冷汗,チアノーゼ,血管系の虚脱,脈拍触知不能(血圧低下),欠尿又は無尿,四肢冷感等の症状が現れることがあり,早期にショック症状を認知することが重要であるとされ,ショックの指標としてSI(ショックインデックス)を目安とすることが推奨されている(なお,後記ケ記載のとおり,平成19年に公表された文献において,SIは産科出血における血液消失量の評価においても用いるべきものとされている。)。
出血性ショックの治療は,原則として,ショック自体の治療(抗ショック療法)とともに原因疾患の除去や止血を並行する。抗ショック療法としては,①気道,体位の確保(Trendelenburg体位),②輸液(乳酸リンゲル液の急速輸液),③輸血(失血量と同量の血液の補充),④薬剤の投与(昇圧薬,強心薬,抗不整脈薬,利尿薬,ステロイドなど)である。
なお,出血性ショックの場合,患者の体幹や体腔は,手術室内等において外気に曝され続け体温は著しく低下し,大量の輸液により血液が希釈されるために凝固系が障害され,さらにショックに伴う不十分な組織血流は代謝性アシドーシスをきたし,これが凝固障害を助長し更なる出血を招くという悪循環を形成するのでこれを断ち切るためには,必要最小限の処置のみで手術を終了し,低体温の是正,凝固因子の補充,循環動態の改善を図ることが求められるとされる。
(甲B6,14,78,109)
キ 羊水塞栓症
(ア) 定義,機序等
a 従来の理解
羊水塞栓症(amniotic fluid embolism)については,Meyerが,1926年に分娩時に休止した母体の剖検に際し,肺血管に胎児由来の細胞片を認めたことから,羊水の母体血中への流入が原因である可能性を指摘し,その後,Steiner及びLushbaughが,1941年に分娩中から分娩直後に突然死した42剖検例のうち,8例の肺血管内に扁平上皮が認められたことから,meternal pulmonary embolism byamniotic fluidという概念を提唱した。それ以来,羊水塞栓症は,妊娠末期,分娩中あるいは分娩直後に羊水成分が母体の血中に流入することによって妊産婦が急性呼吸循環不全で急死する疾患であるという概念が確立したとされる。しかしながら,本件手術当時においても,未だ詳細な原因が解明されているとはいえない状況であった(甲B10,12,40,122,乙B5,26)。
平成8年に公表された「羊水塞栓症:周産期医学に残された重症未解決疾患」と題する論文(乙B5)では,8000例から8万例に1例という発生頻度の報告はあるものの,正確な羊水塞栓症の発症頻度に関する報告はないこと,臨床症状について,初発症状として呼吸困難や胸痛はよく知られているが,痙攣,血圧低下,出血などで発症することも少なくないこと,これらの劇的な症状が予期せず出現するが,その前にふるえ,不安,嘔吐,せきなどの前駆症状がしばしば先行すること,発症後,ショックから心停止へと急速に進行する症例が多く,1時間以内に25%から35%が死亡するといわれていること,主たる病態の一つがショックであり,もう一つがDICであることが示されている。
また,同論文においては,羊水塞栓症の臨床経過は急激かつ進行性で,臨床症状から羊水塞栓症が疑われたならただちに治療を開始する必要があるが,迅速・簡便に行える診断法がまだ確立していないため,確定診断が下される前に治療を開始することになると述べられ,治療に関しては,病因がいまだ明らかでないため,予知及び根本的治療は困難で,低酸素症,ショック,DICに対する対症的なものにならざるを得ない旨が指摘されている。
b C証人の見解
(a) 羊水塞栓症の定義,原因について
C証人も,羊水塞栓症とは,羊水が母体血中に流入することによって引き起こされる「肺毛細管の閉塞を原因とする肺高血圧症と,それによる呼吸循環障害」を病態とする疾患であるとし,その原因として,羊水中の胎児成分(胎便,扁平上皮細胞,毳毛,胎脂,ムチン等)と液性成分(胎便中のプロテアーゼ,組織因子等)が卵膜の断裂部位より卵膜外に漏出し,子宮筋の裂傷部位や子宮内腔に露出した破綻血管から母体循環系へ流入することによって発症すると考えられている旨を一貫して述べる。その上で,C証人は,平成24年公表の論文(甲B132)において羊水塞栓症の発症頻度は,かつては2~8万分娩に対し1例程度と考えられていたが,実際の頻度はもっと高く,平成元年から平成16年までの間に妊産婦死亡で剖検がされ,報告がされた193例のうち24.3%であった旨指摘する。
(甲B40文献5,58,123,132,138)
(b) 羊水塞栓症の分類に関する見解
C証人は,平成21年公表の自らが共同執筆者となった「症状別解析からみた羊水塞栓症の致死的因子」と題する論文(甲B186,乙B24)において,羊水塞栓症について,米国の診断基準を参考に,①急激な血圧下降又は心停止の症状を示すタイプ(Anaphylaxy type:A),②急激な低酸素,すなわち呼吸困難・チアノーゼ・呼吸停止などの症状を示すタイプ(Classic type:C),③ほかに説明のできない凝固障害又は重篤な出血症状の出現を示すタイプ(DIC type:D)に分類した(ただし,この3症状は併発することもあるとする。)。その上で,上記①の症状は,原因物質は不明であるが,羊水又は胎便中に含まれる何らかの物質の母体血中流入により惹起されるアナフィラキシーが原因であり,この反応に伴う血管攣縮が起こり,低血圧,痙攣,心停止を来すと考えられること,上記②の症状は,胎便や胎脂などの胎児成分による物理的な肺血管の閉塞が原因であり,呼吸困難が起こると考えられること,上記③の症状は,羊水や胎便中に含まれる内因性活性物質が母体血中内に流入することにより過凝固状態が起こり,その結果としてDICが惹起されると考えられることを述べた。
C証人は,平成21年公表の「羊水塞栓症―DIC型後産期出血との関連について」と題する論文(甲B40文献5)において,剖検例の解析により,羊水塞栓症は組織学的には,肺動脈に広範に羊水成分,胎児成分を認める「古典的羊水塞栓症」,肺動脈に塞栓は少なくむしろ肺動脈に多数の白血球の集族を認め,アナフィラキシー反応と思われる病態を主体とする「アナフィラキシー型羊水塞栓症」の2つのタイプがあることが示されると述べる。その上で,C証人は,子宮においても,多数の子宮静脈に羊水成分の塞栓が見られるタイプと,塞栓は少なく子宮静脈や子宮間質に広く白血球の浸潤を認めるタイプがあり,従来病因,病態が不明であったDIC型後産期出血の多くは子宮の静脈に羊水の塞栓を認めたり,あるいは子宮の間質に広く白血球の浸潤を認める子宮型羊水塞栓症と推察される旨述べた。さらに,C証人は,平成21年公表の別の論文(甲B40文献8)において,母体に流入した羊水成分は,胎児成分が肺内の小血管に機械的閉塞をきたす場合と,液性成分のケミカルメディエータが肺血管の攣縮,血小板・白血球・補体の活性化をきたす場合があるが,前者は意外と少なく,後者の機序が多いようであること,病型として呼吸困難,胸痛,ショック症状などの心肺虚脱を主体とするもの(心肺虚脱型羊水塞栓症)と,DIC,弛緩出血を主体とするもの(DIC先行型羊水塞栓症)があり,心肺虚脱型羊水塞栓症は症状として突然胸内苦悶を訴え,不穏症状を呈し,チアノーゼ,呼吸困難,咳,痙攣発作を起こすこと,このタイプの羊水塞栓症の検査所見としては,肺毛細管楔状圧の上昇に伴い,左心室の機能不全を呈すること,この際,肺において,著明な水泡音を伴う肺水腫が急速に進展すること,もう一つのDIC先行型羊水塞栓症は,弛緩出血,DICから発症するものであり,分娩後に「凝固しないさらさらした血液」の出血から始まり,その後弛緩出血,大量出血という経過を経てショックに至ること,心肺虚脱型羊水塞栓症とDIC先行型羊水塞栓症の混合型もあり,剖検例をよく調べてみると,実際は羊水塞栓症であるのに生前診断は原因不明の弛緩出血あるいはDICと診断されているものが意外に多い旨の分析を述べた。
C証人は,平成23年公表の「DIC型後産期出血は子宮型羊水塞栓症か?」と題する論文(甲B144)及び平成24年公表の「羊水塞栓症の概念と妊産婦死亡例における診断」と題する論文(甲B132)において,羊水塞栓症は,臨床症状から,心肺虚脱,意識消失などを主症状とするタイプと,DIC・弛緩出血,胎児機能不全などを主症状とするタイプに大きく分けられるとし,前者は心肺虚脱型の羊水塞栓症であり,後者はDIC先行型羊水塞栓症(子宮型羊水塞栓症ともいう。)ということができると述べる。その上で,C証人は,病理学的解析では塞栓タイプとアナフィクラクトイド対応の2つの組織像があり,心肺虚脱型の羊水塞栓症では肺動脈に塞栓がみられるもの,アナフィラクトイド反応がみられるもの,そして両者がみられるものの3つがあり,一方,DIC先行型羊水塞栓症は子宮間質や血管内皮のアナフィラキシー様反応が特徴的であると述べた。
C証人は,平成24年に公表された論文(甲B133)において,羊水塞栓症は,臨床症状から大きく心肺虚脱型羊水塞栓症とDIC先行型羊水塞栓症(子宮型羊水塞栓症)に分けられ,原因は,前者では羊水の固形成分が多数の肺動脈に塞栓しているかあるいは全身性のアナフィラキシー様反応で,後者では子宮主体のアナフィラキシー様反応であると考えられること,DIC先行型羊水塞栓症はDICの早期対応によって救命率が上がることを明らかにした。
C証人は,その意見書(乙B11)において,羊水塞栓症の成因として2つのタイプがあり,一つは,羊水,胎児細胞,絨毛細胞などの固形物が肺動脈に塞栓することによって心肺虚脱を起こすタイプであり,臨床症状の特徴として呼吸困難,胸痛,意識消失などが突然発生することが多く,もう一つは,母体循環に流入した羊水がアナフィラキシー様反応を起こすタイプであり,臨床的には母体のショックとDICが主たる症状であることが多く,初発症状に胸腔苦悶,呼吸困難などの症状を示すことは少なく,DICの進行が早いのが特徴である旨説明する。
以上要するに,C証人は,その論文及び意見書において,羊水塞栓症について,臨床症状からみて,心肺虚脱,意識消失などを主症状とする心肺虚脱型羊水塞栓症と,DICや弛緩出血などを主症状とするDIC先行型羊水塞栓症に分けることができ,その原因について,前者では羊水の固形成分が多数の肺動脈に塞栓しているかあるいは全身性のアナフィラキシー様反応であり,後者では子宮主体のアナフィラキシー様反応であると考えられること,DIC先行型羊水塞栓症は,DICの早期対応によって救命率が上がる旨の見解を明らかにしていたものである。
(イ) 診断
a 死亡例の診断としては剖検組織(主として肺)より,肺動脈に羊水成分を見いだすことであるとされ,日本産婦人科医会の「羊水塞栓症血清検査事業」においては,このように死後の剖検により臓器に胎児成分が見いだされた場合について「確定羊水塞栓症」と呼称している。具体的な手法としては,羊水由来の酸性ムチンを見いだすアルシャンブルーを用いたアルシャンブルー染色が診断に重要であるとされ,必要に応じてサイトケラチンやSialyl Tn(STN)の免疫染色を行うとされる。ただし,C証人が共同執筆者となった平成26年の論文(乙B35)においては,通常どの妊産婦においても多少の羊水・胎児成分は流入し得るため,母体組織内の羊水・胎児成分を検出しただけで羊水塞栓症と診断することは不十分であり,臨床所見とその他の病理組織学的な変化や特徴を十分に検討し,診断する必要がある旨述べられているほか,羊水塞栓症ではアナフィラクトイド反応により子宮は浮腫状弛緩を呈している可能性があり,肉眼的な所見(子宮の重量,触感,色調など)にも注意して観察する必要があると考えられる旨の指摘がされている。
b 他方,臨床的に羊水塞栓症を診断する基準としては,C証人らによって,米国の学説を参考に以下の臨床的診断基準が提唱されている。
(a) 妊娠中または分娩後12時間以内に発症した場合
(b) 下記に示した症状・疾患(1つまたはそれ以上でも可)に対して集中的な医学治療が行われた場合
・ 心停止
・ 分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1500ml以上)
・ DIC
・ 呼吸不全
(c) 観察された所見や症状が他の疾患で説明できないとき
c また,日本産婦人科・新生児血液学会のウェブサイトに掲載された羊水塞栓症についての解説(甲B58。C証人執筆)においては,羊水塞栓症を疑うべき症状として,羊水塞栓症の主な病態は心肺虚脱とDICであるが,初発症状は様々であり,胸痛,呼吸困難,原因不明の血圧低下,意識低下はよく見られる全身症状であり,DICの初発症状としては圧倒的にさらさらした非凝固性の性器出血であること,意外に見落としやすい初発症状として,強い腹痛と胎児機能不全があること,羊水塞栓症を疑うもう一つの重要なポイントは上記初発症状が破水に絡んでいることであり,破水後比較的早期に上記初発症状が発生したら羊水塞栓症を強く疑うことが述べられている。
d 米国において採用されている羊水塞栓症の診断基準は以下のとおりである。
(a) 急性の低血圧・心停止
(b) 急性の低酸素症,呼吸困難・チアノーゼ・呼吸停止
(c) 他の疾患では説明のつかない強出血などの過凝固疾患
(d) 分娩第1期・第2期・帝王切開中・産褥30分以内に起こった疾患
(e) 所見や兆候から他の疾患では説明不可能な疾患
(甲B40の文献3,58,185,186,乙B7,18,39ないし41)
(ウ) 救命率に関する文献等
a 根拠の明らかでない文献等
平成16年に公表された論文(甲B9)においては,羊水塞栓症の母体死亡率は約80%であると記載され,同年7月にC証人が行った学会報告の資料(乙B41)においては,羊水塞栓症の母体死亡率は61%と記載されているものの,その根拠は明示されていない。
b 平成3年から平成14年までのカナダにおける調査の報告
平成18年発行の「The Lancet」誌において,Michael Kramerが,平成3年(1991年)から平成14年(2002年)までの期間中,カナダにおける羊水塞栓症の発生率が単胎妊娠1万7000例につき1例であったこと,致死率が13%であったことを報告した。もっとも,これについて後にKramer自身が新たに解析しなおしたところ,母数に偽陽性が含まれており,臨床的に羊水塞栓症と診断された群における死亡率は27%であった。(甲B11,丙B1ないし4)
c 平成6年から平成7年の間のカリフォルニア州での症例分析
平成11年発行の「Obstetrics and Gynecology」誌において,William M.Gilbertが,平成6年(1994年)1月1日から平成7年(1995年)12月31日までの2年間にわたり,米国カリフォルニア州で生じた羊水塞栓症例の分析を報告した。その内容は,対象とした2年間の分娩数は109万4248例であり,内単体妊娠53例が羊水塞栓症と診断され,集団内発生率は,2万0646例に1例であった。また羊水塞栓症の女性患者14名が死亡しており,母体死亡率は26.4%であった。(甲B171の1,2)
d 静岡県内で発症した羊水塞栓症疑い症例の解析等
平成16年発行の「日産婦関東連会誌」において,C証人らは,平成15年8月から浜松医科大学周産母子センターが日本産婦人科医会から委託を受けて行っている羊水塞栓症血清検査事業において,同月から平成19年2月までの間に,全国の産科医療機関が,任意に羊水塞栓症が疑われた症例の血清を臨床症状の記載された登録用紙とともに送付するという方法で集められた109例の症例を分析した論文を公表した。その内容は,全国の症例で死亡率は28%(31/109),静岡県内の症例で15%(2/13)というものであった。(甲B12。なお,C証人は,その意見書(乙B11)において,平成15年8月から平成19年2月までの期間に浜松医科大学における登録事業の結果集計された109例の症例のうち75%(68.8%)が死亡例であった旨を述べるが,上記の自ら公表した論文と矛盾する内容であり採用し難い。)
e 浜松医科大学に集積された症例データの分析
平成21年5月発行の「日本産婦人科・新生児血液学会誌」に発表されたC証人も共同執筆者となった「症状別解析からみた羊水塞栓症の致死的因子」と題する論文(甲B186,乙B24。前記(ア)b(b)記載の同名の論文と同一のもの。)において,平成4年から平成18年までに,平成15年8月開始の上記羊水塞栓症血清検査事業を含む浜松医科大学に集積された135例の症例データの解析を行い,前記のとおり,①急激な血圧下降又は心停止の症状を示すタイプ(Anaphylaxytype:A),②急激な低酸素,すなわち呼吸困難・チアノーゼ・呼吸停止などの症状を示すタイプ(Classic type:C),③ほかに説明のできない凝固障害又は重篤な出血症状の出現を示すタイプ(DIC type:D)に分類した上,死亡率をタイプ別にみると,上記①のタイプ関連が51%,②のタイプ関連が65.1%,③のタイプ関連が45.4%であったと紹介した(甲B186,乙B18,24)。
f 平成25年のC証人らの学会報告
平成25年2月,C証人らは,上記浜松医科大学における羊水塞栓症血清検査事業において,平成23年1年間に全国の医療機関から任意に送付された109例の症例について報告を行い,109例中,母体死亡例は14例(13%)である旨紹介した(甲B128)。
g C証言等
C証人は,平成26年6月4日に実施された原審証人尋問において,DIC先行型羊水塞栓症に関し,アナフィラキシー様反応の病態として,血管攣縮と浮腫が大きな病態であり,特に浮腫が非常に重大な所見であり,全身の浮腫が強いという症例においては,救命が難しく,現在学会においても,浮腫に対してどう治療するか,それが羊水塞栓症の救命率を上げる一番のポイントとなっている旨を供述した。また,C証人は,平成26年に公表された論文(甲B141)において,羊水塞栓症の症状である子宮弛緩症(子宮浮腫),DIC,アナフィラキシー様反応はすべてCIエステラーゼインヒビター(CIインヒビター)の低下から発生していると考えられること,DIC先行型羊水塞栓症では,ほとんどの例でCIインヒビターの極端な低下を伴っていることを紹介するとともに,羊水塞栓症の治療に早期よりのFFPが有効であることは知られていたが,FFPに含まれているCIインヒビターも病態改善に寄与していることが考えられる旨の見解を述べた。
ク アナフィラキシーショック
(ア) アナフィラキシーとは免疫系細胞から放出されるケミカルメディエータにより引き起こされる全身性のアレルギー反応のことをいい,病態としては,主に①細動脈,毛細血管の拡張,②毛細血管の透過性の亢進(血漿成分の血管外への漏出)③気道や消化管平滑筋収縮の3つから構成される。その結果,症状としては,皮膚・粘膜の発赤,血圧低下,じんましん,皮膚・粘膜の浮腫,喘鳴・呼吸困難及び腹痛・悪心・嘔吐といった症状が現れ,特に80%以上の症例で皮膚所見が認められるとされるが,皮膚所見が発現する前に急激な循環虚脱やショックを呈するアナフィラキシーショックもあるため,皮膚所見がないからといって直ちにアナフィラキシーを除外することはできないとされる。文献においては,アナフィラキシーの過程で血管透過性が亢進することにより,血管内体液の50%が10分間以内で血管外スペースに移動し得る旨を論じるものや,抗原物質暴露後10分以内に35%の体液が血管外に失われると論じるものもある。
(イ) アナフィラキシーショックは,短時間のうちに血圧維持困難あるいは呼吸困難に陥り,死に至る可能性のある緊急を要する病態であることから,早期発見・早期治療開始が重要であるとされ,以下の3基準のうち1つでも満たされればアナフィラキシーを疑うべきであるとする診断の臨床基準が複数の文献で紹介されている。また,下記の症状のうち約90%に皮膚症状が認められるとされる。
a 皮膚又は粘膜症状を伴う急性(数分から数時間)発症で同時に少なくとも下記の1つがある。
(a) 呼吸器症状
(b) 血圧低下
b アレルゲンの可能性のある物質への暴露後に急性発症する下記の症状のうち2つ以上があること
(a) 皮膚・粘膜の所見
(b) 呼吸器症状
(c) 血圧低下
(d) 持続的な消化器症状
c 明らかな抗原物質への暴露後の血圧低下
(甲B189,乙B19,20,31,32の1及び2,36,42,43)
ケ 産科出血及び産科ショックへの対応に関する知見
(ア) 平成19年1月に日本産科婦人科学会が発行した「産婦人科研修の必修知識2007」(甲B29,36,117)においては,産科ショックの90%が出血性ショックであるとし,産科DICを併発しやすく,タイミングを失することなく対応することが肝要で,予後に影響を及ぼすと注意を促している。
同文献に記載された「産科ショックの診断フローチャート」(以下「診断フローチャート」という。)によれば,産科ショックの臨床症状・所見のチェックとして,外出血,皮膚蒼白,Hct低下,中心静脈圧低下が見られるときは,出血性(循環血液量減少性)ショックを疑い,その上で外出血が少ないときは常位胎盤早期剥離,子宮破裂及び後腹膜血腫と診断することが示されている。他方,所見として咽頭浮腫,蕁麻疹及び薬物投与が見られるときは,アナフィラキシーショックを疑うものとされている。
産科ショックの治療としては,ショックの原因となる疾患に対する治療と全身管理を併せて行うものとされ,全身管理としては,①気道の確保,酸素投与,②血管の確保及び輸液,③輸血,④血圧の監視,⑤尿量の監視及び⑥薬物療法(副腎皮質ホルモンの大量投与等)が行われるべきであるとされている。
このうち輸血の基準としては,一般に800ml~1000mlを超えてなお出血が多めに持続するときは,輸血用血液を注文すべきものとされ,出血患者における輸液・成分輸血の適応については,平成11年発行の血液製剤調査機構編集の「血液製剤の使用にあたって」に従い,以下のとおりの基準が勧められている。
a 循環血液量の15~20%の出血
乳酸(酢酸)加リンゲル液(出血量の2~3倍量)
b 循環血液量の20~50%の出血
乳酸(酢酸)加リンゲル液とともにRCC
c 循環血液量の50~100%の出血
RCC及び膠質輸液・アルブミン製剤
d 循環血液量の100%以上の出血
FFP,濃厚血小板の併用
なお,非妊娠時の成人の循環血液量(l)は体重(kg)×0.07で求められるが,妊娠中は血液量が35%増加するため非妊娠時の循環血液量とは相違があること(ちなみに,妊娠中の循環血液量に関する上記の一般的な考え方に従った場合,本件手術当時のBの循環血液量は5764mlと推定される。)及び分娩時の出血量測定の際には羊水が混入し不正確となる可能性があることから,産科の出血性ショックに対する輸血療法は,単に出血量だけで判定するのではなく,臨床上の症状や血圧,脈拍数,尿量,血算及び血液ガスなどの所見を含めて総合的に勘案し,必要な血液成分を補充するものとされている。
(甲B29,証人C)
(イ) 平成15年に公表された「今日の診療プレミアムvol.14」に収録された「今日の治療指針2003年版」の産科ショックの項においては,産科ショックの治療方針として,救急処置及び全身管理,ショックの原因検索と除去,ショック程度の評価を並行して行うものとされ,ショックの程度の評価については,バイタルサイン,SI,循環系モニター,出血量,血液検査,DICの有無などが例示されている(甲B178の1ないし3)。
平成18年に公表された「今日の診療プレミアムvol.16」に収録された「今日の治療指針2006年版」の産科出血,産科ショックの項においては,産科出血について,出血量に応じてDICになり,ショックを呈するものとされている。また,産科ショックの症候として,「出血性ショックでは,低血圧,頻脈,脈圧減少,冷汗,蒼白,意識レベルの低下がある。ショック発症前の易興奮性も見逃すべきでない。弛緩出血,頸管裂傷など分娩後の出血ではショックに発展しないことを確認しながら子宮収縮や頸管の縫合など局所的治療を行う。」と記載され,さらに,留意点として,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるので,SIにより評価すべきこと,SI1.0以上は1000g以上の,SI2.0は2000g以上の血液喪失を考え,1.0以上では輸液,輸血を考えるべきことが記載されている(甲B177の1ないし3)。
平成19年に公表された「今日の診療プレミアムvol.17」に収録された「今日の診療指針2006年版」の産科出血,産科ショックの項においては,産科出血及び産科ショックの症候として,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSIにより評価するものとされ,SI1.0以上は1000g以上の,SI2.0は2000g以上の血液喪失を考え,SI1.0以上では輸液,輸血を考えるべきものとされている(甲B78,88)。
平成20年7月に公表された「今日の診療プレミアムvol.18」に収録された「今日の診療指針2008年版」の産科出血,産科ショックの項においては,産科出血の原疾患の一つに常位胎盤早期剥離及び羊水塞栓症が挙げられ,常位胎盤早期剥離や羊水塞栓症は,疾患そのものがDICの原因となり得る旨が述べられている。また,出血性ショックの診断について,正確な出血量の計測,十分な視診・触診・内診に加え,必要に応じて超音波検査,CTなどの画像診断を行うべきであり,ショックの重症度評価には,SIが用いられること,SIが1を超えると要注意であることが紹介されている。
(ウ) 平成22年4月に,日本産婦人科学会等5団体が連名で公表した,産科出血ガイドラインの内容の要旨は以下のとおりである。なお,産科出血ガイドラインは,平成21年に案が公表され,その後意見募集等が行われ,平成22年4月に公表されたものであった(甲B24,65)。
a 基礎疾患(常位胎盤早期剥離,妊娠高血圧症候群,子癇,羊水塞栓,癒着胎盤など)を持つ産科出血では中等量の出血でも容易にDICを併発するため,計測された出血量のみにとらわれることなく,SIに留意して管理することが必要である。
b SIが1となった時点で,一次施設では高次の施設への搬送も考慮し,出血量が経膣分娩では1リットル,帝王切開では2リットルを目安として輸血の準備を行う。
c 各種対応にも拘わらず,SIが1.5以上,産科DICスコアが8点以上となれば,「産科危機的出血」として直ちに輸血を開始する。一次施設であれば,高次の施設への搬送が望ましく,産科危機的出血の特徴を考慮し,赤血球製剤だけではなくFFPを投与し,血小板濃厚液,アルブミン,抗DIC製剤などの投与も躊躇しない。
コ 「『輸血療法の実施に関する指針』(改定版)及び『血液製剤の使用指針』(改定版)平成17年9月」(乙B9)
輸血を行うべき基準について,貧血の面から,循環血液が正常な場合の急性貧血に対する耐性についての明確なエビデンスはなく,ヘモグロビン(Hb)値が10g/dLを超える場合は輸血を必要とすることはないが,6g/dL以下では輸血はほぼ必須である。Hb値が6~10g/dLの時の輸血の必要性は患者の状態や合併症によって異なるので,Hb値のみで輸血の開始を決定することは適切ではない。
サ 輸液
輸液のうち代用血漿剤(人工膠質液)であるヘスパンダーは,血中濃度の半減期が3時間であり,一定時間血管内に留まり,循環血液量を維持する効果があるとされるが,晶質液である乳酸リンゲル液(ラクテック,ハルトマン液)や酢酸リンゲル液(ヴィーンF,ヴィーンD)は,投与中は循環血液量を維持する効果もあるとされるものの,投与後はそのほとんどが血管内に留まらず,血管外へ移行する(甲B16,84,115,乙B21)。

2 Bの死因について
(1) 本件において,控訴人らは,本件ショックは出血性ショックであり,Bは適切な治療が行われれば救命可能であったことを前提に被控訴人らの過失について主張しているが,被控訴人らは,本件ショックは,母体内に羊水成分が流入して発生した全身性のアナフィラキシーショックであり,本件手術の時点でBを救命することは不可能であったと主張し,結果回避可能性がなかったとして控訴人らの過失主張を争っている。そこで,本件の事案に鑑み,各争点の判断に入る前に,Bの死因について検討する。

(2) Bが産科DICを発症したこと
前記1認定の事実によれば,Bは午前7時20分頃に被控訴人病院に到着した時点において,出血性疾患である常位胎盤早期剥離を発症していたこと,遅くとも午後0時10分の段階においては,重篤な産科DICを発症したこと,常位胎盤早期剥離によって,胎盤が子宮壁から剥離すると,剥離面から出血が起こり,この出血を止めるために,母体では凝固因子を大量に消費するため,産科DICを発症しやすく,常位胎盤早期剥離は産科DICをきたす原因の中で最多(約50%)であること,産科DICは重篤化すると非可逆性になり,生命の危険を生じさせることが認められる。
以上の事実によれば,Bは,常位胎盤早期剥離を発症し,これにより,その後遅くとも午後0時10分までには重篤な産科DICを発症し,これにより死亡したことが認められる。
そして,本件においては,Bが午前9時30分の時点で本件ショックに陥っているところ,控訴人らは,本件ショックが出血性ショックであったと主張し,これに対し,被控訴人らは本件ショックが羊水塞栓症によって生じたアナフィラキシーショックであると主張するので,以下検討する。

(3) 出血性ショックについて
控訴人らは,本件ショックは出血性ショックであったと主張し,常位胎盤早期剥離によってBが大量出血をしたことから本件ショックに陥ったと主張する。
そこで検討するに,前記1認定の事実によれば,Bは午前7時20分頃に被控訴人病院に到着した時点までには,出血性疾患である常位胎盤早期剥離を発症しており,この段階において蒼白,冷汗という出血に伴うショック症状を示す所見が既に認められたこと,本件手術開始時から午前9時30分までの間に吸引分だけで1200mlの出血があったこと,吸引分とは別に午前9時26分の胎盤娩出時には大量の凝血塊が切開創からあふれ出し,その量は手で何度か鷲掴みできるほどの量で被控訴人Y3と被控訴人Y2が次々に除去するほどであったのであり,上記来院時に既に出血に伴うショックの所見があり,午前8時50分頃から頻脈であったことからすると,手術開始の段階までにBの体内で相当程度の出血があったことがうかがえること,Bの血圧は午前9時30分にBが本件ショックに陥った後,輸液には反応しなかった一方で,午前10時30分頃に実施されたRCC2単位の輸血には直ちに反応し,いったんは収縮期血圧が90を上回る状態になったこと,Bの常位胎盤早期剥離の発症前の循環血液量は5742mlと推定されるところ,本件手術中の経時的な出血量の把握はされていなかったものの,本件手術開始時から終了時までに確認されただけでも3438mlの出血があったこと,一般に循環血液量の30%を超える出血があると収縮期血圧の低下をもたらし出血性ショックを生じさせるとされていること,死亡後Bの臓器に著明な貧血が認められたことが認められ,これらは,本件ショックが出血性ショックであったことを窺わせる事情であるということができる。
ところで,午前9時30分ころのBの出血量については,診療録上は,吸引分1200グラム,ガーゼ分289グラムの合計1489グラムである。これに対し,前記のとおり,午前9時26分の胎盤娩出時には大量の凝血塊が切開創からあふれ出し,その量は手で何度か鷲掴みできるほどの量で被控訴人Y3と被控訴人Y2が次々に除去するほどであったところ,被控訴人らは,その大量の凝血塊の量が,上記ガーゼ分289グラムに含まれていると主張するが,そのような大量の凝血塊が全部ガーゼに吸収されていたとはにわかには信用し難く,午前9時30分ころのBの出血量は上記1489グラムにとどまらず,もっと多かった可能性があると考えられる。
しかしながら,他方において,午前9時30分までにBに対して合計1350mlの輸液が投与されており,このうち,循環血液量を維持する効果があるとされるヘスパンダーだけでも1000mlが投与されており,循環血液量の確保には役立っていたと考えられること,午前9時30分までの段階でBに1489mlを超えてどの程度の出血が生じていたかについては,被控訴人医師らが経時的な出血量の把握をしていなかったこともあり,結局のところ不明であることといった事情も認められるところである。
これらの事情を考慮すると,本件ショックは出血性ショックであった可能性が高いというべきであるが,なおそのように断定することは困難であるといわざるを得ない。

(4) 羊水塞栓症によるアナフィラキシーショックについて
被控訴人らは,本件ショックは,羊水成分の体内流入による全身性のアナフィラキシーショックであり,急激な血管透過性亢進により発症10分後までに最大50%もの血漿成分が血管外に漏出したものである旨主張する。
この点について,D医師の静岡中央警察署からの嘱託鑑定の結果によれば,Bの肺組織をサイトケラチン(AE1/AE3)で免疫染色した際に,血管内に染色された細胞が確認されたこと,血漿中の亜鉛コプロフィリンを測定したところ高値を示したこと(乙A6,8)に基づき,死因を羊水塞栓症と推定しており,C証人も同様の意見を述べる(乙B11,証人C)。
そして,前記の羊水塞栓症の臨床上の診断基準によれば,本件は分娩後12時間以内に発症しており,分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1500ml以上)があり,DICが発症しているから,羊水塞栓症が発症した可能性もあると考えられる。
ところで,前記1(2)キ記載のとおり,羊水塞栓症は,一般的には,その臨床症状から心肺虚脱型とDIC先行型に2類型に分けられるとされるが,C証人も,その意見書(乙B11)及び証言において,羊水塞栓症の成因として,羊水,胎児細胞,絨毛細胞などの固形物が肺動脈に塞栓することによって心肺虚脱を起こすタイプと母体循環に流入した羊水がアナフィラキシー様反応を起こすタイプがあり,臨床症状の特徴として,前者は呼吸困難,胸痛,意識消失などと突然発生することが多く,後者は,初発症状に胸腔苦悶,呼吸困難などの症状を示すことは少なく,DICの進行が早いのが特徴である旨述べた上で,本件ショックは羊水塞栓症のアナフィラキシー様反応による全身性の血管攣縮によって生じたショックの可能性が高い旨述べる(乙B11,証人C)。
しかしながら,仮にBが羊水塞栓症を発症していたとしても,本件においてアナフィラキシー様反応による全身性の血管攣縮が生じたことについては,以下のとおりの疑問がある。
まず,C証人は,その証言において,全身性のアナフィラキシーが生じて血管透過性が非常に亢進した根拠として,Bに皮下浮腫が生じたことが疑われる旨述べるが,この点は,死体解剖においても指摘されておらず,午前11時過ぎに撮影されたCT画像(甲B82)に写っている皮下組織も脂肪であるにすぎない。Bに生じるべき浮腫について本件手術終了時に至るまで被控訴人医師らが誰も気づいておらず,Bの全身に皮下浮腫が生じたことを窺わせる証拠は全くない。
次に,前記1(2)クのとおり,アナフィラキシーショックの典型的症状としては,呼吸困難,皮膚症状及び粘膜症状が挙げられ,特に皮膚症状は,80%以上の症例で認められるとされるが,Bにはいずれの症状も認められていない。なお,前記のとおり,皮膚所見が発現する前に急激な循環虚脱やショックを呈することもあるから皮膚所見がないからといって直ちにアナフィラキシーを除外することはできないとされているが,少なくともアナフィラキーショックの典型的症状がなかったとはいえるものである。
さらに,仮にアナフィラキシーショックが生じたとすれば急速に血漿成分が血管外に移行することになるので,血圧が輸液に反応してもおかしくないところ,Bの血圧は輸液にはほとんど反応しておらず,逆に午前10時30分頃から実施された2単位のRCCの投与によって直ちに血圧が反応し,収縮期血圧が90を上回る状態にまで改善している上,前記1認定の事実によれば,Bの血圧低下の状況は,午前9時30分ころに急激に低下に転じたというものではなく,午前9時ころから麻酔の影響もあって低下を開始した血圧が,徐々に低下を続けて本件ショックに至ったというものであり,頻脈についても午前8時50分頃から100を上回る状態が継続していたものである。そうすると,これらの症状経過によれば,午前9時23分の人工破膜によると考えられるBの羊水への暴露によりアナフィラキシーショックが発生したとは考えにくいといわざるを得ない。
被控訴人らは,Bに生じたアナフィラキシーショックは,発症10分後までに循環血液量の50%までが血管外に漏出するようなものであると主張するが,前記1(1)認定のとおり,Bは,胎児娩出後に胎児の死亡を確認した小児科医が胎児とともに退出した後の段階で,被控訴人Y4と会話をすることも可能な状態であり苦悶を訴えた様子もないこと,午前9時45分ころから午前10時頃にかけて被控訴人Y4はBに手を挙げるような動きや歯を食いしばるような動き等の痙攣様の動きを認識したものの,その動きは,Bの腹部付近において子宮切開創の縫合を行っていた被控訴人Y3も被控訴人Y2も気付かない程度のものであり(なお,証人CはBの上記の動きについて問われ,「痙攣て言わないんじゃないですかね。不穏状態って言うんじゃないですかね」と証言する。),被控訴人Y4が被控訴人Y3及び同Y2に対して上記のBの動きを直ちに伝えることもなかったことからすると,被控訴人らが主張するような急激なアナフィラキシーショックが起こったことは直ちに採用し難いといわなければならない。
被控訴人らは,午前11時過ぎに撮影されたBのCT画像(甲A5,B82,83,乙A13の3)で認められる,Bの子宮が巨大化していること及び腹部大血管が虚脱していることという所見は,急激な全身にわたる血管攣縮,血管透過性亢進,浮腫が生じた(すなわち激烈な全身性のアナフィラキシーショックが生じた)ということでなければ説明がつかない旨主張する。
しかしながら,前記1(1)において認定したとおり,胎盤娩出後のBの子宮は収縮不良の状態であり,被控訴人医師らも温存するかどうか検討を要する状態であったところ,上記CT画像から認められるBの子宮の大きさは縦20cm横14cm程度であり,被控訴人らが羊水塞栓症の子宮の例として示す子宮の大きさ(縦約30cm,横約20cm,(乙B37))よりは明らかに小さいものであるし,子宮に浮腫が認められるからといって,全身性のアナフィラキシーショックが生じていたことの根拠となるものではない。
以上のとおり,本件において,Bに羊水塞栓症が発症した可能性はあるものの,本件ショックがアナフィラキシーショックであり全身性の血管攣縮によるものであるとするには,そのことを示す症状が乏しく,直ちにこれを認めることができない。そうすると,仮にBについて,羊水塞栓症が生じていたとしても,それはBに生じた重篤なDICの原因の一つとして考え得るにすぎないというべきである。

(5) 小括(Bの死因について)
以上の認定によれば,本件において,Bは,常位胎盤早期剥離によって最終的に産科DICを発症し,そのことが主たる原因となって死亡したことが認められるものの,本件ショックについては,出血性ショックの可能性が高いとはいえるが,そのように断定することまではできず,また,羊水塞栓症が発症し,そのことが重篤なDICの原因の一つとなった可能性も否定できないが,Bに羊水塞栓症による救命困難なアナフィラキシーショックが生じたことについては,Bに生じた症状とは整合せず,これを認めることはできないというべきである。
以下,これを前提に各争点について判断する。

3 争点についての判断
(1) 争点1(常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無)について
前記1(2)ア,エ及びオ認定の事実によれば,本件手術が行われた平成20年4月当時において,一般的な産科医にとって,常位胎盤早期剥離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすいこと,産科DICは重篤化すると非可逆性になり,生命が危険となることから,治療は時期を失することなく行われる必要があること,常位胎盤早期剥離を発症した場合には母体予後の観点からは産科DICの程度が問題となるため,より早期に産科DIC診断を行うために産科DICスコアを用いた状態の把握を行い,母体に産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始すべきことは,臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
本件において,前記前提事実及び前記1(1)認定の事実によれば,手術が開始された午前9時15分頃の段階における産科DICスコアは9点(常位胎盤早期剥離・胎児死亡:5点,冷汗:1点,蒼白:1点,脈拍≧100:1点,出血時間≧5:1点)であり,本件ショックが生じた午前9時30分頃の段階においては,10点(上記に加え,血圧≦90:1点)であったものであって,産科DICに進展する可能性が高いといえる状態であった。
この点について,前記1(1)認定の事実によれば,被控訴人医師らは,遅くとも本件手術前には,Bが常位胎盤早期剥離を発症しており,しかも胎児が死亡している可能性があることを認識していたのであるから,産科DICスコアを経時的にカウントして早期に産科DICの診断を行い,必要に応じて産科DICへの対応を行うべきであった。しかしながら,被控訴人医師らは,本件手術当日,産科DICスコアのカウントを全く行わず,産科DICの確定診断に向けた血液検査等も実施しなかったものであり,上記の注意義務に違反したことが認められる。

(2) 争点2(産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無)並びに争点3(出血量チェック及び輸血に関する過失の有無)について
ア 控訴人らは,①初期治療の時点,②手術室入室後,麻酔開始前の時点,③本件ショック発現時から午前10時頃までの時点,④午前10時30分から午前11時頃までの時点,⑤本件終了後の時点の各段階に分けて被控訴人医師らのショックに対する治療に関する過失の主張をしている。しかしながら,被控訴人医師らの医療行為は,本件手術開始前から終了後に至るまで一連のものとして行われているところであり,各時点ごとに分断して検討することが適切とは言い難い面もあるので,被控訴人医師らのショックに対する治療に関する過失として一括して検討することとする。また,出血量チェック及び輸血に関する過失の有無(争点3)も一連の治療の過程における被控訴人らの行為を問題とするものであり,認定判断として重なる点が多いので,この点も併せて判断することとする。
イ 前記1(2)ウ,エ,カ及びケ認定の各事実によれば,本件手術が行われた平成20年4月当時,産科ショックは産科DICを併発しやすいことから,ショックが疑われる場合にはタイミングを失することなく対応することが肝要であること,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSIにより評価するのが望ましく,SIが2.0は2000g以上の血液喪失を考え,1.0以上で輸液,輸血を考えるべきであること,産科ショックの臨床症状・所見として,皮膚蒼白,Hct低下,中心静脈圧低下が見られるときは循環血液量の減少によるショックを疑うこと,産科ショックの治療としては,ショックの原因となる疾患に対する治療と全身管理を併せて行い,全身管理としては,①気道の確保,酸素投与,②血管の確保及び輸液,③輸血,④血圧の監視,⑤尿量の監視及び⑥薬物療法(副腎皮質ホルモンの大量投与等)を行うこと,このうち輸液及び輸血について,循環血液量の20%~50%の出血があった場合には,乳酸(酢酸)加リンゲル液とともにRCCが適応とされ,50%を超える出血があった場合にはRCC及び膠質液・アルブミン製剤が適応とされていることは,臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
この点について,被控訴人らは,平成20年4月当時,産科の臨床医学において,SIを用いてショック状態を把握することは一般的ではなかった旨主張する。しかしながら,SIが1.5を超え,産科DCIスコアが8点を超えたら直ちに輸血を開始するという産科出血ガイドラインは,本件手術時には公表されていなかったとしても,本件手術以前に公表された一般的な医学文献(甲B78,88)において,産科出血及び産科ショックの症候として,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSIにより評価することが推奨されており,産科ショックの対応として循環血液量の20%を超える出血があった場合には輸血の適応があることが指摘されていたのであるから,被控訴人らの上記主張は採用することができない。
ウ 前記前提事実及び前記1(1)認定の事実によれば,本件手術中のBのSIは,午前9時15分以降1を超え,午前9時45分には2を超えるような状態であったこと,Bは,来院時から蒼白であり,午前8時25分に採血された血液検査(午前9時13分頃結果判明)においてHctの低下が認められたこと,午前9時30分にはBが本件ショックに陥ったことが認められる。
そうすると,被控訴人医師らは,遅くとも本件手術前からSIによる評価を行って,遅くとも本件ショックが発生した午前9時30分の時点では速やかに輸血を実施すべきであったし,抗ショックの治療を実施すべきであった。
しかしながら,前記1認定の事実によれば,被控訴人Y3の指示にもかかわらず,被控訴人Y1はFFP10単位の発注を行わなかったものであり,そもそも本件手術が開始されてから終了するまでの間,被控訴人病院内には医師が必要と判断した輸血用のFFPが存在しない状態であった。そればかりでなく,被控訴人医師らはBの出血量の把握を行わず,午前10時30分にRCC2単位の輸血を行うまで輸血を行わず,実際に行われた輸血の量も,後に把握された出血量である3438mlからみて極端に少ないRCC4単位,FFP2単位であったこと,副腎皮質ホルモンの投与等の抗ショック療法も行わなかったことが認められる。
以上のとおり,被控訴人らには,出血量チェック及び輸血に関する過失及びショックに対する治療に関する過失が認められる。

(3) 争点4(弛緩出血への対応に関する過失の有無)について
前記1(1)認定の事実によれば,午前9時26分頃に被控訴人医師らによって子宮が体外に出された際,子宮は全体に柔らかく表面色も早期胎盤剥離時のそれを呈していたことは認められたものの,子宮からの強出血はなく,子宮の大きさが一般の子宮と比べて大きくなっていたわけではないこと,被控訴人医師らは,子宮収縮は不良であるものの,輪状マッサージで子宮の収縮がやや良好であったことから子宮温存可能と判断したこと,その後,被控訴人医師らは午前10時頃までの間に子宮の切開創を縫合し,Bの体内に戻したが,その間Bの子宮から一定の出血は認めたものの,子宮の巨大化や,子宮が浮腫状になっていることは確認できなかったこと,被控訴人医師らは,Bの閉腹が完了する午前10時45分までBの子宮が巨大化しているという認識はなかったことが認められる。
以上によれば,本件において被控訴人医師らに,前記(1)において述べたとおり,産科DICスコアを経時的にカウントして早期に産科DICの診断を行い,必要に応じて産科DICへの対応を行うべき義務違反はあったものの,これとは別に弛緩出血への対応に関する過失があったとまでいうことはできない。

(4) 争点5(転送義務違反の有無)について
前記前提事実記載のとおり,被控訴人病院は,本件手術当時,産婦人科を含む合計14の診療科を有する病床数265床の病院であり,妊産婦緊急搬送入院加算の基準も満たした病院であったところ,本件でBに生じた産科DICに対しては被控訴人病院において適切な治療を行うことが可能な態勢を有していたと認められるところであり,被控訴人医師らに転送義務に違反した過失を認めることはできない。

(5) 被控訴人らの過失とBの死亡との間の相当因果関係の有無(争点6)
前記2において認定説示したとおり,Bは常位胎盤早期剥離を契機とする産科DICが主たる原因となって死亡したものと認めるのが相当であるところ,前記(1)及び(2)において認定した被控訴人医師らの過失(常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失,ショックに対する治療に関する過失,出血量チェック及び輸血に関する過失)がなかったならば,Bは適時に輸血等の抗ショック治療受け,産科DIC対策が行われて救命できたものと認められる。したがって,被控訴人らの過失とBの死亡結果との間には因果関係があるものと認められ,被控訴人医師らにはBの死亡結果につき共同不法行為が成立する。
なお,前記2において述べたとおり,Bに羊水塞栓症が発症した可能性はあるものの,前記1(1)で説示したBの症状経過を踏まえると,仮にBに羊水塞栓症が発症していたとしても,急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示すものではなく,DIC先行型羊水塞栓症(子宮型羊水塞栓症)であって,かつ,全身性のアナフィラキシーショックを伴うものでもなかったと考えられるところであり,C証人もその論文(甲B133)で述べるとおり,適切な産科DIC対策が行われた場合にその予後が悪いとはいえないこと,前記1(2)キ(ウ)記載の各文献によれば,羊水塞栓症の母体死亡率について,根拠のはっきりしている調査結果では,本件手術当時であっても20%から30%程度であったと認められるところ,この数値には急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示す症例も含まれていると認められ,Bに発症した可能性があるのが,上記のように予後の比較的良いとされるDIC先行型羊水塞栓症であったことからすれば,適切な治療が行われた場合に救命できなかったとは認めることができないものといわざるを得ない。被控訴人らは,羊水塞栓症の救命事例は,そのほとんどがICUによる集学的管理・治療が行われたものであって,ICUのない被控訴人病院において救命することは不可能であった旨の主張をするが,DIC先行型羊水塞栓症の救命事例のほとんどがICUによる集学的管理・治療が行われたものであることを裏付ける証拠はなく,上記の被控訴人らの主張は採用することができない。したがって,Bに羊水塞栓症が発症していた可能性があることは上記認定を左右するものではない。

(6) B及び控訴人らの損害(争点8)
ア 葬儀関係費用 150万円
Bの死亡時の年齢,家族等を考慮し,150万円をもって相当と認める。なお,控訴人らは,葬儀関係費用とは別個に解剖検案料を請求しているが,葬儀関係費用に含めて認めることとする。
イ 死亡慰謝料 2400万円
本件不法行為の態様に加え,Bの死亡時の年齢や家族の状況など諸般の事情を勘案し,上記金額をもって相当と認める。
ウ 逸失利益 4260万4252円
証拠(甲B67,乙A1,控訴人X1)及び弁論の全趣旨によれば,Bは,平成20年4月27日当時24歳であり,出産を控えた健康な女性であったことが認められる。以上の事実によれば,Bの逸失利益を算定するに当たっては,平成20年賃金センサス第1巻第1表の産業系,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額である349万9900円を基礎収入とするのが相当である。その上で,生活費控除率を3割とし,稼働可能年齢である67歳までの43年間にわたり,年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除し,Bの逸失利益を算定すると,以下の計算式のとおり4298万6226円(円未満切捨て)となるが,控訴人ら請求の範囲で認める。
(計算式)
3,499,900×(1-0.3)×17.5459≒42,986,226
エ 胎児死亡慰謝料 認めない。
前記1(1)認定の事実によれば,胎児は常位胎盤早期剥離によって母体内で死亡したことが認められるところ,午前7時20分頃の助産師による診察時に既に胎児心音が聴取できなかったことからすると,この時点で胎児が死亡していた可能性が高いというべきであるから,胎児死亡と被控訴人らの前記過失との間に因果関係は認められない。
オ 小括
以上アないしウの合計金額は,6810万4252円となるところ,前記前提事実記載のとおり,控訴人らはそれぞれ,控訴人X1が3分の2,控訴人X2が3分の1の相続割合で相続したものであり,被控訴人X1は4540万2834円(円未満切捨て),被控訴人X2は2270万1417円(円未満切捨て)の損害賠償請求権を相続した。
カ 弁護士費用 被控訴人X1につき450万円
被控訴人X2につき230万円
控訴人らが,本件訴訟を提起,遂行するに当たり,弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件事案における立証の難易,認容額等,諸般の事情を勘案し,本件不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては,控訴人X1につき450万円,被控訴人X2について230万円をもって相当と認める。
キ まとめ
上記オにカを加えると,控訴人X1につき4990万2834円,控訴人X2につき2500万1417円となる。

4 結論
以上のとおりであるから,控訴人らの請求は,被控訴人ら各自に対し,控訴人X1が4990万2834円及びこれに対する不法行為日である平成20年4月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,控訴人X2が2500万1417円及びこれに対する不法行為日である平成20年4月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がないこととなる。

よって,控訴人らの請求は上記の範囲で認容すべきであり,控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は一部相当でないので本件控訴に基づき変更することとし,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 富田善範
裁判官 武田美和子
裁判官 大須賀寛之

 

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