リピーター弁護士 なぜムリを繰り返すのか?・各事例概説

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    一審事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審 二審
第一事件 千葉地裁 平成18年(ワ)第1759号 原告一部勝訴  
第二事件 長野地裁
飯田支部
平成19年(ワ)第66号 和解 妥当 和解  
第三事件 東京地裁 平成20年(ワ)第15060号 上告中 妥当 妥当  
第四事件 東京地裁 平成21年(ワ)第55号 原告一部勝訴  
第五事件 東京地裁 平成21年(ワ)第5513号 原告一部勝訴 妥当  

 5つの事件をまとめましたが、第二事件を除く4つの事件は、すべてETS(胸部交感神経遮断術)を多数手がけるA病院が訴えられた事例でした。まず、一審で病院の責任が認められた例の代表として、第四事件の判決文からその内容をまとめてみます。第一事件、第五事件も、似たり寄ったりの内容です。

 まず、原告に対してなされた手術前説明の概要です。

患者に交付したビデオ内容:
手術後長期にわたって残る続発症は、ETSがもたらす効果の裏返しの関係にあり、手の汗を止めて快適な生活をするには、ある程度の負担の覚悟が必要。
最も頻度が高いのは、背中や腹部、さらには臀部などの発汗が増加する代償性発汗。個人差があるが、ETSを受けたほとんどの人に起こる。

患者に交付したパンフレットの記載内容:
ETSの効果が半永久的に続くのと同様に、副作用も長期間続く。手術の効果が及ばない範囲である腰や臀部、下肢の汗の量が手術前より増える。ETSを行うと顔や手などの胸より上の部分の汗が止まるため、それより下の部分の汗の量が増える。ほとんどの患者に起こるが、代償性発汗を自覚しているのは約3分の2の患者。つまり、手術後には足の汗が増える可能性が高いということである。

直接の説明:
ETSの内容、手掌からの発汗が止まること、ETSの副作用を説明。代償性発汗については、胸より上の汗が止まること、胸より下の汗が増えること、程度は人によって異なること、ETSを実施したほとんどの場合に代償性発汗が発症することを説明した。
代償性発汗の量がどの程度になるか、重篤な代償性発汗を発症することがあることについては説明をしなかった。

 そして、手術前説明に対する裁判所の判断です。

平成10年当時の発汗量の評価は、患者本人の訴えによる主観的な評価に依存している。手術後や治療効果を判定するためには客観的な評価が不可欠と考えられるが、その報告は少ない。
原告は、ETSで手掌多汗症が治ったこと自体には満足している。
適切な説明を受けていれば本件手術を受けていなかった、とは認められない。
平成10年当時にも、ETS術後に日常生活に支障があると訴えた患者はいた。当時A病院では手掌多汗症の患者が大量で手術は2年待ち。多数の手術経験があったと推認できる。ETSで重篤な代償性発汗が、ETSを行う医療機関の間で一般的な認識になっていたとまでは言えなかったとしても、A病院の医師においては、文献調査が十分可能であった。現に、平成7年までには、精神的に問題がある患者であったとはいえ、社会生活不能な事態に陥った症例や、ノイローゼになった症例を経験していた。

 平成10年当時の発汗量の評価は、患者本人の主観的な評価に依存していたようです。そうすると、代償性発汗はほとんどの人に起こると説明し、その覚悟を促す内容となっているこの術前説明は、その治療を受けるか否かの利害得失を検討するのに必要かつ十分な情報を提供したものと言えるのではないでしょうか。

 さらに言えば、平成10年当時には、「ETSで重篤な代償性発汗が、ETSを行う医療機関の間で一般的な認識になっていたとまでは言えない」そうです。この点からも、「日常生活に支障をきたすほどの代償性発汗を発症することがありうること」を説明しなかったことについて、過失を認めるには足りないと思われますし(裁判所もこの点での過失を認めているわけではないようですが)、多数の手術をこなしていたA病院での術後に社会生活不能な事態に陥った症例は、精神的に問題があった患者だというのですから、やはり「重篤な代償性発汗発症の危険性が一般に起こりうること」まで説明をしなかったからといって、過失を認めるということにもならなさそうに思います。

 どうやら裁判所は、A病院はETSを多数行う専門性を持っていたのだから、文献調査を徹底的に行なってその危険性を伝えておかなければならなかった、ということを言っているようです。しかしこれも不思議なことで、ETSを多数行う専門性を持っているのであれば、どちらかと言えば情報提供側になることが多いと考えられますが、裁判所は逆のことを考えているのでしょうか。医学的知見の拡散についての認識に、ちょっと無理があるように思いました。

 一方、ETSを多数手がけるA病院が訴えられた4事件のうち、唯一一審で原告敗訴した第三事件の判断は、概略以下のようでした。

 原告は、極めて重篤な代償性発汗が出現し、その結果、日常生活に支障を来たしたり、ETSを受けたこと自体に不満を抱いたりする場合があることを説明する義務がある旨を主張する。
 しかし、ETSを受けたことに不満を抱き、日常生活に支障を来したとまで述べる患者は少数であるし、大半の患者は代償性発汗の出現にもかかわらず、ETSを受けたことに満足している。
 そもそも発汗量は、患者の日常生活の状況、生活環境等に大きく左右されるものであり、発汗に対する不快感等の程度にも個人差があることからすると、少なくとも当時に極めて重篤な代償性発汗が出現し、その結果、日常生活に支障を来たしたり、患者がETSを受けたこと自体に不満を抱いたりする場合があることまで説明する義務があったとは認めることができない。

 上記判断に特に違和感を感じるところはないと思います。客観的に「代償性発汗がかなりの確率で起こる」ことを説明している以上、個人の感覚による感じ方の差異までも説明する義務があると認めることは過剰な義務賦課であり、普通に考えると上記のような判断になるのではないかと思います。この第三事件は東京地裁民事第34部で、判決時の裁判長は森冨義明裁判長であり、恐らく訴訟提起時(平成20年)には、敬愛する村田渉判事が指揮を執っていたものと思われます。

 第四事件と第五事件はちょっと特殊な事例でした。これらの事件では、患者がETSを受けようと思って最初に受診したのはA病院でしたが、実際に手術を受けたのは、A病院に常勤しているB医師が、非常勤で勤めているC病院でした。A病院では手術予約が一杯だったためにそのようにしたようです。尤も、B医師がC病院に勤めることについては、A病院から指示を受けて出向しているなどの事情はなく、あくまでもB医師個人の事情によるものであり、C病院で手術をすることになったのは、患者さんへの便宜のためと考えて良いと思われました。さてこの場合、この手術に関して病院を訴えるのであれば、実際に手術を行ったC病院を相手取るのが普通だと思います。ところがそれぞれの原告は、C病院だけでなくA病院をも一緒に相手取ったのでした。

 裁判では、それぞれの病院がもう一方の病院に責任をなすりつけようとする事態が発生しました。A病院は、そもそも自分の病院での手術ではないのだから責任を負う理由がないと主張しつつも、術前説明についても十分に行なった旨を丁寧に主張しており、傍から見ていても適切な活動だったと思われました。一方C病院の弁護士は、術前説明などについての主張はA病院の主張に乗っかりつつ、手術をした医師はA病院の常勤医なのだから、C病院には責任がないのだというような主張を繰り返しました。しかし、実際に手術はC病院で行われたのであり、患者の手術代もC病院に支払われており、その手術に係るB医師の給料もC病院から支払われているのですから、もしこの手術に関して病院に責任があるとしたら、まずC病院にあることは当然だと思われるので、C病院の主張は無理もいいところだと思われました。非医師である理事長の意向が働いていたようですが、病院に勤務する医師から見ると、無責任な病院だとの感想を持たざるを得ません。

 第四事件の一審判決は、A病院とC病院が連帯して110万円支払えというものであり、第五事件の一審判決は、A病院とC病院が連帯して132万円支払えというものでした。そして両事件とも、A病院とC病院の双方が控訴をしたのですが、C病院は控訴はしたものの、途中で気が変わって早く終わりにしたいと思ったのか、裁判進行中に110万円および132万円を一方的に支払い、控訴を取り下げました。これで一審で認められていた、連帯して支払うべき賠償金は全額支払われたことになるので、A病院はこれ以上判決を待っても支払いを命ぜられることはなくなりました。そうするとA病院も控訴を取り下げることも可能であったと思われましたが、そうはしませんでした。そしてそれぞれの事件で判決が出たのですが、興味深いことに、その二つの判決は内容が異なるものとなりました。

 まず、第四事件の控訴審判決内容の概略は、「一審判決の通り連帯して110万円を支払うべきものだが、既にC病院から110万円が支払われているので、A病院がこれ以上支払う義務はない。」というものでした。一方、第五事件の控訴審判決内容は、「(1)そもそもA病院とは手術に関する診療の契約がなされていない。(2)手術の説明はC病院で行われ、手術をすることもC病院で決定された。しかもA病院でもひと通りの説明がなされている。(3)A病院に、ETSを実施することの適応の判断について問題があったとは認められない。」というものでした。第四事件の控訴審判決のように安易な判決内容を書いても、A病院に賠償責任がないという結論は同じなわけですが、第五事件の控訴審の裁判官はそのようにはせず、そもそも手術と直接関係がないA病院が責任の有無を問われるべきかという根本的な部分について判断を示したのでした。結論ありきで安易な判決を書くことをせずに、きちんと審理をされた裁判官の方々(梅津和宏裁判長、中山顕裕裁判官、飛澤知行裁判官)には、心から敬意を表したいと思います。特に、この判決を出した約4ヶ月後に定年退官された梅津和宏裁判長には、定年間近にもかかわらず、このような丁寧な判断をして頂いたことについて感謝したいと思います。また、このA病院は、責任がないと考える事例では裁判の途中で妥協することなく、徹底的に争うことで有名との噂を聞いたことがありますが、そのような姿勢が第五事件の控訴審の丁寧な判決を得ることにつながったものであり、こちらにも敬意を表したいと思います。

 第二事件は、地方の病院が訴えられた事例です。その病院で行われたETSとしては2例目でした。つまり、その病院はこの手術については実績がほとんどなかったわけですが、それでも手術は予定通り成功しており、また手術前の説明では代償性発汗がありうることも伝えていました。本人は代償性発汗のために苦しむことになりましたが、術前説明はされており手術も成功しているため、一審では病院側の責任は認められませんでした。裁判の中で証拠として出された文献に、「日常生活に支障をきたすような代償性発汗が生じる可能性は5%以下」という旨の記載があったのですが、これについて病院側は、「日常生活に支障を訴えた患者はほとんどいないという論調であるし、たとえその文献の趣旨通りの説明をしていたとしても、その説明を聞いて患者が手術を拒否したとは考えられない」と主張し、裁判所もその通り認めており、その他の点も含めて、病院側の弁護活動が充実していたと感じられました。控訴審では、病院に責任はないが事態の重大さに鑑みて100万円の和解金を支払う、ということで終結していました。

 余談ですが、この第二事件の記録を閲覧して感心したことは、地元新聞社3社の記者が、訴訟進行中に記録を閲覧していたことでした(記録閲覧の申請用紙が裁判記録の末尾に綴じ込まれており、そこから判明しました)。ご丁寧にも閲覧を2回した記者もいました。私はマスコミ報道された医療訴訟の事件記録を閲覧することがしばしばありますが、報道に携わるマスコミ記者が記録閲覧をしているのを見たことがなかったので、新鮮な驚きでした。多くの医療訴訟報道が、第三者でもできる裁判記録閲覧をすることなく、原告側の主張を大々的に扱い、病院側のコメントを形式的に付け加えただけのものであることを考えると、この地元記者さんたちの姿勢は、立派なものだと感じました。

 参考までに、第四事件(東京地裁民事第14部)及び第五事件(同第30部)の一審判決は、判例タイムズ1382号に、第三事件の判決文は、判例データベースであるウエストロー・ジャパンに掲載されています。またこれら5事件とは別に、別の代理人が患者側につきA病院を訴えて、患者側敗訴となった事例が同第35部でありました(事件番号平成22年(ワ)第9299号)。控訴審も患者側敗訴でした。

平成24年12月25日記す。

平成29年10月7日、事件一覧表中の第4事件と第5事件の二審に対する司法過誤度を取り違えていたため修正(申しわけありません)。

平成29年11月4日追記: 上記とは別にさらにもう一例、別の代理人が患者側につき別の病院を訴えて、患者側に165万円の賠償が認められた事例がありました(金沢地裁事件番号平成22年(ワ)720号)控訴審も同様でした。


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