東京産婦MRSA感染訴訟

(注: このページは旧版です。一審判決と最高裁決定を確認して書き直した新版があります。)

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審東京地裁 平成9年(ワ)第19783号 判決平成15年10月7日 判決文
二審東京高裁 平成15年(ネ)第5683号 判決平成21年9月25日 判決文抜粋
上告関係 平成22年(オ)第123号
平成22年(受)第155号
未確定
(平成22年1月現在)
   

 ある日、東京高裁の開廷表を見て、控訴審にしてはえらく長引いていると思っていた事件です。しかも珍しいことに病院側が控訴人となっています。

 検索してみたら,一審について解説などが見つかりました。原審事件番号は平成9年(ワ)第19783号,東京地裁。 「双子出産後MRSA感染から低酸素脳症により重度後遺障害。大学病院にバンコマイシン投与が遅れた過失を認定」 。解説がありました。
http://www.medsafe.net/contents/hanketsu/hanketsu_0_10.html

 高裁の鑑定ですが,病院側の主張であったトキシックショック症候群を否定し,やはりMRSAであったと思われることを確認しており,さらにバンコマイシン投与の遅れを指摘しています。

  これで引き続き病院側の形勢が不利かと思われたところに、その1年9ヶ月後にもなって,補充鑑定として,バンコマイシンを投与しても多臓器不全(MOF)を回避することができる蓋然性については確定的なことは言えない,とされて一気に形勢逆転の様相です。

 その後に和解協議もあったようですが、それも決裂したらしく、平成21年4月8日現在、判決文の起案中のようです。さて、どんな判決になるのか注目です。

以下、事件メモです。


原告代理人は,上條義昭氏,高木一嘉氏 被告代理人は,鈴木俊光氏,平沼直人氏
一審判決: 原告Aに対して9433万5054円と,年5分の遅延損害金 退院後から死亡まで,1日あたり1万5000円 原告Bに対して385万3729円と,年5分の遅延損害金 原告C,D,Eに対して各110万円と,年5分の遅延損害金

一審判決文より
原告本人(産婦)は,被告病院で帝王切開,双子出産。術後心停止,低酸素脳症。 原因はMRSA敗血症。 適切なときに適切な抗生剤投与を。院内感染を防止すべき義務。
原告本人は昭和46年生まれ。 平成8年に2回目の妊娠。 平成8年6月19日,26週健診で双子と頚管無力症で入院。 7月12日,帝王切開で出産。 その後,ARDS,DIC(播種性血管内凝固症候群),MOF(多臓器不全)
7月17日11:20,ICUへ。 7月10日の羊水細菌培養でMRSAを検出。 これがICUに入った頃に医師の知るところとなった。 7月18日3:15心停止5~7分あり。→低酸素脳症→脳損傷。 7月18日9:30,担当医はバンコマイシンを投与し,7月23日にはMRSA消滅。
現在,精神知能障害,四肢障害,身障者1級認定。8月21日の意識レベルはやっと従命する程度。通常生活への復旧は著しく困難。歩行,食事,排便尿コントロールはできない。全介護を要する。
平成9年8月18日,禁治産宣言

争点
(1) ARDS, DIC, MOFの原因
(2) (1)がMRSAによるものだとして,被告病院は,早ければ7月14日,遅くとも7月17日からMRSA治療としてバンコマイシンの投与の義務
(3) (2)をしていれば,原告の心停止を回避できたか
(4) 被告病院に,院内感染の予防義務違反があったか
(5) 訴訟額


高裁鑑定 平成18年4月11日提出
滋賀医科大学産婦人科学教授 野田洋一

1 省略
2 まとめ
7月14日 急激な高度の発熱のはじまり 7月15日 9時にはSIRSと診断しうる状態となり,敗血症を発症していた。 7月15日19時ごろ 腎障害,肝障害が明らかであり,PO2は66.6で呼吸機能の低下を認めた(乙1号証49~50ページ)が,救命救急医療研究会の定める広義のMOFの診断基準を満たしていなかった。また循環動態に関しては,ショック状態でもなかった。 7月16日7時 血圧は86/48mmHg, PR 144/分 7月16日20時30分 DIC成立,ARDS成立,MOF成立 7月17日7時 ショック状態 7月18日3時 心停止発作
つまり,SIRS→敗血症→DIC→ARDS→MOF→ショック状態→心停止へと状態が進展していったことがわかる。
3 考察  求められている鑑定事項は,7月15日19時の時点でバンコマイシンを投与した場合,それ以降に続くMOF,心停止を回避できたかというもの。
(1) 省略
(2) 本症例の臨床経過全体を通覧すると,MRSA感染を基本的な病態として理解しうるもので,いわば単純な感染症を適切なタイミングで適切に治療できなかっただけと理解すべきであろう。本症例は,MRSAに対する治療が行われなかったために,SIRS→敗血症→DIC→ARDS→MOF→ショック状態→心停止へと推移していったわけであるから,この病態の因果の流れを中断,改善するには,MRSAに感受性を持つ抗生物質を投与する必要があった。早期にMRSA感染であることを認識しさえすれば,治療は感受性のあるバンコマイシンを投与するという単純な医療行為でこの病態の流れを中断する感受性のある抗生物質の投与は,早ければ早いほど良いと考えられる。  乙1号証(カルテ)の頁を繰っていると,まず気づくのがこの症例に関する議論が十分になされた形跡が診療録上認められないことである。受け持ち医が困難な症例を抱えて悪戦苦闘している様子が伺えるが,それはあたかも診療所で一人の医師が悪戦苦闘している姿に似ている。臨床カンファレンス,症例検討会,朝晩のブリーフィング,教授回診,助教授回診,病棟医長回診,先輩医師からの助言,どんな形であれこれらの事柄が機能しておれば,この症例を適切に対処するのは困難ではなかった。大学病院という大きな医師集団を形成しているグループが,そのグループダイナミクスを発揮しさえすれば,十分に対処しえた症例であると考える。帝王切開後に突然39度の発熱があって,CRPが25mg/dlまたはそれ以上に上昇した場合,これは明らかに大きな異常であり,それまでの臨床経過と考え合わせて感染による発熱をまず誰もが考えるはずで,この場合まず細菌培養がなされ,抗生物質に反応しない場合,細菌培養の結果がどうなっているかを誰もが知りたいと願うのではないであろうか?「今すぐに細菌培養の結果を問い合わせなさい」という一言があれば,対処に何の困難もない症例であったと考える。大学病院という最も高度な医療が期待される現場で,この基本がなおざりにされたのは誠に残念である。


補充鑑定書 平成20年1月10日
滋賀医科大学産婦人科学教授 野田洋一

MOF回避について

7月15日午後7時ごろ,MOFが成立する前日にバンコマイシンを投与した場合,病状の推移について良い影響を与えることが期待できるものの,MOFを回避することができる蓋然性については確定的なことは言えない。 理由 可及的早期に有効な抗菌剤を適切な量投与するべきであるというのが鑑定人の基本的な考えであって,それによって本症例は容態が軽快の方向へ向かうと期待されると考える。しかし,MOFに陥る24時間前にバンコマイシンを投与したからといって,その有効性は期待されるものの,MOFを確かに回避できるかについては,推測の域を出ない。


控訴審

 平成21年9月25日,高裁判決が出ました。原告が引き続き勝訴です。

帝王切開後遺症、二審も昭和大側が敗訴

 昭和大学病院(東京都品川区)で双子を出産後、院内感染で重い障害が残ったとして、都内の女性(38)と家族が大学側に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(石川善則裁判長)は25日、慰謝料など計約1億円の支払いと、女性が退院した場合の看護料として1日2万円を生涯払い続けるよう命じた。看護料は一審・東京地裁判決より5千円増額した。

 判決によると、女性は96年6月に入院し翌月、帝王切開手術を受けて双子を出産。ところがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染して心停止となり、脳に損傷が生じた。現在も入院中。

 高裁判決は「出産から3日後には感染症の原因菌がMRSAと認識できたのに、抗生剤を投与したのはさらに3日後だった。病院側は抗生剤の投与を開始する義務を怠った」として一審同様、病院側の過失を認定した。

 その上で後遺症について「ある程度の回復がみられ、1人で歩行できるようになった」としながらも「身体能力が回復したためかえって常に行動を注意しなくては危険な状態にある」と指摘。退院した場合は常に介護する必要があるとして看護料を増額した。

2009年9月25日 朝日新聞

 この報道を見て,第三者である鑑定人が補充鑑定書で因果関係を否定しているにもかかわらず,どのようにして因果関係を認定したのかが非常に気になるところとなりました。

 そして,判決文を読んで愕然としました。「当裁判所の判断」において,上記の補充鑑定書が完全に無視されていたからです。「当裁判所の判断」の中では,補充鑑定書について一言も触れられていませんでした。

 補充鑑定書を無視する一方で,どのようにして 因果関係を認定したかですが,バンコマイシンがよく効いた4つの事例を挙げて,この事例でもそれらと同様にバンコマイシンがよく効いて心停止を回避できた蓋然性が高いという,大変大雑把なものでした。

イ 以上のような事実関係によれば,本件においては,平成8年7月15日午後7時ころというのは,被控訴人Aがまさに初めてSIRSに陥った時期であり,全身状態はまだそれほど悪化しておらず,肝機能や腎機能といった臓器系の機能もまだ控訴人病院の基準値から外れないか,それほど外れない程度の軽度の低下にとどまる状況であり,バンコマイシンの処方も上記所定の成人の標準的な用法・用量で投与することができるから,投与開始以降,時間の経過に沿って,MRSAの殺菌あるいは増殖を抑える効果を徐々に発揮することができたといえるのであり,1日目,2日目においても解熱や白血球数,CRP値の低下は優に期待することができたものと考えられ,そうすると,約23時間30分後のARDS,約25時間30分後のDIC,約36~39時間後のショック症状発生を回避し,約56時間15分後の心停止を回避することができた蓋然性は高いものということができ,この推認を覆すに足りる証拠はない。

 補充鑑定書を無視している時点で判決の杜撰さは明白であると考えてよいと思われますが,念のためこの因果関係認定手法の問題点を挙げておきます。判決文では,成功例4例を挙げて同様に成功すると類推していますが,成功例4例をこの事件の例に敷衍することの妥当性の理由が説明されていません。そのため,この判決文でも「1日目,2日目においても解熱や白血球数,CRP値の低下は優に期待することができたものと考えられ」と,その表現は「期待」に留まらざるを得なかったものと考えられます が,期待されるだけで高度の蓋然性を認定するなどは,無理もいいところです。

 ここでふと考えます。この控訴審判決は,通常の裁判官に求められる司法水準を満たすような判決と言えるのか,と。このような異様な判決文は,裁判官に過失があった程度では作り出されるものではなく,故意がなければなかなか書けないのではないかと考えます。 果たしてこの裁判官と,困難な症例を抱えて悪戦苦闘した受け持ち医(先述の鑑定書参照)とでは,どちらがより真摯だったのかと問いたくなります。

 判決文を最後まで読むと,署名部分が以下のようになっています。

東京高等裁判所第22民事部

裁判官 垣内正

裁判長裁判官石川善則は退官につき,裁判官德増誠一は転補につき,それぞれ署名押印することができない。

裁判官 垣内正

 こんなことを書くのは下世話なことですが,裁判長が定年退官間近だったため,それこそ「患者側がかわいそう」で,「スルーしちゃった,退官しちゃうしあとは最高裁よろしくね」ということなのかと邪推してしまいます。石川善則裁判長は,平成21年4月20日に定年退官されています。

 昨今,医事紛争に発展することを危惧して「失敗症例報告」が激減していることが報告されています。そうなると,症例報告される事例の多くは成功症例ということになります。すると,医療訴訟において当該事件に類する症例を証拠として集めるときに,失敗症例報告よりも成功症例報告をより多く集めやすくなることになり,この裁判で行われたような大雑把な因果関係認定はますます容易になっていきます。 そのような安易な因果関係認定は医療の実際を反映するものではなく,医療現場の関係者の絶望をさらに大きくするばかりです。

 先述の,4つの成功例からこの事例における因果関係を認定した部分を,長いですが判決文から抜粋しておきます。一応確認しておきますと,この引用の冒頭のほうでバンコマイシンの有効率が高率であることが示されていますが,これは最終的にMRSAを消滅させる有効率であってショックを予防する有効率ではないと思われますから,この数字がこの事件で心停止を予防できた高度の蓋然性を認める基礎にはなるのではないことに注意してください。控訴審判決の全体像は,判決文抜粋をご覧ください。

(2) 次に,バンコマイシンは,対MRSA殺菌力に遷延性を示すと主張されるところ,平成8年7月15日午後7時ころに投与し始めて,同月17日のショック症状の発症を避けることができたかどうかについて検討する。
ア 上記認定の前提となる事実に後記各掲示の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次のような事実を認めることができる。
(ア) バンコマイシンは,MRSAに優れた抗菌力を示す抗生剤であり,海外においては,MRSA敗血症について有効率90%という報告,重症のMRSA感染症について有効率89%,敗血症合併症例について治癒率80%という報告,MRSA敗血症に対して単独又は他剤と併用して治癒率67~75%という報告があり,わが国においても,重症ないし中等症の93症例について調査し平均有効率89.2%という報告があるなど,バンコマイシンの臨床的効果は広く認められており,MRSA感染症に対する第1選択薬となっている(甲92,94,乙35)。
 バンコマイシンの用法・用量については,1日2gとされ,1回0.5gを6時間毎又は1回1gを12時間毎に分割し,60分以上かけて点滴常駐することとされている。これは,バンコマイシンは原因菌との接触時間に依存して殺菌力を発揮するとされ,高濃度でも短時間の殺菌力は弱く,MIC(薬剤の最近に対する最小発育阻止濃度)を超える濃度を保つ時間が長いほど治療効果が高いことから,分割して投与するのが相当とされているものである。なお,確実な成果を得,安全性を確保するためには血中濃度をモニタリングすることが望ましいとされる(甲92,93,108,116の3,117,乙35)。
(イ) このように時間依存性のあるバンコマイシンの殺菌効果はどれくらいの期間で得られるのかについては,生体内を模した試験管内における実験では48時間でMRSAを殺菌しうるとされるが(乙39),臨床的に効果が得られる期間については,効果が認められるまでには2~4日を要するとの見解もあり(乙19,22),2~4日を要することが多いとされるとするもの(乙23),臨床的に解熱などの効果が認められるまでには数日を要することが多いので,2~3日間の投与で無効と判定し,中止したり増量したりすることは奨められないと指摘するものもある(乙35)。
 具体的臨床例としては,①心臓疾患の手術を受けた患者が,術後に白血球数18000,CRP値16.1となり,MRSA感染症を疑って,バンコマイシンを上記用量の半分に当たる0.5g×2回/1日として投与し始め,3日間投与した後,4日目からは上記用量どおり1g×2回/1日を続けたという事例では,白血球数はバンコマイシン投与開始から2日後の3日目に下がり始め4日目には1万を下回り,CRP値は投与開始から3日間は上がり続けて4日目から下がり始め5日目には1桁台前半の値となっていたもの(乙38),②帝王切開手術を受けた患者が,術後に39.9度まで発熱があり,イミペネム/シラスタチン(チェナム)等の抗生剤を投与したにもかかわらず,白血球数多く,CRP値17~13で推移していたところ,MRSAが検出されたのでバンコマイシンの投与を始めたという事例で,この事例ではTSSが発症されていたとされるが,バンコマイシン投与開始から2日目には体温が37度台に下がり,CRP値も4弱まで下がり,投与から8日目にはCRP値が0.28まで戻ったというもの(乙31),③正常分娩のあとに感染症の診断を受けてアミカシンという抗生剤の投与で一旦回復した患者が,再び発熱し,再入院してセフォチアムという抗生剤を投与したにもかかわらず,体温は39度台から38度台に下がったものの,白血球数多く,CRP値19.8と上昇していたところ,MRSAが検出されたのでバンコマイシンの投与を始めたという事例で,この事例ではCDCの診断基準より緩やかな基準でTSSの可能性があるとされるが,バンコマイシン投与開始以降,体温は翌日37度台に,2日目36度台に順調に下がり続け,CRPは翌日若干上昇したが,2日目9程度まで下がり,6日目には0.71まで戻ったというもの(乙31),④長期間皮膚感染症を患っている患者が敗血症を起こし,栄養素を静脈注入するためのカテーテル挿入部及び血液からMRSAを検出され,イセパマイシンという抗生剤を5日間投与したが効果がなかったので,バンコマイシンの投与を始めたという事例で,1日目は上記用量の半分に当たる0.5g×2/1日,2日目以降は上記用量の4分の1に当たる0.5g×1/1日の投与を続けたところ,バンコマイシン投与開始の翌日に40度から36度台へと著明な解熱があり,6日目に血液中からMRSAが検出されなくなったというもの(甲107の参考文献5)等がある
 このようにバンコマイシンによる効果の発現の仕方は様々であるが,これは,投与時の患者の全身状態がどのようなものであるか,MRSAの菌量が多いか少ないか,菌の巣くっている場所がバンコマイシンの効きやすい場所かどうか,腎機能に影響を及ぼすことがある等の副作用を考慮して全身状態次第で用法・用量を上記所定の標準的な用法・用量より減じなければならないなどの理由により,用法・用量が所定の標準より減らされているかどうか,その他の様々な条件が異なっていることによるものと考えられるところ,上記の各事例を総合的にみれば,バンコマイシンは投与から2~4日を置いて3~5日目に急に効果が発揮されるというものではなく,MICを超える濃度の時間に依存して徐々に効果を上げているのであって,当該事案の様々な条件次第で,1日目,2日目においても臨床的に体温の低下や感染徴候の軽減という一定の効果を発揮し得るものであるということができる。
(ウ) ところで,控訴人病院が被控訴人Aにバンコマイシンの投与を開始すべき7月15日午後7時ころの被控訴人Aの状態は,上記認定の通り,白血球数,CRP値が上昇し感染症の徴候が明らかとなり,脈拍も120回となり,午前中に一旦39度となってから下がっていた体温が午後7時に39.1度となったものであって,ちょうどこの時点で初めて,感染を原因とするSIRS(セプシス=敗血症)に該当する状態になったといえるものではあるが,被控訴人Aは,昼間は普通に話をして行動でき,夕方も公衆電話から電話がかけられたのであり,その後,熱と苦痛を訴え始めたところであって,午後7時以降に確認して肺が多少よごれていたり呼吸機能の低下は見られるものの,肝機能及び腎機能については軽度の低下しかない状態(同日のGOTは45(控訴人病院の基準値8~40),GPTは28(控訴人病院の基準値2~38),血清クレアチニンは1.3(控訴人病院の基準値0.7~1.4)であった。)であった。
 被控訴人Aは,その後,翌16日午後6時30分にARDSの状況に陥り,同日午後8時30分にDICの状況となり,翌17日午前7時ないし10時ころにショック症状を呈するに至ったもので,このDICからショック症状までの間にMOFに陥っていたものであるが,さらに翌18日午前3時15分ころ,心停止となり,これが原因で低酸素脳症に陥った。
 控訴人病院が被控訴人Aにバンコマイシンの投与を開始したのは,これら一連の状況が経過した後の同月18日午前9時30分であり,すでに被控訴人Aの全身状態は非常に衰弱した状況となっており,用法・用量は1g×1回/1日と上記所定の半分であった。その後同月22日から1g×2回/1日に増やしたが,なかなかMRSAは消滅せず,完全な消滅には8月23日ころまでかかった(乙1~3)
イ 以上のような事実関係によれば,本件においては,平成8年7月15日午後7時ころというのは,被控訴人Aがまさに初めてSIRSに陥った時期であり,全身状態はまだそれほど悪化しておらず,肝機能や腎機能といった臓器系の機能もまだ控訴人病院の基準値から外れないか,それほど外れない程度の軽度の低下にとどまる状況であり,バンコマイシンの処方も上記所定の成人の標準的な用法・用量で投与することができるから,投与開始以降,時間の経過に沿って,MRSAの殺菌あるいは増殖を抑える効果を徐々に発揮することができたといえるのであり,1日目,2日目においても解熱や白血球数,CRP値の低下は優に期待することができたものと考えられ,そうすると,約23時間30分後のARDS,約25時間30分後のDIC,約36~39時間後のショック症状発生を回避し,約56時間15分後の心停止を回避することができた蓋然性は高いものということができ,この推認を覆すに足りる証拠はない。
 本件においては,同月18日以降にバンコマイシンが投与されたものの,なかなかMRSA消滅の効果を上げることができなかったが,このことを理由に,同月15日にバンコマイシンを投与していたとしても,被控訴人Aの感染した当該MRSAに対して効果を上げることはできなかったということはできない。すなわち,同月18日には同月15日午後7時ころの段階に比べて被控訴人Aの全身状態は極めて悪くなっていたこと,15日から18日の間にMRSAの菌量も増加していたであろうこと,本件では18日に上記所定の成人の標準的な用法・用量でバンコマイシンを処方できなかったこと等18日と15日では全く状況が異なっていたからである。

平成21年4月10日記す。平成21年9月26日追記。平成21年11月15日,追記部分を「控訴審」として更新。(注: この版は旧版であり,地裁判決の再確認,最高裁決定を受けての新版がこちらにあります。)


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2022年4月以降に動作ドラブル起きていることが判明しました。
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