アヴァンギャルド癌治療訴訟・傍聴メモ2

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原告本人に対する尋問

原告代理人弁護士からの質問

Aさんは、Bクリニック、C病院、国立がんセンターで病状説明を受けたとのことだが、立ち会ったか?
------ 立ち会ったのはBクリニックと国立がんセンター。

そこでの診断結果は?
------ 胃がん。

治療方法は?
------ 手術と言われた。

手術のほかには?
------ 他にはないと。

その説明を受けた上で、X医院で治療を受けることについては賛成?反対?
------ 半信半疑だった。

Aさんに任せていた?
------ 国立がんセンターで告知されて、どうしたらよいか考えていた。

同意していたか
------ 癌は体が腐っているので切らないと…と何回も勧めた。

X医院での治療開始後の病状は?
------ はじめは声などが良くなった。途中からは悪くなった。

どのように悪くなった?
------ 活動性も落ちたし。

平成15年になって、Aさんは入院したいと言ったのか? 最後にはD病院に入院したが、誰が決めた?
------ 食事ができないということで、食べても吐いちゃって、薬も吐いちゃうので入院した。

西洋医学を受けることには同意したのか?
------ はい。

主張ではX医院では正常な判断能力がなかった、パニックだったというが、D病院に入るときはどうだったか?
------ Bクリニックで点滴を受けたが、入院のほうが良いと言われて。

入院のときは食事、歩行はどうしていたか?
------ 平成15年6月まで、すべて自分でやっていた。

あなたには癌の進行と見えたか?
------ はい。

D病院ではAさん、妹、兄に病状説明があり、今後の治療法について、1.手術、2.抗癌剤、3.そのままと説明された。3つの治療法のうち、医者はどれが望ましいと言ったか?
------ 手術に対する抵抗があるので、抗癌剤しかないのではないか…といわれた。

説明のあと、皆さんで相談されてどれを選んだか?
------ 抗癌剤。

補助参加人(保険会社の弁護士)からの質問
Aさんとの結婚は何歳で?
------ …(笑いながら)結婚生活21年かな?

子供は?
------ いません。

Aさんはご兄弟がいるが、相続関係は?
------ ちょっとわからない。

普通は訴状に相続関係を明記するが、今回は明らかでない?
------ 兄弟を代表している。

請求権については?
------ 自発的に放棄してもらった。

書類を出してもらえるか?
------ ちょっと…まだ…

Aさんは町議会議員を何年していたか?
------ 20年ちょっと。

原告は?
------ 農業。

X医院には同行したことは?
------ 1回~数回は入ったことあり。あまり記憶していない。

X医師と会ったか?
------ 会った記憶はない。ビデオは見た。

国立がんセンターでも診察に立ち会った?
------ E医師にもあった。

胃癌は3分の2切除と周りのリンパ節郭清。手術しないと2~3年で死ぬ、と3回念を押された。
------ はい。

Aさんは反対の意見を述べたのか?
------ 癌に対して半信半疑で考慮させてくださいと言ったと思う。

あなたは、癌は適切な治療をしないと生死にかかわることは理解したか?
------ (答えメモできず)

図などを用いたE医師の説明を理解したか?
------ わからないところもあったけど、大方理解したと思う。

X医院の診療について理解できたか?
------ できなかった。

どこが理解できなかったか?
------ 癌は体の一部が腐っていると考えていたが、とらないで治るというのはどうだろうか、と。

ビデオには具体的に…(メモできず)

AさんはなぜX医院で医療を受けると?
------ 知人からX医院の本を送られて2冊読んで信用していた。

あなたは読んだか?
------ 読んでいない。

平成13年11月2日には国立がんセンターの手術予定はキャンセルしていた?
------ そもそも予定もしていない。

X医院カルテには、手術予定をキャンセルしたと書いてあるが。
------ (メモ取れず)

Aさんは9人兄弟の6番目。他にも癌の兄弟が3人いる。
------ 3人かは知らない。1人は知っている。妹のことは知っている。

国立がんセンターを受けたのは妹からの紹介?
------ 違う。B医院からの紹介。

妹などと情報交換をしていたか?
------ 知らない。

平成13年11月2日から治療を始め、平成14年2月20日、Aさんが自宅台所で倒れて寝ていた。そのことでAさんがX医院に手紙を出している。肩を借りてトイレに。肩はあなたの肩?
------ はい。

救急車を呼ぼうとは?あるいは自分の車は?
------ 私は考えたが、本人は軽いめまいを…(あいまいな感じ)

X医院受診後、次の年の中ごろから具合が悪くなったというが。X医院診療録でここは自分の記憶と違うということろはあるか?
------ あちこちある。

訴状でこれは事実と違うというところは?
------ 平成14年、胃がんでX医院以外に胃がんの治療、診察で他院の受診はなかった。

平成14年7月、C病院脳外科と、救急を受診している。平成14年7月1日カルテには、「3日前から後頭部痛」と。
------ 憶えていない。医者はあちこちよく行っていたから。

平成14年7月2日は?
------ 記憶ない。

胃癌については平成14年は受診なし?
------ そうだと思う。

Aさんは、X医院受診からD病院受診まで調子が悪かったというが、平成14年末に自分の車でCや国立がんセンターを受診させようとは思わなかったか?
------ 医者にはしょっちゅう連れて行っていたので。

平成15年4月のBクリニックより前に連れて行ってしまおうとは?
------ 私の頭の中で、癌は克服されていたものと思っていたのかなぁ…本人も「癌は克服した」と言っていた。胃癌のことは口外してはいけないと言われていた。今考えると、癌を克服していたと思っていた。だから、頭が痛いと言っても、癌ではないだろうと思っていた。すぐ救急車だとは思わなかった。

最初にX医院のビデオを見て、理由もはっきりしないと。甲A17号証に、「手術せずに治ると判断した」と書いてある。Aさんは?
------ 喜んでいた。もう切らなくていいという医者がいたと喜んでいた。

甲A17号証2ページ「癌がなくなった」、3ページ「5年続けて薬を飲めば大丈夫なんだなと言っていた」。ご自分でもX医院で効果ありと考え始めたのはいつ?
------ 「がんは克服した」と言っていたころかな。

今振り返ってどうか?
------ 癌の最後の病院に入院して、先生を信頼して「生きたいんだ」と言っていた。先生からFAXされても見せられていたが、本人素人が、先生から「切らなくていいんだ」と言われて。あの病院の姿を見たら、だまされたのかなぁ、と。今になっては、失敗したんだなぁ、と。

被告代理人弁護士からの質問

Aさんは自分の治療に対しては自分で決めていたか?
------ 外面的にはそうだが、内面では違う。全部自分に相談してきた。意見を言わないと怒られた。

X医院の説明にわからないことがたくさん書いてある。不安にならなかったか?
------ 不安はたくさんあった。

松井裁判官
Aさんは町会議員としてどうしていたのか?
------ 学校を出て、小学校養護教育19年。茨城にとついで半年で町会議員になった。

結婚までは小学校教員?
------ 主としてそう。

主としてとは?
------ 他にもしていたらしい。

議員になった後は?
------ 専業の議員。障害者教育を中心にしていた。

がんセンターで手術をしろと言われたら、普通なら手術しないとならないと思うだろうが、他にかかったということは色々考えてのことか? 普通だったら、切らざるを得ないのではと思うのではないかなぁ、と。
------ (答え不明)

癌の活動性はなくなったと言うわりには体調が悪かった。病院にかかろうとは思わなかったのか?
------ 癌が悪くなったものとは思っていなかった。


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