老人ホーム誤嚥常習者心肺停止訴訟

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審東京地裁 平成21年(ワ)第18816号 和解 不当  

 特別養護老人ホームにショートステイしていた93歳の女性が,誤嚥で心肺停止となり死亡した事例です。原告は息子さん,被告は老人ホームでした。

 まずは亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 平成22年9月9日の「救急の日」に,証人尋問と原告本人尋問を傍聴しましたが,大変興味深いものでした。なにが一番興味深かったかといえば,原告代理人の尋問の様子が面白かったことなのですが,それは後回しにして,まずは大雑把な概要を示します。

・亡くなられた93歳の方は,認知症あり,声上げ(意味不明の奇声を上げる)あり。
・平成19年12月と平成20年1月に,別の老人ホームで誤嚥事故を2回繰り返したため,その老人ホームから預かりを断られたところ,被告老人ホームで受け入れOKとされ,利用することとなった。
・平成20年8月に,介護士(推定)が通常通りに朝食を食べさせていた。普通なら飲み込んだあとに声上げをすることから,ちゃんと飲み込めていることを確認していたのだが,あるとき,口に入れたあとに声上げがなく,顔色が白くなっていくので,何かがおかしいと思って他の人を呼んだ。
・看護師などが集まって,看護師が吸引器で誤嚥物吸引を試みたが奏効せず,救急車を呼んだが結局亡くなられた。
 原告側は,「誤嚥物は吸引器では吸引できないのであって,ただちに救急車を呼ぶべきだった」などと主張している模様でした。原告は,尋問の最後に裁判長から締めの一言を求められて,「今日は9月9日で救急の日。なぜすぐ救急車を呼んでくれなかったのか。手に負えなければすぐに呼んでもらえていたら。知り合いにはそういうことを,1つの例として教訓として話していきたいと思う。」というようなことを述べていましたが,既に誤嚥事故を起こして他で断られた方を預かってもらっておきながら,なんだかなぁと思いました。しかも奥さんが看護師だというのです。奥さんの職場は,医療現場の限界とは無縁の職場なのでしょうかね。

 原告代理人は看護師に対して他にも,ハイムリック法をやったのかとか,マウストゥーマウスはやったのか,とかも聞いていましたが,93歳に対してハイムリック法なんて,気軽にできないのではないかと思いながら聞いていました。かつては心マッサージとセットだったマウストゥーマウスは,今はあまり重要視されていませんね。(ハイムリック法: 背中から抱えておなかを一気に押しつぶして,呼気を出させて誤嚥物を吐き出させる方法。)

 結末が非常に気になったもので,記録を確認してきました。そうしたら,もうちょっと詳しい状況なども分かりました。

・食事はおかゆと,超きざみ食
・平成20年6月9日の朝食で,強くむせこんでタッピングで対処。
・7月には毎食食事中に痰が絡んだ。
・7月21日,口の中に貯めこんで吐き出して食事中止。筋力低下が目立ってきた。
・8月2日,痰がらみが目立ち,昼,夕食ともに誤嚥があり,吸引器で対応して食事中止。
・8月3日の事故の前にも誤嚥があり呼吸が停止。
・8月3日朝食(事故が起きた食事)。ゼリーと薬を混ぜたものをスプーンで2-3口と,細かく刻んだ生揚げを食べさせた直後に事故発生。顔面蒼白でチアノーゼ発症。 側臥位にして吸引器をかけたが,食物は少量しか取れず。心肺停止状態。心マッサージをしながら救急車に出動要請をした。
・救急隊と搬送先の病院で,吐物をコップ2-3杯分吸引した。
・搬送先のレントゲンでは,粒状の濃淡が入り混じった誤嚥性肺炎の所見。左横隔膜の下に多量のガスを含んだ拡張した消化管が写っている。

 これに対して,脳神経外科の久間祥多医師が被告側から意見書を出しました。「短時間でチアノーゼを発症し,窒息状態で反応がないことから,ハイムリック法やタッピングではなく,心マッサージを試みたことは適切だった。レントゲンの所見から腸管麻痺が疑われ,食べさせた量よりも多くの食物残渣が引けたのは,前日の食物が胃に滞留していたものを嘔吐したためである可能性が十分にある。」との旨が記されていました。

 原告の主張では,この意見書に十分な反論をしているとは考えられず,判決に行けば原告敗訴が予想され,和解するとしても低額で,ゼロ和解もありうる内容だと思わました。ところが,和解金額は,なんと1400万円という高額だったのでした。それまでに何度も誤嚥を起こしており,それこそいつまた何があってもおかしくないような状態の人を預かって,想定通りに誤嚥を起こされて,それに対する対応のどこが法的過失なのか判然としない事例で,1400万円も支払う合意は,いくらなんでも不条理ではないかと思います。しかもこれを「教訓に」とか言いながら,老人ホーム側に非があるかのような語りをされるのかと思うと,げんなりします。こんなことがまかり通るのであれば,老人ホームでは誤嚥の既往のある人は,預からないほうがいいのではないでしょうか。

 さて,私が尋問のときに一番興味を引かれた,原告代理人の尋問の様子のご報告です。尤もこの話を楽しめるのは,裁判というものを少し知っている方に限られるかも知れません。ともあれ,裁判長からのツッコミを中心に,ざっくばらんに追っていきます。

裁判長「あの,代理人,『これ』では調書に取れませんので,具体的に示して頂けますか」

 そのような注意を受ける証人や本人(=法律の素人さん)は嫌というほど見ていますが,弁護士が指示語を連発して注意されるのを見るのは初めてでした。たまに使うぐらいなら珍しくないですが,この弁護士さんは連発するものですから。しかも身振りもやたらと多いのです。調書に残せないってば(笑)。

裁判長「あの,代理人,証人の答えが終わってから話してもらえますか」

 質問が終わらないうちに答え始める証人や本人(=法律の素人さん)は,これまたいくらでも見てきましたが,答えが終わらないうちにどんどん話しはじめる弁護士さんは,私にとっては前代未聞。

裁判長「あの,代理人,一度にいっぱい質問されても答えられないので」

本人訴訟かいな(笑) (本人訴訟=弁護士を付けずに裁判を戦うこと)

裁判長「あの,質問が糾問的な感じがしますので…」

本人訴訟かいな(笑)

原告代理人「乙B号証で,突然,立派な大先生の意見書が出てきたので…」
裁判長「あの,『立派な大先生の』はいちいち言わなくても…」

裁判長にそんなこと言わせないでよ(笑)

 まあ,眼科の手術中に,自分の趣味で石川ひとみさんの歌をかけたり,患者さんの趣味に合わせてさだまさしさんの歌をかけたりする私としては,正直なところちょっと親近感も湧きました。

 あまり関係ないか(笑)

平成23年7月14日記す。

同系統の訴訟: 異食症高齢者誤嚥死亡訴訟


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