北陵クリニック筋弛緩剤点滴事件・5症例の経過(判決文より)

注: 「ミリメートル」,「マイクログラム」等の単位を,略号化してあります。また,匿名化はP00という形式で行われています。

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1歳女児P03。池田医師によれば「急変時の呼吸停止はてんかん重積発作で十分説明可能」。

ア P03の北陵クリニックにおける受診の経緯及び本件の前日までの経過等

 P03は,平成10年○月○日,父P14(以下「P14」という。),母P17(以下「P17」という。)の長女として出生し,仙台市泉区内で,両親に養育されて生活していた。平成12年2月2日当時のP03の年齢は1歳1か月で,体重は,約11.2kgであった。

 P14及びP17は,平成12年1月,P03に風邪の症状が続いたことから,他の小児科医院で治療を受けさせたものの,症状が改善せず,同月29日には,更にP03の発熱がひどくなったので,同月30日,休日診療所において診療を受けさせたが,その後,P14らは,P03の症状を改善させるため,P14が以前受診した経験のある北陵クリニックを受診させることにした。

 同月31日,P03は初めて北陵クリニックを外来受診し,P18医師の診察を受けた。

 P03の同年1月31日の初診時の体温は37.9度であり,P18医師は,初診の際,P03に付き添って来ていたP17から,P03のせきがひどく,前日は1日のうちにおう吐が1回,下痢が1回ないし3回あった旨聞き,P03の胸部に聴診器を当てて聴いたところ,肺雑音や心雑音は認められず,触診すると,腹部は柔らかく平たんであり,下痢のときに聞こえるグル音はせず,また,咽頭はやや赤かった。P18医師はP17から,P03が他の病院で受診し点滴を受けた後,手掌のみに発しんが出来た旨聞いて,点状出血ではないかと考えた。P18医師は,P03に対する諸検査として,正面から胸部レントゲン撮影,尿検査,血液検査及び生化学検査を指示した。

 P18医師は,P03の病状を喘息様気管支炎,脱水症と診断し,その治療のため,同日は,抗生剤ミノマイシン25mgを調合した生食の点滴及び気管支拡張剤ネオフィリン2.5mL,ビタミン剤ビスコン1アンプル,20%のブドウ糖1アンプルを調合した200mLの輸液ソリタT1の点滴を施行するとともに,吸入処置及び3日分の内服薬を処方した。

 P03は,翌日の同年2月1日も同様に北陵クリニックを受診してP18医師の診察を受けた。

 同受診時のP03の体温は36.7度であり,その際,P17は,P18医師に対し,同日朝のP03の体温は,37.5度で,元気は出てきた旨や,せきがまだある旨説明した。P18医師がP03を診察したところ,粘性のある鼻水があり,聴診器での聴診,触診及びのどの様子を確認した結果は前日と同じであり,P18医師は,P03の症状が快方に向かっていると感じて,前日処方した内服薬を飲み続けてもらうこととし,この日は,前日と同じ吸入処置のみをした。

イ 本件当日のP03が容体を急変する以前の状況

(ア)(看護職員の勤務状況。省略)

(イ)P17は,同年2月2日午前中,再度診療を受けさせるため,P03を伴って北陵クリニックに赴いた。

 P18医師は,同日,P17に連れられたP03を診察し,その際,P17から,P03の体温が前夜38.2度まで上昇したこと,P03が母乳ばかり飲んで食欲がやや不振で排尿,排便がないこと,せきが継続していることなどP03の自宅での症状について説明を受けた上,肺雑音の聴診や腹部の触診,のどの状況観察をした結果は前日までと同じで特に異常はなかったものの,P03の症状が改善しておらず,少し脱水症があると考えられ,また,P03を看護しているP17に疲れが見られたことから,P17の健康も考えて,P03を入院させた方がよいと判断し,P17にP03の入院治療を勧めたところ,P17はこれを承諾した。

 その後,P18医師は,看護婦にP03の入院手続を指示するとともに,入院後のP03に対する処置として,尿検査,血液検査及び生化学検査の指示をしたほか,〔1〕抗生剤パンスポリンの検査テストをして,ショック症状を起こすおそれのないマイナス(陰性)の結果であれば,パンスポリン0.5gを調合した生食100mLを1時間100mLの速度で点滴し,〔2〕20%のブドウ糖2アンプル及びビスコン1アンプルを調合した500mLのソリタT1を1時間100mLの速度で点滴し,〔3〕500mLのソリタT3を1時間50mLの速度で点滴するという処方をし,看護婦等にその処置等を指示し,さらに継続的指示として,P03の体温が38.5度以上に上がった場合には,解熱剤であるアンヒバ坐薬を1個挿入すること,朝晩及びせき込んだときは吸入処置をすること,吐き気があるときは,吐き気止めの坐薬を処方することを指示し,また,内服薬を処方した。

 P17は,P18医師の診察を受けた後,P03の入院準備をするためいったんP03を伴って帰宅し,P17から電話でP03の入院を知らされ勤務先から帰宅したP14と共に,同日午後3時ころ,P03を伴って,P14運転の自動車で北陵クリニックに赴き,入院手続を経て,談話室で二,三十分程度待った後,看護婦に案内されて,P03を抱いて入院病室に指定されたS1病室に入り,P03がぐずったことから,P14と共に談話室に戻ってP03をあやした後,再び同病室に入った。なお,同室の収容人数は二人であり,既に同室には一人の患者が入院していた。

(ウ)S1病室に入室したP03に対し,P13看護婦が体温測定を,P62看護婦が採血を行うなどした後,同日午後3時30分ころから,前記処方〔2〕の点滴を処置するため,P62看護婦が,P03の血管にサーフロー針を刺入しようと,何回かP03の両手に突き刺したが,血管に刺入することができなかった。そこで,P62看護婦はP16主任に応援を求め,P16主任がP22総婦長の援助も得て何回かP03の左足首の静脈にサーフロー針の刺入を試みた結果,同日午後4時20分ころ,血管を確保することができたので,前記処方〔2〕の薬剤の点滴溶液の滴下を,1時間に100mLの滴下速度で開始した。

 その際の点滴に用いられた器具は,点滴スタンドに掛けられた点滴ボトルにびん針が刺入されて輸液セットが接続され,その末端に三方活栓を介して長さ50cmのエクステンションチューブが接続され,その末端にP03に刺入されたサーフロー針が接続されており,また,輸液ポンプが装着されて,上記の滴下速度が設定されていた。

(エ)(輸液ポンプの説明。省略)

(オ)その後,同室にいた看護婦らは,同室を退去したが,P13看護婦は,上記点滴開始後,同室退出前に,前記処方〔1〕の点滴の可否を検査するため,P03の前腕の上皮と皮下組織との間の皮内に,パンスポリン微量と対照するための生食を,それぞれ注射した。

 P13看護婦は,上記皮内注射から15分余りが経過したことから,同日午後4時40分ころ,P18医師と共にS1病室に赴き,パンスポリンテストの結果をP18医師に判定してもらったところ,陰性で使用可能との結果だったので,ナースステーションに戻り,同所において,100mL入り生食ボトルにパンスポリン0.5gを調合し,これを持ってS1病室に赴くと,同日午後4時40分ないし50分ころ,それまでP03が点滴投与を受けていた前記処方〔2〕の薬剤在中のソリタT1入りのボトルをびん針から外して,上記生食入りのボトルに交換して,前記処方〔1〕の薬剤の点滴処置を開始した。

 P03は,この間,S1病室内廊下側のベッド上でP17に抱きかかえられた状態で点滴を受けていたが,P03に施行された点滴は,上記血管確保後,点滴ボトルの交換の前後を通じて,しばしば点滴の滴下状態が不良となって,これを知らせる輸液ポンプのアラームが鳴ったが,P17からナースコールを受けたP16主任やP15看護婦がその都度S1病室へ赴き,P03の左足首やそこに刺入されているサーフロー針を動かして両者の角度を変えるなどして,正常に滴下するよう調整しており,その後再びアラームが鳴るまでの間は改善されて滴下が続き,点滴ボトル内の溶液も減少していた。

 また,P03のいたベッドは,S1病室入室当初は大人用のベッドであったが,その後P16主任とP22総婦長の判断で,転落事故防止のため,同室在室中に,周囲にさくのある小児用のサークルベッドに交換された。

(カ)被告人は,同日は当直勤務で当時の勤務開始時刻は午後4時であったため,午後3時16分ころ出勤し,平生どおり,同日午後4時30分ころから,ナースステーションにおいて,病棟担当の日勤勤務者であったP15看護婦から,病棟入院患者に関する申し送り事項等の引継ぎを受けた。

 そして,その後,P16主任が被告人に,「P03ちゃん今晩大変かもね。夜も寝ないし,お母さんもくたくただって言っていたよ。」などと言ったところ,被告人は,「ええ,何でおれのときばっかりいつも小児科入院なんだよ。」などと言った。また,その間にも,P03の点滴に不具合が生じたため,P16主任はその都度何回かS1病室に赴き,前記と同様の調節を行った。

 その後,被告人は,夜間に対応しやすいことなどの理由を述べて,P03の病室をS1病室からN病棟のナースステーションに近い病室に移動することを提案し,P22総婦長の判断で,それまでN3病室に入院中であった患者を別室に移動し,P03の病室をS1病室からN3病室に移動することとした。そこで,同日午後5時過ぎころ,被告人,P16主任,P13看護婦及びP15看護婦らが,共同して,P03に点滴を受けさせたままの状態で,P03を抱きかかえたP17が座っているベッドや点滴器具等をS1病室からN3病室に移動した。N3病室に搬入後のP03のベッドの位置は,入口から見て奥の窓側の,窓とほぼ平行な位置にあり,四方のさくのうち廊下側のさくは降りた状態で,ベッドの中央付近にP17がP03を抱きかかえ,両名とも体の正面が廊下側を向いて座る状態であった。また,点滴スタンドは,上記ベッドのさくが降りた廊下側の端付近に置かれ,同病室には,他に大人用ベッドが一つ,廊下側の,北側の壁近くに,それとほぼ平行な位置に置かれていた。

 P16主任は,その移動の間及びN3病室到着後も,P03に対する点滴の滴下状態が不良であることを知らせるアラームが輸液ポンプから発せられていたので,N3病室到着後,ベッドの上でP17に抱きかかえられていたP03の足を動かすなどして同様に点滴の不具合を調節して滴下状態を改善させようとし,被告人を含む他の看護婦らもその間P03をあやすなどした。なお,このとき,N3病室には,P03,P17,P16主任,被告人,P10看護婦,P13看護婦,P15看護婦及びP14がいた(P14も在室していたことについては,後に認定するとおりである。)。

(キ)被告人は,その後,いったん同室を出ると,内筒が引かれて透明な液体が在中している,容量5mLの注射器を手に持ち同室に入り,P03のベッドの廊下側付近まで戻った。

(ク)その後,同日午後5時22ないし23分ころ,何者かが(それが被告人か否かはここでは認定しない。),その注射器を持って,P03に薬剤を点滴投与していた前記の点滴医療器具に近づくと,その三方活栓を操作して,上記注射器を三方活栓に接続し,注射器内の透明な液体約2ないし3mLをP03の体内に注入した。

ウ P03の容体急変及びその後の北陵クリニックにおける状況

(ア)P03は,前記液体を注入された1ないし3分後に,それまで周囲を見回していたのが,何度かまばたきないし目をぱちぱちさせる動作をした後,ゆっくりとまばたきをして目を閉じてしまい,眠るように頭部をこっくりこっくりと上下させ,最後には頭を前に垂れて力が抜けた状態となった。

 それを見ていたP17は,P03が眠りについたものと考えて,「寝ました。」などと言った。

 しかし,P03にはその後,顔面がそう白になり,唇の色が紫色になる口唇チアノーゼ等の症状が発現し,自発呼吸が停止していることが確認された。

 なお,このように容体が急変して以後のP03の体の見える部位に,発しんなど,アレルギー反応をうかがわせるような症状は認められていない。

(イ)被告人は,上記のようなP03の容体急変を周囲の者が認識した後,「P03ちゃんにチューしていい。」などと言いながらP03を抱きかかえて,同室内廊下側に置かれた成人用のベッドまで行き,同ベッドにP03をあおむけに寝かせると,マウス・トゥー・マウスの方法による人工呼吸を実施した。

 P03は,抱き上げられた際も全身の力が抜けた状態で,四肢及び頭をだらんと下げ,全く動かず泣き声も上げなかった。

 同室していた他の看護婦らも,P03の容体が急変していることに気付き,その後看護婦らにおいて,P03に対する救命措置を実施するため,P03の両親をN3病室から退出させ,談話室へ移動させるとともに,P18医師及び当時北陵クリニックで整形外科外来を担当していたP64医師(以下「P64医師」という。)にP03の容体が急変したことを知らせ,救急カート,酸素ボンベ,心電図モニターなどをN3病室に搬入した。そして,P13看護婦は,被告人から「P13,記録しろ。」などと言われ,その後のP03の身体状態,P03に対する処置の内容等を備忘のためメモに記録し,その後同日中に,その記録内容を基にP03の看護記録への記載もした。

(ウ)急変当時である同日午後5時25分ころのP03の状態は,まつげを触って目がぱちぱちする反応を意味する睫毛反射が全くなく,意識レベルの低下が認められた。

 同日午後5時27分ころ,P64医師が,N3病室に到着し,この時点でP03には心電図モニターが装着されたが,その際の心拍数は110台(以下,心拍数の値は,いずれも1分間当たりの回数をいう。)であり,血中酸素飽和度(以下「酸素飽和度」という。)は,33ないし35%であった。その後,P64医師はP03の気管内に,気管内挿管用のチューブ(以下「挿管チューブ」という。)を,被告人の介助を受けながら挿管して固定した。そして,アンビューバッグ(手動式人工呼吸器)により人工呼吸が開始され,酸素ボンベから,1分間に4Lの速さで酸素を送り込まれ,吸引がされた後,酸素ボンベの酸素が1分間に1Lに下げられたが,そのころの酸素飽和度は97ないし100%に上昇した。

 また,P64医師の指示により,点滴ボトルは,従前施行されていた20%のブドウ糖2アンプルとビスコン1アンプルが混注された500mLのソリタT1の点滴ボトルに切り換えられた。

 その後5時35分ころのP03の血圧は,収縮期(最大)114mmHg,拡張期(最小)80mmHg(以下,血圧については,「(収縮期)/(拡張期)」として表記する(すなわち上記数値の場合は「114/80」とする。)ほか,収縮期すなわち最大血圧について「上」と,拡張期すなわち最小血圧について「下」と表記することがある。)であったが,P03はそけい部で心拍が触診できるものの,その心拍は微弱で,手足の冷感が強くなっている状態で,徐々に血圧が下がっており,顔面チアノーゼは軽減していたが,午後5時42分ころには,血圧が手で脈を触って触診しないと測定できなくなり,触診による血圧測定の結果も上が40ないし60と低下した。そこでP64医師は,昇圧剤のボスミン0.5mLを,挿管チューブから注射器で噴射し,さらに午後5時47分ころに,ボスミン0.2mLを三方活栓から注射器で注入したが,このとき心拍数は90ないし100で,酸素飽和度が91ないし93%だった。

 その後,午後5時50分ころに,酸素ボンベの酸素量が1分間に1Lから3Lに上げられ,P64医師がボスミン0.1mLと生食10mLを調合したものを,三方活栓から注射器を使って注入し,また,たんを吸入する処置をした。そのころ,そけい部から心音が微弱に聴取し得る状態であった。そして,点滴ボトルからの点滴の滴下不良のため,P03の左足のそけい部にベニューラ針というサーフロー針より長い点滴針が挿入されて,点滴が試みられたが,結局針が外れたため新たなラインが確保できず,従前の点滴ルートを用いて,点滴ボトルがソリタT1から電解質濃度の高い輸液製剤であるラクテック500mLに切り換えられた。そのころのP03は,瞳に光を当てると対光反射があり,瞳孔が3.0mmで,左右同じ大きさであり,心拍数は140から150台で,酸素飽和度は100%であった。その後P64医師が午後5時55分ころに,昇圧剤のイノバン200mgを,ラクテック500mLの点滴ボトルに注射器を使って混注した。

(エ)一方,P03の急変を知らされたP18医師は,P03を市立病院に転送して同病院で救命措置を受けさせた方がよいと判断し,P64医師が上記のとおりP03に対する処置を行っている間に,同病院救急センターに電話をかけ,同センターのP33医師にP03の症状等を説明して救急転送の受け入れについて承諾を得ると,救急車の出動を手配した。また,P18医師の指示により,転送前に,P03の点滴ボトルは,ソリタT1の500mLに交換された。

エ 市立病院への転送時及び転送後の状況

(ア)仙台市泉消防署所属の救急隊長であるP115は,隊員らと共に,同日午後5時54分ころ,救急車により,北陵クリニックに到着し,P03の両親,P18医師,P10看護婦及びP13看護婦を同乗させて,P03を市立病院救急センターに搬送し,同病院に同日午後6時20分ころ到着した。搬送時のP03の身体状態は,血圧は118/81で,酸素飽和度は100%,心拍に異常は認められなかったが,自発呼吸は停止しており,搬送時もP03に対しては,酸素ボンベを接続したアンビューバッグによる人工呼吸が継続された。

(イ)市立病院救急センターでは,同日午後6時26分ころ,北陵クリニックから救急転送されてきたP03を受入れ,P33医師,同病院小児科P31医師らがP03に対し救命措置を講じた。同病院救急センターに救急転送された時点でのP03の身体状態は,体温は35.7度であり,自発呼吸がなく,意識レベルは,ジャパンコーマスケールの〈3〉の300という痛み刺激に反応がない昏睡状態にあった。また,P03に脱水の徴候は見られず,結膜に異常はなく,瞳孔径は3mmで左右差がなく,対光反射は左右とも正常であり,チアノーゼはなく,頸部リンパ節とそけい部リンパ節に腫脹はなく,聴診上心音は清明で心雑音のような異常所見は聴取されず,不整脈はなかった。また,アンビューバッグによる人工呼吸が行われており,その人工呼吸により肺に出入りする音が,聴診上ぜい鳴のように聞かれたが,たんを吸引する処置によって改善して清明になった。腹部触診の結果は異常なく,項部(うなじ)の硬直は見られず,ケルニッヒ徴候(下肢を挙上させるときの抵抗)も見られなかった。出血斑が,両てのひらにたくさん大きく見られたが,他の箇所にはなかった。インフルエンザの迅速検査を行った結果は陰性であった。

 P03は,上記のとおり,市立病院に搬送時には自発呼吸がなかったものの,その後間もなくしゃっくりや自発呼吸が出現するようになり,比較的短時間でしっかりした自発呼吸がみられ,午後6時40分ころ,P03に対してそれまでしていたアンビューバッグによる人工呼吸が,挿管チューブの口元への酸素投与に切り換えられ,その後は検査のため午後7時30分ころから40分ころの間に一時的に上記人工呼吸に戻された以外は,上記酸素投与が継続された。また,午後6時40分ころには,P03から採血が行われたが,採血の処置中に,それまで見られなかった手足をびくんびくんと動かすけいれんのような動きがあったことから,P33医師は,午後6時42分ころ,抗けいれん剤であるホリゾン0.6mLを静脈内投与し,また,午後6時50分ころ,イノバンと強心剤ドブトレックスを生食に溶解して,1時間当たり5mLの速度で注入した。なお,上記採血当時のP03の血圧は,121/89であった。

 P03に対する他の処置としては,午後7時10分ころに,動脈ラインであるAラインを挿入して,ヘパリン化生食が1時間当たり3mLの速度で注入され,口から胃にチューブが挿入された。

 また,P03に挿入されていた挿管チューブについては,自発呼吸再開後も,様子を見るため挿入した状態が維持されていたが,午後7時45分ころ,P03に挿管チューブの影響によるとみられる咳嗽反射があり,既に自発呼吸がしっかりしていたことから,抜管された。この時点でのP03の意識状態のレベルは,ジャパンコーマスケールの〈3〉の100(痛み刺激を与えたときに手で払いのける動作をする程度)であった。

 P03は,挿管チューブを抜管された後は,集中治療室へ移され入院となったが,その後,午後10時過ぎに,覚せいして大泣きするなどして,外見上意識の回復が確認できる状態となり,その後は順調に容体が回復した。

 なお,市立病院における同日のP03に対する点滴処置は,午後6時35分ころからソリタT1の200mLを,1時間当たり50mLの割合で点滴する処置がされていたのに加えて,午後7時55分ころには,左手に血管が確保されて,ソリタT1の200mLの点滴が開始され,午後8時からは左手,左足とも,ソリタT1からソリタT3の200mLに変更され,それぞれ1時間当たり20mLの速度で施行された。

(ウ)P03は,同月11日,市立病院を退院したが,退院後も,けいれん様の発作を起こしたり,突然に呼吸停止や意識喪失に至る症状が発現することはなかった。


11歳女児P04。池田医師によればMELASとのこと。

ア P04の北陵クリニックにおける受診の経緯及び本件前日までの経過等

(ア)P04は,平成元年○月○日,父P70,母P69(以下「P69」という。)の長女として出生し,両親に養育されて生活していた。平成12年10月当時のP04の年齢は11歳で,体重は,約30kgであった。

(イ)P04は,平成12年9月18日,北陵クリニックにおいて,P18医師の診察を受け,急性気管支炎,急性上気道炎,脱水症と診断された。P18医師は,P04の状態について,急性上気道炎が進行した状態で炎症が気管支にも及んだものと考え,パンスポリンテストの結果がマイナスだったため,生食にパンスポリンを調合して点滴投与するなどの処置を行った。この時,P04にパンスポリン投与によるアナフィラキシーショックが発現することはなかった。

 翌19日,P04は,再度,P18医師の診察を受け,P18医師は,生食にミノマイシンを調合して点滴投与するなどの処置を行った。

(ウ)同月22日,P04には38.4度の熱があり,レントゲン撮影の結果,気管支炎が少し悪化していることが判明したため,P18医師はP04を入院させることにし,P04は同日から同月26日まで北陵クリニックのN1病室に入院した。退院後の同月30日にP18医師がP04を診察したところ,P04は元気であり,一連の症状から回復したものと考えられた。

(エ)同年10月27日,P04は北陵クリニックにおいて,ジフテリア・破傷風の二種混合ワクチンの接種を受けた。この日,P18医師がP04を診察したところ,P04は呼吸音や心音に異常がなく,咽頭にも特に発赤は認められず,健康な状態であった。P18医師は,P69に「ジフテリア・破傷風予防接種予診票」を記載してもらい,P04がこの日ジフテリア・破傷風二種混合ワクチンの接種を受けることに問題はないと考え,また,P04の母親から同意を得たため,P04に対して同ワクチンの皮下注射を実施した。P04には,翌28日から同月30日まで特に異常は認められなかった。

イ 本件当日のP04が容体を急変する以前の状況(以下,本項では,特に断らない限り,平成12年10月31日の事象については,「平成12年10月31日」の表記を省略する。)

(ア)(看護職員の勤務状況。省略)

(イ)午後4時5分ころ,P04の妹からP69に対し,P04がお腹を痛がっている旨の電話が入ったため,P69が午後4時45分ころ帰宅すると,P04が「お腹が痛いから,病院に連れて行って。吐き気もある。」と訴えてきた。そこで,P69はP04を北陵クリニックに連れていくことにしたが,P04は,自宅から出て車に乗る前に1度,北陵クリニックに到着してその建物に入る前に1度,さらに,北陵クリニックの待合室で待っている時に1度,合計3度おう吐するということがあった。

(ウ)P04は,午後5時5分ころ,北陵クリニックに到着し,検温などを済ませて,午後6時少し前ころ,小児科診察室において,P18医師の診察を受けた。この時、P04の熱は36.6度であり,P04は胃の辺りを手で押さえながら「お腹が痛い。」と言っており,P69がP18医師にP04が学校で給食を食べた後お腹が痛くなり,夕方には3回ほど吐いてしまったこと,軟らかい便を1回したことなどを伝えた。P18医師が診察したところ,P04の呼吸音は清明で心雑音もなく,腹部からグル音も聞こえず,咽頭部に軽い発赤が認められるだけであり,意識は清明であった。また,P04は右下腹部の圧痛が強い様子であったが,筋性防御は認められなかった。

 午後6時ころ,P04に対してレントゲン撮影及び尿検査が実施され,その結果,レントゲン写真上,右下腹部にガスが少し集まっている所見があり,また,尿検査では体調が悪い場合に体内物質が分解して尿に排出されるケトン体がプラスマイナスの反応であった。なお,P04は,レントゲン撮影の際,お腹を痛がり,前かがみにはなっていたが自ら歩いて移動することができていた。 

 P18医師は,上記検査結果を踏まえても,P04の症状が胃腸炎によるものか虫垂炎によるものかを判断しかねていたが,虫垂炎の場合には診断が難しく虫垂に穴が空いて腹膜炎を引き起こすおそれがあることなどを考慮して,P04を早めに入院させて経過を観察するのが適切であると判断し,入院を打診したところ,P69もこれに同意したため,P04は入院することになり,P04とP69は談話室に移動して入院の準備ができるのを待った。

(エ)P18医師は,午後6時30分ころ,P04の入院が決まり,指示箋に採血と点滴の指示を記載した。点滴に関しては,生食100mLに抗生剤ホスミシン1gを調合したものを1時間当たり100mLの速度で点滴すること,次に,ソリタT1の500mLに20%のブドウ糖2アンプル,ビタミン剤ビスコン1アンプル及び吐き気止めプリンペラン約1.3mLを調合したものを1時間当たり100mLの速度で点滴すること,その後,ソリタT3を1時間当たり50mLの速度で点滴することが指示された。

 小児科外来で診察を受けた患者が入院することを知った被告人は,P18医師が指示箋に記載した内容に従って,P04に投与する点滴ボトル等を準備し,薬剤の調合行為を行った。この時,P10看護婦は,小児科や内科の後片づけや戸締まりなどをしていたが,被告人が外来中通路カウンターの小児科内科処置室前付近で点滴の準備をしている姿を見かけて,自らが後片づけをする前に準備してあげればよかったと感じていた。被告人は,通常と同じように,輸液セットに三方活栓をつなげ,さらにエクステンションチューブをつなげて,ソリタT1のボトルにびん針を刺し,輸液セットやエクステンションチューブなどに点滴輸液を満たして,点滴の準備をした。一方,P72助手は,ナースステーション出入口付近でP69からP04が入院することになったと聞き,P69のために簡易ベッドの準備などを行った。

 談話室で待っていたP04とP69は,午後6時40分ころ,被告人から「準備できたから,この間の病室の隣の部屋だから。奥の方のベッドで横になっていて。」と声を掛けられたため,N2病室に移動した。この時,P69は,声を掛けてきた被告人が,P04が同年9月下旬ころN1病室に入院したときにお世話になった看護職員であることに気付いた。

 P69がN2病室の奥の方にあったベッドにP04を寝かせていると,被告人が入ってきてP04に対して点滴を実施しようとしたが,被告人はP04の血管を確保することができなかったため,他の看護婦を呼ぶために病室から出ていった。午後6時45分ころ,P10看護婦が小児科内科カウンターの流しの辺りで後片づけなどをしていると,被告人がやってきて「P10さん,針がうまく刺せない。」と言ってきたので,P10看護婦は被告人と一緒にN2病室に行き,P04の血管確保を試みた。しかし,P10看護婦もP04に対してうまくサーフロー針を刺すことができず,再度,被告人が手技を行ったところ,P04の左手に血管を確保することに成功した。結局,P10看護婦は,N2病室に5分くらい滞在したものの,その後は,外来の診察室に戻って後片づけを続けた。

 上記のとおり,午後6時50分ころP04に対する点滴が開始され,最初,ソリタT1ボトルが点滴され,その後,間もなく,生食ボトルに切り替えられた。被告人はP10看護婦が出ていった後もN2病室に残り,P04に対して「お腹の痛みはどう。」と様子を聞いていた。これに対して,P69が「点滴の痛みで,お腹の方はよく分かんなくなっちゃったんじゃない。」と言ったところ,P04は「点滴慣れたから。」と普通の口調で答えていた。

ウ P04の容体急変後の状況

(ア)午後6時55分ころ,P04が,右手を顔の辺りに持ってきたり,両目を早い間隔でパチパチとまばたきしたり,首を少し左右に振るような仕草をしたため,これを見たP69はP04の様子がおかしいと感じ,P04がものが見えづらくなっているのではないかと思った。そこで,P69がP04に「P04,どうしたの。」と声を掛けると,P04は「何か,目が変。」と答え,さらに,P69が「どんなふうに変なの。」と尋ねると,P04は「ものが二重に見えるっていうか,うーん。」と言って首を左右に振りながら目を細めたりして病室内を見ていたが,話し方は普段どおりで口調もしっかりしていた。

 一方,P18医師は,P04を入院させることとし,それに関する指示を出した後も外来患者の診察を続けていたが,午後6時55分ころナースステーションに行ったところ,被告人に会ったためP04の具合について尋ねると,被告人から,「点滴を刺すのに4回もかかっちゃった。お腹が痛くなるとものが見えないとか言っているんですよ。」などと聞かされた。P18医師は,点滴を刺すのに4回もかかったと聞いて,それについてはP04の脱水の程度が思ったよりひどかったのかとも考えたが,お腹が痛くなって,ものがよく見えないという事態になることはあり得ないと考え,また,入院する前,P04にはものがよく見えないという症状は全く認められなかったことから,すぐにP04の様子を見に行かなければならないと思い,N2病室に走っていった。

 N2病室に入ってきたP18医師に対し,P69が「何か変なんですけど,ものが二重に見えるって言うんです。」と話し掛け,P18医師が,P04に「P04ちゃん,どうしたの。」と問い掛けると,P04は「ものが二重に見える。」,「何か飲みたい。」,「口がきけなくなってきた。」あるいは「口がききにくくなってきた。」などと少しろれつの回っていない口調で話した。P69がP18医師に対して「何か飲ませていいですか。」と聞いたものの,P18医師はP04の状態がただごとではないと考えたため「やめましょう。」と答えた。このころ,P04は,目が半開きの状態になり,その顔色は外来でP18医師が診察したときよりも更に悪くなっており青ざめていたが,この時点でP04の顔や体に発疹は認められなかった。

 さらに,P04は,「あー,あー。」とうなるような声を出し,首を左右に大きく苦しそうに振り始めたので,これを見たP69がP18医師に「先生,何か変ですよ,意識レベル下がっていませんか。」と言うと,P18医師は「すぐに市立病院へ移しましょう。」と言い,病室にいた被告人に点滴を,薬剤等が何も調合されていないソリタT1(北陵クリニックにおいては,何も調合されていない点滴溶液は「たんみ」と呼ばれていたので,以下その呼称で表記することがある。)に変更するように指示して,自らは市立病院に電話をするためにナースステーションに向かった。この時,P18医師は,P04の病状の原因が何であるか全く分からず,重大な病気の可能性があると考え,そのため,人員や物的設備の整っている市立病院にP04を転送した方がよいと判断していた。

 P18医師は,午後7時ころ,市立病院の当直医であったP44医師に対して,電話で,11歳の女児が腹痛を訴えて入院したが,入院直後にものが二重に見える,口がきけないなどの神経症状が認められたので至急転院をお願いしたい旨伝えた。このころ,P10看護婦はカウンターの後片づけや物品の補充作業をしていたが,ナースコールが聞こえたためにナースステーションに行ってみたところ,P18医師から「P04ちゃんが変なの。」と言われ,P18医師が電話で急変患者の受入れを依頼しているのを聞き,自らはN2病室に向かった。

(イ)P18医師がN2病室を出ていった後,P04は何か言葉を発して訴えようとしたものの,ろれつが回らない口調であり,P69はP04の発する言葉を聞き取ろうとしたが,全く聞き取ることができなかった。そして,P04は,急にあおむけに寝ていた状態から左側を下にして横向きの状態になって何も言わなくなり,右腕だけをぴくんぴくんと小さく上下させ始めた。また,P10看護婦がN2病室に行ったとき,P04がベッドの上でぐったりとしていたことから呼吸が弱まっているものと思われ,P10看護婦がP04に声をかけたものの反応はなく,痛覚反応を確かめても反応がなかったことから,P10看護婦はP04の意識がないと考えた。そこで,P10看護婦はP04に対する救急処置が必要であると思い,ナースステーションに戻ってそこにあった救急カートをN2病室に運び入れたが,このとき,P18医師はまだナースステーションにおいて電話中であった。

 P10看護婦がN2病室において被告人に対して点滴をソリタT1たんみに切り替えることを提案したところ,被告人もこれに同意したので,午後7時ころ,P10看護婦が救急カートの中から新しいソリタT1の点滴ボトルを取り出し,これにボトルを交換する方法で点滴が切り替えられた。また,P04に心電図モニターが装着されたところ,P04の心拍数は50台であり,このころ,P04の全身にけいれん様のぴくつきが認められ,特に左半身に強く現れていた。

 そして,P04に対して酸素マスクが装着され1分間に5Lの酸素の投与が開始され,P10看護婦が,P04の上記ぴくつきを見て頭部内の障害の発生を疑って血圧を測定したところ,180/100であった。このころ,P04は,手首の動脈の拍動はあるものの,その指先が白っぽくなってきており,手や足を触ってみると冷たい感じがした。P10看護婦は,P04の血圧を測定する前後ころに,P04の呼吸が非常に弱くなり出したので,アンビューバッグによりバッグアンドマスクの人工呼吸(下顎を持ち上げて気道を確保し,鼻と口をマスクでぴったりと覆いアンビューバッグをつけて,それに酸素をつなぎ,アンビューバッグを押すことによって酸素を肺に送り込む方法)を開始し,引き続き毎分5Lの酸素が投与された。このころ,P04の瞳孔は,両眼とも約5.5ミリの大きさに開いたままで,光を当てても瞳孔が収縮する反応がない瞳孔散大の状態であった。

(ウ)P18医師が,五,六分くらいかかって市立病院への電話を終え,N2病室に戻ると,P10看護婦がアンビューバッグを手に持ち,バッグアンドマスクの人工呼吸を行いながら,P18医師に対してP04の呼吸状態が悪くなってきたと言ってきた。ただし,P18医師自身が,この時点でP04の呼吸が完全に停止していたかどうかを確認したことはなかった。P18医師からP04を市立病院に搬送するように指示が出され,P10看護婦は,P72助手に対して,救急車を手配するように指示した。

 このころ,P04は,ベッドの上で体全体をぐったりさせ,目は半開きのままで,顔色も紫に近い青色になって非常に悪く,顔面にチアノーゼが認められ,P18医師がP04に大きな声で呼びかけたり,体を触ったりしてもP04が全く反応しなかったため,P18医師はP04には意識がないと判断していた。P18医師は,P04の酸素飽和度が84%だったことから,P04に対する酸素吸入量を1分間に5Lから10Lに増やしたところ,酸素飽和度が90ないし91%まで改善された。なお,このころ,たん吸引が行われたが,P04からたんは吸引されなかった。

 その後もP04に対してバッグアンドマスクの人工呼吸が続けられたが,P18医師が人工呼吸を行っている最中に,被告人によってP04の顔から酸素マスクが外され,被告人が,喉頭鏡でP04の口の中を見て,P18医師に対して,「ああ,気管孔が見える。これなら入りますよ。」などと言って,気道確保の処置を促してきたことがあった。これを聞いたP18医師は,被告人から渡された喉頭鏡を使ってP04の口の中をのぞいてみたものの,気道確保の手技を的確に行う自信がなく,また,その手技を適切に行うことができない場合には,P04の状態を更に悪化させる可能性があると判断したため,P04に対して気道確保の処置を試みることはなく,P04に対してバッグアンドマスクによる人工呼吸が再開された。

 その後,P04の心拍数が30ないし40へと次第に低下したため,P18医師はボスミン1アンプルを三方活栓から静脈注射し,また,被告人に対してイノバンを点滴に入れるように指示したところ,被告人が1アンプルを点滴に入れたものの,P18医師はそれでは足りないと感じたため,更にイノバン2アンプルが追加投与された。しかし,P04の心臓が止まってしまい,心電図モニターの波形が一時フラットになるということがあった。

 午後7時15分ころ,救急隊が北陵クリニックに到着したが,そのころ,P04は心肺停止状態に陥っていたため,P04に対して心臓マッサージが施行され,午後7時22分ころにはP04の心拍が再開した。また,被告人の介助のもと,救急救命士によって,P04にラリンゲルチューブが挿入され,アンビューバッグがつながれて人工呼吸が実施され,午後7時30分ころには,いったんP04の自発呼吸が確認された。

 そして,午後7時32分ころ,P04は,P18医師,P10看護婦,P69が同乗する救急車で市立病院に向かったが,その車中,午後7時48分ころ,再びP04の自発呼吸が停止した。

(エ)P04は,午後7時51ないし52分ころ,市立病院救急センター外来に搬入された。この時,P04の体温は36.4度,血圧は130/58,心拍数は97で,深い昏睡状態にあり,自発呼吸は認められなかった。P04の体に発しんは認められず,瞳孔に左右差はなく,対光反射も認められなかった。また,心臓に不整脈はなく,心雑音や肺の雑音は聴取されなかった。腹部は柔らかく平たんで,腸雑音が聴取されたものの,筋性防御はなかった。肝臓,脾臓は腫大しておらず,膝蓋腱反射,アキレス腱反射が強く出ていたが,項部硬直はなかった。P44医師はP04に挿入されていたラリンゲルマスクを外して気管内挿管を行ったが,その際,筋弛緩剤を投与しておらず,また,挿管の際に,P04が歯を食いしばるようなことはなく,P04に咳嗽反射,嘔吐反射なども認められなかった。

 P44医師は,P18医師から救急センター外来の処置室でP04の症状,経過などについて診療情報提供書に基づいて説明を受けるとともに,看護婦からも話を聞いた。この時,P44医師は,意識レベル低下が起きたころにP04の左半身に優位な筋肉が収縮したり弛緩したりするような動きが認められたという話を聞いたため,受け取った診療情報提供書に「左半身につよい間代性ピクつき」と記載した。

 P04には,午後8時25分ころから全身に不随意運動,具体的には手や足が強い勢いで屈曲する動きや,体が反り返って硬くなるような動きが出現したため,P44医師は,診療録に「全身性の不随意運動?出現,時折ビクンビクンとし,間欠期は弛緩した感じ」と記載した。なお,P04の動きは,強直した状態が続くわけではなく収まる時期があったが,その収まった時期は力が入っておらず,だらんとしたような感じであった。これに対し,P44医師が,抗けいれん剤を順次何種類も投与した(ある薬剤でけいれんが収まらないと別の薬剤を投与していった。)。P04の不随意運動は収まることはなかったが,その頻度は徐々に減少していった。また,P04には,屈曲していた状態の腕を肩をひねるように内側から回して伸ばして,その後伸ばした状態で硬くなって全身の震えが起きてくるような動きも見られたため,P44医師は,診療録に「肩をひねりながら屈曲していた上肢を伸展し,全身をふるわせる」と記載した。なお,P04に不随意運動が持続していた時点でも自発呼吸は回復していなかった。

 そして,午後9時15分ころ,P04に対光反射が鈍いながら出現した。

 なお,市立病院において,P04に対して,腹部及び胸部レントゲン検査,腹部CT検査,頭部造影CT検査,血液検査等が実施されたが,その結果からはP04が急変を起こす原因となるような特段の異常は認められなかった。


5歳男児P05。池田医師は診断を断定していないが、カルテには「脳性麻痺、右片麻痺、てんかん発作と痰詰まり」と記載されているとのこと。

キ 術後の抗生剤の点滴の準備,投与及びP05の容体急変前までの状況

 P06婦長は,本来の担当者であるP77看護婦が他の職務で忙しくしていたことから,自分が代わりに,それまでの間に投与開始時刻を午後9時ころとすることに決まっていた,手術後の抗生剤の投与である前記処方〔4〕の点滴を実施することとし,同日午後8時55分ころ,その点滴薬剤を調合するため,ナースステーション内における薬剤調合場所である銀色ワゴンの上に,その後P05に継続投与する予定のソリタT3の点滴ボトルや,前記入院した双子の小児患者のための点滴ボトルと共に,マジックインキで「P05くん」「11/13 ope后」と記載されているフィシザルツPL100mLの点滴ボトル1本とパンスポリン0.5g入りのバイアル1本が置かれていたので,これを用いて,パンスポリン0.5gを生食に調合した。具体的な調合の方法は,通常行われていたとおり,容量5ccの注射器を取り出して18ゲージの注射針を付け,上記フィシザルツPLの点滴ボトルのゴム栓上に貼られたビニールシールをはがし,上記注射針をゴム栓に差し込んで,注射器を用いて生食を3mLくらい吸い上げ,これをパンスポリンのバイアルの栓に針を刺入して,パンスポリンのバイアルの中に生食を注入し,そのバイアルを両手で持ってパンスポリンの粉末が完全に溶けるまでかくはんし,その後,パンスポリンが溶解した生食を注射器で吸い上げ,再度,生食ボトルのゴム栓に針を刺して注入するというもので,P06婦長は,これを1,2分の時間内に行った。上記フィシザルツPLの点滴ボトルのゴム栓及びその表面に貼られていたビニールシールは,注射針を刺したことがあったとしても,そこに一見しただけで容易に気付くような顕著な痕跡は残らない構造になっており(前記第2の5(2)),P06婦長も,上記調合の際,ビニールシールやゴム栓に既に注射針を刺した痕跡が残っていたかについては気付かなかった。一方,パンスポリンのバイアルについては,一度キャップを外した後元通りにはめ直すことはできない構造になっているところ,上記調合に用いたパンスポリンのバイアルには,それ以前にキャップを外した形跡はなかった。

 なお,この時点では,前記の同月9日にP09看護婦が記載した「P05くん」及び「11/13 ope后」という記載の間の空白部分に,何者かにより,被告人を含む北陵クリニックの看護婦らが看護記録の記載等において時刻を表す記号として用いていた「°」と数字を合わせた,午後9時という意味を示す「21°」という記載が黒色マジックインキによりなされていた。

 P06婦長は,ナースステーション内で上記のとおりP05に対する点滴薬剤の調合を終えると,これを持ってN2病室に赴き,同日午後8時55分過ぎころから午後9時少し前ころまでの間に,点滴スタンドに新たに,上記パンスポリンを調合した生食の点滴ボトルを吊るし,輸液セットのびん針をそれまでP05に投与していたソリタT3のボトルから上記生食の点滴ボトルに差し替えて,輸液ポンプで点滴の滴下速度を1時間に100mLに設定して同ボトル内の点滴溶液の滴下を開始し,その後輸液ポンプのアラームが鳴るようなこともなく順調に滴下が続いた。このときのP05は眠っており,外見上異常は認められなかった。

 午後9時ころ,P77看護婦がN2病室を訪れると,P05は眠っており,P77看護婦が近づくといったん目を覚ましたものの,「このまま寝る。」と言って寝てしまった。そのときのP05の心拍数は80ないし90であり,外見上呼吸が苦しそうな様子はなかった。また,そのころ,P18医師もN2病室を訪れたが,その際もP05は眠っており,心拍数は80くらいで安定した状態だった。

 P06婦長は,退勤前の午後9時20分ころにもP05の様子を見るため病室を訪れたが,その際もP05はあおむけで寝ており,外見上P05の異常は認められず,P05に投与されていた点滴は,輸液ポンプのアラームが鳴ることもなく,順調に続いていた。

 P09看護婦は午後9時10分ころ,P06婦長は午後9時25分ころ,それぞれ勤務を終了して,北陵クリニックを出た。

 P05は,午後8時30分ころに眠って以降,上記P77看護婦の訪室の際に一度目を覚ました以外は,普段どおり寝息をたてて,あおむけに寝ており,体にけいれんがあるなどの異常な点はなかった。また,N2病室の照明は,消灯時刻の午後9時を過ぎても点灯したままの状態になっており,P76は付き添い用のベッドに座って時折P05の様子を見ていたが,P06婦長により点滴交換がされて以後,下記急変前にその点滴ボトルや点滴医療器具に触れた者はいなかった。

ク P05の容体急変時の状況

(ア)ところが,P05は,午後9時30分ころ,P76がいる前で,「うっ,うっ,うっ。」と3回くらい,のどの奥から聞こえるような苦しそうな声を発し,目は閉じたままで開かず,顔面そう白で,ぐったりしている様子であり,あおむけに横たわったまま全く動かなかった。P76は,P05が同年7月28日にけいれんを起こしたことがあったことから,てんかん発作が再発した可能性を考えて,P05の右腕の様子を確認したものの,けいれんなどの動きは認められず,P05は,両腕を体の線に沿って足に向けて伸ばし,足も二本とも伸びてあおむけになった状態であった。

 一方,そのころ,N2病室にあった心電図モニターは,P05に接続された測定用の電極を通じて心拍数及び心電図の波形が無線で送信される状態で,同日午後9時以降にナースステーションに持ち込まれて置かれていたものであるが,そこに表示されているP05の心拍数が140台ないし160くらいに上昇していたのを,当時ナースステーションにいたP18医師及びP77看護婦が認めた。その後P77看護婦は,P18医師の指示を受けて直ちにN2病室へ向かい,同所で,P05の異変をナースステーションに知らせようと立ち上がっていたP76から,「様子がおかしいので,ナースコールを押そうと思っていたところです。」と言われ,P05を見たところ,P05はあおむけに寝て,目を閉じ,両目のまぶたをぴくぴくさせており,呼び掛けにも反応はなく,手足には力が入っていない状態であり,その体を見える範囲で観察したところ,両目のまぶた以外のP05の体にけいれん様の動きは認められなかった。なお,P77看護婦はこの時点でのP05の呼吸の有無については確認しなかった。

 P77看護婦は直ちにナースコールのボタンを押し,これを聞いたP18医師は,ナースステーションからN2病室に駆けつけ,P05の症状を観察したところ,P05は顔面にチアノーゼを呈しており,大声で呼び掛けたり揺さぶったりしても,全く反応がなく,体の力が抜けてぐったりした状態であり,呼吸状態を確認したところ,当初は,ややあえぐような呼吸が少しなされていたが,その後は聴診器を当ててみても呼吸音が聞かれず,また,鼻や口元に手や顔を持っていっても,息がかかってくる感じがない状態になり,聴診器を当てたとき心臓の音は聞こえ,心拍数がかなり上がっていることが確認された。

(イ)そのころ,P18医師は,ナースステーションから心電図モニターを運び込んできたP77看護婦に対し,抗けいれん作用を有するダイアップ坐薬を持ってくること,点滴をたんみのソリタT1に交換すること,P20教授に電話して連絡を取ることを指示する一方,自身はP05に対してマウス・トゥー・マウスによる人工呼吸を開始した。

 P77看護婦は,P18医師の指示どおり,N2病室に持ち込まれていた救急カートから500mL入りのソリタT1の点滴ボトルを取り出して,それまでP05に投与されていたパンスポリン入りの生食の点滴ボトルと切り換え,また,小児科外来からダイアップ坐薬を持参したが,結局,P05にけいれんは認められないと判断したP18医師が挿肛の指示を出さなかったため,P05には投与されなかった。

(ウ)P77看護婦は,心電図モニターをN2病室に運び込んだ後,これを用いてP05の酸素飽和度を測るため,P05の左手又は左足のいずれかの指にフィンガークリップを装着したところ,午後9時38分ころにおける酸素飽和度は86%であり,以前の値よりも下がっている状態であった。そのころ,P18医師及びP77看護婦は,P05に対する人工呼吸の方法を,それまでのマウス・トゥー・マウスから,バッグアンドマスクによる人工呼吸に切り換え,アンビューバッグには酸素ボンベをつないで,1分間に7Lの酸素を送り込んだ。

 なお,フィンガークリップとは,他方の端に心電図モニター本体と接続する端子があるフィンガークリップコードと一体をなす心電図モニターの付属品であり,クリップ様の形状をしたもので,これを心電図モニターに有線接続した上で,患者に装着することにより,患者の酸素飽和度を測定することが可能になるものである。患者への装着は,患者の手の指の1本を,その先端をクリップの支点部分に向けてしっかり挟み込ませる方法により行うもので,正しく装着されていないと,検出信号レベルが弱まり,酸素飽和度の正確な測定はできない。北陵クリニックにあったフィンガークリップは,成人用のものしか存在せず,P05にもそれが用いられた。

(エ)上記のバッグアンドマスクによる人工呼吸が継続されていたところ,午後9時40分ころには,P05の酸素飽和度は100%まで上昇し,心拍数が118であり,吸引を行ったところ,口腔内から少量のだ液が取れたが,たんや異物は吸引されず,その際,P05には咳嗽反射や嘔吐反射は認められなかった。

 午後9時48分ころには,P05の酸素飽和度の心電図モニター上の数値は,25%まで下がったことをP77看護婦が確認したが,その際の心電図モニターに接続されたフィンガークリップが,P05の指に正しく装着されていたか否かについては確認されていない。

 午後10時ころのP05の心拍数は102,血圧は172/90であり,また,酸素飽和度は,心電図モニター上の数値としては,測定できない状態であったが,この際のフィンガークリップの装着の状態についても確認されていない。

(オ)この間,P77看護婦又は同人から指示を受けたP71助手により,P20教授,P47医師及び看護婦らに対してP05が急変したこと及びその対応のため北陵クリニックに来てほしい旨の連絡がされ,電話連絡を受けた看護婦らは,同日午後10時ころまでの間に,P06婦長,P10看護婦,被告人,P09看護婦及びP19看護婦の順で,順次北陵クリニックに駆け付けたが,そのころのP05の症状は,顔面そう白で,全身の力が抜けてだらんとした状態であおむけに横たわり,外見上意識は確認できず,バッグアンドマスクによる人工呼吸を受けても,それに対応する胸郭の受動的な動きがある以外には,自発呼吸を確認できる動きはない状態だった。

(カ)被告人も同棲していたP10看護婦からは遅れて自宅を出発したものの,上記のとおり,午後10時ころには北陵クリニックに到着し,その後間もなくN2病室にいったん入り,同所で,P18医師,P77看護婦,P06婦長及びP10看護婦が在室して救命処置を行っていることや,P05に対してバッグアンドマスクの方法による人工呼吸が施されている様子などを目にするなどしたが,結局被告人は,その救命措置に加わることなく,N2病室を出て、リハ室へ向かい,少なくとも後記のとおりP20教授が駆けつけて来るまでの間は,同病室には戻って来なかった。

(キ)その後,午後10時5分から10分ころまでの間に,P20教授が到着して,N2病室に入室し,その後P20教授はP05に対し,挿管チューブによる気管内挿管を,合間にバッグアンドマスクで酸素を送り込みつつ,2度試みたものの失敗し,気道を確保することができず,P05の心拍数は40くらいにまで低下した。そのため,P18医師の指示を受けたP77看護婦は,午後10時10分ころ,ボスミン2分の1アンプルを三方活栓から静注し,また,P05のソリタT1の点滴ボトル内にイノバン1アンプルを混注した。 

 なお,P20教授が入室してP05の様子を見た際も,P05はあおむけに横たわり,全身の力が抜け,アンビューバッグにより空気を送り込まれた際に受動的な動きとして胸が上下するだけであり,外見上意識が全くないと判断される状態で,普通に寝ているときのような筋肉の緊張が全くなかった。また,その後挿管を試みた際も,P05には咳嗽反射も嘔吐反射もなく,嫌がるなど自ら体を動かすような動きもなく,呼吸状態についても,胸郭の動きがなく,挿管操作のため顔をP05の口に近づけても息の出入りが確認できず,喉頭蓋ないしその周辺の筋肉にも動きがなく息の出入りが認められず,自発呼吸が停止した状態であった。

(ク)P47医師は,P20教授が2度目の挿管を失敗して間もなく,N2病室に到着し,午後10時15分ころ,P20教授と交替して挿管を試み,直ちに挿管チューブによる気管内挿管を行って1回で成功させた。なお,P47医師が入室した際のP05は,あおむけに寝て,ぐったりと力が入っていない状態で,身動きはなく,上記挿管の際には口は抵抗なく簡単に開き,気道を見る際に周囲の分泌物の吸引を行ったが,気道を閉塞するような大きなたんが取れたということはなく,挿管チューブを気管内に挿管して固定した際にも,咳嗽反射も嘔吐反射もなかった。その後P47医師は,上記挿管チューブをアンビューバッグに接続し,自らアンビューバッグをあまり圧を上げすぎないように慎重に押して手動で加圧する方法での人工呼吸を実施し,その頻度については初めは多めで,その後はおよそ1分間に18回程度のペースであり,被告人はこれを見て後に看護記録に「呼吸回数18回/min」などと記載した。

(ケ)被告人は,遅くともP47医師がN2病室に入室して以降は,同室内に戻り,同室内でP47医師による挿管等のP05の救命措置の介助に当たった。

(コ)午後10時22分ないし23分ころ,P18医師は,P05から検査のために左そけい部の大腿動脈から約0.2mLの血液を採取し,それを,血液のペーハー,酸素分圧,二酸化炭素分圧等が測定できる器械であるアイスタットでの分析に用い,残りを廃棄して消費し,その検査結果は午後10時26分ころにプリントアウトされた。

(サ)午後10時30分ころ,P47医師はP05に対する人工呼吸をアンビューバッグを用いた手動による方法から,人工呼吸器を接続して自動的に換気する方法に切り換えることとしたが,北陵クリニック内には人工呼吸器がなかったため,麻酔器のレスピレーターで代用することになり,被告人らがこれを手術室から運び込んで,その後P47医師が被告人と相談の上で換気回数や1回当たりの換気量を設定し,この方法による人工呼吸が実施された。そのころ,P05の酸素飽和度は100%に上昇し,血圧は79/53であった。

 そのころ,P47医師は,仮にP05のまぶたが少しでも開いた場合,角膜が乾燥して傷つく可能性があると考え,それを予防するため,通常全身麻酔手術の際に人工呼吸開始後の患者に対しても行われているアイパッチ又はアイテープと称する目を保護するためのテープ(以下「アイパッチ」という。)をP05の両まぶたの上に貼った。

ケ P05が容体を回復させた際の状況

(ア)午後10時45分ころのP05の心拍数は140で,血圧は142/48であった。

 そのころ,P06婦長がP05の静脈血を採取しようとして,左足の足背部付近に駆血帯を巻いて注射針を刺した。すると,P05は,これに反応してぴくんというように左足を動かす痛覚反応を示した。そして,それと連続するように,周囲にいた医師,看護婦らがP05に声を掛け,P05の目に貼っていたアイパッチを外すと,P05は目を開け,また,呼び掛けに対してうなずく反応を短時間のうちに示し,外見上意識回復を確認できる状態になった。なお,上記採血については,結局P05の血管が確保できなかったため,P06婦長はこれを断念し,実施されなかった。また,午後9時30分ころに前記のとおりP05の容体が急変した後,上記意識回復が確認されるまでの間,P77看護婦が最初に訪室した際に両まぶたにけいれん様の動きを認めた以外には,P05の体にけいれんを認めた者はおらず,また,P05の顔等,皮膚が露出している部位に発疹が出たのを認めた者はいなかった。

(イ)午後10時55分ころ,P05に挿入されている挿管チューブに空気が通る音の中にだ液が混じったような音がして,P05に咳嗽刺激によると思われる反応があった。

 午後11時5分ころのP05の血圧は132/61であり,また,そのころ,P05の酸素飽和度の心電図モニター上の数値が,78%まで下がり,その後,少なくとも吸引等の医療処置が何らとられないうちに(なお,フィンガークリップを装着し直す作業がされた可能性は否定されない。),その数値が95%まで上がった。

 そのころ,P05に対して,いったん麻酔器から外した挿管チューブの中にそれより細い吸引カテーテルを挿入して吸引を実施したところ,少量の白いたんやだ液を吸引できたが,それは気道を閉塞するようなものではなく,また,麻酔器による人工呼吸を継続したままで,口の中に別の吸引用のチューブを入れて口腔内の吸引をしたところ,奥にチューブを入れた際に,P05にむせるような咳嗽反射があった。

(ウ)午後11時15分ころ,P47医師は,P05に低酸素性脳症が起きていたことを想定し,脳浮腫等を防止するため,脳圧を下げる薬剤であるグリセオールの点滴投与を指示し,P05に対する点滴は,500mLのソリタT1からグリセオール100mLのボトルに交換され,1時間に100mLの速度で施行された。

 このころ,P47医師は,P05の意識回復を確認した後,P05から,酸素分圧等の検査のため,2mLくらいの血液を採取することとしたが,その際に,P18医師から「多めに取ってください。」などと言われたことから,P05の左鼠蹊部の大腿動脈から,容量10ccくらいの注射器を使用して,七,八mLくらいの動脈血を採取した。なお,採取された血液のうち一部は,アイスタットによる検査に用いられ,その検査結果は,午後11時18分ころにプリントアウトされた。

(エ)午後11時20分ころのP05の酸素飽和度は100%,血圧は102/35,体温は37.1度,心拍数は127であった。

 午後11時30分ころ,P05の口腔内を吸引したところ,だ液が吸引でき,また,挿管チューブの中を吸引したところ,粘稠性のたんが中等量吸引できたが,そのたんは挿管チューブを詰まらせてしまうほどの量ではなく,また,吸引カテーテルの中にたんが付いてなかなか通過できないような固さのあるものではなかった。

 午後11時55分ころのP05の酸素飽和度の表示上の数値は97%であり,血圧は129/56だった。また,そのころにも吸引が行われたが,それまでになされた吸引と同様,気道をふさぐほどの多量のたんが取れたり,異物が吸引されたことはなかった。

コ その後の状況

 その後も,P05は,再び容体を悪化させるようなことはなく,翌14日午前零時15分ころには,挿管チューブが挿入されているのを嫌がって,左手でそれを指さし顔を横にふるなどの活発な動きを見せるようになり,同日午前6時48分ころには,挿管チューブが抜管されて人工呼吸も終了した。

 そして,P05は,その後,同年12月5日に北陵クリニックを退院したが,それまでの間に,P05が体調を崩したり,呼吸苦ないし呼吸困難に陥ったり,意識が薄れるようなことはなかった。

 また,P05は,北陵クリニックを退院した後も,前記のとおりてんかん発作と思われる症状は一度あったものの,呼吸困難に陥ったり,意識を失ったりすることは一度もなく,同年11月13日の容体急変を原因とする後遺症も生じていない。


89歳女性P07。池田医師によれば急性心筋梗塞とのこと。

ア P07の北陵クリニックにおける受診の経緯及び本件前日までの経過等

(ア)P07は,明治43年○月○日生まれの女性で,平成12年11月24日(以下,本項では,特に断らない限り,平成12年の事象については,「平成12年」の表記を省略する。)当時の年齢は89歳であり,当時の正確な体重は不明であるが,平成6年以降の測定記録に残るものは約55kgから約62kgで推移しており,これらの数値から大幅に変動した様子はうかがえない。

(イ)P07は,11月15日から北陵クリニックに入院して診療を受けていたところ,入院した際の症状は,発熱,吐き気,下痢などであったが,入院後は,次第に症状が改善され,11月24日より前の時点で,主治医のP84医師(以下「P84医師」という。)が退院を検討するくらいになっていた。なお,P07には,入院中,右足にサーフロー針が留置されて,常時点滴が施行されていた(11月21日以降は,1日当たり,パンスポリン1g入りフィシザルツPL100mL2本,ビスコン入りラクテックD500mL1本,薬剤が入らないソリタT3の500mL2本)。

イ 本件当日のP07が容体を急変する以前の状況

(ア)11月24日における北陵クリニックの看護職員の勤務状況は,日勤勤務者がP16主任(小児科外来担当),P19看護婦(病棟担当),被告人(病棟担当),P61助手及びP71助手であり,半日勤勤務者がP15看護婦,遅番勤務者がP09看護婦,当直勤務者がP06婦長及びP80助手であった。また,前日の23日夕方から24日朝までの当直勤務者は,P10看護婦及びP72助手であった。そして,被告人は,同日午前8時9分ころ北陵クリニックに出勤して,同日午後6時6分ころ退勤した。

(イ)11月24日朝,P07は,食欲があり(前日からやや落ちていたものの,主食を2分の1,副食をほぼ全部食べた。),体温(36.8度),血圧(124/65)に異常はなく,体の不調や痛みを訴えることもなかった。ちなみに,P07は,以前から手足に強度の麻痺があり(右手は多少何センチか腕を上げ下げし,左手は指が動くくらいで,足は両方とも動かない状態),いわゆる寝たきりの状態であったが,思考能力,会話能力には全く問題がなかった。

(ウ)午前9時15分ころ,それまで施行されていたソリタT3の500mLの点滴のボトル内の溶液がほとんどなくなったので,点滴ボトルがパンスポリン1g入りフィシザルツPL100mLに取り替えられ,1時間に100mLの滴下速度での点滴が開始された。その後,P07は,およそ15分ほどの間は,入院していたN10病室のベッド上に,体を右側を下にして横たえた状態で,同室していた付き添いのP81(以下「P81」という。)らと雑談をしていた。

ウ P07の容体急変後の状況

(ア)ところが,午前9時35分より少し前ころ,P07は,急に元気を亡くした様子で,切羽詰まったような早い口調で,「具合悪いから,そっち向けて。」と体の向きを変えるよう訴えた後,P81が「おなか痛いんでないの。」と問うと,あまり大きくはない声で「左胸」と答えた。P07はその後は声を発することがなく,ぐったりした状態になり,P81がP07の体の向きを左が下になるように変えたときにも,普段の体位交換の際には細かい指示を出すP07が,このときは何も言葉を発しなかった。また,P07がうめき声を上げたことはなく,脂汗もかいていなかった。急激な体調の変化を察したP81は,上記の体位交換後,直接ナースステーションに行き,そこにいたP19看護婦にP07の異常を伝えた。

(イ)P19看護婦は,直ちにN10病室に赴いた。P19看護婦が病室に駆け付けた際,P07は目を閉じて左側を下にして横たわっており,汗をかいたり,苦しそうな声を出すことはなく,チアノーゼも出ていなかった。P19看護婦が,「どこが苦しいの。」と声を掛けたところ,P07は,胸の前に置いてあった手をわずかにとんとんと動かして,小さい聞き取りづらい声で「ここ。」と言った。その後P19看護婦が,手動の血圧計でP07の血圧を測ると,250/110と,極めて高い値を示し,心拍数を計ると92であり,不整脈は認められなかった(なお,P19看護婦が看護記録中に「左側の胸が苦しいと」と記載したのは,同看護婦自身,P07から「胸が苦しい」との訴えがあったときに,すぐに心臓という思い込みを持ってしまったし,その後,P12医師(以下「P12医師」という。)から心筋梗塞が原因だったという話も聞いたので,そのときに「左胸」というふうに感じたのだと思うと供述しており,上記看護記録中の記載は,必ずしもP07自身が「左側の胸」ないし「左胸」と口頭で述べたことの裏付けとなるとはいえない。)。

(ウ)その後,P19看護婦から依頼を受けた臨床検査技師のP82(以下「P82技師」という。)がN10病室に行き,午前9時40分ころから9時50分少し前までの間に,それまで左側を若干下にした形で横たわっていたP07の体位をあおむけにして,その体に電極を装着した上で,心電計で何度もP07の心電図を測定し,その都度プリントアウトしたが,「人工ペースメーカ心電図?」との理解し難い解析結果の表示が繰り返された。その間,P07は,P82技師が声を掛けてもそれに対する応答や反応はなく,体位を変えた際にも体の力が抜けた状態であり,目を閉じたまま,発汗やうめき声はなく,苦もん様の表情を浮かべることもなかった。

(エ)その後,午前9時54分ころまでの間にP07に心電図モニターが装着され,これにより計測された午前9時54分ころの状態は,血圧が179/70,心拍数は57であり,酸素飽和度は測定したものの表示がされなかった。

 そのころ,P12医師が診察し(ただし,状況は後記のとおり),酸素ボンベによる酸素吸入が行われた。また,P07に点滴されていたボトルは,ソリタT3の500mLのボトルに換えられた。そのころ,P07は,顔色が青白く,手足の爪や口唇にはチアノーゼが出,苦しむ様子もないまま閉じた目から線状に涙が流れていた。また,声を掛けても,体がわずかに動く程度の何らかの弱い反応があっただけで,それもすぐ消失する状態であった。

(オ)その後,午前10時5分前後の段階で,下あごが弱々しく上下に動く,下顎呼吸様の動きがみられるとともに,心拍数が低下し(30ないし40。なお,この段階で血圧は169/74であった。),心臓マッサージを施行すると,回復することもあったが,午前10時30分ころ,心拍が全くなくなり,死亡が確認された。


45歳男性P08。池田医師によれば、ミノマイシンによるアナフィラキシーショックとのこと。

ア P08の北陵クリニックにおける受診の経緯及び本件前日までの経過等

(ア)P08は,昭和30年○月○日生まれの男性で,平成12年11月24日(以下,本項では,特に断らない限り,平成12年の事象については,「平成12年」の表記を省略する。)当時,年齢は45歳であり,身長は約180cm,体重は約82ないし86kgであった。

(イ)P08は,11月18日,北陵クリニックを受診し,この際はP84医師の診察を受けて,急性気管支炎と診断され,ミノマイシンの点滴投与を受けるなどしたが,点滴中や投与後に,めまい,呼吸苦や,目,舌,体等の異常や違和感が生じたことは一切なかった。

イ 本件当日のP08が容体を急変する以前の状況

(ア)P08は,なおせきが治まらない等の症状が続いたので,11月24日,北陵クリニックを再度受診した。そして,P12医師の診察を受け,前回同様,ミノマイシンの点滴を受けることになった。

(イ)午後4時10分ないし15分ころ,整形外科処置室のベッドにあおむけに横たわっていたP08に対し,P09看護婦が,P08の左ひじの内側の静脈に点滴ボトルや輸液セットが接続された状態の翼状針を刺入して血管確保し,クレンメを目分量で調節して,およそ40分くらいで終了するようにセットした点滴(ミノマイシン100mgが調合された生食フィシザルツPL100mL)の投与を開始した。その後P09看護婦は同室を退出し,室内にはP08一人が残った。

ウ P08の容体急変後の状況

(ア)P08は,上記の姿勢のまま,点滴投与を受けていたところ,点滴開始後10分くらいして,目のピントが合わなくなり,次いで,目のまぶたが開けづらくなった。そのころP08は,右手を額に当てる動作をしたことがあったが,この時点では手に力が入らないという感じはなかった。

(イ)さらに,舌がもつれて思うように動かなくなり,つばを飲み込もうとしても,なかなか飲み込めなくなり,また,舌がのどの奥に落ち込む感じがあり,呼吸がしづらく苦しくなった。

(ウ)P08は,消防署主催の普通救命講習会に参加した経験からその知識を有していた舌根沈下が生じ,気道の一部がふさがれたことを自覚し,まず,あおむけのまま,あごを突き出すことで気道を確保しようとしたが,首に力が入らず,あごを上げることができなかった。その後P08は,舌根沈下の状態を解消するため,あおむけから横向きになって呼吸を確保しようと考え,体を左側に向けようとした。しかし,そのころには,手足にも力が入りにくくなっていて,容易にはできず,全身の力をふりしぼってようやく横向きになることができた。姿勢を変えた結果、P08は,舌が落ち込んで気道がふさがる感覚はなくなり,幾分か呼吸が楽になったように感じたが,若干の苦しい感覚は残っていた。

(エ)その後,P08の呼吸状態はまた苦しくなったが,今度は舌根沈下の感覚はなく,腹や胸の辺りに力が入らなくなり,深く息を吸い込むことが困難となってきた。また,その間も,従前の目,まぶた,舌,手足及び首などに表れた症状も継続していた。P08は,浅い呼吸を小刻みにして回数を多くすることで酸素を取入れようと努力したが,呼吸状態は弱まっていき,人を呼ぶのを気恥ずかしく感じたことから,呼吸の苦しさをしばらく我慢していたが,その間にもますます呼吸が苦しくなったところ,丁度廊下を通る人の気配を感じ,精一杯声を出そうとして「看護婦さん。」などと言って助けを求めたが,その際はか細い声しか出なかった。 

(オ)P16看護婦は,午後4時50分ころ,P08の声を聞きつけて訪室し,P08に問いかけると,P08は,「呼吸が苦しい。身体に力が入らない。」と,とても小さな声で訴えた。

 P16主任は,クレンメを止めて点滴を中止したが,それまでP08に投与されていたボトル内の点滴溶液の残量は約7ないし8mLであった。

(カ)その後もP08に上記の各症状が継続していたところ,やや間を置いて(その間に,P16主任から報告を受けたP12医師が訪室し,P08は,力が入らないことや,呼吸がうまくできないことをか細い声で告げたが,P12医師は,「おかしいな,抗生物質のせいだろうかな。」などと言うだけで,他にP08に対する診察,処置や看護婦に対する指示をしないまま退出した。),酸素マスクで酸素吸入が開始され,点滴もラクテックDに切り換えられて投与された。P08は,そのころにも,体に力が入らない状態が続いており,自力で起き上がるようなことはできず,P16主任がマスクを装着した際にも自ら頭を上げて協力することはできず,P16主任は,通常,患者の協力も得て酸素マスクを装着するときとは異なり,P08の頭部が片手だけでは持ち上げることができないほど重く,左腕をP08の頭の下に入れて持ち上げて,ようやくマスクのゴムをP08の後頭部に掛けた。

(キ)その後,P18医師が来て,問診し,手を握らせて力の入り具合を見るなどしたが,P08は,手に力が入らず,しっかり握り返すことができなかった。P18医師は,P08に,もう少し休んでいくように促し,当時はP08の症状が点滴されていたミノマイシンの副作用によるものと考えていたことから,点滴(上記ラクテックD)に,その副作用を抑える目的でソルコーテフの混注を指示した。

(ク)P08は,酸素吸入を受け始めても,直ちに正常な呼吸をすることはできず,当初は小刻みの呼吸を続けたが,徐々に快方(上記各症状の軽減,消失)に向かい,妻子が北陵クリニックを訪れた午後5時30分ないし45分ころには,まだ完全な快復ではなく,目も若干ピントが合わない状態であったものの,発声や体の力の入り具合も相当に改善され,初めてベッドから立ち上がって,点滴を続けたまま息子に付き添われて自力歩行してトイレまで行ける状態になった。

(ケ)そして,午後7時前後には,ほとんど正常に戻ったので,P18医師の入院の勧めを断り,午後8時少し前ころには北陵クリニックを退出し,自分で自動車を運転して帰途についた。

(コ)なお,P08が上記のとおり異常を呈した後,少なくともP08の胸,顔,首,手の部位に発疹は見られなかった。また,酸素吸入が開始される前ころのP08の状態として,血圧は124/74,心拍数は68,酸素飽和度は95%との値が計測されている。


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