沖田光男さん痴漢誤認逮捕事件の差戻し審判決に思う

(最高裁平成19年(受)第1878号,差戻し審東京高裁平成20年(ネ)第5618号,平成22年1月現在第二次上告受理申立て中)

 首都圏の電車内で,携帯電話で通話をしていた女性に対して男性が注意をしたところ,男性が駅を降りてからその女性に痴漢被害をでっち上げられ,警察に虚偽申告をされて誤認逮捕されたとして,その賠償金を求めて国・都・女性を相手取り提訴した事件です。沖田光男さんのホームページがこちらにあり,事件概要がこちらにあります。

 東京地裁八王子支部,東京高裁は共に,その女性の通話相手に尋問することなく,「痴漢の事実があった」と認定しましたが,最高裁が「目撃者がいないこの事件で,通話相手の男性を取り調べずに痴漢の事実があったと認定したことは審理が不十分」として,女性 の賠償責任について再度審理するよう,高裁判決を破棄差戻ししました。最高裁判決はこちらに置いておきます。

 これを受けて東京高裁で差戻し審が行われました。通話相手に対する証人尋問は傍聴席が満席だったため傍聴できませんでしたが,その前に通話相手が書面で回答した当時の状況を記録閲覧をして確認したところ,以下のようでした。

1. AとXの関係は?
カラオケスクールの生徒。

2. AとXとの本件通話における受信状況
良好。騒音は特になかった。

3. Xの「変な人が近づいてきた」との声と,Y氏の「電車の中で電話をしちゃいけない」との声との間隔は。
比較的すぐだった。

4. その間のXとAとの会話は?
なかったように思う。

5. その前後の会話内容,痴漢行為や携帯による通話に関する会話の有無
会話全体の内容は覚えていない。被控訴人と電話を切った後に再度話をしたときに「痴漢をされたので警察に突き出した」みたいなことを聞かされた記憶がある。(2,3時間後)

6. 控訴人が携帯電話を注意した発言の回数は?
1回

7. 被控訴人からの電話で聞いた内容は? 被控訴人の「離れてくんない」との言葉を聞いたか?
聞いていない。

8. 被控訴人との電話時間,会話間隔は
正確な時間は覚えていないが,10分以上だと思う。

9. 小池検察官に対する供述の内容,時計で1分間を計測した際の状況
(回答なし)

10. その他これらに関する一切の事項
(回答なし)

 これを見るに,痴漢の事実があったとは到底考えられないし,また最高裁判決を併せて読んでみると,女性が痴漢をでっち上げて虚偽申告をしたものと推認される可能性が高いのではないかと感じられました。

 しかし,差戻し審判決は,「痴漢行為をしたと認めることはできないが,虚偽申告と断定する十分な証拠もない」として賠償請求を棄却した,と報じられました。

2006年12月26日読売新聞

電車内で痴漢をしたとして1999年9月,東京都迷惑防止条例違反容疑で現行犯逮捕され,不起訴(嫌疑不十分)になった元会社員Y光男さん(67)(国立市)が,「虚偽の申告で逮捕され,精神的苦痛を受けた」として,被害を申告した女性に約1100万円の損害賠償を求めた訴訟の差戻し後の控訴審判決が26日,東京高裁であった。 

大橋寛明裁判長は「痴漢行為をしたと認めることはできないが,虚偽申告と断定する十分な証拠もない」と述べ,請求を棄却した。Yさんは上告する方針。 裁判では,「携帯電話の使用を注意して逆恨みされた」というYさんと,「電話中に下半身を押し当てられた」という女性の主張が対立。1,2審とも痴漢行為を認定して請求を棄却したが,最高裁は昨年11月,2審判決を破棄し,女性の通話相手だった男性の証人尋問を行うため,審理を同高裁に差戻した。 

男性は今年7月に出廷し,女性が通話中,Yさんに「離れてよ」と言ったと述べていることについて,「聞いていない」と証言。この日の判決は,この証言などを基に,「女性の供述の信用性に疑問を抱かざるを得ないが,男性の記憶の欠落もあり,痴漢行為がなかったとも断定できない」と指摘した。

 この棄却判決を知り,普段医療訴訟ばかりを追いかけている私としては,一般民事訴訟の事実認定とはこんなに厳格なのか,と驚きを禁じ得ませんでした。事件詳細はこちらのブログ記事に譲りますが,なるほど女性が虚偽申告を否定している以上, 他に虚偽申告と断定するような証拠は ないのですから,女性の虚偽申告は認められないことには一理ありそうです。しかしそうなるとこの裁判官の下では,このような虚偽申告の有無は,自白がない限り認定されないということになるのでしょうか。刑事事件でもないのにこの厳しさなのか,との思いがよぎります。

 一方,医療訴訟となると,この訴訟に比べて遥かに低い水準の立証でも,事実認定されることが多々あると考えます。場合によっては多数の医師が疑問を呈するような事実認定がされているのが現実といって良いと考えます。八戸縫合糸訴訟関東中央病院PTSD訴訟十日町病院術中死訴訟円錐角膜移植手術後散瞳症訴訟亀田テオフィリン中毒訴訟など,当サイトで取り上げた事件にもそのような例が見られます。

 医療訴訟においてこのような事態が起きる原因のひとつに,双方の主張立証に用いられる証拠の証拠能力が低い場合が少なくない,ということが挙げられます。判決理由では証拠による事実認定がされているものの,それら証拠の証拠能力にそもそも疑問があり,事実認定をするには到底不十分である場合が少なくない,ということです。特に鑑定書や原告側協力医を,原告主張を基礎づける証拠として採用したときに起こりやすいと考えます。つまり,鑑定書や協力医の意見の証拠能力を,法律家が高く見積もりすぎている場合があると考えられるということです。これについては,「医学的意見の性質」について,稿を改めて書きたいと思います。(なお,それに合わせて,この稿の後半部分も修正する可能性が高いです。)

平成22年1月31日記す。


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