福島VBAC訴訟・判決文

(事件番号:平成14年(ワ)第114号、福島地裁判決平成20年5月20日、事件概要はこちら,鑑定書・補充鑑定書の抜粋はこちら。控訴審事件番号平成20年(ネ)249号,仙台高裁 、和解成立)

平成20年5月20日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成14年(ワ)第114号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成20年1月28日

原告 B
原告 C
上記両名訴訟代理人弁護士 藤田康幸
同 高木康彦

福島市光が丘1番地
福島県訴訟継承人
被告 公立学校法人福島県立医科大学
同代表者理事長 O
同訴訟代理人弁護士 渡辺健寿
同 渡辺慎太郎


主文

1 被告は,原告ら各自に対し,3671万7993円及びこれに対する平成7年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その3を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 被告は,原告ら各自に対し,5000万円及びこれに対する平成7年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告C(以下「原告C」という。)が被告の開設する病院で帝王切開後経腟分娩(以下「VBAC」ともいう。)により出産をした際に,子宮破裂を発症して緊急帝王切開となり,原告らの二女D(D,以下「D」という。)が重度の新生児仮死の状態で出生し,重症脳性麻痺となり,その結果死亡したことについて,Dの両親である原告らが,被告に対し,被告病院の医師らが,(1)原告Cは帝王切開手術による出産を経験していたから,同人に対し、経腟分娩をする危険性について説明し,原告Cをして経腟分娩をするか帝王切開をするか選択できるだけの説明をしなければならなかったのに,これを怠ったという分娩方法の説明義務違反,(2)原告C及び胎児の状態から入院する前に経腟分娩を断念し,予定帝王切開をすべきであったという分娩方法選択義務違反,(3)早期に切迫子宮破裂の状態であると診断し,帝王切開により児を娩出すべきであったのにそれを怠ったという分娩監視上の注意義務違反,(4)経腟分娩により安全に娩出できない状態になったら直ちに帝王切開を行えるよう準備をしておかなければならなかったのに,これを怠ったという帝王切開移行準備義務違反により,上記のような結果を招来したとして,主位的に不法行為に基づく損害賠償を,予備的に債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。

1 前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実)
(1)ア 原告B(以下「原告B」という。)及び原告C(昭和41年12月29日生)は,D(女児,平成7年5月17日出生,平成12年3月5日死亡)の両親である。
 福島県は,福島県立医科大学医学部附属病院(以下「被告病院」という。)を開設・運営し,Dの出産に関わった医師及び助産婦らを雇用していたが,本件訴え提起後である平成18年3月17日,被告の設立認可がされたことにより,被告が,被告病院に係る医療訴訟に関する福島県の権利義務を承継した。
 なお,原告Cは,平成4年4月1日から平成9年3月31日まで,被告病院の皮膚科・麻酔科に看護師として勤務していた。ただし,平成7年3月以降は産休等をとっており,Dの介護等のために平成9年3月31日退職した。(甲A4)

イ Dは,平成7年5月17日,被告病院産科において重度の新生児仮死状態で生まれ(以下「本件出産」という。),重度の脳性麻痺であったところ,4年9か月後である平成12年3月5日に死亡した。

ウ 原告Cは,平成5年8月9日,被告病院産科で,双子である長男及び長女を帝王切開手術(下腹部正中切開にて腹腔に入り,子宮下部横切開で娩出)で出産している。

(2)入院までの診療経過
ア 平成6年12月1日(初診)
 原告Cは,同日,被告病院産科を本件出産において初めて受診した。このとき原告Cは妊娠17週0日であった。診療に関わった医師は,G医師(以下「G医師」という。)とH(旧姓I)医師であった。
 このとき原告Cは,被告病院との間で,原告Cの妊娠出産に関し,母体及び胎児・新生児の安全を確保するために必要な診療・処置をすることを内容とする準委任契約を締結した。
 原告Cの分娩予定日は,平成7年5月11日であった。(甲A2)
 その後,原告Cは平成6年12月12日から平成7年4月4日まで,計7回被告病院を受診したが,特に異常はなかった。

イ 平成7年4月12日(妊娠35週6日)
 助産婦から原告Cに対し,出産に際しての入院時期の説明があった。原告Cは,平成5年8月9日,被告病院において双子を帝王切開により出産していたが,経腟分娩の経験がなく初産同様に子宮口が硬いので,初産婦と同様に陣痛が10分間隔になったあたりで病院に電話連絡するようにということであった。

ウ 平成7年4月19日(妊娠36週6日)
 E医師(以下「E医師」という。)は,原告Cに対し,手術前検査として,採血・呼吸機能テスト,心電図等の検査を実施した。

エ 平成7年4月26日(妊娠37週6日)
 E医師は原告Cを診察したが,特に異常を認めなかった。

オ 平成7年5月2日(妊娠38週5日)
 E医師は,原告Cを触診したところ,子宮頸管が硬めであったため,経腟分娩に備えて子宮頸管を熟化(やわらかく)させるため,子宮頸管熟化剤であるマイリスを注射した。

カ 平成7年5月9日(妊娠39週5日)
 E医師は,原告Cを触診したところ,子宮頸管が硬めであったため,5月2日と同様マイリスの注射をし,子宮壁の厚さを測定した。

キ 平成7年5月16日(妊娠40週5日)
(ア) 午前10時から11時
 この日の診察は,これまでの担当者と違うF医師が担当した。
 すでに予定日を過ぎているため,原告Cが,児の大きさ,分娩の時期,子宮破裂の危険性等について尋ねると,児の大きさについて,F医師は「3400gから3500gで,ちょっと大きいな」と言った。
 分娩の時期に関して,F医師は「先週までの担当医に何と言われていましたか」と原告Cに尋ねたので,原告Cが「1週間様子みてお産が始まらなければ,入院しましょうと言われました」と答えると,F医師は「今日は大丈夫でしょう」と述べた。
 子宮破裂に関して,原告Cが「子宮破裂が心配で子宮壁の厚さを測定してもらっていました」と告げると,F医師は「よほどじやないかぎり大丈夫だから」と答えた。(甲A2)
 F医師は原告Cに対し,次は5月19日に診察する旨を伝え,同日の診察予約票を渡した。

(イ)午後11時30分

 陣痛が始まり,その間隔が10分位になったので,原告Cが自宅から被告病院に電話でその旨を伝えたところ,助産婦は「0時過ぎに来なさい」と述べた。

(3)入院から出産までの経過
 原告Cの出産は,平成7年5月17日の深夜から明け方にかけて行われた。
 同夜の当直医師は,それまで原告Cと面識のない同院産科のW医師(以下「W医師」という。)であった。当直助産婦は,K助産婦(現・L。以下「K助産婦」という。),A助産婦(以下「A助産婦」という。)ほか1名の3名であった。

ア 午前0時過ぎ,原告Cはタクシーを呼び,午前0時15分,1人で被告病院に到着した。原告Bは長男・長女とともに自宅で待機していた。

イ 入院後,分娩室にて,K助産婦は原告Cの体重等を測定し(体重67Kg,子宮底40cm),午前0時25分から1時9分まで分娩監視装置によるモニタリングを施行した。モニタリングの結果,間欠5から6分,発作20から30秒であり,分娩に有効と考えられる陣痛があった。また児心音(FUR)は130bpmであった。(乙A2)

ウ 午前1時9分過ぎ,分娩室にて,W医師が原告Cにエコー検査と内診を行い,その際分娩監視装置を外した。

エ 午前1時20分過ぎ,分娩室にて,W医師は生理食塩水300mlによる浣腸を指示したが,グリセリン浣腸110mlが実施され,反応便があった。このころ原告Cは初めて出血した。

オ 午前1時42分から2時15分ころ,分娩室にて,K助産婦が原告Cに分娩監視装置によるモニタリングを施行した。児心音は130bpmであった。

カ 午前2時20分ころ,K助産婦は,分娩監視装置をはずして原告Cを歩行で陣痛室へ移動させた。(乙A2,証人L)

キ 午前3時,K助産婦が陣痛室に戻って来た際に,原告Cは下腹部の痛みを訴えたので,K助産婦は原告Cの内診を施行した。

ク 午前3時10分ころ,K助産婦の内診の結果,すでに子宮口が全開大となっていたことが判明した。原告Cには性器出血がみられた。

ケ 午前3時20分ころ,原告Cは車椅子で分娩室へと移され,午前3時23分にモニタリングを施行した時点での児心音は140bpmであり,明瞭に聴取された。

コ 午前3時32分,K助産婦が人工破膜を施行したところ,その直後の児心音は140bpmであったが,3分後,陣痛と同時に児心音が80から50bpmまで低下した。同助産婦が原告Cに酸素を投与し,体位変換をさせたが,児心音は回復しなかった。

サ そのころK助産婦から連絡を受けて現れたW医師は,原告Cに対し,2回吸引分娩を試み,いずれも児頭に吸引圧がかかったが,滑脱して児を取り出すことはできなかった。さらに,3回目の吸引分娩を施行しようと試みたが,児頭が上昇しており,吸引カップが児頭にかからなかった。なお,この間,一度もエコー検査による診察は行っていない。

シ 午前3時40分ころ,婦人科のS医師(以下「S医師」という。)が呼ばれ,原告Cに対しエコー検査を実施し,子宮破裂を確認し,帝王切開手術を行うことを決定した。

ス 原告Cはストレッチャーで手術室へと移されたが,手術室は鍵がかかっており,原告Cは,麻酔科の医師が来るまで,手術室の前で,ストレッチャーの上で待たされた。原告Cの血管確保はそこで行われた。

セ 呼び出されたY医師は帝王切開手術を行ったが,手術所見記録表によれば,「皮膚の消毒時には既に正常な妊娠子宮の形態を認めず,胎児が直接触れるような印象を受けた。正中切開で腹膜を開くと同時に胎児の体が直視できた。頭部は下方,頸管内に存在していた。胎児をすぐに引き出したが,特に抵抗もなく娩出できたが,仮死は相当のものと考えられた」とのことであった。
 そして,子宮の裂傷は前回の帝王切開創がそのまま開いている状態であり,通常の帝王切開で児娩出後に縫合を開始する直前の状態と同様であった。

ソ 午前4時12分,Dが出生した。
 Dの出生時の体重は3438gで,胎児の状態を表すアブガースコア(10点満点)は,助産記録によれば1分後が1点(心拍のみ),5分後が3点(心拍数100以上と体幹色)となっていた。Dは,蘇生処置が施され,新生児集中治療室(NICU)に入院となった。

(4)出生後の経緯
ア 出生日である平成7年5月17日午後,Dは自発呼吸なし,瞳孔反射なし,無尿で危険な状態であった。同年6月10日ころから,Dは少しずつ自発呼吸をするようになった。
 Dは,その後も人工呼吸を継続していたが,同年7月3日,CT検査を実施したところ,大脳皮質全体 視床,脳幹,小脳と広範囲に萎縮しており,重度の脳障害を裏付ける状況であることが判明した。

イ 平成7年8月3日,Dは退院し,在宅療養及び2週間に1回の通院となった。

ウ 平成8年3月下旬,Dは呼吸器を持続装着させなければならない状態となり,在宅人工換気療法となった。

エ Dは,呼吸器を装着するようになってから,外来通院すら難しくなり,被告病院の医師による月1回の往診を受けていたが,平成12年3月5日,急性肺炎合併の重度脳性麻痺で死亡した(死亡時4歳9か月)。

オ Dの重度脳性麻痺の後遺障害は,分娩時の胎児低酸素血症が原因である。
 胎児低酸素血症の原因としては,①胎児が子宮外に脱出した際,同時に子宮外に脱出した臍帯が裂創縁で屈曲し,子宮壁や胎児部分に圧迫され,臍帯血管の血流が障害された場合(臍帯圧迫),②胎児が子宮外に脱出したことで子宮が収縮し,そのため子宮筋層から胎盤に流入している血管も収縮し,胎盤への酸素の供給が減少した場合(胎盤血流の減少),③右側の子宮動脈が損傷し,子宮への血液の供給が減少した場合が考えられるが,このうち①が主たる原因である。

2 争点
本件の争点は,
(争点1)分娩方法の説明義務違反
 被告病院の医師が本件出産を帝王切開後経腟分娩(VBAC)の試験分娩でする危険性について説明をしたか。
(争点2)分娩方法選択義務違反
 本件出産がVBACであることを前提に,被告病院は,原告Cが入院する平成7年5月17日以前に,経腟分娩を断念し予定帝王切開を選択すべきであったか。
(争点3ないし7)分娩監視上の注意義務違反
 被告病院の医師らは分娩時である以下のアないしオの各時点において切迫子宮破裂(子宮破裂の前駆症状ともいうべき状態)であることを認識し,帝王切開手術を実施すべきであったか。
ア(争点3)午前2時30分ころ,切迫子宮破裂と診断して,帝王切開に移行すべきであったか。
イ(争点4)午前3時ころ,帝王切開に移行すべきであったか。
ウ(争点5)午前3時10分,帝王切開に移行すべきであったか。
エ(争点6)午前3時32分,人工破膜を行わずに帝王切開に移行すべきであったか。
オ(争点7)人工破膜後,児心音が低下した段階で,帝王切開に移行すべきであったか。
(争点8)帝王切開移行準備義務違反
 直ちに帝王切開を行える準備(いわゆるダブルセットアップ)につき,被告病院はそのような準備をしていたか,また,すべきであったか。
(争点9)被告病院の医師らに過失が認められる場合には,原告らに生じた損害額
であるが,争点についての双方の主張は以下のとおりである(以下,時間のみの記載は平成7年5月17日を示す。)

(1)争点1(被告病院の医師はVBACの危険性について説明をしたか)について
(原告らの主張)
 原告Cが,平成6年12月1日の検診時,「今度のお産も帝王切開になりますよね」と尋ねたところ,G医師及びH医師は,帝王切開後経腟分娩(VBAC)の危険性を否定し,子宮破裂のリスクについて説明することなく,むしろ帝王切開より経腟分娩の方が主流だと話した。
 原告Cは,自分が勤務する福島県内唯一の大学病院の産科の医師がそう言うのであるならば大丈夫であろうと,危険性についての認識は薄らぎ,経腟分娩での出産に臨むことにした。
 被告病院G医師らの前記説明がなければ,帝王切開を希望していたものであり,当初から帝王切開を選択していれば,Dは健常児で出生し,重度脳性麻痺で出生後死亡することはなかった。 
 被告は,説明義務違反による損害賠償の内容は,患者の自己決定権侵害に伴う慰謝料に限られると主張するが,原告Cは,当初考えていた帝王切開を選択する余地すら与えられなかったのであり,そのために,Dは重度障害を負って出生し,4年9か月後に死亡するに至ったのであるから,死亡との間に因果関係を認めることができる。

(被告の主張)
 平成6年12月1日の検診時,原告Cが帝王切開後の2度目の分娩であるから当然に帝王切開による分娩となるものと考えていたようであったことから,G医師及びH医師は,必ずしも帝王切開でなくとも出産が可能であり,子宮破裂等の危険性はあるが経腟分娩の方法もあることを伝えた。
 当時,G医師及びH医師は,帝王切開によるか経腟分娩によるかを患者に判断させるために,それぞれのメリット デメリットを十分に説明していた。原告Cに対しても,経腟分娩の場合,帝王切開をしなくてよいため,母体に対する侵襲が少なく,出血など合併症の発症が少ないというメリットがあり,これに対し,子宮破裂が生じる可能性があること,それに伴い,胎児仮死,胎児死亡の可能性があるというデメリットがあることを説明した。
 仮に,分娩方法に関する説明義務違反が認められたとしても,原告らが主張する損害との間に因果関係はなく,患者の自己決定権の侵害があるにすぎず,これによる損害賠償の内容は患者の自己決定権の侵害に伴う慰謝料に限られる。

(2)争点2(原告Cが入院する以前に,経腟分娩を断念し予定帝王切開を選択すべきであったか)について
(原告らの主張)
 被告病院は,本件出産後の平成7年7月31日,原告らに対し,帝王切開を経験した妊婦の子宮破裂の危険性は10倍高く,経腟分娩を試みても,帝王切開に移行する割合は50%から70%と高い(甲A3・54頁)と説明した。また,緊急帝王切開は,予定帝王切開に比べて危険性が高い。
 しかも,本件では,平成7年5月9日に測定された原告Cの子宮壁の厚さは2mmであり,安全にVBACでの試験分娩を行うには薄かったこと,同月16日には出産予定日を5日も超過し,胎児が大きめであって,児頭骨盤不均衡(CPD)の疑いがあったこと,さらに緊急時の被告病院の体制を考慮すると,被告病院は,同月17日の入院以前において,経腟分娩を断念し予定帝王切開を選択すべきであった。
 予定帝王切開を実施していれば,Dは健常児として出生したはずであった。

(被告の主張)
 平成7年5月17日の入院以前の診療経過において,原告C及び胎児に特に異常は認められなかったものであり,経腟分娩を断念し予定帝王切開を選択するとの判断をすべき事情はなかった。
 単純に子宮壁の厚さのみから子宮破裂を予測することは不可能である。子宮切開搬痕部が完全に筋組織で被覆されているか,脂肪組織や結合組織で被覆されているかによっても,子宮破裂が生ずる可能性は異なる。
 同月16日の時点で予定日を5日超過していたこと,児が大きめであったという事情から予定帝王切開を選択すべきであったとはいえない。
 さらに,被告病院では,母児の状態をモニターできる機器が整い,輸血もいつでも可能であり,緊急手術ができるように器具は消毒されて用意できており,麻酔医及び新生児専門医が病院内に待機しており,緊急時に帝王切開に切り替える準備はされていたものであり,VBACを行うのに十分な体制を整えていたから,被告病院の体制を考慮して予定帝王切開を選択すべきであったとすることは失当である。

(3)争点3(午前2時30分ころ,切迫子宮破裂と診断して,帝王切開に移行すべきであったか)について
(原告らの主張)
 午前1時41分ころから2時15分にかけて,分娩監視記録(乙A2)からしても子宮内圧は少なくとも80mmHg程度を超えていたはずであり,過強陣痛の傾向が明確になっている。原告Cは,午前2時30分以降,下腹部の限局した痛みを訴えている。
 午前2時30分より前の段階で,助産婦は原告Cが過強陣痛であることを認識していた。
 このような過強陣痛や強い痛みなどからして,遅くとも午前2時30分ころには切迫子宮破裂と診断し,その時点で帝王切開に移行すべきである。
 産科婦人科用語問題委員会報告(乙B9)を根拠に過強陣痛を定義づけることには問題があり,過強陣痛が異常に強い陣痛であるとすれば,胎児仮死を起こしたり,子宮破裂を来した場合には,その時あるいは破裂直前の陣痛は過強陣痛と定義されるべきである。確かに,外測法では,子宮内圧の絶対値を厳密に測定できないが,相対的に陣痛の強さを比較することは可能であり,それゆえ,被告病院助産婦も,午前1時41分から2時15分にかけての陣痛の増強について「過強っぼいね」と答えたのである(甲A3)。

(被告の主張)
 午前2時30分ころの時点で,原告Cは切迫子宮破裂の状態ではなかった。上記時点で,原告Cには,切迫子宮破裂の症状が認められず,また痛みも訴えていなかった。
 切迫子宮破裂の特有の所見にはエコー検査により確認可能なものはないので,エコー検査を施行しても切迫子宮破裂を診断することはできない。
 原告らは,同時刻ころ原告Cは過強陣痛であったと主張するが,午前2時から2時15分ころの陣痛周期は4,5分,持続時間は60秒くらいであり,子宮口が4から8cmくらいの時点での陣痛として決して過強陣痛ではなかった(産科婦人科用語問題委員会報告(乙B9)による基準)。また,午前2時15分ころ,原告Cが歩行して陣痛室に移動した直後,間欠が2分程度と一時短くなったが,原告Cが陣痛室にて臥床した後,3分間欠となった。
 よって,午前2時30分ころの時点で,切迫子宮破裂と診断して帝王切開に移行すべき義務は認められない。

(4)争点4(午前3時ころ,切迫子宮破裂と診断して,帝王切開に移行すべき
であったか)について
(原告らの主張)
 原告Cは,午前3時ころも下腹部の限局した痛みを訴えていた。
 分娩記録表(乙A2・53枚目)の午前3時ころの記載には「発作強いです」という記載とともに,腹緊時「下の奥の方が痛い」との記載があり,原告Cが下腹部の強い痛みを訴えていたことを裏付けている。
 K助産婦は,原告Cが下腹部の限局した痛みを訴えていたことを認識していたのであるから,その時点で帝王切開に移行すべきであった。

(被告の主張)
 午前3時ころ,原告Cは下腹部の限局した痛みを訴えていない。
 午前3時過ぎころ,原告CはK助産婦に対し,「発作が強い」と訴えたが,間欠がやや長くなった時には,原告Cはうとうとした状態であり,リラックスしている状態であった。
 原告Cが「下の奥の方が痛い」と訴えたのは午前3時10分ころである。分娩記録表に午前3時ころとして記載されていることすべてが午前3時に生じたわけでなく,一定の時間の状態の変化をまとめて記載したものである。午前3時10分,子宮口全開大であり,そのときに妊婦が下腹部痛を訴えることはしばしば認められるものであり,子宮口全開大の時点で下腹部痛があったことが子宮破裂の徴候であるとはいえない。
 よって,午前3時ころの時点で,被告病院に,原告Cが切迫子宮破裂であると診断して帝王切開に移行すべき義務は認められない。

(5)争点5(午前3時10分,切迫子宮破裂と診断して,帝王切開に移行すべ
きであったか)について
(原告らの主張)
 午前3時10分,原告Cが着けていたガードル型の下着が血液でかなり汚染され,それをどうするか尋ねられ,原告Cが「捨てて下さい」と答えるほどの出血があった。
 子宮破裂切迫症状には性器出血があげられており(甲B1の1・表2),また,子宮破裂の徴候としても,「外出血は概して少量であり,内出血によるショックが惹起される」(甲B12・354頁),「出血は内出血が主であり,全子宮破裂では腹腔内に大量出血を認める。また,少量の外出血が持続的に見られることもある」(甲B9・1493頁)などとされており,出血は出産に伴い当然に生じるものであり,切迫子宮破裂又は子宮破裂の症状とは考えられないとの被告の主張は明らかに誤りである。
 午前3時10分,原告Cのガードル型の下着が血液でかなり汚染されるほど出血していたから,その時点で帝王切開に移行すべきであった。

(被告の主張)
 このときの出血パットの出血は,少量から中等量程度であり,大量,異常なものではなく,持続性の出血でもなく,分娩経過の一部として何ら異常ではなかった。
 そもそも,出血は出産に伴い当然に生じるものであり,切迫子宮破裂又は子宮破裂の症状とは考えられないものである。
 よって,午前3時10分ころの時点で,被告病院に,原告Cが切迫子宮破裂であると診断して帝王切開に移行すべき義務は認められない。

(6)争点6(午前3時32分,切迫子宮破裂と診断し,人工破膜を行わずに帝王切開に移行すべきであったか)について
(原告らの主張)
 分娩監視記録・陣痛曲線(乙A2)によれば,午前2時15分ころは陣痛曲線の山は高くなっていたが,山と山との間に間隔があったのに対し,分娩監視装置再装着後の午前3時23分ころには子宮トーヌス(陣痛間欠期の子宮内圧)が上昇した状態(陣痛の間欠期にも子宮が十分弛緩しない状態)になり,頻発高張性陣痛(過強陣痛)が現れていた。つまり,その軌 分娩監視装置による記録はないものの,原告Cが切迫子宮破裂の状態に陥っていったことが推課されるのである。
 しかも,原告Cは下腹部の強い痛みを訴えていた。すなわち,子宮破裂を念頭におき,直ちに帝王切開へ移行すべく決断しなければならない状態であった。
 また,分娩経過が早かったのであるから,分娩を進行させる目的で人工破膜を実施する必要はなく,人工破膜を行ったことでかえって子宮破裂を引き起こした。人工破膜は臍帯脱出の誘因になり得るものである。
 被告は,人工破膜をするのが一般的であると主張するが,本件出産は,通常の分娩よりも子宮破裂の危険性のあるハイリスク分娩であり,それゆえ試験分娩を実施していたのである。まさに子宮破裂を念頭において分娩管理をしなければならなかったのであり,下腹部痛,出血についても,切迫子宮破裂の徴候ではないかと子宮破裂と関連づけて慎重に対処しなければならなかった。そのことを怠ったうえに,さらに陣痛を強める人工破膜,子宮下部等をより伸展させる吸引分娩等によって子宮破裂を決定づけてしまったのである。
 人工破膜を助産婦が単独で実施している点も,本件においては許されない行為である。

(被告の主張)
 午前3時32分の時点で,原告Cに切迫子宮破裂と診断すべき症状は何ら現れていなかった。午前3時25分の分娩監視記録・陣痛曲線をみると,陣痛周期は1分を超えており,陣痛持続時間は1分に達しておらず,過強陣痛を示すものではない。子宮口全開大になっている状態において破水していなければ,分娩の進行を促すために,人工破膜をするのが一般的とされているから,この時点でK助産婦が人工破膜を実施したことは,判断及び処置として医学的に間違ったものではない。人工破膜には分娩を促進させるが,陣痛を強める効果はない。
 被告病院において,原告Cについて子宮破裂であると疑ったのはW医師が,3回目の吸引分娩を施行しようと試みた時点(午前3時35分に児心音が低下し,その後に吸引分娩を試行したという時間の経過があるので,子宮破裂を疑ったのは午前3時37分ないし38分ころ)であり,このとき,W医師は,通常であれば,母体の腹部に子宮の丸みが見えるところ,腹壁を透して胎児の輪郭がはっきりと確認できたため,子宮破裂を疑った。この時点まで,原告Cに子宮破裂が生じたと判断されるような状況はなかった。
 よって,午前3時32分ころの時点で,被告病院に,原告Cが切迫子宮破裂であると診断して帝王切開に移行すべき義務は認められない。

(7)争点7(人工破膜後,児心音が低下した段階で,帝王切開に移行すべきであったか)について
(原告らの主張)
 人工破膜後,児心音が低下した段階で,W医師は吸引分娩を施行し,A助産婦は原告Cの上に跨がり腹部を思い切り押して児を取り出そうとした(クリステレル胎児圧出法)が,これらは子宮破裂の危険について全く顧慮していない行為である。
 子宮破裂が起こると胎児の体(形)が直接に腹壁上からよくわかり,胎児が腹腔内に脱出すると腹部の片側に偏在した胎児を腹壁直下に触知できるところ,A助産婦が腹部を押した行為により,かかる状態を原告Cは認識した。
 切迫子宮破裂を認めた場合,経腟分娩は禁忌であるから,人工破膜後,児心音が低下した段階で,吸引分娩を施行し,腹部を思い切り押すことなく,帝王切開に移行すべきであった。

(被告の主張)
 吸引分娩については,原告Cの子宮口が全開大で,破膜しており,児頭が十分下降していた状態において,児心音が低下したことから,時間を要する帝王切開の方法によるよりも,早急に娩出することが可能な吸引分娩の方法によって,児を早急に娩出させることが最善であると判断して行ったものであり,緊急時の判断及び処置として医学的に間違ったものではない。
 A助産婦が原告Cの上に跨がって腹部を思い切り押したことはない。1回目の吸引分娩の際,吸引分娩を補助するため,原告Cの横に立ち,子宮底圧迫を行ったが,この行為は吸引分娩の補助として不適切な行為ではない。
 よって,人工破膜後,児心音が低下した段階で,帝王切開に移行すべき義務は認められない。

(8)争点8(帝王切開移行の準備)について
(原告らの主張)
 VBACを実施するに当たっては,子宮破裂の危険をも顧慮し,ダブルセットアップすなわち直ちに帝王切開を行える準備をして臨むことが不可欠である。そして,子宮破裂の徴侯など危険を感じたなら,直ちに帝王切開に切り替えるべきであり,異常発生時には15分以内に児を娩出することが障害を残さないためには必要である。
 被告病院が子宮破裂に備えて,ダブルセットアップ体制をとっていなかったため,子宮破裂を認識すべき時期(午前3時32分ころ)からごぜん4時10分帝王切開手術開始まで,少なくとも35分以上かかってしまった。 
 S医師がエコー検査を実施し,子宮破裂を確認して,帝王切開の準備を告げるまで,帝王切開の準備はされておらず,結局帝王切開により児を娩出したのは,午前4時12分であった。被告病院の診療録によれば,児の娩出まで,子宮口全開大から1時間以上,人工破膜から40分経過しており,直ちに帝王切開を行える準備をしていなかったことは明らかである。
 母児の状態をモニターできる器具が整っていても使用しなければ意味はなく,陣痛発来時には血管が確保されていなければならない。緊急手術かできるように器具が消毒されていても手術室の鍵をあけるのに時間がかかっていたのでは意味がなく,麻酔医及び新生児専門医が待機していても,執刀したY医師は自宅から呼び出されたのであって,緊急帝王切開手術を担当する医師が病院内にいなかったのでは論外である。
 被告病院がダブルセットアップ体制をとっていなかったことは明白である。

(被告の主張)
 米国の産婦人科学会の勧告によれば,緊急帝王切開決定から30分以内に執刀することが望ましいとされている。
 被告病院では母児の状態をモニターできる機器が整っており,輸血もいつでも可能であり,緊急手術ができるように器具は消毒されて用意できており,麻酔医及び新生児専門医も待機して,緊急時に帝王切開に切り替える準備はされていた。
 子宮破裂が起こったのは午前3時40分ころであり,それを速やかに把握し,速やかに手術室に搬送している。執刀したのは午前4時10分とその30分後であり,その2分後には児を娩出している。
 前記のとおり,被告病院において,原告Cについて子宮破裂であると疑ったのは,W医師が3回目の吸引分娩を施行しようと試みた時点(午前3時37分ころ)であり,この時点まで原告Cについて子宮破裂が生じたと判断されるような状況はなかった。その直後,S医師は,確認のためエコー検査を施行して腹壁下に胎児を認めたため,午前3時40分,子宮破裂であると診断して帝王切開手術を施行することを決定したものである。
 本件の帝王切開決定から実際に娩出するまでに要した時間は平成7年5月17日当時の一般的医療水準にかなったものであった。

(9)争点9(原告らの損害)について
(原告らの主張)
ア Dの損害 合計6141万6106円(原告らの相続分各2分の1)
(ア)介護費用 2106万円
 死亡までの全期間(平成7年5月17日から平成12年3月5日まで1755日)を通じ,介護費用は1日当たり1万2000円が相当である。
 1万2000円×1755日=2106万円
(イ)入院雑費 18万8500円
 入院期間は合計145日であり,1日当たり1300円が相当である。
 1300円×145日=18万8500円
(切 傷害慰謝料(入通院慰謝料) 336万円
 死亡までの57.5か月のうち,入院期間を5か月,入院後の通院期間を52.5か月とすると,少なくとも以下の金額を下らない。
 261万円+(52万5000円−15万円)×2=336万円
(エ)逸失利益 3680万7606円
 Dは死亡時4歳で,4歳児の就労可能年数は49年(18歳から67歳)であり,貸金センサス平成12年第1巻第1表産業計・企業規模計・全労働者・全年齢平均賃金は497万7700円である。生活費控除率を40%として,中間利息の控除を年4%のライプニッツ方式で計算すると,次のとおりとなる。
 497万7700円×(1−0.4)×(22.887291−10.563123)=3680万7606円

イ 原告らの損害
(ア) 原告らの慰謝料 3000万円
 予定帝王切開によれば健全な児が生まれたにもかかわらず,経腟分娩のリスクを説明することなく杜撰な医療体制のままに経腟分娩を試み,子宮破裂を招き,Dに重度脳性麻痺を生じさせ,介護の甲斐なく,41年9か月後に,Dを失うことになった原告らの精神的苦痛は甚大であり,これを金銭に換えることは到底できないが,強いて金銭評価すれば,1人当たり1500万円,合計3000万円を下回ることはありえない。
 原告らの慰謝料が合計3000万円と認められないとしても,Dの後遺症慰謝料は,後遺障害1級の状態で出生し,4年9か月後に死亡しているから,2800万円を下らず,原告らはこれを相続しているので,いずれにしても3000万円を下回ることはない。
(イ)葬儀費用 120万円
 Dの葬儀費用としては,120万円(原告らの損害は各々60万円)を被告に負担させることが相当である。
(ウ)弁護士費用 738万3894円
 原告らは,本件訴訟の遂行を弁護士に委任し,その報酬として,東京弁護士会報酬会規による報酬額を支払うことを約した。本件のような医療事故訴訟にあっては,弁護士の活動は不可欠のものであり,上記報酬額のうち738万3894円を被告に負担させることが相当である。

ウ 前記を合計すると1億円(原告ら各5000万円)となる。

(被告の主張)
ア 介護費用について,近親者の介護費用としては,1日当たり6500円が相当である。また,平成7年5月17日を損害の起算点としている以上,その後の中間利息を控除すべきである。
 逸失利益について,平成12年産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者全年齢平均貸金である349万8200円を基礎とすべきである。また,中間利息の控除は年5%のライプニッツ方式により計算されるべきである。原告らが請求する平成7年5月17日を損害金の起算日とするのであれば,Dは当時0歳であるから,18歳から67歳までを稼働可能年数として,生活費控除率を40%とし,中間利息の控除を年5%のライプニッツ方式(67の係数と18の係数の差)で計算すると次のとおりとなる。
 349万8200円×(1−0.4)×(19.2390−11.6895)=1584万5796円
イ 原告らの損害についてはいずれも争う。

第3 争点に対する判断
1 前提事実に加え,証拠(甲A2ないし4,6,乙A1ないし7,証人L,証人W,証人E,証人金岡毅,原告C本人,鑑定及び補充鑑定の結果(以下「鑑定結果」という。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)原告Cは,被告病院において看護師として勤務していたところ,平成5年8月9日,被告病院において,帝王切開により双子を出産した。
 この出産は,予定日が同月27日であったが,原告Cは,同年5月20日に,切迫早産(25週)との診断でウテメリン(子宮収縮抑制剤)を投与され,同年6月30日には破水感を訴えたが破水はなく,同年8月9日,骨盤位であったため腹式帝王切開により,2910gの男児及び2144gの女児を出産した。児は女児が小児科受診となったもののいずれも健康であった。
 原告Cも帝王切開後,乳房に発赤が見られ,発熱があったが,術後の経過は良好で同年8月21日に退院した。

(2)ア 原告Cは,平成6年12月9日,妊娠18週,分娩予定日平成・7年5月11日の診断を受け,平成7年2月ころには下腿に浮腫がみられたが概ね順調に経過し,同年5月2日から,マイリス(子宮頸管熟化剤)の投与を受け始めた。

イ 原告Cは,平成5年8月9日に被告病院で双子を出産した際に帝王切開であったことや看護師としての経験などから,本件出産は帝王切開の方法によるものと考えていた。原告Cが,被告病院産科を本件出産において初めて受診した平成6年12月1日,被告病院医師に対し,検査中の立ち話として,本件出産が帝王切開の方法によるのかを尋ねたところ,経腟分娩の方法でも大丈夫である,もし何かあった場合には帝王切開に切り替える旨の回答があった。しかし,VBACによるときの子宮破裂の危険やいかなる場合に帝王切開に切り替えるかなどについて説明を受けたことはなく,VBACによるのか,当初から帝王切開の方法(予定帝王切開)によるのかの選択を求められたこともないまま,本件出産はVBACによることとなっていた。

ウ 原告Cを平成7年2月9日から同年5月9日まで診察したE医師は,原告Cに対し,分娩方法について,前に同人を診療したG医師らが説i明していると考えていたので,VBACによることの得失,危険性についての説明をしていない。

エ E医師は,平成7年5月9日,原告Cから子宮破裂が心配である旨の申し出を受け,同人の子宮壁の厚さを測定し,「2mmあるから大丈夫でしょう」「子供はちょっと大きいな」などと発言した。このときの子宮壁の厚さについては,カルテなどには記載されていない。

オ Dは,出生時,身長50cm,体重3438gであった。
 また,原告Cの同年5月16日の子宮底長は37cm,分娩時の子宮底高は40cmであったところ,38週5日(同月2日)は,児頭大横径(BPD)94mm,子宮底長33cm,39週5日(同月9日)は,BPD94.8mm,子宮底長31cm,体重3213g,40週5日(同月16日)は,BPD99.9mm,子宮底長37cm,体重3667gと測定されていた。
 一方,原告Cは,身長161cm,普段の体重が51kgであった。

カ 入院時において,原告Cに対してVBACに必要な検査等は行われており,それまでに率いても胎児の異常を窺わせる原告Cの状態及び検査等の数値は認めなかった。

(3)ア 原告Cは,平成7年5月16日午後11時30分ころ,陣痛が開始したとして,翌17日午前0時15分ころ,被告病院産科に入院した。
 K助産婦は,同月17日午前0時20分ころから1時ころまでの間,N助産婦から,原告Cを含む産婦について引継ぎを受け,原告Cについては,前回帝王切開時の創部(以下,単に「創部」ともいう。)の痛みはないとの申し送りを受けた(以下は断らない限り,平成7年5月17日である。)。
 W医師が午前1時9分すぎに行った内診及びエコー検査の結果,原告Cの子宮壁の異常は認められず,子宮口開大度は3cmから4cm,児頭先進部下降度(sp)は−3,子宮腟部の展退度は60%から70%であり,創部の痛みの訴えはなかった。そこで,W医師は,異常な所見を認めず,助産婦に対し分娩監視装置の装着と浣腸実施の指示をして,当直室に戻った。原告Cは,浣腸を実施したときに出血があったことをK助産婦に伝えたが,同助産婦は産微と考えた。
 K助産婦は,W医師から子宮頸管の軟らかさが中等度であるなどとの報告を受け,午前1時30分ころ内診を行った。このころの頸管成熟度を測るビショップスコアは,午前1時ころには,子宮頸管の位置が前方であったことをも併せると,7点となる。

イ 原告Cには,午前1時42分から2時15分ころまでの間,分娩監視装置によるモニタリングが実施されていたが,その後,K助産婦の指示により,原告Cは歩いて陣痛室に戻った。原告Cは,K助産婦が戻つてくるまでの間,陣痛室のナースコールを呼ぶことはなかった。
 上記モニタリングでは,陣痛曲線の値が必ずしも正確な子宮内圧を示すものではないとしても,陣痛時には100mmHgを超える値を示していた。
 原告Cは,午前3時ころ,陣痛室に来たK助産婦に対し,「発作が強い」と訴えたが,間欠期にはリラックスする状態にあった。
 その後,午前3時10分ころ,K助産婦は,原告Cから,腹緊時に「下の奥の方が痛い」との訴えがあったため,内診を行ったところ,子宮口全開大であり,出血パッドに少量から中等量程度の出血があったが,持続性の出血とは認めなかった。K助産婦は,原告Cの上記訴えや出血について,通常の出産に伴うものであると判断し,特に医師の診察を求めることもしなかった。
 このため,K助産婦は,午前3時20分ころ,原告Cを分娩室に車椅子で移動させた。

ウ K助産婦は,分娩室に移された原告Cに対し,午前3時23分,午前2時15分以降行っていなかったモニタリングを再開した。同助産婦は,W医師の明確な指示はなかったが,子宮口が全開大であったため,午前3時32分に分娩を促進するために人工破膜を施行した。その直後の児心事音は140bpmであったが,午前3時35分,80bpmから5Obpmに低下した。その時の分娩監視装置のモニタリングは,記録用紙が詰まって判読しがたいが,児心音が低下し,酸素投与が開始されてまもなく,陣痛は微弱になり消失しているようである(なお,人工破膜前後の同記録用紙では子宮収縮時でないときも子宮内圧は50mmHgを示しているが,L証人は,同記録用紙はゼロリセットがずれていて,記録された子宮内圧の強さは正確ではないと証言する。)。
 K助産婦は,直ちに原告Cに酸素投与をし,体位変換をしたが,児心音は回復しなかったため,W医師を呼ぶこととし,その後1分以内にW医師が分娩室に現れた。K助産婦は,W医師が到着するまでに吸引カップを用意していた。W医師は,児心音の低下状況を確認したが,その原因について子宮破裂をしているとは余り考えないまま,吸引分娩を試みた。その際,児頭先進部下降度(sp)は0から+1であった。
 W医師は,吸引分娩を行い,2回目までは吸引カップを児に装着することができたが,これが滑落して娩出することができなかった。A助産婦は,上記吸引分娩と併せて,吸引分娩を容易にすべく原告Cの子宮底を圧迫するクリステレル胎児圧出術を行った。吸引分娩の3回目は児頭が上昇しており,吸引カップを装着できなかった。W医師は,3回目の吸引カップの装着を試みていた際,腹壁を見ると通常は子宮の輪郭に沿って丸みを帯びて楕円形にみえる部分が胎児の躯幹部に沿ったような輪郭がみえたことから,子宮破裂を疑った。
 W医師は,1回目の吸引分娩に失敗してから,婦人科の当直医師であったS医師を呼ぶよう指示し,3回目の吸引分娩後,午前3時38分,帝王切開を指示した直後ころ,S医師が分娩室に到着した。
 S医師は,分娩室到着直後,直ちに子宮破裂を疑い,超音波検査を行って子宮破裂であるとの確定診断を行い,原告Cをストレッチャーで手術室に搬出することを指示した。しかし,手術室は鍵がかかっており,原告Cの血管確保は手術室の前で行われた。

エ S医師は,産科部門責任者のJ医師とY医師を電話で呼び出し,手術のために麻酔科の医師3名が手術室前に到着し,手術室の鍵を開けた。
 被告病院においては,緊急帝王切開に移行する場合,麻酔科医として誰が立ち会うかは決まっておらず,新生児科医は当直医が当時の状況から立ち会うこととされていた。
 午前3時50分ころ,原告Cを入室させた後,午前4時,麻酔を開始し,午前4時10分,Y医師執刀による帝王切開手術が行われ,午前4時12分,Dが出生した。
 緊急帝王切開では,前回帝王切開の手術創がそのまま開いており出血は少なかったこと,右側の子宮動脈が露出し,同部裂傷により強出血を認めたこと,さらに頸管裂傷があったことが認められ,また,児心音低下は子宮破裂により臍帯が圧迫されて生じたとの所見であった。

オ 本件出産後,被告病院の医師(J,M)から原告らに対して説明がされたが,主にDの状態等に関するものであり,平成7年7月31日に本件出産についての説明がされた。
 同医師らは,前回帝王切開でも3割から5割は自娩できる,子宮破裂は1万例に数例であるが,帝王切開を経験した妊婦の子宮破裂の危険性は10倍になる,今回は分娩経過が早く,子宮が耐えられなかった,夜中だったから少し時間がかかった,分娩第2期で(子宮口が)開いているのであれば,下から出す,前回帝王切開でも事前に手術室に連絡はしていないなどの説明をした。
 また,原告らの,下腹部の限局した痛みを訴えた,過強陣痛であることは分かっていたのではないか,もう少し早く準備ができなかったのかなどの質問に対しては,あれが限界であったと説明がされた。

2(1)VBACについての本件出産時までの見解及び基準等
ア 本件出産時である平成7年5月ころの前回帝王切開妊婦の分娩の方法としては,VBACと当初から帝王切開による方法(予定帝王切開)などがある。予定帝王切開術は,経腟分娩に比較して,麻酔による事故,術中の出血,他臓器に対する侵襲や術後の感染といった母胎に対する危険や,児の呼吸障害を残す危険があることに加え,病院滞在期間の延長,麻酔・薬剤の使用に伴う医療費の増加といった費用負担が増大する不利益がある。一方,VBACは,成功すれば母胎への負担が少なく,帝王切開のような危険もなく,医療費の抑制に繋がることが期待されていた。VBACにおいては,子宮を縦に切る古典的帝王切開術は子宮破裂の危険があり禁忌とされているが,近年行われている子宮下部横切開はその危険性が低くなっていたことから,アメリカでは1980年代に推奨されるようになり,1990年代には日本でも一般的に受け入れられるようになった(なお,その後,アメリカでは訴訟の増加等によりやや減少傾向にあるという。)。
 しかし,VBACは,帝王切開を受けたことがない妊婦に比べて子宮破裂の危険性が高く,子宮破裂に至れば母胎あるいは児の予後に重大な影響を及ぼす割合が高い(統計によって異なるものの,試験分娩による周産期死亡率は予定帝王切開による周産期死亡率よりも高い)ことが欠点として指摘されている。
 なお,VBACの試験分娩中に帝王切開に移行する割合は3割ないし4割とされている。(鑑定結果)

イ VBACの試験分娩の適応について,1988年のアメリカ産婦人科学会(ACOG)の以下のような委員会報告が知られている(訳文は乙B13の1による。)。
「1 前回帝王切開の妊婦には自動的に反復帝王切開を行うという考え方を改め,前回1度の子宮下部横切開で行われた帝王切開であるなら,禁忌の無い限り積極的にVBACを勧めるべきである。
2 前回2回以上の子宮下部横切開で帝王切開を受けた妊婦で,VBACを希望するものは禁忌の無い限り,不賛成の態度をとるべきではない。
3 特別リスクに関するデータが無い限り,VBACを行うか否かは妊婦個々の状態で決めるべきである。
4 前回帝王切開が古典的切開であるならVBACは禁忌である。
5 医療関係者並びに医療施設は分娩中の緊急状態に対処できるものでなくてはならない。どのような産科施設にでもそうであるべきであるように,帝王切開決定から手術開始まで30分以内で出来ることが望ましい。
6 分娩が開始しても,分娩第一期の潜伏期では,日常の活動を続け,活動期に入るまでは,ベッドに拘束する必要はない。
7 分娩を監視し,帝王切開術を行える医師が常在しなければならない。」

ウ 一般的なVBACの適応条件は,妊婦が35歳以下,胎位異常がないこと,単胎であること,正期産であること,前子が健康児であること,児頭骨盤不均衡(CPD)がないこと,前回帝王切開がいわゆる古典的切開でないこと,子宮頸管の熟成が良好であることなどが挙げられている。(甲B45,55の5の5など,平成7年以降の文献も含むが,条件に大きな変更はない。)
 また,平成7年以前のものでも,多くの文献では,VBACの場合には,妊婦等の同意が得られていることが当然の前提とされていた。(甲B1の2,30,乙B14,20の1)

エ 平成7年当時はVBACについて以下のような見解があったが,現在の時点においても,インフォームド・コンセントの具体的内容が提唱,強調され,帝王切開に着手するまでの時間は短い方がよいとする見解が多くなっているようであるほかは,見解の大きな変化はない。最近はVBACはより慎重に行われるようになっているものと推測される。
(ア) VBACで最も心配されるのは,前回の帝王切開の瘢痕部の子宮破裂であり,そのような事態に至れば,母児ともに予後が良くないことが多いので,その事態を避けるために,VBACの前記のような適応条件や破裂等が生じた場合にすぐに帝王切開手術に移行できるように準備すること,分娩監視装置による継続的な監視が必要とされていた。(甲B1の1,2,4の1・2,12,30,55の4,59)

(イ) VBACの試験分娩から帝王切開に移行するときは緊急を要するため,前記のように帝王切開をする決定から手術着手まで30分以内が望ましいとする報告もあった(甲B12,16,55の4(30分から遅くとも60分以内とする。),55の12)が,本件出産時の平成7年までには,18分以上の時間を要すると新生児に影響が見られるなどの事例の報告がされ,その事例は各文献の随所で紹介されているほか,帝王切開手術までの時間として,15分,10分程度とする意見も発表されていた。(甲B2,4の1,13,14,16,45,乙B14,ただし,帝王切開すべき事態になってから手術着手までか,帝王切開を決定してから手術着手までの時間かについては明確でないものもある。)
 帝王切開までの時間は,胎児及び母胎の状況によって緊急度が異なるのであって,帝王切開が必要な事態になってから,手術決定,手術まではできるだけ早期にされることが,胎児の低酸素血症等から生じる脳性麻痺等を回避するためには望ましい。
 子宮破裂により持続性除脈がみられた場合は緊急の事態であり,できる限り速やかに胎児を娩出することとされ,医療機関によっては,VBACに当たって,緊急のときは5分ないし10分程度で帝王切開を開始できる体制をとったことを報告しているものもある。(甲B14,15,乙B14)
 なお,甲B45(被告提出の鑑定書(乙B13の1)作成者村田雄二医師ほか,1994年)の原告らが指摘する部分は「1988年のACOGガイドラインでは,VBACにおける“緊急時の迅速な対処”の例の1つに,手術決定から開始までに遅くとも30分以内という具体的な記載があったが,1991年の改訂ではこれはすでに記載されていない.より早い対応が,現在の米国の産科医療には求められている.米国のセンター病院では,帝切決定から執力までに5分から10分という施設が多く,その事実がVBACをより推進しようという支えにもなっていると思われる.」というものであり,手術までの時間が30分よりも早くなっていることを述べたものである。

(ウ) さらに,子宮壁の厚さについては,その菲薄化が懸念され,VBACの前に検査を求める見解が発表されている。VBACに必要とされる厚さは,明確な基準は定立されていないものの,2mm又は3mm以下では危険である,又は注意をしているというもの,3.5mm以上あることを求める見解も報告されているが,2mm程度でも成功した例,3.5mm以上でも子宮破裂に至った例も報告されている。(甲B1…3,14,15,17,56,乙B14)

(エ) VBACの成功率は,経腟出産の経験を有する者の方がそうでない者より有意に高いことも報告されている。(甲B35,38(ただし,いずれも2001年))

(オ) VBACに当たっての吸引分娩及びクリステレル胎児圧出法は,子宮破裂を誘発する可能性があるので禁忌である,望ましくないとすももの,また,吸引分娩,鉗子分娩は胎児の位置によっては可能だが急激な牽引を避けるべきだとする意見が発表されていた。(甲B4の2)

(2)被告病院では,平成4年に47例,同5年に18例,同6年に44例,同17年に22例のVBACの分娩を行い,そのうちそれぞれ10例,2例,7例,7例が帝王切開に移行している。また,平成11年以降はVBACの症例はいずれも10例に満たない。(乙B19)

3 前提事実及び以上の判示を前提に順次検討する。

(1)説明義務について(争点1)
 原告Cは,前回の出産が帝王切開であったことから,本件出産も帝王切開になると考えていたが,被告病院の医師から,VBACで大丈夫であるなどと言われ,その得失や危険性等,出産に当たっての被告病院の体制等について十分に説明を受けたり,質問することもないまま,VBACで出産することとなった。
 この点について,鑑定結果は,平成7年当時は,日本産科婦人科学会,日本母性保護産婦人科医会(現日本産婦人科医会)による前回帝王切開妊婦の取り扱いに関する解説の中では,「家族のインフォームド・コンセントをとる」とされているのみで,具体的な指針は示されていない。しかし,それらの解説の中でも,特に子宮破裂の予防とその対策についての記載が強調されているから,強いていえばVBACのリスクとベネフィットを説明すべきであったが,具体的な指針等はなかったから施設によって説明は多様であったと推測されるというのであるが,明確な基準はないにしろ,説明をした上で同意を得るべきとされていたことを前提にしており,平成7年当時としても,被告病院において,原告Cに対して説明義務を果たしていないといわざるを得ない。
 しかし,原告Cは,子宮破裂の心配をしたものの医師の説明で一応納得し,強く帝王切開を求めたわけではないことからすれば,原告Cの意向に反してVBACによる出産が行われたものではなく,本件出産前に十分な説明を受けていれば,原告Cは帝王切開を選択したはずだということはできないから,Dの障害及び死亡と因果関係があるとはいえない。

(2)VBACの選択について(争点2)
ア 原告Cは,経腟分娩の経験がなく,胎児も出生時,身長50cm,3438gと大きめであった。
 原告Cは,身長161cm,体重67kg(入院時の体重),胎児も単胎の頭位であり,子宮内発育遅延や胎位異常も認めず,羊水量も十分で胎児は健常であったと推定され,子宮頸管の軟らかさも中等度で,頸管未熟はみられなかった。

イ 外来の診断において,被告病院の医師は,胎児が大きめであること,子宮壁の厚さが約2mmであることを検査において測定していたが,40週5日では,BPD99.9mm,子宮底長37cm,体重3667と測定されていた(ただし,これらは38週目,39週目の数値と比べるとかなり大きく,いずれも誤差があるものとみるのが相当である。)が,この数値からすると胎児は巨大児とはいえないし,当然にCPD(児頭骨盤不均衡)が疑われるべきであるとまではいえないこと,また,巨大児でない限り,胎児が大きいことはVBACの禁忌とはされていなかったことからすれば,胎児の大きさの点のみから原告CはVBACが行われるべきではなかったということはできない。

ウ また,子宮壁の厚さは診療録には記載されていないが,原告C及び胎児の状態については,必要な検査等がされており,特にVBACを積極的に回避すべき数値は認められていないから,原告Cについて平成7年5月17日以前にVBACの適応がないものとして,帝王切開を選択すべきであったとはいえない。

エ しかし,明白なVBACの禁忌事項が存しなくとも,原告Cの状態は,子宮壁の厚さが約2mmとやや薄かったこと,同人は経腟分娩の経験がな事いこと,胎児が大きめであったことからすると,VBACの際に帝王切開に移行する可能性を高める要素があったのであるから,VBACを試みるにあたり,原告Cの状態に対応した十分な分娩監視と緊急事態に如処する準備がされるべきであったということができる。

オ 原告ら提出の金岡毅医師作成の鑑定書等(甲B55の1(以下「金岡鑑定書」という。),62,75の1)においては,胎児がCPDであること,子宮壁の厚さが2mmであったことから,VBACではなく予定帝王切開をすべきであったと主張する。
 しかし,金岡鑑定書が指摘する文献(甲B55の7の1,2001年)には,CPDを疑うべき症例として,母体の低身長(150cm以下),子宮底長が36cm以上などが挙げられ,定義として「児頭と骨盤の大きさに関係した因子の不均衡による難産状態」とされ,「産科的真結合線(CVO)または最短前後径(minAPD)と児頭大横径(BPD)の差が1.0~1.5cmの場合はCPD境界域,1.O cm未満の場合はCPDと考える」とされている。また,安易にCPDと診断することを避けるために試験分娩により判定をすることが望ましいとされている。
 原告Cの40週5日(平成7年5月16日)の子宮底長は37cm,BPDは99.9mmと測定されていた(なお,分娩時の子宮底高は40cmとされている。)。
 それらは,金岡鑑定書が指摘する文献によれば大きめの数値であり,甲B64,65によればCPDを疑う条件の一つを満たすが,前回測定の数値と比べると正確な数値とはいえない上,この事実のみでは原告CがCPDであるとはいえず,VBACを避けるべきであったとはいえない。(文献として甲B63資料30)
 また,子宮壁の厚さについては,2mmであることはVBACを避けるべき事実とされていたわけではないから,原告CについてVBACを行うことが医師としての選択の裁量を越えたものということはできない。
 以上によれば,金岡鑑定書の見解により原告CについてVBACを行うべきではなかったと断定することはできない。

(3)分娩監視上の注意義務及び帝王切開に移行すべき時期(争点3ないし6)
ア 被告病院におけるVBACの実績からみても,また,VBACの一般的な帝王切開に移行した割合からみても,VBACにおいては緊急に帝王切開に移行する率が高い上,前記のとおり,胎児が大きい,経腟分娩の経験がない,子宮壁の厚さが2mmなど,原告Cは,VBACの試験分娩を行うに当たり,注意を払うべき事実が認められていたのであるから,被告病院としては,通常の経腟分娩よりも一層妊婦の状態等に注意を払い,分娩経過を監視し,緊急に対応できる体制をとるべき注意義務を負っ,ていたというべきである。

イ 午前2時30分ころ(争点3)
 原告Cには,午前2時5分を経過したころから,子宮収縮時は,100mmHg以上の子宮内圧が記録されている。
 過強陣痛については,一般的にも子宮破裂の危険性があるとされており(甲B11),VBACにおいては,なおさら注意を要することは当然である。
 過強陣痛については,子宮口開大度4~6cmで70mmHg以上(子宮内圧),1分30秒以内(陣痛周期),7~8cmで80mmHg以上,1分以内,9cmから第2期で55mmHg以上,1分以内をいうとされており,また,外測法ではピークの5分の1点を計り,子宮口開大度4~8cmで2分以上 9cmから第2期までで1分30秒以上のものをいう。(甲B26,63資料30 乙B9)
 原告Cについては,上記のように強い圧力が記録されており,この測定値は必ずしも子宮内圧を示すものではない(村田鑑定書)としても,通常よりも強い陣痛があったことが認められる。
 この点について,L証人(K助産婦)は,陳述書(乙A3)及び証言において,過強陣痛ではない,ゼロリセットがずれているので正確な数値ではないと述べるが,過強陣痛かどうかは別としても,原告Cに強い陣痛があったことは知り得たものと認められる。VBACにおいては分娩監視が必要であるとされていたことからすれば,この点において分娩監視を怠っていたといわざるをえない。

ウ 午前3時ころ及び午前3時10分ころ(争点4,5)
 この間は原告Cはモニタリングがされていないが,原告CはK助産婦に対して,発作が強い,下腹部の奥が痛いと訴え,また,少量ないし中等量程度の性器出血がみられた時期である。K助産婦は,いずれも正常な出産に伴う痛みや出血であると判断し,内診をして子宮口が全開大であることを確認したが,特に医師の診察を求めることはしていない。
 少量ないし中等量の性器出血は,何らかの異常の徴候であり,子宮破裂においてもみられるが,子宮破裂は内出血が重大なことが多く,外出血は少ないかみられないこともある(甲B55の10,同14,74)。本件出産において,原告Cの出血がどのようなものであったかは,分娩経過表に少量から中等量程度との記載があるほか,L証人(K助産婦)の証言は明確でないが,原告Cは「下着が染まるほど」の出血で,それを処分してもらったと述べている。この点は原告Cの供述等の信用性は高いというべきであるが,K助産婦は特に異常を感じなかったことからすると,それが通常の出産に伴う以上の出血であったとはいえない。
 しかし,午前3時10分ころには,原告Cは,K助産婦に対し,「下の奥の方が痛い」と訴えているのであり,それまでにも陣痛が強いとも訴え,分娩監視装置の記録でも100mmHgを超える記録がされていたのであって,それが実際の値と合致するとは限らないとしても,かような記録があり,出血,局所的な痛みを原告Cが訴えている以上,同人がVBACであること,しかも胎児の大きさや子宮壁の厚さに鑑みれば,この時点で医師の診察を仰ぐのが相当であった(間欠期は「リラックス上手」との記載もあるが,その際に原告Cが訴えていた痛みが生じていなかったかについては不明である。)。
 後の分娩監視装置の記録からみても,この時点では胎児に異常はみられず,原告Cは子宮破裂に至ってはいなかったが,K助産婦により原告Cの人工破膜が行われた午前3時32分ころから数分後(午前3時35分ころ)に児心音が低下し,持続性除脈が現れている。
 持続性除脈の原因は,後の帝王切開時の所見によれば,子宮破裂により臍帯が圧迫されたためである。
 児心音が低下した時点では臍帯圧迫が起こっていたとみられるところ,酸素投与や体位変換によっても改善しなかったことからすれば,このころには既に子宮破裂に至っていたと認めることができる。
 そうすると,破裂部位の菲薄化はそれ以前から生じていたことになり,切迫子宮破裂の状態にあったと言うべきであるから,原告Cが一定の部位の痛みを訴えたころに医師が診察をしていれば,切迫子宮破裂の診断ができた可能性があったと考えられるのであって,被告病院の医師等により慎重に原告Cの訴え等により医師による内診や検査をして確認すべきであったといえる。
 この点について,鑑定結果では,子宮破裂の機序には触れず,原告Cが訴えた痛みや出血は正常な出産において頻回にみられるもので,同人及び胎児に特に異常はみられないから,このころに帝王切開に移行すべきであったとはいえないとし,児頭が上方に移動し吸引分娩が困難であると判断され,続く超音波検査にて子宮破裂が強く疑われた時点,午前3時40分ころに帝王切開に切り替えるべき状態になったする(注:原文のまま)。しかし,前記のとおり,被告病院の医師らは,より注意深く分娩監視をする義務を負っていたのであって,その義務を果たしていないのに,異常を示す徴侯がないことを前提とする鑑定結果は採用することができない。

エ 午前3時32分ころ(争点6)
 この時間はK助産婦が人工破膜を行ったときであり,この後数分を経て児心音が低下し,前記のとおりそのころには子宮破裂に至っていたとみられる。
 人工破膜は,分娩を促進するために行われるものであるが,人工破膜は「強い陣痛促進効果」があるとの文献(甲B29)があるが,補充鑑定の結果では,人工破膜自体は陣痛を促進するものではなく,圧力が娩出力となるようにするものであるとの見解を述べている。
 人工破膜は,通常の分娩においては,分娩を促進させるために行われるものであって,特別な手法ではないが,仮に人工破膜が陣痛(子宮収縮)を促進するものではないとしても,人工破膜により子宮内の圧力の方向に変動が生じるのであり,菲薄化していた子宮壁がそれによって破裂に至る可能性はあるものと考えられる。人工破膜が陣痛を促進するものではないとしても,上記及び人工破膜と児心音低下の時的経過からすれば,人工破膜が本件出産において子宮破裂の原因ではないものの,いずれ切迫子宮破裂から子宮破裂に至る過程のきっかけとなったということができる。
 K助産婦が行った人工破膜は,本件の事情の下では適切とはいえないが,それがいずれ生じたであろう子宮破裂の直接の原因とは認められない以上,人工破膜をしたこと自体に本件の結果との因果関係があるとはいえない。

(4)児心音が低下した時点で帝王切開に移行すべきであったか(吸引分娩等の当否)(争点7)
ア 前記判示の事実によれば,原告Cが子宮破裂に陥ったのは,児心音が低下した午前3時35分ころと認められる(なお,村田鑑定書も同旨であるが,補充鑑定の結果は,児心音低下の原因は複数あるからこの時点ではまだ子宮破裂の確定診断には至らないという。)ところ,酸素投与や体位変換をしても児心音が改善しなかったのに,W医師は3回にわたって吸引分娩を試みたが失敗し,児頭が上昇したことから,子宮破裂を疑ってS医師を呼んでいる。

イ 原告Cはこのころ子宮口全開大であり,児頭の位置はsp+1であった。吸引分娩により初産婦が容易に娩出できるのは児頭の位置がsp+3以下のときであり,胎児仮死の場合はsp+3以下に下がって初回の吸引分娩で娩出できないときは直ちに帝王切開に移行すべきであるとの見解がある(甲B43)が,妊婦の状態によっては,児頭がそこまで至らない場合でも有効な場合があり,本件出産では,子宮口が全開大であることや胎児の位置から吸引分娩は行うべきでないとはいえず,胎児仮死が疑われ緊急に娩出することが求められていたこと,成功すれば帝王切開よりも早くかつ侵襲なく娩出を終えることができる(鑑定結果)のであるから,上記のように児頭がやや高かったとはいえ,吸引分娩を試みたことは被告病院医師の過失とはいえない。

ウ 児心音が低下し,持続性除脈が発生した午前3時35分ころには既に子宮破裂が生じていたのであるから,助産婦が行ったクリステレル胎児圧出術は,原告Cの子宮破裂の原因ではない。
 鑑定結果は,早期に胎児を娩出する方法として不適切ではないというのであるが,その当時,吸引分娩により直ちに娩出ができると考え,それを補助する方法として行われたものであるところ,繰り返し行われたのものではなく,手法としては不適切なものと断定できない。
 しかし,同圧出術は胎盤の血流を悪化させるものであるし,吸引分娩と同圧出術を試みた際に,児頭の上昇がみられるなど胎児が子宮内から脱出した徴侯がみられたのであるから,同圧出術を用いたことは事態をより悪化させたものというべきである。

(5)帝王切開に移行するまでの時間及びダブルセットアップ体制について(争点8)
ア VBACの試験分娩にあたり,帝王切開を決定してから手術に着手するまでの時間については,緊急を要する場合が多く,短時間であればあるほど望ましい。1988年のACOGの報告では,30分以内が望ましいとされていたが,その後,18分以上になると障害を残す場合があることが報告(この事例は平成7年当時でも日本における各文献にも多く紹介されており,産科の医師の間では知られていたものと認められる。)されるなどし,また,日本においても,上記の時間を10分ないし15分であるとすべき意見や,実施している医療機関の報告がされるなどしており,より短時間であるほど望ましいとされていたのであって,上記30分は医療機関が遵守すべき基準として扱われていたものではなかった。

イ VBACを含め経腟出産において,帝王切開に移行するのは,胎児仮死が見られる場合であるが,その原因として陣痛微弱等による分娩遷延,臍帯巻絡,臍帯下垂や子宮破裂等による臍帯脱出等が挙げられる。
 胎児仮死の徴候として,遅発一過性除脈,変動一過性除脈があるが,それらは子宮収縮に遅れて胎児に除脈が認められる場合であり,体位の変換,酸素投与により改善がみられる場合がある。しかし,そのような処置をしても改善がみられない場合や,本件のように持続性除脈が継続する場合においては,胎児仮死は重度であることが予想され,緊急に帝王切開が行われるべきである。(甲B42)
 そうすると,胎児に影響が出ないための帝王切開が行われるまでの時間は,胎児の状態により緊急性の程度が異なることは当然であり,一律に基準として定めることができるものではない。前記報告は,VBACを推進する中で,起こりうる緊急帝王切開が必要となる胎児の状態などを考えて,帝王切開を行うとの判断から30分以内に手術に着手することができれば,概ねそれに対処することができるから,そのような準備のできる医療機関ではVBACを試みてよい(すなわち,それ以上の時間がかかる医療機関ではVBACを行うべきでない)とするものであって,VBACの試験分娩をする際の医療水準を示したものとはいえない。
 持続性除脈の場合は,遅発一過性除脈や変動一過性除脈がみられる場合よりも,短時間のうちに胎児に重大な影響が生じることが予想されるから,胎児の障害を避けるためにはより迅速に帝王切開により娩出されるべきであり,緊急性は高い。
 したがって,前記の30分の基準は,それが遵守されたからといらて当然に当時の医療水準を満たしていると評価すべきものではない。

ウ 一方,原告Cが子宮破裂に至ったと考えられる時間(児心音が低下した午前3時35分)から手術開始(午前4時10分)までは35分,S医師が子宮破裂の確定診断(午前3時40分過ぎ)をしてからは約30分以内に手術に着手され,午前4時12分には胎児が娩出されている。
 児心音が低下してから,子宮口が全開大であり,児頭がsp+1の位置にあったことなどから,吸引分娩を試み,子宮破裂が疑われて,S医師が呼ばれ,子宮破裂の診断後,手術室への搬送,執刀したY医師らの呼び出し,原告Cの血管の確保等が行われていたことを考えると,帝王切開の必要性の判断の時期が遅れたとはいえず,その後の手術開始まで要した時間も必ずしも遅れたとは評価できない(金岡鑑定書は,子宮破裂時期について,診療録の医師の記載と分娩記録の助産婦の記載とに齟齬があるが,子宮破裂が発生した後に記載した助産婦の記録よりも,医師の記載を信頼すべきであること,S医師が連絡を受けてから診察をするまでの時間はわずかであるところ,その間にW医師が3回の吸引分娩を行っていたことを考えると,午前3時32分というのは不自然であることから,午前3時20分に人工破膜を行い,3分後に持続性除脈が始まったとみるべきであるというが採用できない。)。
 しかしながら,本件では,胎児に持続性除脈が発生していたのであり,上記の帝王切開への移行に遅れはなかったと評価できても,客観的には上記の時間では胎児に低酸素血症による重大な障害が発生する可能性を避け得なかったというほかはない。

エ したがって,被告病院において,手術決定後30以内に手術を開始したと評価することができたとしても,その事実だけでは被告病院の過失を否定することにはならないが,吸引分娩を試みるべきではなかったとはいえず,被告病院の診療体制において原告Cの手術の要否の判断及び手術開始が遅れたということはできないから,この点を被告病院の過失と評価することはできない。(鑑定結果,乙A3ないし5)

オ また,平成7年当時からすれば,各医療機関において,VBACによる出産を行うに当たり,一般的に直ちに帝王切開を行えるようにいわゆるダブルセットアップ体制(手術室の準備や麻酔医,執刀医等スタッフの待機など直ちに手術に着手できる体制)をとるべきであったとはいえないから,この点もそれ自体では直ちに過失ということはできない。

カ しかしながら,医療機関として一般的に取るべき体制と,被告病院において原告Cの状態に対応してVBACに当たりいかなる注意義務を果たすべきであったかとは別の問題である。
 前記のとおり,原告Cは,子宮壁の厚さが2mmであり,胎児も大きめであったこと,経腟分娩の経験がないことなどからすれば,VBACによるべきではないとはいえないとしても,子宮破裂等により緊急帝王切開に至る可能性は高かったというべきであり,被告病院の医師としても,一般的にVBACが結果的に帝王切開に移行する割合が3ないし4割程度あり,原告Cは,その可能性が比較的高いことを検査等により知っていたのであるから,本来,原告CのVBACにあたっては,緊急の事態に対応できるようにすべきであった(甲B56の,より慎重に試験分娩を施行すべき症例が参考になる。ただし出版は2002年)。
 また,VBACの試験分娩開始後に,前記のように原告Cの陣痛が強いことが認められ,原告Cも強いことを訴えていたこと,限局した部位である「下の奥の方」の痛みを訴えていたのであるから,より一層,子宮破裂を確認する以前から直ちに緊急帝王切開が行えるように準備をしておくべきであったということができる。

(6)以上のとおり,被告病院の医師らには,争点5及び8において過失が認められるというべきである。
 原告らの主張する分娩監視上の注意義務と帝王切開移行準備義務ば,分娩経過の監視及び適時の診察をして子宮破裂等緊急事態にならないうちにVBACを止める判断をすべき注意義務と緊急事態になっても迅速に対処できるように備えておくべき注意義務であるが,それは,分娩時における一般的な注意義務に加え,原告Cの具体的な状態によって,被告病院において負うべき注意義務を前提として構成されているものである。前記のとおり,原告CのVBACは子宮破裂等の危険性が高かったのであるから,被告病院は,一層,原告Cの分娩経過を注意深く監視すべき注意義務を負い,また,緊急の事態に対応すべき準備をしておくべきであったということができ,被告病院において,少なくとも前記のいずれかの注意義務が果たされていれば,本件の事態は避けられた可能性が高かったのであって,被告病院の過失が認められるというべきである。

4 争点9(損害)について
(1)ア Dの損害 合計4153万5987円
 Dは,新生児仮死で出生し,NICUで治療を受けていたが,重度の脳性麻痺であり,自発呼吸もなかった。平成7年7月3日のCT検査では,脳萎縮,脳虚血,低酸素状態,脳室拡大,頭頂部に欠損部分が多いとの結果であり,また,脳波の状態も悪く,自発呼吸は弱い状態であった。
 その後,Dが自発呼吸ができるようになり,平成7年8月3日に退院(同年7月31日仮退院)して,2週間に1回の通院をすることになった。Dは気管切開を受けるなどしたが,呼吸が安定しないなどの事情で入退院を繰り返すことになった。平成8年3月から,Dは,人工呼吸器を装着しなければならなくなり,そのため,通院も困難となったので月1回の往診で診療を受けていた。
 Dは,成長するにつれて身体の硬直が進行し,首,手指,足が動かせなくなった。
 原告らは,常時看護を要するDの看護,介護を行い,原告Cは退職をすることになった。(甲A3ないし5)

イ(ア) 介護費用 1680万円
 Dの状態及び呼吸管理等,常時介護が必要であり,両親がそれに当たっていたことに鑑み,仮退院した平成7年7月31日から平成12年3月5日まで(1680日)1日当たり1万円を認めるのが相当である(ほかの入院期間は付添介護費用について控除しない。)。
 1万円×1680日=1680万円

(イ) 入院雑費 18万8500円
 弁論の全趣旨により,請求どおり認める。
 1300円×145日=18万8500円

(ウ) 入通院慰謝料 200万円
 入院期間(約5か月)及び通院期間状況から,200万円が相当である。

(エ) 逸失利益 2254万7487円
 Dは死亡時4歳であるところ,18歳から67歳までを就労可能期間として,基礎収入に賃金センサス平成12年第1巻第1表産業計・企業規模計・全労働者・全年齢平均貸金(497万7700円)を用いて,生活費控除率を40%として,中間利息の控除を年5%のライプニッツ方式で計算する。
 497万7700円×(1−0.4)×(19.2390−11.6895)=2254万7487円

ウ 原告らの損害
(ア) 原告らの慰謝料 2400万円
 被告病院医師らの過失により・原告Cは子宮破裂に至り・不十分な帝王切開の体制により,Dが重大な障害を持って生まれ,4年9か月後にDを失うことになった原告らの精神的苦痛は大きく,1人当たり1200万円,合計2400万円が相当である。

(イ) 葬儀費用 120万円
 Dの葬儀費用としては,120万円を相当と認める。

(ウ) 弁護士費用 670万円
 以上の各損害の合計6673万5987円の約10%である670万円を相当因果関係のあろ弁護士費用と認める。

エ 以上の原告ら固有の損害及び相続したDの損害を合計すると7343万5987円となり,原告らが取得した損害賠償請求権はそれぞれ3671万7993円となる。
 したがって,被告は,原告ら各自に対し,3671万7993円及びこれに対する不法行為時である平成7年5月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

第4 よって,原告らの請求は,上記限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

福島地方裁判所第一民事部
裁判長裁判官 森高重久
裁判官 岡野典章
裁判官遠田真嗣は,転官のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 森高重久
 


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