高松三つ子緊急帝王切開訴訟・控訴審編

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審高松地裁 平成24年(ワ)第419号 判決平成27年4月22日 一審解説
二審高松高裁 平成27年(ネ)第167号 和解平成28年11月28日  

 

 ただでさえ危険性が高い三つ子妊娠で、そのうちの一児が子宮の中で死亡し、残った二児を緊急で帝王切開して分娩したところ、一児が脳性麻痺となり、医師の判断ミスが問われて2億円を超える賠償金が認められ、報道された事例の続報です。一審の問題点については以前に書きました(こちら)が,概要は以下のとおりです。

 双子や三つ子の妊娠では胎盤の数によってタイプが分かれる。一般に,胎盤が2つある双子の妊娠で,一児が子宮内で死亡した場合には,もう一児はそのまま妊娠を続けさせるのが一般的である。本件では胎盤が3つある三つ子の妊娠で一児が子宮内で死亡した場合だったのだから,胎盤が2つある双子の妊娠で一児が子宮内で死亡した場合と同じように,そのまま妊娠を続けさせる義務があった。そうすれば,本件では脳性麻痺になってしまった児は,健康であるもう一児と同じように健康に育つはずであった。

 しかし,三つ子の妊娠はそもそも双子の妊娠よりも危険性が高く,類似の状況であっても双子の場合の一般的な方針が,三つ子の場合にも当てはまるとは限りません。実際,三つ子の妊娠中に本件のような事態が起こった場合にどうすべきかについては,未だ決定的な方針は決まっていません。双子の場合の理屈を三つ子に当てはめて,それをしなかったら違法だというのは,それこそ机上の理屈であって,医学的にそれが本当に正しいかどうかがわかっておらず,実は三つ子の場合は双子と違って緊急で帝王切開をするほうが正解だったとあとからわかる可能性もあるのです。医学的に答えが定まっていないのにもかかわらず,机上の理屈をもって法的義務があったなどと判断するのは司法の身の丈を弁えない傲慢だと思います。

 (以下,一審での原告らを単に「原告」,一審での被告を単に「被告」といいます。)

 そのような判決を受けて被告病院は控訴をしました。控訴審は平成27年9月8日に最初の開廷があり,4回ほど弁論の法定が開かれた後,平成28年6月3日に判決を出す予定が決まりました(以下「平成28年」を省略)。しかし病院側はその後,日本産婦人科医会,日本産科婦人科学会,日本新生児生育医学会の連名による,5月13日付の意見書を提出し,弁論を再開することを求めました。この学会連名意見書では,一審判決の問題点を指摘して,「医学を無視した無謀な結論であり,臨床現場に与える影響は甚大である。」と結論づけています。このような意見書は,どこかの医師が書く程度ならよくあることですが,産科関連の学会が連名で作成し提出されたというのは,ただならぬ事態であると言ってもよいと思います。

 裁判所はこれを受けてか,判決の予定を延期し,和解協議がさらに続けられたようです。その中で被告側から提出された書類では,日本産婦人科学会や日本産婦人科医会で協議した議論として,「一審判決は医学的にあまりに荒唐無稽な内容である」,「一審判決が改められるか否定されなければ産科医療に悪影響を及ぼす。」,「和解するとしても,和解内容が地裁判決を覆すものでなければならない。」といった内容の意見が出された模様です。さらに和解については,「和解案の1億7000万円は,医学的に過失が指摘できない本件では応じる根拠がない」との旨の指摘がなされました。

 しかし,裁判所が被告側対して強力に和解を勧めたため(被告提出書面より),被告側は裁判所との交渉は思うように行かないと悟ったのか,9月26日に「結論としては,裁判所が設定した和解勧告に従う」という方針を裁判所に伝えました。同時に被告側は,その裁判所との交渉の中での不満として,裁判所がこの診療のどこが過失であったのかをを明らかにしないままに和解を迫り続けたことを挙げ,和解にあたっては一審の判決に記された医学的判断について是正することが必要だとも伝えました。

 裁判所はこれを受けてか,9月29日付で和解勧告書を作成し,11月28日に和解が成立しました。 

損賠訴訟 「帝王切開で障害」控訴審 ⽇⾚病院と和解 ⾼松⾼裁 /⾹川
毎⽇新聞  2016.11.29

  ⾼松⾚⼗字病院(⾼松市)で⽣まれた男児の脳に重度の障害が残ったのは不適切な判断で帝王切開⼿術をしたことが原因だったとして、同市の男児と両親が病院を運営する⽇本⾚⼗字社(東京都)に損害賠償を求めた訴訟の控訴審は28⽇、⾼松⾼裁(⽣島弘康裁判⻑)で和解が成⽴した。
 和解内容は双⽅とも⾮公表としているが、原告側は「納得できる内容だった」と取材に答えた。また、⾼松⾚⼗字病院の網⾕良⼀院⻑もコメントを発表し、「1審判決は産科・新⽣児医療の現場に⼤きな混乱をもたらす内容だったが、⾼裁の和解勧告で適切に是正された」とした。
 1審判決(2015年4⽉)によると、2003年2⽉、三つ⼦を妊娠していた⺟親が腹痛で⾼松⾚⼗字病院に⼊院。胎児1⼈の死亡が判明し、緊急の帝王切開⼿術を受けて2⼈が⽣まれたが、1⼈に脳性まひなどの障害が残った。⾼松地裁は「帝王切開による早産が原因」とし、原告の請求通り約2億1100万円の賠償を命じた。病院側が控訴していた。【待⿃航志】

 和解後に訴訟記録を閲覧したところ,和解当日に原告代理人から,先にのべた「和解勧告書」と,和解の内容を記した「和解調書」とを,第三者が閲覧できないように制限をすることが申立てられており,裁判所がその日のうちに閲覧制限をすることを認めていました。

 そもそも,裁判というものは公正さを担保するために,原則公開で行われることが憲法で定められており(憲法82条),公開の原則をさらに保障するために第三者でも裁判記録の閲覧を申請できるようになっています(民事訴訟法91条)。しかし例外的に,原告や被告といった当事者の重大な私生活上の秘密などについて,当事者が裁判所に申し立ててそれが認められれば,第三者の閲覧が制限されることになっています(民事訴訟法92条1項)。

 さて,和解勧告書や和解調書に,原告の重大な私生活上の秘密が含まれる可能性があるでしょうか。少なくともこの事件の和解勧告書には含まれる可能性がないと考えられました。なぜなら和解勧告書は,それまでに原告や被告から提出された文書や,裁判の場で語られた内容を元にして裁判官が作成する文書なので,それまでに原告や被告から提出された文書や,裁判の場で語られた内容の中にそのような秘密がない限り,それらを参考にして作成された和解勧告書に秘密が入り込む余地がないからです。この裁判では,和解勧告書が作成されるまでに提出されていた文書や裁判の場で語られた内容については,閲覧制限の申立はありませんでした。

 そこで第三者である私ですが,この和解勧告書と和解調書の閲覧制限を解除するための申立をしました(民事訴訟法92条3項)。そうしたところ,閲覧制限を決定した裁判官とは別の裁判官が私の申立を認めて,和解勧告書と和解調書の閲覧制限決定を取り消しました*1。取り消した理由は,ざっくり言うと,和解勧告書と和解調書には,そもそも閲覧制限をすべき秘密は含まれていないというものでした。

 さて,その和解勧告書ですが,当事者の名前や和解金額についての記載は一切ありませんでした。内容をざっくりいうと,一審の審理は事案の理解が不十分であった可能性があり,控訴審で改めて判断を示すべきではあるが,ことの重大性を考えて金銭を支払っての和解を勧める,というものでした。要点は以下のようになります。

1. 胎盤が2つある双子の妊娠で,一児が子宮内で死亡した場合には,もう一児はそのまま妊娠を続けさせるのが一般的だからといって,胎盤が3つある三つ子の妊娠で,一児が子宮内で死亡した場合にも,そのまま妊娠を続けさせることが勧められていると認めることは妥当でない。
2. 脳性麻痺の発症の経緯は必ずしも明らかとは言えない。
3. 一審判決は,様々な状況を十分考慮せずに1に関して過失を認めたが,必ずしも十分な検討,理解をしていなかった疑いがある。
4. 一審の判決は,一審裁判所が個別判断を示したものにすぎず,一般的な義務を示したものではない。
5. 控訴審では,様々な状況を総合的に考慮して過失の有無をするべきところだが,これまでに分かっていることと,この事件の重大性や病院の社会的責任,そして早期解決の必要性を考慮して,病院が解決金を支払って和解することを勧告する。

 高松高裁は,一審の審理は事案の理解が不十分で,特に過失について認めることが妥当でないと考えながら,1億7000万円という高額の和解を推し勧めていたわけです。そして和解が成立すると,原告の氏名も和解金額も記載されていないこの和解勧告書について,閲覧を制限することを認めたというのです。

 医師をはじめ法律家ではない人々は,和解した被告側も悪い,と言いたいかも知れません。しかし考えてみてください。理由もはっきりしないのに大金を出せと強力に迫ってくる,そんなことをしてくる権力者が目の前にいるとき,誰もが勇気をもってそれを拒絶することができるのかということを。そしてこの事件ではその権力者は,自分がしたことの証拠を違法に隠蔽する決定をしたのです。そんなことを行うことをいとわない集団は,裁判官以外にもあるようにも思いますが,やはり本件では諸悪の根源は裁判官にあり,法律家ではない第三者から見ると,到底許されることではないと考えます。

 この控訴審の指揮を執った生島弘康裁判長は,この和解成立の約4ヶ月後に依願退職しました。

*1 閲覧等制限決定の取消申立ての決定文は,「医療判例解説」(医事法令社)第75号に掲載されています。

令和2年3月6日記す。

令和5年5月28日追記: 本件閲覧制限取消に関する論文(星野豊・筑波大学人文社会系教授)が、筑波法政80号に掲載されています。


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