奈良先天緑内障訴訟

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審奈良地裁 平成16年(ワ)第403号 判決平成19年2月7日 判決文
二審大阪高裁 平成19年(ネ)第785号 判決平成20年3月26日  
最高裁
第二小法廷
平成20年(受)第1139号 不受理となった模様    

1.一審

 奈良県立奈良病院を生後4ヶ月と生後7ヶ月の2回受診して、2回とも結膜炎と診断された児が、後に1才9ヶ月でN眼科を受診し、角膜混濁、角膜径拡大、デスメ膜破裂、視神経乳頭萎縮を認められ先天緑内障の末期と判明し、手術を受けるも両眼失明した症例。

 生後4ヶ月の受診:主訴は「目やに、白目の濁り」。問診にて流涙ありとのこと。カルテ記載は結膜充血+、眼脂+、角膜・前房清明。下涙点が少し閉塞気味としてブジーを施行し、タリビッド点眼処方にて診察終了。

 生後7ヶ月の受診:主訴は「点眼を中止して4~5日で眼が赤くなる。外に出ると眩しがる。うつぶせ寝をする」。問診にて流涙はなしとのこと。カルテ記載は結膜充血±、角膜・前房清明。担当医は、角膜清明で流涙もないことから、羞明は完治していない結膜炎の一症状と考え、「調子が悪ければ来ること」とカルテに記載し診察終了。

 証拠として1ヶ月~1才7ヶ月までの正面写真あり。少なくとも1才3ヶ月の写真までは、「黒目勝ちだが角膜混濁は認められない」。また、2回目受診時の羞明は強いものではなく、外に出てもすぐに眩しさを忘れて遊びまわる程度だったことがわかっている。

 奈良地裁で行われた一審では、永田眼科の永田誠医師が「先天緑内障は1歳までに発症していた可能性が高い。私なら2回目の受診時に眼圧・眼底検査を必ずする。しかし奈良病院にそこまで求めるのは難しい」と 、奈良病院に責任を負わせるのは厳しすぎる旨の証言をしたが、おそらくこれを逆手に取られて、敗訴。賠償額は約1億3千万円。

 現在大阪高裁で控訴審が進行中。控訴審では裁判所から第三者による鑑定として、兵庫県立こども病院眼科部長の野村医師に鑑定が依頼される。野村医師提出の鑑定書は、「2回目の受診時には先天緑内障を発症していた可能性が高い、2回目の受診時に眼底・眼圧検査を施行すべきだった。2回目の受診時に眼底・眼圧検査を施行していれば先天緑内障による失明を回避できた可能性が高い。2回目の受診時に期限を指定しての再診を指示しなかったことは不適切であった」という、病院側に極めて不利なものであった。これに愕然とした病院側弁護士は、関西地方の公立病院眼科部長に対してこの症例の診療に関するアンケートを施行し、また鑑定書の誤謬を丁寧に指摘し、挽回に躍起になっているところである。
裁判は現在進行中である。一審判決文はこちら。控訴審鑑定書の写しはこちら

以上,平成20年1月17日記す


2.控訴審

 平成20年3月26日、大阪高裁判決が出ました。一審の1億3000万円余りから、4400万円余りに大幅減額はされたものの、病院側の過失はまたも認定されました。 一審判決との違いは,

◆ 2回目の診察で眼圧・眼底検査を行わなかったことを過失とはせず,2回目の診察で,より具体的な再診指示を行わなかったことを過失とした。
◆ 2回目の診察以降,調子が悪い児を医者に見せなかったことについて,5割の過失相殺を認めた。
◆ 1審では認められていた,1日1万円一生涯分の介護費用を認めなかった。

以上により,1審での賠償額約1億3700万円が,2審では約4400万円に減額されました。

判決文のうち,上記に関連する部分の写しを以下に記します。

興味深い部分として,

なお,当裁判所は,本件でこれらの検査を求めることにより,それが症例の個別性を超えて一般化され,その結果,医療過誤訴訟での責任を回避するためにそれ自体が一定の侵襲を伴うような検査や処置が防衛的かつ画一的に行われるような事態を招来することは避けたいと考える。

という部分があります。このような判断は医療に理解を示したものとはいえ,証拠に基づく判断ではなく,裁判所が判決内容を操作するために便宜的に示した理屈のようで,強い違和感を感じます。

 また,高裁が依頼した鑑定書が不当だとして,被告側がアンケートを行ったことに対しては,以下のように示していますが,

鑑定意見を訴訟進行中に広く関係者に一方的に公開し,その批判にさらし否定しようとする試みであると考えざるを得ず,訴訟当事者の行動として,はなはだ適切を欠くものといわざるを得ない。このようなことが行われると,鑑定人が一方当事者からの批判にさらされる結果となるおそれがあり,今後,専門医が鑑定人として訴訟に協力を得て充実した審理に基づいて公正な裁判を円滑に実現することを妨げる恐れがあるといわざるを得ない。

一人の医師の判断でどれほど正確な意見が出るのか,そもそもその担保がないのであって,鑑定医の意見が不当であると考えれば,それを覆す努力をするのは当然のことでしょう。そもそも充実した審理をしてもいないのに(この鑑定医は証人尋問もされていないのですから),公正な裁判などと言われることに,違和感を感じます。第一,裁判は公開されたものであって,それをさも閉鎖空間でなされるべきだと言わんばかりの判示には,疑問を抱かざるを得ません。しかもこの直後には,

 もっとも,アンケートの実施自体には,上記の通り重大な問題があり,かつ,アンケートの前提となる情報も一方当事者から断面的に提供されたものである点でも問題があるとしても,アンケート結果をみると,確かに本件の診療の適否につき様々な意見があることは分かる。

と判示しており,なんだかんだ言って参考にしていることがよくわかるというものです。先のアンケート批判は,「アンケートは参考になるけど,本当はこういうことをされては困る」という類の,単なる裁判所の弁解であったのかと思います。

  ちなみに鑑定医から被告側弁護士に当てられた手紙(弁論終結後に提出)には,「結果責任で考えると医師ということになる」と考えていた旨が記されていました。そして,鑑定医は鑑定書を書くに当たって,裁判所と2回相談しています。

  2回も相談していながら,鑑定医から「結果責任」などという言葉が出てくるようでは,裁判所は鑑定医と,一体何を相談していたのでしょう? 訴訟で争われる責任は,決して「結果責任」ではないということは,裁判所の判断の基本中の基本ではないでしょうか。強く疑問を感じるところです。 裁判長は,徳島脳性麻痺訴訟と同じ,小田耕治裁判官です。

  ところで,高裁判決以降の流れはこうなっています。
平成20年3月26日,高裁判決。
同年4月8日,原告側(被控訴側),上告受理申し立て。原告側弁護士は1・2審と同じ。
同月18日,被告側(控訴側)=奈良県,1・2審と同じ弁護士に委任。
同年5月16日,被告側弁護士,都合により辞任。被告側弁護士が不在に。
同月27日,原告側,上告受理申立て理由書提出。

 奈良県は何を考えているのでしょうかね…

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高裁判決からの引用
p.46
この点について被控訴人らは,過失に関する主張として,第1次的には,眼圧測定及び眼底検査をするべきであったと主張する。たしかに,先天緑内障による様々な症状が生ずる原因は眼圧の上昇にあり,かつそれによる障害は視神経乳頭の陥凹という視神経障害に現れるものであるから,眼圧測定及び眼底検査の重要性は言うまでもなく,永田医師の意見及び鑑定の結果においても,少なくとも再診時におけるその必要性が指摘されている。しかし,他方で,鑑定の結果によれば,乳児の眼圧測定及び眼底検査の際には,催眠鎮静薬や散瞳薬の投与が必要となり,頻度は低いとはいえ,これらの薬剤投与によって,呼吸抑制による呼吸停止や一時的な心機能障害のような重い副作用が生ずる危険性もある。そうすると,2ヵ月半の間をおいた外来による2度目の診療にすぎず,羞明や結膜充血の原因がほかにも考えらなくはないことをも考慮すれば,前記の通り慎重な経過観察と定期的な再受診の指示がなされるのであれば,必ずしもその診療の際に即座に眼圧測定及び眼底検査をしなくても,直ちに医師の診療上の注意義務違反の過失とまではいうのは相当でないと考えられる。(なお,当裁判所は,本件でこれらの検査を求めることにより,それが症例の個別性を超えて一般化され,その結果,医療過誤訴訟での責任を回避するためにそれ自体が一定の侵襲を伴うような検査や処置が防衛的かつ画一的に行われるような事態を招来することは避けたいと考える。)

p.49
 なお,控訴人は,当審において,公立病院へのアンケート結果(乙B38の1~4)を証拠として提出した。このアンケートは,当審で行われた鑑定が予想外の結果であったとして,希望があれば鑑定書を送るとまで述べて,「鑑定の問題の要点」を掲げて鑑定の見解を支持するかどうかなどを詳細に問う形式のものであり,奈良県立なら病院院長名義で行われ,控訴人訴訟代理人弁護士を問い合わせ先として実施されたアンケートである。(乙B38の1)このような鑑定意見に対するアンケートを訴訟の一方当事者が訴訟進行中に実施すること自体,稀な疾患である先天緑内障に関する公立病院の責任を問われた複雑困難な医事訴訟において,原審で先天緑内障の権威である永田医師が証言等により意見を述べている状況の中で,あえて控訴人の申請に基づき小児眼科の専門医を鑑定人に選任して鑑定を実施しているにもかかわらず,その結果が不満であるとして,公立病院院長の名においてその鑑定意見を訴訟進行中に広く関係者に一方的に公開し,その批判にさらし否定しようとする試みであると考えざるを得ず,訴訟当事者の行動として,はなはだ適切を欠くものといわざるを得ない。このようなことが行われると,鑑定人が一方当事者からの批判にさらされる結果となるおそれがあり,今後,専門医が鑑定人として訴訟に協力を得て充実した審理に基づいて公正な裁判を円滑に実現することを妨げる恐れがあるといわざるを得ない。
 もっとも,アンケートの実施事態には,上記の通り重大な問題があり,かつ,アンケートの前提となる情報も一方当事者から断面的に提供されたものである点でも問題があるとしても,アンケート結果をみると,確かに本件の診療の適否につき様々な意見があることは分かる。しかし,控訴人から提供された本件の再診時の症状を前提とした場合にも,再診時に眼圧,眼底検査を行わなかったことが不適切であると解答している病院が,眼底検査をしなかったことのみを不適切であるとする病院も含め相当数存在することも明らかである。(乙B38の3のNo.1,8,10,12,14,23)。このことは,それらの回答が,他の公立病院が診療上の責任を問われていることを認識しつつ,同じ公立病院の立場で意見を述べていることを考慮すれば,割合は少ないとはいえ極めて重いものと評価しなければならない。
 以上の通りであるから,上記公立病院のアンケート結果も踏まえ,かつ,本件においては,特に,県立病院において眼科専門医を2回にわたって乳児が受診し,初診時には定期健診の医師の受診指示すらあったことなど,本件の具体的診療経過等の事情に照らせば,湖崎克医師の前記意見書は,直ちにこれを採用することができないものといわざるを得ない。

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公立病院に対するアンケート

1. 平成11年8月3日(6ヶ月27日)再診時の本件乳児の眼の所見から,鑑定は,結膜炎は治癒又は改善したと認識すべきであるが,充血が完治しないという主訴,および結膜充血(±)の所見を重視して,結膜炎,先天鼻涙管閉塞のほかに,主訴の原因となる疾患を疑い精査する必要があり,鑑別診断には発達緑内障が含まれ,その診断のために眼圧・眼底検査が必要であるとしていますが,貴科では眼底検査,眼圧検査を行いますか。
□ する
□ しない

2. この鑑定は,結膜充血は眼圧の上昇による角膜上皮浮腫に伴う眼局所の刺激が原因であるという視点に立っていますが,そのような見解を支持されますか。
□ 支持する
□ 支持しない

3. 再診時に眼圧,眼底検査を行わなかったことが不適切と考えますか。
□ 不適切である
□ 不適切とはいえない

4. 初診は健診医に相談していたものの,再診は自発的に受けていた保護者に対して,再診時に①「調子が悪ければ,被告病院眼科を受診するように」と指導していますが,②「眼の状態に変わりがない場合は1ヶ月から2ヵ月後に受診する様,また,眼の状態に変化がある場合はその時点で速やかに受診する様」,明確に指示しなければ不適切と考えますか。
□ ①で不適切とまではいえない
□ ②の指示をすべきである

5. 患児は再診の1年1ヵ月後に高眼圧牛眼様の角膜拡大,デスメ膜断裂,角膜混濁,激しい羞明,低視力で後医を受診しています。患者側は客観的な結果を開示しようとせず,鑑定も再診後に角膜混濁,角膜径増大など発達緑内障の診断により有益な所見が出現した時期が不明であり,再診時から数ヶ月程度の猶予期間の後,後医受診まで抗癌圧の状態で経過したと推測しています。これを再診時の指示が不適切であったためとお考えになりますか。
□ 考える
□ 考えない
□ 当然の義務を果たさなかった保護者の責任である

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アンケート結果
29病院に発送,27病院から返信。うち6病院は白紙。

1. 眼底,眼圧検査をするか
する  8
しない12
未回答 1

2. 鑑定の見解を支持するか
する  4
しない13
未回答 4

3. 再診時に眼圧・眼底検査をしなかったことについて
不適切 4
不適切とはいえない15
未回答 2

4. 再診時に明確に来院指示
①で不適切とはいえない 20
②の指示を要した     1

5. 再診から後医受診まで高眼圧で数ヶ月経過したのは,再診時の指示が要因と
考える  0
考えない16
保護者の責任 6 (3施設は複数回答)
未回答  2

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被控訴人Aの損害 8029万0773円
ア 逸失利益 5229万0773円
イ 後遺症慰謝料 2800万円
ウ 介護費用 認めない
 被控訴人Aは,幼児期にして両眼失明の重篤な後遺障害を残したことは前記認定の通りである。
 しかし,重い視力障害を有する被控訴人Aにとっても,近時においては,①障害者基本法,②身体障害者福祉法,③障害者自立支援法,④障害者の雇用の促進等に関する法律,⑤高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律,⑥特別児童扶養手当,⑦障害年金,など様々な法律制度の下に,生活環境の整備や支援制度等を通じ,今後,自立に向けた教育や行政,社会,そして家族の支援を受けていくことが期待されるのである。その意味では,いわゆる植物状態の患者とは異なり,近親者等の介護を受けなければ終生日常生活を送ることに支障が生ずるとまでは認められず,日常生活の基本的な動作自体は,自らこなしていくことができると考えられるというべきである。そうだとすれば,被控訴人Aが主張するように終生1日当たり1万円の介護費用の支出を現実に必要とするとは到底考えられない。
 もちろん,両眼失明という障害を負ってこれから生活していく以上,両親や身近なものの相当の支援は必要であると考えられる。しかし,そうした支援を必要とする状態は,前記の通りの逸失利益と慰謝料を認めることによって評価できる範囲内の問題と考えるのが相当であり,これを超える損害や支出が現実に生じ,又は将来実際に生ずる見込みがあるとは,認めるに足りない。
(3) 被控訴人B及びCの損害。
 被控訴人B及びCの両親にとって,幼い我が子が失明するというつらい精神的苦痛を被ったとは認められる。しかし,Aは,まだ年若く様々な社会的施策の支援の下で今後自立が期待されることを考えると,本件においては,あくまでAの精神的苦痛に対する慰謝料をもって,両親の苦痛も含めて評価するのが相当であり,これをもって民法711条が特に損害賠償について定める子の生命を侵害された場合の父母の精神的苦痛と比肩し得べき,またはそれに比し著しく劣るものではない精神的苦痛として,両親の固有の慰謝料請求の原因となるべきものとまで評価するのは相当でないと考える次第である。

以上,平成20年9月1日記す


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