君の瞳に恋してる眼科

(北)朝鮮市内のビルのてっぺんに「私たちは幸せです」と書かれている。(北)朝鮮写真館15より。

Medical Malpractice System in Japan

2015年5月23日

I uploaded a presentation on medical malpractice system in japan.

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中国の裁判所が裁判のウェブ中継を開始

2014年9月29日

町村先生のブログで知りました。

中国の一部の裁判所で、全裁判をウェブ中継を始めたようです。刑事、民事、行政全てです(行政訴訟があることにもビックリ)

町村先生のブログでは、広州法院のサイトが紹介されていましたが、ぱっと見には、オープニング影像が華々しい河南法院のサイトがよろしいかと思います。

広州法院のサイトはこちらで、右下の方に、他のライブ配信法院へのリンクがあります。

ライブだけでなく、過去のものも見れるようです。

河南法院の検索で調べたところ、「生命権、健康権、身体権糾紛」という表題のものが結構な数あるのですが、基本的には「誰かが誰かを怪我させた」系統のもののようで、医療訴訟があるのかどうかはこれから見て見ようと思います。

もっとも、これをある程度聞き取るには、まだあと1年ぐらいの勉強が必要という印象です。

傍聴だけできても、記録が見れないのでは研究対象にはしにくいと思うのですが、とりあえず非常に驚いたのでご紹介します。

ついでに言うと、サイトのドメインが、広州は cn ですが、河南は org というのも、統一が取れていなくてびっくりです。

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朝鮮話

2014年8月18日

(中文在中間,日本語下にあり。)

대만에서 머물렀던 호텔 프런트. 외국어 판프렛 표시 중에 “조선말”이라 쓰여져있다. 한국인이 아닌 내가 지적하기도 그럴거 같엤었지만 아무튼 한국어로 고치는게 나을거라고 알려줬다. 호텔 사람들이 말하게로는 구굴 번역에서 알아봤더니 조선말이란 단어가 나왔다는 것이였다.

在台北我住的飯店服務台。一些外語手冊前面有一條韓文的表示。但是這單子表示的不是韓文,是朝鮮話呢!在台灣,北韓人當然沒有機會來訂飯店,所以這個表示一點也沒有用。反而韓國人看著表示一定覺得很奇怪。我結帳時告訴了飯店的人這件事。他們說,用谷歌翻譯,這個單子就出來了。

台湾で泊まっていたホテルのフロント。外国語パンフレットの表記の中にハングル文字があった。これが「朝鮮語」と書いてある。日本では戦前からの流れで「朝鮮語」という言葉は健在だが、韓国や台湾では死語であり、韓国人が見たら不思議がること請け合い。チェックアウトにあたって、恐る恐る、「これは『韓国語』ではなくて『朝鮮語』と書いてありますよ」と指摘させて頂いた。曰く、グーグルで調べたらこの表記が出てきたとのこと。조선말2

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実用視聴華語シリーズ。「少+[動詞](何々するな)」の練習問題。

2014年7月27日

台湾で一番使われている外人向け中国語教科書、実用視聴華語シリーズ。「少+[動詞](何々するな)」の練習問題。(第4巻48頁)
「李さん、もうカノジョとの子供ができたって聞いたんだけど」「何言ってるんだ?そんなことがあるか。どこでそんなこと聞いたんだ?」

대만에서 가장 많이 쓰이는 외국인용 중국어 교과서 “실용 시청 화어” 시리즈. 『少+동사』의 연습문제.
“이선생님 벌써 여자친구랑 애기 가졌다면서?” “그만해라. 그런 일이 어디 있겠어? 그런말 어디서 들었던거야?”

在台灣外國人最多用的中文教科書,實用視聽華語系列。『少+動詞』的練習問題。
「老李,聽說你跟女朋友已經有孩子了。」「你少說吧。哪裡有這種事?你從哪裡聽來的?」

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欧州旅行総括2:フランス語が通じなくてショック(笑)、でも中国語は少し通じた。

2014年7月19日

自分のフランス語は、20年前に大学再受験のためにはじめたもので、1994年3月に1ヶ月間、ロワイヤン(Royan)という田舎に語学研修に行き、その後1年間勉強して医学部に合格。1996年秋に仏検2級合格して、このあたりまでが華だったかな(笑)。当時のフランスでは、フランス人は英語があまり好きじゃないとか言われていて、ホテルとかでも英語が通じないことが結構あり、仏検2級程度のフランス語でもだいぶ役に立っていた。しかし時代は変わり、今ではサービス業では英語を話すのが普通になっていて、こちらが下手なフランス語で話しかければ英語で返事が帰ってくるようになっていた。ヨーロッパでは共通言語は完全に英語になってしまい、特別な目的がない限り、わざわざその他の言語を勉強する意義が薄れてしまったようでかなり残念。

もっとも、自分もフランス語を全然やっていなかったので、えらく下手っぴになっていたのは間違いない。同行の妻には、前回の旅行の時よりも下手になっていると笑われ、場合によってはむしろ妻の英語のほうが通じるという事態もあり、旅の最後の方は「ベタ降り状態」に(笑)。もう「フランス語が少しできます」とホラを吹くのはやめよう(笑)。

一方、中国語。パリやロンドンなどの大都市では、至る所に中国人がいる。パリのデパートのそばのカフェで休んでいたら、ずっとこちらを見ている東洋人の老夫婦がいたので、声をかけてみたら中国人の老夫婦だった。注文したいがどうしたらいいのかわからず、我々を中国人かもしれないと考えて助けを求める眼差しを投げていたらしい(笑)。片言の中国語で注文を手助けして、少し雑談。15日間のヨーロッパ周遊旅行に来ていて、カフェに入ったのは、他のツアー客は買い物に熱心だけど自分たちは買い物はもう十分だからということだったようだ。上海のそばの南通在住で蘇州で仕事をしているとのこと。それまで回った中ではフィレンツェが一番良かったという。ベネチアはどうかと聞いたら、良かったけど人が多すぎだと言う。それは中国人が大挙してくるからじゃないかと心のなかで思いながら、口には出さなかった(笑)。「あなたがいなかったら、注文できなかった、本当にありがとう」と言われた。肩の力の抜けたいい感じのご夫婦で、連絡先を置いてこなかったことが、いまもちょっと心残りだ。

動画は、1966年ユーロビジョンの結果発表部分。参加国の半数の審査員がフランス語で応答。スウェーデンの審査員までフランス語。こんな時代なだったら、フランス語にももっと熱が入ったんだろうな~
https://www.youtube.com/watch?v=evPNElgvGvk&t=1m15s

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