東京地裁平成19年(ワ)第29921号判決文抜粋

(事件概要はこちら)

平成21年9月16日判決
平成19年(ワ)第29921号
原告 X
代理人 田中裕之,中村隆史,山澤恭子,小塚基文,佐治史規
復代理人 野口杏子
被告 Y
代理人 関口岳史
復代理人 棚瀬慎治

判決  棄却

請求 964万3942円

争点
(1) A医師の説明義務違反の有無
(2) B医師の説明義務違反の有無
(3) 各説明義務違反と結果(後遺障害)との間の因果関係の有無
(4) 損害の有無及び額
(5) 過失相殺

(中略)

3 争点(1)(A医師の説明義務違反の有無)について
 原告は,A医師には,原告の退院時に,蜂窩織炎や破傷風という重大な疾患が発生する可能性が高いが,早期に対処すれば助かる可能性が高いことを具体的に説明し,経過観察の必要性や疾患の症状が現れた場合に医師の診察を受けるなどの対処方法を具体的に指示する義務があったにもかかわらず,これらの説明や指示をせず,原告を漫然と退院させたのであるから,A医師に説明義務違反があった旨主張する。そして,原告は,その根拠として,原告の体力が未回復であり,免疫機能が低下していたこと及び蜂窩織炎の好発部位である足の甲に炎症が存在し,患部の細菌感染等重大な疾患が発生する可能性があったことなどを挙げる。
 そこで検討するに,医師は,患者が退院する際,退院後の療養上の注意点を説明するに当たり,患者の症状等に照らして退院後に重大な疾患が発生する可能性が高いと認められる場合には,患者に対し,その旨説明し,経過観察の必要性や疾患が発生した場合の対処方法などを説明又は指示をする義務があるということはできないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,前記1(1)アないしエ,2(1)ないし(5)で認定した事実によれば,横紋筋融解症を伴う熱中症により上昇した原告の体温,WBC,CPR及びCPKが,原告の退院時までに次第に低下し,痙攣や不快感が消失し,意識レベルがクリアになり,熱中症の症状はかなり改善軽快したことが認められ,また,原告は,9月2日の夕食から同月4日の昼食までの間の食事を全量摂取し,外出や退院を希望するなど,体力が回復していたことが認められる。さらに,証人Aの証言によれば,原告の退院時のWBC及びCRPは,正常値を超えているものの,軽度の上昇に過ぎず,しかも減少傾向にあることから,数日後には正常値になり得る状態であり,原告の退院時のCPKも,正常値を超えているものの,血液濾過透析,補液及び尿の排出により低下しており,退院が可能な状態であった。加えて,原告の右足背部の傷は,退院時には,小さくなり,抗生剤の浸透したソフラチュールが密着し,肉芽が周辺から盛り上がり,乾燥して白っぽくなり,蜂窩織炎に罹患していた場合に受傷後2日が経過した退院時には見られるであろう紅班(ママ)・発赤や腫脹は見られず,治癒傾向にあったことが認められ,免疫力の低下や細菌感染の可能性が危惧される状態ではなかったことが認められる。そして,これらの事実からすれば,原告の退院時には,原告の状態等からして蜂窩織炎や破傷風というような重大な疾患が発生することは通常の経過からして考えられないというべきであるし,仮にこれらの疾患が発生することは通常の経過からして考えられないというべきであるし,仮にこれらの疾患が発生したとしても,本件においては,当該疾患による症状等が生じた時点で,原告自身の判断で医療機関を受診するのでは,症状が進行して治療が困難になり,重大な後遺障害等が生じる可能性があると考えるべき根拠となる具体的事情も見当たらない。
 のみならず,原告が,被告病院退院後に長靴を履いたことがあり,10月8日の昭和大学病院の受診時にも,自宅で母親に足を踏まれ,どうしても歩いてしまい,安静が保てないとして,入院を希望したこと,9月10日に採取された微生物検査の結果,原告の患部からミノマイシンのみに薬剤耐性のある緑膿菌が検出されているところ,被告病院における7月から9月までの間に実施された患者の細菌検査の結果,ミノマイシンのみに薬剤耐性のある緑膿菌が入院患者の皮膚から検出されたことはなく,外来通院患者で緑膿菌が検出された場合に,ミノマイシンのみに薬剤耐性のある緑膿菌が検出されたのは80%にも上ったことなどからすると,被告病院退院後の原告の行為が原因となって,被告病院を退院したあとに蜂窩織炎に罹患した可能性が高いといえる。そして,前記1(1)エのとおり,A医師は,原告に対し,靴を履くと傷に当たるので,表皮が完全にできるまで靴を履かないこと,完全に治癒するまで右足を水に濡らさないこと,浮腫はあと2,3日で取れると思うが,できるだけ足を下げないことなどを説明したのであり,原告がこのような指示に従っていれば,原告が主張するような重大な疾患が発生しなかった可能性も否定できないことなども認められる。これらのことからすると,A医師に,原告がこのような指示に反して自ら蜂窩織炎の原因となるような行為にいたることを想定するなどして,蜂窩織炎や破傷風という重大な疾患が発生する可能性が高いが,早期に対処すれば重大な結果が生じない可能性が高いことを具体的に説明し,経過観察の必要性や上記疾患の症状が現れた場合に医師の診察を受けるなどの対処方法を具体的に指示すべき義務があるとまではいうことができない。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
 また,原告は,A医師は,原告の退院に際し,家族らに対して経過観察の必要性とその内容及び適切な対応策を指示・説明し,また,緊急時の病院側の受入態勢を整えておく義務を負っていた旨主張するが,上記説示のほか,被告病院の担当医師に,原告に加えてその家族らにも右足背部の傷に関する説明等を行うべき義務があると認めるべき事情は見当たらないことに照らすと,この主張も採用することができない。

4 争点(2) (B医師の説明義務違反の有無)について
 原告は,B医師には,原告のカルテ記載から原告の免疫機能が低下しており,原告の患部が細菌感染により炎症を現に起こしているか,これを起こす可能性が高く,蜂窩織炎を発症している場合にはその症状が短時間で進行する可能性が高いことを認識すべきであり,このような認識に基づき,原告に対し,原告からの電話に対応した際に,感染症発症の可能性が否定できないことを告知し,直ちに専門医の診療を受けるよう指示すべき義務があったにもかかわらず,もうしばらく様子を見るように指示したに過ぎないから,説明義務違反があった旨主張する。
 しかし,原告は,退院時には,熱中症の症状が軽快改善し,体力が回復し,右足背部の傷も治癒傾向にあり,感染症や免疫力の低下が具体的に危惧されるような状態ではなく,蜂窩織炎や破傷風という重大な疾患が発生するとは通常の経過からして考えられないところ,B医師は被告病院における原告のカルテを確認することにより,原告のこのような状態を認識していたこと,原告は,B医師に対し,電話で,A医師から右足背部の腫れが2,3日で引くと言われたが,腫れが引かないと伝えたに過ぎず,右足背部の症状が悪化していることなどは伝えていないこと,しかも,被告病院退院後のA医師の指示に反した原告の行為が原因となって,蜂窩織炎に罹患し,あるいはその症状が悪化した可能性が高いことは,いずれも前記1(2)及び3で認定したとおりである。そして,B医師は,上記のような状況の下で,原告に対し,もう2,3日様子を見て,腫れが酷かったり,熱を持っているようであれば,被告病院に来るよう指示したのであり,これらの事実からすれば,B医師が,原告の右足背部が感染症に罹患している可能性は低いと判断したのもやむを得ない面があるといえる。また,電話による病状相談では,その性質上,診断に必要な他覚的所見等を得ることができず,患者が述べる主訴あるいは症状等のみから判断せざるを得ないのであり,その診断の基礎となるべき診療情報は極めて不十分かつ不正確なものである場合が多いことから,医師の指示・説明内容が一般的・概括的なものとなることはやむを得ないというべきであり,一般に,患者が病院等における医師の診察ではなく,電話による病状相談を選択した場合には,患者自身もこのような事情を承知しているものとみるべきである。さらに,本件において,B医師は,原告に対し,腫れの状況や発熱の有無によっては,被告病院の診察を受けるよう指示しており,原告が供述するように9月6日の段階ですでに右足背部の腫れが酷くなり,熱っぽくなっていたということであれば,このような指示を受けた原告としては,原告自身の判断で被告病院等の医療機関で医師による診察を受けることもできたと言うべきである。それにもかかわらず,原告が同月10日まで医師の診察を受けなかったのは,原告自身の判断と責任によるものというべきである。
 これらの事情からすると,B医師に,原告からの電話に対し,原告に対する詳細な質問を行い,感染症発症の可能性が否定できないと判断した上で,その旨を原告に告知し,専門医の診療を受けるように指示すべき義務があったとまではいうことができない。そうすると,B医師が原告からの電話に対し,カルテの記載及び原告の主張を踏まえて上記のような一般的・概括的な指示を行ったことに,医師としての注意義務(説明義務)違反があるとは認められない。
 したがって,原告の上記主張も採用することができない。

5 結論
 以上のとおりであり,原告の請求は,その余の争点について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官 村田渉
裁判官 倉澤守春
裁判官 平野望


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