眼底造影検査アレルギー死亡訴訟・資料

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名古屋地裁平成19年(ワ)第5278号
原告 X1,X2,X3
原告代理人 柴田義朗
被告 Y
被告代理人 河内尚明、馬路充江、山下陽子、鈴木和貴
被告復代理人 恒川直久、松本啓太、山村豊弘

事案概要
平成18年10月30日、亡Aが視力低下にて被告医院受診。右眼加齢黄斑変性の診断でフルオレセイン蛍光眼底造影、インドシアニングリーン蛍光眼底造影を1週間後に予定。

既往歴 気管支喘息。問診票に明記。心停止も含めて検査前説明がなされている。

平成18年11月7日
9:00 血圧184/89 脈拍60、再検181/91 脈拍59
9:10 血圧170/81 脈拍56、不快感なし
9:15 フルオレセイン、インドシアニングリーン皮内テスト施行
9:20 OCT(光干渉断層計。非侵襲的検査)施行
9:30 皮内テスト陰性確認。左正中に翼状針留置。生理食塩水50cc接続
9:35 フルオレセイン1.5cc投与、その約46秒後に咳嗽出現
9:36頃までに呼吸困難増悪。アナフィラキシーショックを考え検査を直ちに中止。患者が自力でベッドに移り酸素投与開始(約5リットル/分)。生理食塩水をヴィーンF500mlに交換して全開滴下。
9:37 チアノーゼ出現(ただし疑義あり)、ソルコーテフ200mgを側管から注射。下顎挙上法により気道確保。頚動脈脈拍弱ってきた。チアノーゼ(疑義あり)後に呼吸停止、マウスツーマウス人工呼吸ののち、アンビューバックによる人工呼吸施行。脈拍さらに微弱になり人工呼吸継続。
9:40 心停止。0.1%エピネフリン0.4mg血管投与。心臓マッサージ開始。
9:50 0.1%エピネフリン0.6mg追加。ベニューラ針で血管確保、ヴィーンFをそちらにつなぎ替えて、翼状針抜去。
9:51 救急車出動要請
9:55 救急車到着、心肺停止状態
10:00 救急車出発
10:01 除細動施行
10:02 心拍再開
10:03 基幹病院到着
平成18年11月19日、意識回復することなく死亡。

補足:チアノーゼは疑義あり。眼科医院看護師がそうだと思ってカルテに記載したが、担当医はチアノーゼがあったという認識はなかった。救急隊記録にチアノーゼの記載なし。むしろ顔面紅潮との記載あり。なお、当該眼科医は総合病院にて救急診療の経験が豊富であった。


なお,事件発生は平成18年11月7日,訴状日付は平成19年11月2日。訴状では,呼吸管理の過失,急速輸液の過失を主張。平成21年10月13日になって,前投薬不使用の主張を追加。


原告側協力医 久留米大学名誉教授 加来信雄
1) 過敏性体質であることは事前に分かっていた。
2) 過敏性反応を起こしやすいと警告されている薬剤を何の前処置もなく使用した。
3) 想定通り過敏性反応が起きた。
4) 過敏性反応が強かったため、心肺停止を来した。
5) 心拍は蘇生処置により再開したが、この間の脳血流低下から、高度の脳浮腫を来たし死亡した。
・予防策: 抗原抗体反応が起こらないように、前もってステロイドを投与してからフルオレセインを使用するのが、医療行為上の常識。
・本件アナフィラキシーへの対応
9:35に生食は不適切。ヴィーンF 500mlに、ソルコーテフ 500-1000mgを添加。アナフィラキシーショックが懸念される場合、この処置は多くの医師の間で一般的に行われている。
9:37 なぜ検査前に前述の予防対策を取らなかったのかが理解できない。チアノーゼが出現しているのに、どのように気道を確保し、どのような人工呼吸をしたのか、蘇生状況が全くわからない。
9:40 エピネフリン0.4ml、9:50 エピネフリン0.6ml →少なすぎる。
10:01 救命救急士によるAED1回で心拍再開。心室細動であったと推測される。9:40以前に血圧を測定し、一刻も早くエピネフリンを使用していれば、心拍停止にまで至らずに住んだ可能性は高い。血圧測定をせずに正しく蘇生できるはずがない。
・エピネフリンが先、ソルコーテフは後にすべき。血圧をまず先に維持しなければならない。
・ステロイド前投与で抗原抗体反応は起きなかった可能性は非常に高く、ましてや死亡に至ることもない。
・アナフィラキシーショックとしての緊急処置をしなければならない。ショックに対する処置、アナフィラキシーに対する処置が適切に行われれば、後遺症なく治癒するはずであった。

被告準備書面7より
・原告はポンピング輸液をすべきだったと主張している。
・失血性ショックではない。
・翼状針では、針が外れたり漏れたりして血管が破綻する。
・ベニューラ針での確保後は、既に救急車を要請していた。救急車迎え入れ準備もしなければならず、ポンピングを行う余裕もなかった。ポンピングをしたならば、心臓マッサージ、人工呼吸を中止しなければならなかった。

一審の裁判所の判断

1. ステロイド前投与について
一般に,患者の状況によってステロイド前投与すべきと考えられているとすれば,眼底造影実施基準に検査方法の一環としてその旨が記載されるはずであるし,同基準で特に注意が必要な疾患として気管支炎があげられていないことに鑑みると,気管支炎が白川洋一の文献でいう「強い素因を持つ患者」に当たるか疑問である。また,前記の眼科臨床医報(91-2「蛍光眼底撮影の副作用に対するステロイド予防投与の検討」では,ステロイド剤投与の有効性につきさらなる検討が必要とされているに過ぎない。

2. 気管内挿管等の実施
アンビューを揉めていた。仮にバックが揉めず胸郭が動かなければ,直ちに気管内挿管を行っていた。チアノーゼがあったか疑問。仮にあったとしても,本件は極初期から重大な循環不全が生じていたので,チアノーゼはショックによる呼吸障害,循環障害にも起因し,換気不全のみによってチアノーゼが生じたわけではない。
(中略)
原告らは,気道閉塞を来していた場合であっても,患者の吸気活動によって横隔膜が移動し胸郭が持ち上がることはあり得るなどと主張するが,こうしたことがありうるとしてもAに対する酸素の供給を否定することはできない。
酸素濃度については,自力でベッドに移れたことを考慮すると,低い不適切な濃度であったとは言えない。

3. エピネフリンの投与量
10倍希釈(0.01%)を1mlづつ投与している→少ないとは言えない。

4. 輸液量
9:36から,ヴィーンFを全開投与していたと認めるのが相当。

地裁判決: 永野圧彦、宮永忠明、今井祐子


原告側控訴理由書

フルオレセインは副作用対策を確実に行うことが必要。これを怠ったために死亡した。

アナフィラキシーショックは,迅速な状態変化を察知し,適切な初期対応がなされれば救命することができる。

副作用対策が不十分な理由
1. アナフィラキシーと気管支喘息。気管支喘息患者は注意が必要。
2. ステロイド前投与。強い素因を持つ患者に対してはステロイド投与が必要。
3. 原判決の事実誤認。原判決で「気管支炎なのでステロイド投与の義務はない」と書かれている。これは気管支炎と気管支喘息とを混同している。原判決は「気管支喘息」と「気管支炎」を混同するという,医療専門部の裁判官としては信じがたい事実誤認を犯し,その結果,的外れの結論を導いているのである。このように,争点の前提となるAの疾患について,かかる初歩的な事実誤認をすること自体,以下に原審の事実認定が杜撰であったかが裏付けられるのである。

被控訴人眼科医も当然ACLSに習熟し,救急処置,治療を確実に実践する必要があった。(峰村注: 担当医は,以前に市中病院にて一般救急を担当していた。ACLSは受けていないが,BLS講座は受けていた)

気道確保,酸素投与

パルスオキシメーターで酸素飽和度を測定すべき。

自力でベッドに移れたことについて
息を止めても30秒程度は歩行可能。ベッドを移った事実のみで酸素濃度が適切だったとは言えない。

チアノーゼ
看護師が「チアノーゼ」と書いている。横浜地裁判決昭和62年10月28日,判タ682号195頁に,「改変されたなど特段の事情がない限り,真実性が担保されているというべき。」とされている。チアノーゼ患者に遭遇したことがなくとも,顔貌紅潮と「チアノーゼ」を混同することは通常考えられない。
(峰村注:この記載看護師は,眼科しか経験がない看護師であり,救急隊の「顔面紅潮」の記載の方が信用が高いと思われる)

輸液
9:36からヴィーンFを全開にしていたという裁判所の判断は事実誤認。
担当医には,大量輸液が必要との認識に乏しかった。できれば2ルート取ることが必要。ベニューラ22ゲージ針による血管確保のあと,同時に翼状針を抜去することは極めて不合理。担当医は「搬送で針が抜けたりして危ない」と陳述するが,抜けにくくするにはループを作って固定すれば良い。仮に危険性があるとしても,9:50ではなく9:55の救急車到着時に抜けば良かった。医学的に不可解な翼状針の抜去。ベニューラ針刺入まで15分近くもの間,血管確保をしていない。


控訴審での意見書の内容
原告側協力医 岡山大学 氏家良人
・そもそも総合病院ですべきだった。
・最初からベニューラ針を使用すべきだった。
・ステロイド前投与をしていれば、特別な対応をしていたと判断できたとおもわれる。
・救命の可能性は… 心拍再開後の状況が悪すぎる。
・絶え間ない心臓マッサージ、心停止20分。そのわりに重症低酸素血症で早期に死亡した。適切な薬剤投与、適切な心臓マッサージ、適切な換気ができていれば、わずか20分の心停止でこのような悲惨な結果にはならない。
被告側協力医 三重大学 丸山一男
・46秒で発症、5分で心停止、20分で救急車→除細動していることから、心筋虚血→心室細動と考えられる。
・アナフィラキシーで救命できるのは、いきなり心室細動を発症するような劇症型ではなく、皮膚症状、血圧低下、呼吸困難がしばらく継続し、エピネフリン筋注が効果を示す症例。この症例は極めてまれな劇症型で、たとえ他の総合病院での検査であっても、救命できたとはいえない。

高裁裁判官 岡光民雄、片田信宏、河村隆司

上告受理申立書より

心臓マッサージを1人で15分行った事実。5分で交代しておらず、有効でなかった。
看護師がチアノーゼを誤認するはずがない。救急隊員がチアノーゼを記載しないことは十分ありうる。 


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