東京円錐角膜移植手術後散瞳症訴訟 高裁判決分の主要部分

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原審判決文の 18ページ23行目から19頁22行目までを次のとおり改める。


ア 円錐角膜に対する全層角膜移植後,瞳孔が散瞳状態で動かなくなってしまうこと(不可逆的散瞳症)があるところ,昭和38年,Urrets-Zavaliaにより,文献上,世界で初めて円錐角膜に対する角膜移植後に合併症として散瞳麻痺,虹彩萎縮,続発緑内障からなる症候群が生じることが報告された。(乙B14〔訳文1〕,乙B16,乙B17〔187〕)
 わが国においては,文献(「円錐角膜の角膜移植後に認められた所謂「不可逆性散瞳」について」。昭和48年2月10日のもの)(乙B20〔58〕)が刊行されたが,それまでは,円錐角膜の角膜移植手術後の異常な散瞳については,文献上,これに言及するものがなかった。

イ 上記文献(昭和48年2月10日のもの)においては,円錐角膜に対する角膜移植手術後に不可逆的な散瞳となった症例のうち,術後散瞳薬を用いなかった例における散瞳が始まる時期と症例数は,術後4日が1例,術後3日及び2日がそれぞれ2例,術後1日が2例となっており,術後4日や3日での発症は遅いほうで,多くは2日以内に起こり,術後17時間で散瞳状態にあると認められた例の報告がある旨指摘されている。不可逆的散瞳症の原因については,術後散瞳薬の使用とは無関係に発症すると思われるとし,その原因として術後のアトロピンの点眼,瞳孔遮断による眼圧上昇,角膜の扁平化による隅角の癒着,手術による虹彩損傷等が指摘されてきたが,それぞれ反証例が示されており,病因としては説得力に乏しい,円錐角膜眼に潜在する何らかの瞳孔機能の異常,あるいは虹彩自律神経系の易損傷性が移植手術という外傷を契機として顕在化すると考えられるが,その機序は不明である,自験した例の臨床所見から,副交感神経終末のアセチルコリン(Accetylcholine)の作用機序に何らかの障害があるのではないかと考えているとした上,結論としては,「本症の原因は未だ不明である」と記述している。

ウ 他の文献(「角膜移植術−ぶどう膜合併症」。平成9年1月のもの)は,その原因として,手術時に用いたアトロピンの散瞳作用のために起こる周辺部虹彩前癒着と眼圧上昇であるとか,術中の虹彩に対する外傷や水晶体と母角膜間に虹彩が挟まれることによって虹彩内の血管が圧迫され虚血となるため,瞳孔括約筋が障害を受けたことであるなどの指摘があることを紹介しつつ,その原因はいまだ明らかではないとしている。また,これに対する予防法として,術中の硝子体容積をできるだけ小さくし眼圧の上昇を防ぐこと,術中前房をできるだけ早く再形成し,以後前房を消失させず保ち続けることなどが必要と思われる。また,アトロピンなどの散瞳剤の使用は避けるべきである。」と指摘している。(甲B11〔33〕)

エ 以上の文献は,不可逆的散瞳症の発生原因として,いくつかの考え方を指摘し,紹介するが,いずれも,結論としては,不可逆的散瞳症の発生原因は不明であるとするものであり,また,証拠として提出されている他の医学文献(乙B14,16,17,20,25の1)も,いずれも,全層角膜移植手術後の不可逆的散瞳症の発生原因,発生機序については,明らかではないとしている。

2 争点に対する判断

(1) 不可逆的散瞳症の原因(争点(8))及び散瞳剤の投与期間ないし投与量を誤った過失の有無(争点(5))について

ア 治療経過等の要約
 前記事実認定等の1(2)及び(3)において認定した事実によれば,被控訴人の右眼は,昭和63年5月22日にA医師の執刀により実施された本件角膜移植手術中に虹彩から少量の出血が起こり,同手術後に高眼圧状態となったことから, A医師は,被控訴人の右眼の眼圧を下げて散瞳させるため,担当医を通じてミドリンP等を投与したうえ,翌23日に右虹彩周辺切除術を実施し,その後,虹彩後癒着等が生じたため,癒着を防止し,散瞳させて虹彩を動かすことが必要であると考え,同月24日に担当医にミドリンPによる散瞳を頻回に行うよう指示し,同月25日からミドリンPが1日6回の割合で点眼投与され,同年6月4日には1日3回の割合の点眼投与となり,同月8日には,ミドリンPの投与が中止されたが,同月15日には,少し散瞳症を起こしていると判断され,その後,被控訴人は,不可逆的散瞳症を発症していると診断されたものである。

イ 不可逆的散瞳症の原因について
 前記事実認定等の2(4)において認定した事実によれば,これまでに刊行された角膜移植後に合併症として起こる不可逆的散瞳症について言及する文献においては,その発生原因についていくつかの考え方を指摘し,又は紹介しているが,結論としては,発生原因は不明であるとしているのであり,文献上,その発生原因及び発生機序については,明らかではないとされている。

ウ アトロピンと不可逆的散瞳症との関係
(ア)前記事実認定等の2(6)イ認定のとおり,アトロピンのインタビューフォーム(社団法人日本病院薬剤師会が記載要領を策定し,薬剤師等のために当該医薬品の製薬企業に作成及び提供を依頼している学術資料)には,「長期にわたり散瞳していると虹彩が癒着するとの報告がある」と記載されている。そして,この記載の根拠とされた文献は,アトロピンの最新のインタビューフォーム(乙B43〔12〕〔15〕)によれば,前記のUrrets-Zavaliaの論文(乙B16)であるが,同文献の内容は,円錐角膜に対する角膜移植後に合併症として散瞳麻痺,虹彩萎縮,続発緑内障からなる症候群があり,上記症候群は,円錐角膜に対する角膜移植手術225例中5例にみられ,このうち6症例(うち1症例は,散瞳剤を使用しないにもかかわらず散瞳麻痺が生じている。)を紹介し,前記症候群を生じた5例はいずれもアトロピンを点眼していることから,アトロピン点眼により,瞳孔麻痺や虹彩萎縮を引き起こす理由は明確でないとしつつ,瞳孔麻痺等を避けるため,散瞳が必要な症例すべてにおいて短期作用型のものを使用することを推奨するとするものである。
(イ)前記事実認定等の2(4)アないしウの医学文献のほか,アトロピンと不可逆的散瞳症との関係について触れた医学文献としては,アトロピンなどの散瞳剤は,炎症の軽減,虹彩後癒着の防止などを目的に行うものであり,円錐角膜の術後に不可逆的散瞳症を起こしやすいという考え方があるが,最近否定的な報告も出されているとするもの(乙B9〔87〕平成9年のもの),術後アトロピンの点眼,瞳孔遮断による眼圧上昇,角膜の扁平化による隅角の癒着,手術による虹彩損傷等が指摘されて来たが,それぞれ反証例が示されており,誘因としてはともかく,病因としては説得力に乏しいとするもの(乙B20〔60〕昭和48年のもの),円錐角膜に対する角膜移植手術後の瞳孔麻痺は,アトロピンによるものではなく,瞳孔括約筋の虚血萎縮が原因であるとするもの(乙B15訳文〔6〕昭和50年のもの),円錐角膜に対する角膜移植手術後に76名83眼についてアトロピンを点眼したが,術後,永続的な散瞳は1例も認められなかったとして角膜移植手術後の永続的散瞳は,アトロピンとは関係がなく,アトロピンのような強力な散瞳剤を使用することは禁忌ではないとするもの(乙B24訳文,平成3年のもの)などがあり,不可逆的散瞳症の原因については,研究者によりアトロピン点眼以外にもいくつかの仮説が立てられている。
(ウ) また,アトロピンの投与をしているかどうかを問わず,円錐角膜に対する角膜移植手術の合併症として不可逆的散瞳症が生じる頻度については,文献によれば2.2%(乙B16。昭和38年のもの)12%(乙B20〔54〕。昭和48年のもの),5%(乙B15。昭和50年のもの),5.8%(乙B14。昭和52年のもの),17%(乙B19〔122〕。昭和61年のもの),0%(乙B24。平成7年のもの)とされている。
 以上の事実によれば,アトロピン点眼を不可逆的散瞳症の原因とする考え方は,不可逆的散瞳症の発生原因に関する仮説の一つであり,他方で,アトロピン点眼を不可逆的散瞳症の発生と関連付けることに懐疑的ないし否定的な文献もあり,上記イのとおり,各文献が,結論としては,不可逆的散瞳症の発生原因は不明であるとしていることに照らすと,この考え方がその発生原因に関する確立した見解ないし有力な見解であるということもできないから,角膜移植手術後のアトロピン点眼が不可逆的散瞳症の原因であると認めることはできない。

エ ミドリンPと不可逆的散瞳症との関係
(ア) 被控訴人は,アトロピンとミドリンPは,いずれも散瞳作用があり,作用時間がアトロピンの方が長いものの散瞳作用中の瞳孔径は,同じであるから,ミドリンPを本件のように1日6回も,また連日投与すればアトロピン以上に不可逆的散瞳症をもたらすと主張する。
(イ) アトロピンとミドリンPの効能等は,前記事実認定等の2(6)イ及びウに記載のとおりであり,アトロピンは副交感神経を遮断し,瞳孔括約筋を麻痺させるものであり,ミドリンPの成分のうちトロピカミドは,アトロピンと同様の作用を有するものである。両者の大きく異なる点は,作用持続時間であり,アトロピンを1回1滴点眼したときの散瞳効果は,点眼後30ないし40分後に最大となり,10ないし12日持続するのに対し,ミドリンPは,1日1滴3分毎に3回連続投与したときの散瞳効果は,点眼後15ないし20分後に最大となる。また,ミドリンPを1回1滴3分毎に3回点眼後,さらに1回1滴20分毎に3回追加点眼を行ったとき,調節麻痺は,点眼終了後5ないし6時間で回復する(甲B9〔18〕)。
(ウ) 本件のミドリンPの投与は,前記事実認定等の1(3)のとおり,ミドリンPが1日6回の投与(甲A2〔8,9〕からすると1日5回(8時,11時,14時,17時,20時)の投与の可能性もある。)がされたのは,5月25日から6月3日までであり,6月4日から6月7日まではミドリンPが1日3回となり,6月8日にミドリンPの投与は中止された。ミドリンPの1日の投与の時間は,8時から20時までの間であった。(甲A2〔9〕)。
(エ) 本件の場合,ミドリンPを1日5ないし6回,8時から20時までの投与であったが,20時の点眼による散瞳効果が消失すれば,その後は自然に縮瞳する(B鑑定人〔鑑定人調書32〕)。
 この点については,被控訴人は,ミドリンPを前記のように頻回点眼した場合,薬物の蓄積による濃度上昇の影響により,最終点眼から6時間で薬効が消滅し,夜間に必ず縮瞳が行われていたとは考えにくいと主張し,これに沿う証拠(甲A5の1,5の2,6〕)もある。
 ミドリンPを1日5ないし6回,8時から20時まで投与した場合,薬効が残存しているうちにミドリンPを投与することから,ミドリンPの濃度が上昇することが想定される。しかし,ミドリンPの濃度の上昇が,作用持続時間にどう影響するか,また,仮に作用時間が長くなるとしてもどの程度長くなるのかについては,前記証拠からも明らかではない。また,本件の場合,点眼は1回1滴であり,インタビューフォームの設定条件(1回1滴3分毎に3回点眼後,さらに1回1滴20分毎に3回追加点眼を行う。)と同一ではないこと,5月24日から同月27日まで炎症を原因とする前房内の細胞の存在,フィブリンの析出,癒着が確認されており(乙A1〔37~39〕),前房に炎症がある場合,縮瞳傾向を示すこと(乙B42〔29〕)も考慮に入れると,仮に20時までの連続投与によりミドリンPの濃度が上昇していたとしても,夜間の縮瞳は行われていたと認めるのが相当である。
(オ) ミドリンPのインタビューフォームにもミドリンPと不可逆的散瞳症に関する記述が全くなく,証拠として提出された文献においてもミドリンPが不可逆的散瞳症の原因であるとするものはない。文献の中には,不可逆的散瞳症が発生した例の中にミドリンPを使用したという例が紹介されている(乙B16〔7〕20〔58〕)が,同文献もミドリンPを不可逆的散瞳症の原因とするものではない。
 以上の事実に,前記ウのとおり,角膜移植手術後のアトロピン点眼を不可逆的散瞳症の原因であると認めることができないこと,アトロピンとミドリンPがいずれも散瞳作用があるものの,ミドリンPは散瞳の作用時間がアトロピンに比べて短く,本件においても20時からは点眼をしておらず,仮に8時から20時までの5ないし6回の点眼により,ミドリンPの濃度の上昇があったとしても自然縮瞳があったと考えられること,医学文献上もミドリンPが不可逆的散瞳症の原因であるとするものはないこと,上記イのとおり各文献が,結論としては,不可逆的散瞳症の発生原因は不明であるとしていることを考え合わせると,本件において,ミドリンPの投与が不可逆的散瞳症の原因であるとは認めることはできない。

オ 本件におけるミドリンPの投与と過失の有無
(ア) 被控訴人は,A医師が,ミドリンPを1日6回の投与を5月25日から6月3日まで続けたことに過失があると主張する。
(イ) ミドリンPのインタビューフォームの「治療に関する項目」の「効能・効果」欄には,「診断及び治療を目的とする散瞳と調節麻痺」との記載が,「用量」欄には,「散瞳には,通常,1~2滴を点眼するか,又は1回1滴を3~5分おきに2回点眼する。」,「なお,症状により適宜増減する。」との記載があり,1日当たりの点眼回数等については,記載がない。(甲B9〔7〕)
 また,前記のとおり,同インタビューフォームには,ミドリンPと不可逆的散瞳症に関する記述はなく,本件角膜移植手術当時,ミドリンPの一日当たりの投与量,投与回数等について,定まった考え方が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 前記事実認定等の1(3)のとおり,5月25日には,瞳孔に虹彩後癒着が起こっており,前房の中央ないし周辺領域及び瞳孔領域にフィブリンの存在が確認されるなど炎症があり,同月26日,癒着の程度が軽減し,フィブリン量も低下したが,同月27日,瞳孔には8時及び10時の方向にわずかに癒着があることが確認されるなど,被控訴人の右眼には,炎症による癒着が見られる状況にあったから,炎症を抑え,炎症によるによる癒着の危険を回避するために散瞳剤を1時間毎に投与するなど,その頻回の投与が必要とされる状況にあった(乙B36〔233〕, B鑑定人〔鑑定人調書18〕)。
 退院後からミドリンPの投与を1日3回にした6月4日までについては,炎症が残っており,6月4日,8日,炎症を抑えるステロイド点眼薬の使用が指示されているのであって,散瞳剤投与の必要性があった(乙A1〔43〕, B鑑定人〔鑑定人調書52〕)。
(エ) 前記エにおいて説示したとおり,不可逆的散瞳症の原因は不明であって,ミドリンPの投与が不可逆的散瞳症の原因となるものと認めることはできないから,不可逆的散瞳症の発生を防止するという観点からその投与量等を控えるべき義務があるとはいうことができない。
(オ) 本件におけるミドリンPの投与について,鑑定人は,5月29日の退院までの間は,ミドリンPを1日6回の投与で不適切であったとはいえない(B鑑定人〔鑑定人調書33〕,1日6回というのはあり得る( C鑑定人〔鑑定人調書37〕),自分だったら6回というのはもう少し早めに2,3回にする,単純に何回が原則であるといわれても,なかなか難しい(D鑑定人〔鑑定人調書22,17〕)としているが,いずれも,ミドリンPの1日6回の投与が不適切であるとの意見は述べていない。
 また,退院後からミドリンPの投与を1日3回にした6月4日までについては,「それで炎症がおさまってきてるということであれば,それはこのまま行うこと。あるいはもうちょっと外そうと思っても治療の方向としてはおかしくはない」( D鑑定人〔鑑定人調書46〕),「前房の状態をこの記載だけから見て,後から判断すれば,この時点で点眼回数を減らすという指示を出してもよかったかもしれないと思います。ただ,それは,正直言って,後知恵のような気がするんですね。臨床の現場で私たち,見てるときに,ある程度安定してきてる状態であると,そういう指示を続けて治療していくということがままあるというふうに,むしろそういうことがほとんどなんですね。」( B鑑定人〔鑑定人調書50〕),「3回に減らす時期というのを見るにやっぱりこういう感覚というのは僕達はやっぱり現実に使っていますね。そういうことからごく自然の考え方である」( C鑑定人〔鑑定人調書54〕)として,6月3日まで1日6回の投与を継続したことが不適切であったとの意見を述べていない。
 上記(イ)ないし(オ)によれば,ミドリンPの投与を1日6回,5月25日から6月3日まで継続したことは,炎症による癒着の危険を回避するために必要な処置であり,これについて不適切な点があるものと認めることはできず,他に本件におけるミドリンPの投与について控訴人の担当医師に過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

カ まとめ
 以上によれば,ミドリンPの投与が不可逆的な散瞳症の原因であるということはできず,また,控訴人病院医師にミドリンP投与について過失があるということはできない。

(2) 争点1,2,3,4,7について 原判決の「第4 争点に対する判断」の3(1)ないし(4)及び(6)に説示のとおりであるから,これを引用する。

(3) 本件角膜移植手術前の説明義務違反の有無(争点(6))について
ア 説明義務
 (略。最高裁判所平成13年11月27日の、医師の説明義務についての記載の引用)

イ 不可逆的散瞳症が生ずることについての説明義務違反について
 被控訴人は,円錐角膜に対して角膜移植手術をする場合,不可逆的散瞳症は,一定の頻度をもって発生する合併症であり,このことを術前に患者に対して説明すべきであると主張する。
 しかし,本件角膜移植手術が実施された昭和63年当時,わが国において,円錐角膜移植手術後の不可逆的散瞳症について報告する文献は,3篇(乙B18ないし20)にすぎなかったこと,前記のとおり,円錐角膜移植手術後の不可逆的散瞳症の発症率については,報告者によって相当の幅があるものの,本件角膜移植手術後に東京大学医学部,東京医科大学,大阪大学医学部の医師等が公表した円錐角膜に対する角膜移植手術の臨床成績に関する文献(乙B21ないし23)においても,不可逆的散瞳症が発生した旨の記載はなく,合併症として不可逆的散瞳症が発症する旨の記載はないこと, A医師の控訴人病院における臨床経験においても,昭和51年から平成8年までに実施した347例中,不可逆的散瞳症が発症した例はないこと(乙B27)に照らすと,本件角膜移植手術当時の医療水準においては,円錐角膜に対する角膜移植手術後の不可逆的散瞳症が,患者に対して説明を要するような頻度で発症する合併症であるとの認識はなかったと認めるのが相当である。そして,以上の事実に,本件角膜移植手術当時,海外においては,不可逆的散瞳症とアトロピン点眼との関係を示唆する文献があったものの, A医師は,アトロピン点眼を避ける予定であったのであり(乙B27),実際にもこれを使用していないこと,被控訴人の円錐角膜については,角膜移植手術以外に代替的治療はないことを考え合わせると, A医師が,被控訴人に対し,術後,合併症として不可逆的散瞳症が一定の頻度をもって発症することを説明しなかったことについて説明義務違反があるということはできない。

ウ 角膜移植と同時に虹彩切除を行うという選択肢についての説明義務違反について
 被控訴人は,不可逆的散瞳症を回避するためには,予防的に,角膜移植と同時に虹彩切除を行うという方法があり,控訴人病院医師には,この方法について説明義務があると主張する。しかし,角膜移植を実施するに際し,不可逆的散瞳症を回避するために,虹彩切除を行うのが適当であるとする医学的知見があることを認めるに足りる証拠はなく,また,上記イのとおり,円錐角膜に対する角膜移植手術後の合併症として不可逆的散瞳症が生じることについて説明義務があると認めることはできないから,その回避の方法についての説明義務があると認めることはできない。

第4 結論
 以上によれば,被控訴人の請求は理由がないから全部棄却すべきであり,これと異なる原判決は相当でないから,原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとする。

東京高等裁判所第12民事部
裁判長裁判官 柳田幸三
裁判官 田中治
裁判官 村上正敏


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