八戸縫合糸訴訟事件メモ

(事件概要はこちら,一審判決文はこちら, 高裁判決文はこちら)


経過一覧(判決文より)

登場する医師は,初療のA医師は外科,それ以外は整形外科。

● 平成11年4月9日(金)

10:30ころ 農耕ロータリー機に左足を巻き込まれ,その刃が左足膝窩部に突き刺さる。
11:20ころ 救命救急センターにてA医師が診察。左膝窩部に7~8cmの切創あり。動脈性出血(−)。1%キシロカイン局麻下で生食1500mlを用いてブラシ洗浄,挫滅組織を除去。足背動脈,後脛骨動脈が触知(−),知覚障害(+),足趾運動障害(−)
その後,仰臥位では足背動脈,後脛骨動脈触知(+)。

A医師からE医師に連絡。E医師は診察の上,手術室にて更なるデブリードマンを行うことを決定。パンスポリン1gDIV.

13:00 E医師とF医師の執刀でデブリードマン開始。
1%キシロカイン局麻。パニマイシン50mg添加生食500mlで洗浄(スポイトで吸い上げて圧をかけて噴射する方法)。創部の皮膚を切開延長し視野を広くし,ブラシ・歯ブラシを用いて洗浄,皮膚の周縁や挫滅した皮下脂肪,線維等の組織をメスや剪刀で切除。膝窩静脈が分枝した枝静脈から出血があり,電気メスで焼灼止血。ペンローズドレーン挿入,左膝伸展位でシーネ。ドレーン留置

手術後,救命救急センター病棟に入院。足背動脈や後脛骨動脈触知(+)。左足底部に異常知覚(+),触覚正常。知覚・運動神経麻痺(−),洗浄後に撮影した左膝レントゲンには異物混入,骨折など特段の異常なし。
パンスポリン1gDIV1日2回指示。
夜には看護師から異常の連絡なし。

4月9日夜間,発熱あり,創痛は夜間のうちに治まり,出血によるガーゼ汚染なし。睡眠もとれた。

● 平成11年4月10日(土)

朝,創痛(−),ガーゼ汚染(−)。
午前,E医師回診の際,創部から少量の出血があり,ドレーンの留置継続とした。
創部の血色は良好,排膿や再出血を思わせる特別な出血や症状はなし。左足背動脈触知(+)。シーネ固定にてトイレ歩行を許可。パンスポリン1gを1日2回。
昼は出血(−)。症状 stable。朝食,昼食は全量摂取。

16時過ぎころ,トイレ歩行(松葉杖)で歩き始めた際,創部ガーゼから出血(+)。
Nsが止血のため大腿部を縛り,医師の診察を依頼。

E医師診察,左膝窩部縫合部から動脈性の出血(+)。出血量はのちの測定で268g. 左足趾痛(+),左下腿のだるさ(+),足背動脈触知(+)だが,午前中の回診時より若干弱い。E医師はC医師とF医師に連絡,下腿筋肉内圧測定,右 15-20mmHg, 左110-120mmHg. コンパートメント症候群と判断。膝窩動脈縫合術及び筋膜切開術を決定。

17:56,腰麻開始,18:25手術開始。(E,C,F医師)
手術開始時には出血(−)

左膝窩縫合部分を開き,膝窩動脈を確認したところ,創部から数cm末梢で膝窩動脈の外側の分枝が出る部分に断裂,出血を認めた。E医師らは,膝窩動脈本幹から分岐した枝部分が断裂したものと考え,血管周囲を剥離し,4-0ナイロンにて5~6針縫合。創部は清浄。ペンローズドレーン挿入。ペリプラストを動脈縫合部位の周囲に塗布し,縫合部から血液漏出がないことを確認し,縫合終了。

左下腿コンパートメント症候群に対して,筋膜切開術を施行。筋膜を10数cm程度切開し,開放創とした。筋肉の上に抗生物質を浸したガーゼを当て,その上に乾いたガーゼを当てて包帯で巻いた。

19:27ころ,手術終了。

術後抗生剤パンスポリン1g,アドナDIV. この日の採血結果で WBC 15400.

● 平成11年4月10日(土)深夜~11日(日)

術後,E医師は断続的に下腿冷感,しびれの有無,色調,知覚,運動異常の有無等を観察し,夜間は当直看護師が上記観察を行った。左大腿部に創痛があり,21時ころボルタレン座薬を使用したものの,痛みは変わらず,22:20ころにはソセゴンi.v. 一旦痛みは軽減するも,4月11日の0時以降は,痛みやだるさが増強傾向となった。準夜勤の時間帯の原告は,足指は動くものの,一貫して足の痛みや倦怠感,しびれを訴え,冷感があり,主張が強く,足爪は白っぽく,圧迫するとピンク色に変わるような状態であり,足背動脈の触知(±)
E医師は,帰宅後4月10日22時過ぎと,4月11日0時過ぎ,1時過ぎころに電話で看護師から原告の状態を確認。

● 平成11年4月11日(日)

2:00ころ,Ns.巡回 足背動脈の触知が非常に弱くほとんど触れない。2:00過ぎころ,創部の圧迫痛がありソセゴンi.m.. 深夜勤の時間帯は,左足の動きや触覚はあるが,冷感やしびれがあり,色が白く,足背動脈触知(−),血中酸素飽和度は測定できず。

6:00ころ,看護師観察。足指は動くが,疼痛(+),倦怠感(+),冷感(+),しびれ感(+),腫脹(+),足背動脈触知(−)

7:20ころ,E医師診察,左膝窩部創部に新鮮出血(−),左足趾底屈可能,創痛(+),背屈筋力低下,腓骨神経領域の知覚低下(+),足背動脈触知 (−),後脛骨動脈触知(−)。足趾,足背が強い浮腫状。酸素飽和度測定器は反応せず。E医師は原告の左足を挙上し,プロスタンディンを投与。

8:00ころ,足指の動き(+),疼痛(+),倦怠感(+),しびれ感(+),腫脹(+),足背動脈触知(−)

その後も時々創痛あり

10:15ころ,ボルタレンサポ。睡眠少し。足趾のしびれ(−),動き良好,足趾に冷感(+),足底,足背に冷感(−),むしろ「熱い」と言ったため,電気毛布を除去。

12:45ころ,E医師診察。足背動脈触知(−),浮腫高度,軽度熱感(+),皮膚色やや蒼白気味。

午後,疼痛↑,14:45ソセゴンi.m.

18:00,左膝から下肢にかけてズキンズキンとうめき声を上げるほどの痛みあり。
19:20,ボルタレンサポ投与。その後もうめき声が聞こえたが,21:00ころには入眠。

準夜間の時間帯(16:15~翌日1:00)を通じて,冷感(−),しびれ(−),足指の動き異常(−),皮膚色異常(−)。足背動脈触知(−)

●平成11年4月12日(月)

深夜帯(0:15~9:00),痛み時々,自制内。冷感(+),しびれ(−),動き良好,ガーゼ汚染(−),下肢浮腫(±),足背動脈触知(−)

6:00,Ns.確認,特に異常の報告なし

8:00,C,E医師診察,安静時創部痛(−),運動時創部痛(+),左足趾の運動不良(底屈運動できず),足背動脈触知(−),後脛骨動脈触知(−),左下腿前面の筋肉に色調異常(+),皮膚チアノーゼ色ないし紫色,下腿前面のガーゼを取ると異臭あり。ドップラー施行にて後脛骨動脈血流(+),足背動脈血流(−),採血にてCPK3747(前日1727).血管造影施行決定

15:00ころ,血管造影検査思考。左膝窩動脈が膝関節上部で途絶,血栓s/o. 前脛骨動脈,腓骨動脈幹は,浅大腿動脈,深大腿動脈からの側副血行を介して血流あり,前脛骨動脈の末梢部分は造影されず,前脛骨動脈近位に血流途絶(+)と判明。

17:00ころ,緊急手術決定。18:00ころ手術室入室,18:55~21:45手術施行。膝窩動脈は,4月10日に縫合した部分から約5cm近位で閉塞していた。血栓は太さ約5mm,長さ2~3cmの円筒状。血栓除去後に血管切開部を7-0ナイロンで縫合。膝窩動脈周囲の筋肉に壊死があり,壊死部分をできるだけ切除洗浄した。下腿前面減張切開部分は開放創のまま。術後,パンスポリン,ウロキナーゼ,プロスタンディン投与。

●平成11年4月13日(火)以降

4月13日0:00ころ,テタノブリン250万I.U. i.m.深夜から未明にかけて不穏あり。
4月13日午前,異臭(+),足背動脈触知(−),足は貧血様色調。
4月13日9:30,高圧酸素療法施行するも改善(−)
4月14日13:07~14:24,左大腿切断術施行。
4月15日,WBC4700.
4月16日,3日前の細菌検査結果判明,クロストリジウム・ペルフリンゲンス。


答弁書(病院側の主張)より

まず,膝窩の前回縫合部分を開き,膝窩動脈を確認した。創部より数センチメートル足先側部分膝窩動脈の外側部分の一部(全周性ではない),同動脈が細い枝を出す部分に,前日の手術の際にはなかった断裂があり,同部分からの出血が見られた。膝窩動脈本管から分枝した枝部分が断裂したものと思われた。このため,血管周囲を剥離して明らかにし,4−0ナイロン糸を用い,5ないし6針で動脈の断裂部分を縫合した。ベリプラスト(生理的組織接着剤)を動脈縫合部位の周囲に塗布し,縫合部から血液の漏出がないことを確認して,縫合術を終了した。

4月10日の手術記録の絵をメモしたもの


甲A第11号証,本人と妻連名の陳述書

過失と思われる点

(1)創を洗浄する際の生食が1500mlだったこと。
(2)11日に脈触知(−)で,動脈に何らかの異常が発生していることを予見し,血管造影などの検査で確認しなかったこと。
(3)12日の血栓除去後すぐに高圧酸素療法を受けられるように準備をしていなかったこと。


本人・証人尋問 平成15年4月16日

担当医尋問の中で

脈触知しなかったこと,酸素モニターが反応しなかったことについては,浮腫におよって触れなかったと考えた。

部長は平成11年4月11日まで学会で不在だった。12日に部長に報告した。


甲A第22号証の1 原告側鑑定意見書 平成15年11月24日
三浦隆行 名古屋大学名誉教授 (峰村注:手指が専門らしい。この意見書で縫合糸の太さの問題が初登場した模様。)

 特に膝窩部の損傷では膝窩動脈の損傷による末梢側の血行障害が著しく,膝窩動脈損傷の合併にはもっとも注意が必要(側副血行の少ない膝窩部の動脈損傷では,末梢側の壊死発生頻度は40%と,より中枢部の大腿部における動脈損傷の場合より高いと報告されている)。
(1)1500mlの生食が少量だったこと。十分な外科的洗浄と考え難い。この初期治療の不十分さが以降の経過を不良とした最も重大な原因と見られる。
(2)デブリードマン。初診時には足背動脈触知が一時不能だったとの記載があり,すでに何らかの損傷があったと考えられる。駆血帯を使用して無血管野(峰村注:写し損じ?)での観察が行われていたならば,発見可能であったと考えられる。
(3)太い縫合糸による血管内皮の損傷。血管内に露出した異物は血栓形成の原因となる。少なくとも7−0以下,できうれば微小血管の縫合に準じて手術用顕微鏡を使用して10−0ナイロン糸を使用する配慮が必要であった。
(4)11日7時20分所見。血行の途絶を示す所見。6時間以上に及ぶ血行途絶は筋の不可逆性変性を招くと報告されている。血管縫合後には血栓形成による動脈塞栓に対しては常時注意深い観察が必要。少しでも疑われるときは,迅速な対応(血栓除去)が必要とされる。

以上,何か所かの過誤,不適が指摘できるが,ガス壊疽発症確認(4月12日)後の対応には特に過誤はない。

本件においては(1)初期治療における外科的洗浄の不徹底がガス壊疽菌の残存の原因(2)血管縫合後の血行障害に対する配慮不足が組織内酸素の不足,筋壊死を招き発症に関係したと思われる。


乙41号証 被告側意見書 平成16年2月15日

高橋忍 滋賀医科大学助教授

糸の選択
 膝窩動脈の縫合は,一般的には5−0,6−0,7−0の程度の丸針付きの糸。血管径や動脈壁の厚さから考えて,4−0糸は普通よりやや太いと思われるが,7−0以下を使わないとそのために血栓ができるとも思われない。まして通常は指動脈の縫合に使われる10−0を膝窩動脈に使うなどは,存在したとしても例外のケース。
 動脈血栓の治療のタイミングを論ずれば,緊急動脈造影を行い,早期に動脈血栓の治療を行うことが望ましかったと考える。しかしそれを行っていれば,感染,ガス壊疽,切断のいずれかを防ぎ得たか否かは不明としか言えない。
 本件は,その外傷機転,経過ともに,しばしば見るような救急外傷のパターンではなく,めったにない型の外傷に引き続いて不幸にして稀な悪い経過を辿ったものである。そこで行われた一連の治療は,概ね現在の一般的かつ常識的医療水準のそれであり,処置や検査の内容,診療記録記載は多忙な第一線病院における救急診療として概ね高い水準のものです。本件の患者の予後に決定的な影響を及ぼしたと考えられる過失や不備は指摘し難いと思います。初期治療が悪かったから開放創が感染したというのは,適切な初期治療を行えば外傷患者に感染やガス壊疽は起こらないはずであるという主張を含んでおり,これは救急医療の現場を知る者には到底同意できないものです。ガス壊疽発症を完全回避できる「理想的な処置」というものはありません。「このような初期治療をしていればガス壊疽は生じなかった」ということは言えないと思います。


裁判所で依頼した第三者 鑑定結果 平成17年6月30日
香月憲一 大阪市立大学整形外科助教授

・・・なぜ二度の洗浄及びデブリードマンを行ったにも関わらず,膝窩動脈の部分損傷が最初の開放創の処置の時に発見されなかったのかが疑問ですが,理由の一つとして損傷部位が小さく,一時的に血栓形成が生じていたことが考えられます。もし担当医が一時的な血栓形成のために明らかな動脈性出血が生じていないような膝窩動脈の部分損傷を疑っていたならば,より厳密な麻酔管理のもとに血管外膜の剥離など,膝窩動脈損傷の検索を行ったかも知れませんが,鑑定資料からはそのような処置が是非必要であったことを支持するような所見は見当たりませんでした。

鑑定事項1
初療室での洗浄とデブリードマン
(1)腰椎麻酔や全身麻酔を用いず,局所麻酔でしたこと
 本件では骨折なく動脈性出血もないということで,局所麻酔で判断されたのでしょう。患者に不必要な疼痛を与えることなく十分な洗浄とデブリードマンが行えたのであれば決して誤った選択とは言えません。
(2)洗浄に使われた生理食塩水量
 3リットルは適量で,決して少なすぎる量ではありません。
(3)腰椎麻酔または全身麻酔で,十分な量の生理食塩水で洗浄すれば,ガス壊疽発症を予防できたと考えられるか。
 結果論からすると,当初より一般細菌に対する感染症だけでなく,破傷風やガス壊疽などの重度感染症の可能性についても考慮し,徹底的にデブリードマンをすれば,ガス壊疽の発症率を低下させられた可能性はある。
 もし,膝窩動脈損傷を初療時に発見できて,適切な処置が行われていたならば,ガス壊疽発症を予防できた可能性がある。しかしガス壊疽は潜伏期間も短く重症の感染症なので,必ずしも予防できたとは限らない。
(4)駆血帯の使用
 結果的に必要がなかったものと想像する。
(5)駆血帯を使用していれば,動脈損傷を発見できたと考えられるか。
 担当医がそのことを予見していたと仮定し,駆血帯使用のもとに拡大鏡や顕微鏡を使用して入念に動脈の損傷状態を検索すれば発見し得た可能性がある。
 本件では,明らかな動脈性出血がなく,足背動脈,脛骨動脈の拍動を触知していたので,そこまで入念に処置しなかったことが不適切であったとはいい切れない。

鑑定事項2
10日午後4時過ぎとその後の出血に関して
(1)出血の原因
 受傷時に膝窩動脈に部分損傷が生じていたと考えるのが自然。初療時に発見できなかった理由は,1)一時的血栓形成のため発見が困難だった。2)不全損傷でその後徐々に完全損傷に移行した。
(2)4−0を使用したことは妥当か。
 個人差を考慮しても明らかに太すぎる。
(3)7−0以下(10−0等)を使用していれば,12日に摘出された血栓形成を予防できたと考えられるか。
 膝窩動脈直径が5mmとして,鑑定資料乙2の7頁(峰村注:カルテの手術記録の絵。この日記の添付画像はそのイメージ模写)の絵で,例えばこの損傷が全周の4分の1と仮定すると,動脈の直径が5mmとして,5×3.14×1/4で約4mmの損傷ということになる。このわずかの間隙を4−0の針糸(4−0は太さ0.4mm前後)で5−6針縫合すれば,血管の狭窄が生じる可能性が高いと考えられる。実際4月12日の血栓除去術の際の手術記録(乙2の37頁)の中に,「前回止血部血管の狭窄が見られ・・・」という記載がある。
 また,カルテには記載されていないが,血管吻合は十分な倍率の拡大鏡かあるいは顕微鏡の使用のもとに行われたのだろうか? もしそうでないとすれば正確な血管吻合は不可能だ。逆に十分な倍率の拡大鏡かあるいは顕微鏡の使用のもとに血管吻合が行われていれば,鑑定資料に記載されているようなベリプラストの使用の必要はない。

鑑定事項3
11日の血行障害に関して
(1)血行障害の原因は何か。血栓の形成によるものであると考えられるなら発症時期,部位はどうか。
 原因:膝窩動脈血栓症と考えるのが自然。
 時期:4月10日に血管縫合された後,徐々に生じたと考える。
 部位:血管縫合部
 動脈血栓は血管内皮に何らかの原因で損傷が生じることによって形成される。本件でもその可能性がないとはいえないが,そうであればもっと早い時期に血栓が生じていてもおかしくない。本件では,4月10日の血管縫合後に血栓が形成されており,また4−0で縫合された事実と,4月12日の手術記事の「・・・狭窄」から,4月10日の縫合部位から近位に向かって血栓が形成されたと考えるのが妥当。(手術記録には縫合部より近位に存在と記されているが・・・)
 また質問にはないが,血栓除去術4月10日に縫合した部位が原因なら,この部分をそのまま放置していたのでは再び血栓が形成されるのは避けがたいと想像される。再発を最小限に抑えるには動脈を切除し吻合するか,静脈移植を要する。
(2)11日にドップラーや血管造影検査をしなかったことについては。
 行うべきだった。
(3)11日にドップラーや血管造影検査をして適切な処置がとられていれば,ガス壊疽の発症を防ぐことができたといえるか。
 初療時から抗生剤使用したにも関わらず,38度前後の発熱,4月10日に白血球数15400,4月11日には17000,CRP 23.4などから,この時期にすでにガス壊疽を発症していた可能性を示唆している。
 本件では,膝窩動脈損傷がなかったとしてもガス壊疽が発症していた可能性があるので,同日中にドップラーや血管造影を行っていても発症したかもしれない。しかしコンパートメント症候群や血栓症によって下腿の血行障害を来したことは,ガス壊疽の発症率を高めたり,ガス壊疽の感染範囲を広めた可能性があるので,適切ならガス壊疽の発症率を低下させたり感染範囲を狭めることができた可能性はある。


裁判所和解案 平成17年10月30日
4000万円

判断
(1)過失について
(1) 9日,腰椎麻酔あるいは全身麻酔下でデブリードマンを行うべき注意義務違反→違反しない
(2) 駆血帯を使用して,動脈損傷に気づくべき注意義務違反→違反しない
(3) 適切な太さの縫合糸を使用しなかった注意義務違反→違反する
(4) 血行障害に11日から12日の間に気づくべき注意義務違反→違反する

(2)因果関係について
不明


補充鑑定書 平成18年1月5日
香月憲一 大阪市立大学整形外科助教授

鑑定項目
(1) 7−0ナイロン糸なら,ガス壊疽発症による左大腿切断に至らなかった蓋然性(=7,8割程度の確からしさ)があるといえるか。
(2) 4−0を使用しても,11日に血流ドップラー検査や血管造影を行っていれば,異常を検知し,ガス壊疽発症による左大腿切断に至らなかった蓋然性(=7,8割程度の確からしさ)があるといえるか。
(3) 7−0を使用し,11日にドップラーを行っていれば,ガス壊疽発症による左大腿切断に至らなかった蓋然性(=7,8割程度の確からしさ)があるといえるか。

鑑定結果

参考資料(1)588頁「膝窩動脈が閉塞すると40%に末梢部に壊死をきたす」,参考資料(12)39頁表2には,「膝窩動脈は結紮による壊死発生頻度は40−100%(合併損傷があり,かつ阻血時間が長いほど切断になる。)」と記載されている。また,資料(12)43頁には,「膝窩動脈損傷の予後は他部位に比べて悪く,切断率は28~57%である。」と記載されており,これらのことから,膝窩動脈閉塞あるいは損傷の予後が他の動脈に比べて非常に悪いことがわかる。本症例がガス壊疽を伴わない膝窩動脈単独損傷であれば,適切な縫合糸を用いて,適切なタイミングで血流ドップラー検査や血管造影を行い,膝窩動脈閉塞を回避できていれば,左大腿切断に至らなかった蓋然性があると思う。しかしガス壊疽発症による臨床的予後はさらに悪く,最近本邦の下肢ガス壊疽発症の症例報告1982−2005,44文献70症例では死亡13例(19%),切断38例(54%),治癒22例(31%)(死亡例には3例の切断例を含む)で,このうちクロストリジウム性の9例では,死亡2例,切断7例,治癒1例(死亡例に1例の切断例を含む)となっている。
4−0でなく7−0を使用していれば,動脈閉塞を予防しえた可能性があり,ガス壊疽発症を低下させ,感染範囲を狭めることができた可能性はあるが,数字で表すことは不可能。
また,10日には,すでに下腿のコンパートメント症候群が発生し,白血球数が15400と高値で,この時点ですでにガス壊疽がかなり進行していたことも考えられる。患部が感染した状態では,たとえ適切な太さのナイロン糸で縫合しても血栓形成のため動脈閉塞が生じることが多く,単純な血管損傷の場合とその予後を比較することは不可能である。
蓋然性(7−8割程度)があるとまでは言い切れないと判断する。

注:参考資料(1)=標準整形外科学第7版,参考資料(12)今日の整形外科治療指針第4版


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