北陵クリニック筋弛緩剤点滴事件

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審仙台地裁 平成13年(わ)第22号、他 判決平成16年3月30日 妥当 判決文
二審仙台高裁   判決平成18年3月22日 妥当  
最高裁
第三小法廷
平成18年(あ)第1010号 決定平成20年2月25日 妥当 決定書

 20世紀末に、仙台の病院で20人もの人が続々と不審な急変を遂げました。そして、ベクロニウムという筋弛緩剤を証拠として、被害者5人の急変について、刑事裁判に付されました。事件の概要は Wikipediaなどでご確認下さい。逮捕の数日後から、被告人が冤罪を主張したり、「僕はやってない」という題名で本を出版するなど、冤罪説が取りざたされていました。

 この事件は私にはちょっと荷が重いと思い、強い関心を持たずに傍観していたのですが、平成22年になって、長崎大学の池田正行医師が大々的に冤罪説を主張し始めたことから、関心を持つことになりました。

 池田医師の主張によれば、裁判になった被害者5人のうち、11歳女児の急変は、筋弛緩剤によるものではなく、ミトコンドリア病によるものだというのです。私は眼科医であり、池田医師の指摘の妥当性を直接判断することはできませんが、多くの医師によれば、その指摘は妥当だということのようです。そして池田医師は、その1例を突破口とし、他の4例についても筋弛緩剤による急変ではないと主張しました。

他の4例は、専門性に関わらず、研修医レベルでも、ベクロニウム中毒を否定するのは簡単です。ですから、いずれの診療録でも、筋弛緩剤中毒以外の診断が記載されており、私が検証しても、症状経過、検査結果、治療への反応性、全ての点において、その診断の妥当性には疑いがありません。

 以上は、池田医師のサイト内の「他の4例における誤診の原因」というページからの引用です。そしてそのページを読むと、いかにも検察が検察協力医と組んで、無実の罪を着せた冤罪事件であるかのような印象を持ちます。しかし、ネットで調べてみると、被告人は事件発生前後に関与を匂わせていただとか、逮捕当初は自白していたのに、現在の弁護団長と接見してから否認に転じただとかいった情報もあり、冤罪説を鵜呑みにはできないと考えました。冤罪説を主張するサイトには、それらに対する納得できる反駁がほとんどないのです。

 そうこうするうちに、刑事事件の一審判決が見つかりました。被害者5人の被害当時の経過を読むと、11歳女児の経過は池田医師の主張するミトコンドリア病の経過と考えておかしくないようです。しかし、他の4例については、「他の4例における誤診の原因」の記述が適切なものとは到底考えられず、麻酔科医が見ると、むしろ筋弛緩剤中毒が強く疑われるものであるとのことです。少なくとも、「研修医レベルでも、ベクロニウム中毒を否定するのは簡単です。」などと断言できるようなシロモノではありません。特に最後の45歳男性の例を、アナフィラキシーなどと断言することに対しては、眼科医の私でも強い疑問を抱かざるを得ないものでした。

 さらに判決文全文を読むと、この事件が冤罪であるなどと言えるようなシロモノではないこともよくわかります。非常に細かい点を見れば疑問点はあり、例えば、4歳男児について、技師が被告人に対して「不吉なことを言うから」と言ったところ、被告人が「おれのせいなの。」と返答したとする部分などは、「おれのせいなの??」とごまかしたということではないのかとの疑問も浮かびます(判決文第6の、5(2)ア(エ)の部分)。しかし総体的に見れば、被告人が無実ということが疑われるような事例ではないと思います。

 この事件と比較してみようと、名張毒ぶどう酒事件の名古屋高裁有罪判決を読んでみたところ、参考人の様々な証言を、的確な理由なく恣意的に取捨選択して取り上げていると感じられ、確かに冤罪の疑いがあると感じられるものでした。逆にこの事件の判決文を読んだところでは、そのような疑いを持つことは、私の場合はありませんでした。この事件は、「難しい事件を丁寧に裁いてくれて、裁判官、検察官よありがとう」というべき事件だと思います。

 池田医師は、検察側証人である橋本医師の証言について、「彼の証言記録は、彼の見識のなさと臨床能力の低さを如実に示しています。」「恥も外聞もない一言」などと表現し、「橋本氏の悲しい墓標」などとまとめています。しかし、判決文を読むと、橋本医師はご自身の専門範囲の事柄について、無理な断定もせずに、丁寧に質問に答えているに過ぎないことがわかります。

 既に鬼籍に入られ、反論することもできない橋本医師に対して、その発言の一部をもって、上記のような誹謗中傷を行った池田医師の行為に、私は非常なる憤りを感じます。私が普段観ているような一般の民事医療訴訟では、このような態度の医師が原告側につき、審理をかき回すことがしばしば見られるので、余計にそう感じます。

 なお、念のため申し添えておきますが、11歳女児がミトコンドリア病であったとしても、それとは別に、11歳女児に筋弛緩剤が投与されたことが裁判で認められています。詳細は判決文をご確認下さい。

平成23年7月6日記す

追記:

 平成24年5月22日、仙台地裁と弁護団、そして検察が、再審請求審に向けた協議を持ったそうです。自分の中では終わった事件なのですが、私のこれまでの考えの変遷をこちらにまとめておきました。また、11歳女児がミトコンドリア病であったとした場合に疑問に思われる点について、こちらに紹介しました。

 また、これは以前から気づいていたことでしたが、この事件が冤罪だと主張する数々のブログの中でも、判決文を全部読んだとうい方のブログの中に、「自供」「自白」という単語が、平成24年5月23日まで一つもありませんでした。(そのブログ内における、「自供」の検索結果はこちら、「自白」の検索結果はこちら、そのブログの表紙はこちらです。)このことからも、判決文を読めば、自白に関する部分の判断には、何らひっくり返せるものが無いのだと考えざるを得ません。

平成24年5月26日記す。


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