亀田テオフィリン中毒事件、病理解剖概要

(事件番号:一審平成15年(ワ)第202号、千葉地裁平成18年9月11日判決。判決文はこちら)
(控訴審平成18年(ネ)4533号、東京高裁平成19年12月13日判決。判決文概要はこちら)
(千葉地裁一審での複数鑑定概要はこちら)

病理解剖概要

1. テオフィリン血中濃度103μg/ml

2. テオフィリン吸着術後

3. うっ血肺 肺右860g, 左880g. 両側全葉とも著しく膨隆し、暗赤色を呈し、肉眼的には肺出血を思わせる。しかし組織学的には肺小静脈に著しい赤血球充満を見る肺うっ血。肺胞壁にも著しいうっ血所見を認める。散在性に肺胞内出血所見も認められるが、うっ血に伴う2次的な変化で主たる変化はうっ血肺。肺動脈血栓とくにDICを思わす微小血栓等の形成は認められない。両側とも胸水は認められない。

4. 小骨盤腔内並びに両側腎下極に至る後腹膜腔内出血。腹腔内には小骨盤腔から波及したと思われる血液を認めるが、多量の腹腔内出血と言った所見は認められない。大動脈並びに両側総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈並びにそれらに並行する静脈に出血の原因を推定させる血管壁破綻を思わす所見は認められない。

5. 膀胱壁全層にびまん性の出血を認め、とくに粘膜下組織には全周性の血腫の形成を認める。部分的に粘膜剥離を認める。

6. 心臓。260g。両側冠動脈、左回旋枝主幹に血栓等の形成はなく内腔は完全開存し冠動脈に閉塞性の病変は認められない。又心筋内に梗塞巣の形成は認められず、心奇形、大血管系に走行異常等の所見も認められない。

7. 両側腎軽度腫大、右130g、左160g。糸球体に増殖性の病変は認められず、又急性炎症所見も認められない。腎細動脈に微小血栓の形成は認められない。

8. 肝。1720g。うっ血肝。

9. 脾。150g。

10. 胸腺。18.9g。胸腺には石灰沈着が目立つ。腸間膜リンパ節腫大。いわゆる胸腺リンパ節体質。

11. 回腸。結腸筋層に一見細胞質融解を思わす変性像を認めるが、核消失像はなく、納棺時腹壁に置いたドライアイスによる冷凍変化によるものと思われる。

12. 脳。1460g(小脳含む)。肉眼的には特記すべき所見は認められない。脳の所見の評価についてはXXXX博士に鑑定を依頼。別紙。

考察: 本例の著しい肺うっ血は急性左室不全を反映しており直接死因は急性左室不全並びに出血性ショックと思われる。吸着前に血中に致死量の倍量のテオフィリンが確認されており、この急性左室不全はテオフィリン中毒によるものと推定される。ただ血液凝固能低下に基づく出血とテオフィリンとの直接の因果関係は現在検索中であるが、明快な結論は得られていない状況である。


病理部長陳述

1. 大腿静脈、外腸骨静脈、総腸骨静脈、下腿静脈にダブルルーメンカテーテルが突き破ったと思われる血管損傷は確認できなかった。
2. 出血の広がりから見ても、出血が一ヶ所の血管損傷から発生したとは考えられない。
3. 後腹膜腔出血には膀胱壁出血が関与していたと思われる。
4. 出血には血液凝固異常が関与していたと思われる。

理由は以下の通り。
1) ダブルルーメンカテーテル穿刺部位(右鼠径部大腿静脈)から右外腸骨静脈、右総腸骨静脈、下腿静脈内膜には肉眼的には壁損傷を思わす所見は確認できず、損傷があれば血液の逆流があるはずですが、水を注いでも逆流は確認できず、血管損傷は無いと判断しました。
2) 出血が後腹膜腔、小骨盤腔、膀胱壁、膀胱内にまたがっていましたが、この出血の広がりは一ヶ所の血管損傷からは起こり得ません。なぜなら、血液が単に圧差のみで後腹膜腔から腹膜を飛び越え腹腔に侵入するとは考えられず、また、後腹膜出血が膀胱壁を貫き膀胱内腔に達するなどと考えるのは不可能だからです。むしろ、膀胱壁出血が後腹膜出血に関与したと考えるのが妥当と思われます。
3) 膀胱壁出血があり、出血が後腹膜下に達していたということは、後腹膜腔出血の原因の一部は膀胱壁出血にあると言えます。
4) 尚、出血の全てを膀胱壁出血に帰するのは困難だと思われます。線溶系の血液凝固異常が加わったと考えます。
5) ただ、テオフィリン中毒と膀胱壁出血との関係、又テオフィリンが血液凝固異常にどのようなメカニズムで関与したかについては残念ながら不明です。

剖検所見(略。病理解剖診断書参照)

以上の剖検所見を勘案して、出血源と出血原因を以下のように推定します。
1) 出血は後腹膜腔ばかりでなく小骨盤腔、膀胱壁、膀胱内腔にもまたがっていた。この出血の広がりはダブルルーメンカテーテルによる血管損傷からは説明できない。仮に出血がダブルルーメンカテーテルによる血管損傷が原因とするなら、出血が後腹膜腔から腹膜を飛び越え腹腔内に達したと考えざるを得ない。また膀胱壁並びに膀胱壁出血は膀胱壁外から血液が膀胱壁を破り、膀胱内に侵入したとも考えざるを得ない。しかし、そのようなことは全く不可能である。
2) 後腹膜出血の原因の一つには膀胱壁出血が関与したと考えるべきである。何故なら後腹膜腔出血が先に存在し、それが膀胱壁を突き破り、膀胱壁出血をきたしたと考えるのは不可能だからである。
3) 肺には著しいうっ血が認められた。これはダブルルーメンカテーテルからの輸血のせいと思われる。もしカテーテルが血管を破り、血液が外にもれていたとするなら、血液は肺に至らず、肺はむしろ貧血となり、うっ血などを来たさない筈である。
4) ただ、膀胱壁並びに膀胱壁出血は確かに認められたが、膀胱筋層の破壊像はほとんど見られないことから、後腹膜腔出血の原因の全てを膀胱壁出血に帰することは出来ないと思われる。線溶系の凝固異常を考える所以である。
5) 肺うっ血について
一般に成人の肺は平均して250gから300gである。本例は両側とも900g近く、平均の3倍以上あり、その重量増加は血液の充満によるものである。すなわち少なくとも1リットル以上の血液が肺に充満していたことになる。本例が出血性ショックに陥ったことは間違いない。
 ただし、もし出血性ショックのみならば、大量の脱血により循環血液量が急激に消失し左心不全で死亡したことになり、肺うっ血は起こらないはずである。したがって、当初は大量のテオフィリンによる心停止が肺うっ血を招来したと考えたが、末期に大量の輸血がなされており、そのために肺うっ血をきたした可能性があり、直ちにこの肺うっ血とテオフィリン中毒と相関関係にあるとは断定できないと思われる。
6) 臓器保存について (略。保存臓器のリスト)


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