画像検査の見逃しと法的過失

 レントゲンやCTを撮って「異常なし」と言われたのに、実は既に病気があったものを見逃していたことが後から判明したら、普通の人なら「それは医療ミスだ!」と思うでしょう。先に手術の合併症と法的過失で、体にメスを入れる手術について、うまくいかなかったからといって簡単に法的過失は認められないという話を書きました。画像検査の見逃しも同様で、見逃したからといって簡単に法的過失を認められるものではありません。皆さんが検査に期待する気持ちは大変よく分かりますが、検査につきものの二つの限界を知らなければなりません。

 一つ目は、検査精度の限界です。もし皆さんが、レントゲン検査やCT、MRTを撮影すれば、悪いものは何でも映ると思っているのであれば、それは大きな間違いです。機械はどんどん発達していますが、所詮は体を切らずに中身を映しだす影絵みたいなものです。病気があっても映し出されないということは、決して珍しいことではありません。

 二つ目は、こちらのほうが皆さんには不服でしょうが、医師の能力の限界です。画像検査を確認する医師は、例えて言えば心霊写真家と似ています。心霊が写っているかどうかも分からない写真を見て、心霊が写っているか否かを判断するのです。「ウォーリーを探せ」のように、必ず答えがあるというものとは全く違うのです。しかも、写っている心霊は、素人が見てもすぐわかるようなものの場合もあれば、心霊なのか単なる背景なのかがはっきりしないような微妙なものの場合もあるわけです。心霊だと思って指摘したのが、実は単なる背景だったことが後からわかることもあり得ます。そのようなものなので、一応の訓練を受けた専門家が確認して、心霊写真ではないと判断したのであれば、後になって微妙な心霊があったことがわかったとしても、それは仕方がないことなのです。

 仕方がないとは何事だ!という声も聞こえてきそうですが、知恵の輪などと同様で、あとから答えを知れば当然に思えるような問題でも、答えを知るまではとんでもなく難しい、ということは日常生活でもよく経験することですし、医師も一介の人間である以上、能力の限界があることは致し方がないのです。この点は、手術の合併症と法的過失と同じということです。

 医療裁判では基本的には、「これは誰が見ても明らかなのに、見逃した」というような場合には過失があったと判断する一方、「これは見落としても仕方がないだろう」というような場合は過失はなかったと判断するのが一般的だと思います。ただし、「誰が見ても明らか」と「見落としても仕方がない」の間には、「多くの医者なら見抜くだろう」という例もあれば、「優秀な医者なら見抜くだろう」といったように、様々なレベルの見逃しがあり、それらがどのように判断されるかは、それぞれの裁判の中で出された証拠類と、その事件に関わる弁護士や裁判官の考え方次第で変わる、と言って良いと思います。私としては、「誰が見ても明らか」という例にのみ法的過失を認めることが、法的な見地からは適切な判断だと思っているのですが如何でしょうか。ちなみに本コーナー「医療訴訟・医療裁判」でも、誰が見ても明らかな司法判断ミスに対して、司法過誤度Aを付しているつもりなのですが、法律家の方々にはどのように映っていることでしょうね。

平成24年4月11日記す。


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