訴訟記録閲覧時のメモ取り行為と,裁判の公開原則,レペタ裁判の関係

 平成22年8月5日,さいたま地裁で訴訟記録の閲覧をしました。最高裁で判決が出た医療訴訟でありながら判決文が公刊されておらず,内容が気になっていたものです。事前に電話で事件番号を告げて閲覧希望と伝えたところ,第三者閲覧はあくまで閲覧のみ可能で,メモ取りはできないと告げられました。私は10ヶ所以上の裁判所で訴訟記録の第三者閲覧をしてきましたが,このような事態は初めてでした。

 最高裁をはじめ,多くの裁判所で第三者記録閲覧時のメモ取り行為を認めています。その根拠はレペタ裁判という,法廷で傍聴時にメモを取ることの許可を求めた訴訟の判決にあるように思われます。平成元年に出されたレペタ裁判の最高裁判決において,「傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。」と判示されました。この判決が出たことによって,それまで原則禁止であった傍聴時のメモ取り行為が,事実上解禁になったそうです。

 刑事訴訟の法廷では全てのやりとりが口頭で行われるようですが,民事訴訟では口頭で陳述をしなくても,書面を以て陳述をしたものとすることがほとんどであるため,傍聴をするだけでは裁判の全容がわかりません。そうすると,訴訟記録を閲覧できることにしておかなければ,裁判を公開で行っていることにならないので,裁判の公開原則を実現するために第三者にも記録閲覧が認められるということだと思われます。そうすると,傍聴時のみならず記録閲覧時にも,「その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り」メモ取り行為を尊重するべきという結論になったものと推測します。

 話を元に戻します。さいたま地裁ではメモ取りを禁止されましたが,内容が複雑かつ専門的な医療訴訟では,メモが取れないと十分な内容検証ができません。そのためその事件の最高裁判決の閲覧を求めて,平成22年8月12日に最高裁判所に出向きました。最高裁判所に事前に電話をして,さいたま地裁でメモ取り行為を禁止されたので,最高裁判決だけでも最高裁で閲覧したいとの旨を伝えました。

 さて,最高裁の記録閲覧室でのことです。閲覧開始時に係の人から,「あくまでメモですから」との念押しがありました。閲覧を開始して診療経過一覧をメモしていると,その係の人がずっとこちらを見ていて,「あの,書き写しはダメですから,あくまで閲覧ですから謄写になるようなことはできません」との旨の注意をするのでした。「いや,別に全部を書き写しているわけじゃないですから」「いや,あくまで閲覧ですから,そんなに時間はかからないはずです」といった押し問答になりました。

 しばらくメモを控えながら閲覧していていましたが,『「そんなに時間はかからない」などと一方的に決め付けることは如何なものか』との思いから,「どこまでがメモでどこからが謄写なんですかね?」とその係の人に問うと,「民事訴訟法を根拠に,あくまでも閲覧を許可しているだけですから,ごく簡単なメモだけです」との旨を述べられました。「いや,でもレペタ裁判という最高裁判例で,傍聴人のメモは認められるべきとされたので云々」と告げましたが,また押し問答になるばかりでした。

 結構萎えました。

 尤も私は,医療訴訟に関心を寄せる前は、裁判の仕組みについては無知もいいところで、裁判は民事も含めて公開で行われているということも知りませんでした。逆にあらゆる裁判が原則公開で,第三者でも全記録を閲覧できるということに驚いたくらいでしたので,今こうやってメモ取りを禁止されて萎えるなどというのは,初心を忘れたということに他ならないのかも知れません。

 裁判の公開原則について,レペタ裁判の最高裁判決では「裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある」と述べられました。そうすると,昨今のように医療関係者から医療訴訟のあり方に対して強い疑念が示され,医療崩壊の原因の一つであるなどと批判される現状においては,問題となった医療訴訟の事件内容を公開原則の下で精査・検討しようと試みることは,普通に考えれば裁判公開の目的に合致した試みであるようにも思うのですが如何でしょうか。特に,今回私が閲覧した事件は,医療訴訟における最高裁の逆転判決が,20件以上連続で患者側敗訴部分の取消しであったという極めて偏った状況,つまり公正性に疑念を抱くことに十分と思われる状況の下での1件でした。そのような重要な判決を一国民が検討することもままならないようでは,裁判の公開原則の看板が泣くのではないかと思いました。最高裁の記録閲覧室の係の方は,レペタ裁判の判示をご存じなかったのでしょうかね?

 裁判の公開原則と,当事者のプライバシー保護,鑑定人および協力医の確保,といった問題についても考えるところは多々ありますが,話が広がりすぎるので今回はこの辺で終わりにします。

 このサイト内の,「医療訴訟の患者側勝訴率が急低下」にも,関連する記載があるのでよろしければご参照下さい。

その他参考リンク:
裁判の公開の意味
裁判の公開と傍聴人のメモ権
憲法調査会に望むもの「憲法八二条と裁判を受ける権利」

平成22年8月21日記す。平成22年8月26日,年表記を元号表記に変更。


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