近視矯正手術LASIK(レーシック)体験記

(バックナンバー・1999年1月から12月まで)

このページは,古いもの順になっているので,上から順に読んで下さい。


1999/01/07 検診日 右1.2 左1.5

RV=1.2弱(1.2×c-0.25 A30)
LV=1.5(better c-0.5 A140)

 今日は12月22日に続く3回目の検診日。検査結果は良好だが,上記視力は,左は実感に近いが,右はやや誇大な感じがある。昨年末からいろいろ考えるところがあったが,それはいずれまとめて書こうと思う。

薬剤
点眼薬…フルメトロン1日3回継続,ヒアレイン(人工涙液)任意量


1999/01/09

 以前作った度付きレンズ+サングラスの2枚ガラスの複合メガネから度付きレンズを捨てたら,一気に軽くなった。これからはサングラスを気軽に買ってかけることが出来るのか…

 ところで最近,メガネなどかけてもいないのに,メガネをどかしたりはずしたりしようとすることが多くなって来た。夜中にトイレに起きるとメガネを探したりもした。長年の習慣はなかなかしぶといものである。何しろ20年以上メガネ生活だったのだから無理もないか。


1999/01/10

 昨日大学に行くと,年始間もないためまだ私の目に対する同級生の関心が薄れていないようで,目の調子とかを訊ねられる。左右それぞれに完璧とは言えないまでも,それなりに見えると答えるのが常となってきた。そしてみんなが驚くことは左1.5右1.2という視力であるが,下で書いた通り右はやや誇大広告であって,実際にはコントラストの悪さというか,乱視傾向というかが残っていて見ずらさを感じるのが正直なところだ。先生によるとこの傾向は1〜3ヶ月後には消滅するだろうとのことである。これが消滅しないことには,私としては軽々と人に手術を紹介するわけにも行くまい。

 ところで昨日,ル・マンに参戦しているレーサーの,レーシック体験記を発見した。彼は1年前に手術を受けたのだが,術後の経過が安定しないうちは,手術のことをほとんど口外しなかったそうである。実は私もこのページの公開をちょっと早まったかなとも感じたこともあるのだが,一度はじめたことでもあるし,とりあえず続けてみようと思っている。


1999/01/11

 がちゃ目を持つ私の同級生が,レーシックを受けることをかなり真剣に考えているらしい。それ以外にも関心を持っている人はかなりいるようである。そこで,この手術を受ける場合,どのようなことに注意すべきかを自分なりに考えてみる。

 まず絶対的に重要なのは,当然ながら眼科医の選定である。まず必要条件は「眼科専門医」としたい。これまでにレーシックをはじめとする視力矯正手術を受けて重大な問題を起こした例の大半が,眼科を専門として勉強していなかった術者によるものだそうだ。なるほど視力矯正手術自体は,どちらかというと手先の器用さの勝負かもしれない。しかし手術した眼に問題がおきそうな時には,器用さもさる事ながら専門の知識がものを言うだろう。ここらへんの事情は「めだまカフェ」のこのページや,失敗例などを掲載したこのページ(ちと古いが)を参照されたい。さてその「眼科専門医」だが,ぱっと聞くと「総合病院でなくて○○眼科にしなさい,ということかな?」と思うかもしれないが,そうではない。「眼科専門医」とは,眼科を専門として修練を積んだ医師に対して,日本眼科学会が与える称号なのである。一方「○○眼科」という看板は,それこそ昨日まで肛門科をやっていた医師が掲げてもかまわないものであって,特に意味をなさない。したがって,総合病院にも眼科専門医はいくらでもいるし,逆に「○○眼科」だからといって,そこの医師が眼科専門医とは限らないのである。だから必ず訊ねておこう,「診察・執刀するのは日本眼科学会認定の眼科専門医ですか?」と。

 さて,「眼科専門医」であれば誰でも良いかというと,そうでもなかろう。ここから先はもはや「運」の要素も入ってくることは避けられまい。人当たりの良さと手先の器用さは比例しない。良心的か拝金主義かと手先の器用さは比例しない。暴論をかまさせてもらえば,近視矯正手術は「エコエコアザラク」(あるいは「笑ゥせぇるすまん」)を彷彿とさせる「ハイリスク・ハイリターン」な手術だとすら言えるかもしれない。(尤も失明の危険は,まずない。)

 次に心得ておきたいことは,「視力1.0にこだわるな」ということである。私自身「視力表による視力計測が万能ではないのだ」と,この手術を受けてから心底感じた。なるほど自動車の運転をはじめ各種資格取得のためには決められた視力をクリアーせねばならないこともあるだろうし,実際自動車免許の条件(左右各0.3,両眼0.7)くらいはあった方が日常生活には便利だ。しかしそれ以上となると問題は別の点に移ってくる。それは一言で言えば「解像度」と言えるものだ。たとえば,普通の乱視ならメガネをかければものはくっきりと見えるが,いびつな乱視だとどんなメガネをかけてもくっきりと見えることがない。ある意味これは裸眼視力が悪いよりもタチが悪い。私も現在右眼が多少そのような傾向があって,どんなレンズによっても全てをくっきりと見ることが出来ない状態である。これはレーシックやPRKの常であって,時間と共に解消するだろうとのことだ。(「時間と共に解消に向かう」ということを私は知らなかったため,実は一時かなり悩んだものだ。) さて,私が真に言いたいことはここからである。それは「近視矯正手術施設の視力回復データとして,「何割が1.0まで回復した」といった類のものは重要とは言えない」ということである。近視矯正手術施設の中には,老眼になった時の利便性を考えて,あえて1.0を出さないように手術するところもあるようである(この考え方には私自身賛同するところ大である)し,逆にとんでもない乱視が残ったとしても,昼間の裸眼視力が0.7くらいは出てもおかしいことではない。要するに,普通の人なら盲目的に服従してしまいがちな,「視力」という指標にとらわれないことが重要であると感じる。


1999/01/12

 昨日の続きを少々。

 あちこちのホームページをめぐってみると,センタリングの精度がレーシックにおいて重要な問題であると感じる。センタリングとは,眼にレーザーを照射する時に中心をあわせるというしごく当たり前のことであるが,これをミスって中心がずれたためにとんでもない乱視を生じる例がかなりあるようだ。錦糸眼科では,センタリングに万全を期すためにレーザー照射の際に眼球を固定するそうである。しかし一方で葉山眼科のページのレーシックのQ&Aによれば,手術を受ける側はそれほど気にしなくてもよいような書き方がされている。ここらへんのことはいずれ勉強してみようと思う。また,眼科医の選定の際には「センタリングを合わせるためにどう神経を使っているのか」を訊ねてみるのもいいかもしれない。

 もう一つ別の話題。「近視は老眼になると得をする」という話を聞いたことがあるだろうか。視力矯正手術を考える時には,このこともあわせ考えるべきだと思う。まず,次のことを確認しておきたい。

近視…焦点を合わせることが出来る範囲が手前に来ている。例えば「眼前5cmから20cmまでならよく見える」といった状態

遠視…焦点を合わせることが出来る範囲が遠方に行っている。例えば「眼前1m以遠ならよく見える」といった状態

老眼…焦点を合わせることが出来る範囲が狭まる。近視の人も遠視の人も,それまでよく見えていた範囲の中で,その範囲が狭まることになる。

45歳くらいになって老眼になり,焦点を合わせられる範囲が狭まった時のことを考えよう。ある程度の近視の人は,その狭まった範囲が手元のあたりになるはずであるから,生涯裸眼で手元を見ることが出来る。ところが遠視の人の場合,その狭まった範囲がとんでもなく遠い範囲になるので,メガネ無しに手元を見ることが出来ないはずである。遠視ではないが眼がいいという人も,狭まった範囲が手元になる可能性は低い。老眼になってからでないと実感できないようだが,ある程度の近視の人はかなりのメリットを感じるらしい。

 してみると,ある程度近視である人は矯正手術をしてしまうと,老眼になった時のメリットを捨ててしまうことになる。にもかかわらず私が矯正手術に躊躇しなかったのは,手術前の私の焦点の調節範囲があまりに眼から近すぎて(最大12cmくらいまでだったと思う),老眼になった時にも手元が見えるからといってもこれではあまりに近すぎて苦痛である,と感じたからであった。老眼になると,現在裸眼で調節できる範囲の中で調節範囲が狭まるが,現在の調節範囲があまりに近くて裸眼で読書するのもつらいのであれば,老眼になった時も同じである。裸眼で読書することが苦痛かどうか,これは近視矯正手術を考える際の一つの指標になると思う。


1999/01/13

 セルフサービスで肉まんを買うとき,肉まんの入ったケースのガラスを開けたら湯気が襲って来た。思わずかけてもいないメガネをはずそうとしてしまった。またしても…

 ところでおとといの文章中に「エコエコアザラク」などと書いたが,ちょっと補足を。視力矯正手術が「エコエコアザラク的手術」となるか「ブラックジャック的手術」となるかは,何度も繰り返すがひとえに術者にかかっていると思う。私が手術して頂いた先生は,確かな腕を持ちかつそれを自負した「ブラックジャック」であると感じたので,信頼して手術をお願いした。そしてそれは間違いでなかったと思う。


1999/01/14

 昨日の夜は,東京初のJリーグチームとなるFC東京のサポーターの新年会に出かけた。この体験記に「岩城晃一になった」と言われたことを書いておいたために,何人かから「岩城晃一」と声がかかるが,中には「岩城晃一というよりは,尾崎豊に似ている」という話も聞かれた。

 夕方,部屋の壁に張ってあるカレンダーを見たとき,右眼の見え方の乱れがだいぶ治っていることに気がつき,俄然嬉しくなる。逆に左眼の見え方には多少の滲みがあるが,これはだいぶ前からのことである。


1999/01/15

 昼食を買いに外に出たついでに医学書の店に寄り,近視矯正に関する本をぱらぱらとめくってみたところ,センタリングのずれ(1999/01/12参照)に関する記述を見つけた。ある本には「0.5mmくらいまでなら許容範囲」と書いてあり,またある本には「0.1〜0.2mm程度は視機能に影響がないが,0.5mmを超えるようだと矯正視力に問題が残る。特に近視が強度であるほど重篤である。」という内容であった。なるほど多少のずれは許されるのであれば,手術を受ける側がそれほど神経質になる必要もないわけだ。そうなるとセンタリングを合わせるのはやはり医師の腕と機械の性能にかかってくることになる。最近のレーザー照射機械の中には,目の動きをチェックして,それに合わせてレーザー照射をずらしたり,あるいは一旦停止したりするものもあるそうだ。いずれにせよレーシックにおいて,センタリングのずれは重大かつポピュラーな失敗のひとつであるのは間違いなく,ISRS JAPAN(屈折矯正手術の学会)のページの学術報告抄録にも「角膜のセンタリングはどのような手術方法であれ、手術の第1段階として極めて重要である」と書かれている。そんなわけだからセンタリング対策については,執刀医に良く確認するのがいいと思う。センタリングのずれによる乱視(物が二重に見える)はメガネやコンタクトでは矯正ができず,かと言って再手術もできずに相当辛い思いをするそうだ。

 上記の本はその場で買おうと思ったが,手術費用捻出倹約のため大学生協が開いている日に改めて買うことにした。ちなみに今日の昼食はマクドナルドハンバーガーと,牛乳,野菜ジュースであった。


1999/01/16

 懐かしさも手伝って,桐生の「臨床眼科研究所」(1998/12/23日分参照)に電話して,現在の状況を訊ねてみた。実はその「臨床眼科研究所」では,以前私がRK手術を考えた頃には保険適用をしていた。そのため手術は両目で確か1〜2万円(国民健康保険3割負担の場合)程度の破格値だった。なぜそのようなことが可能であったのか,その謎を解くには近視矯正手術の歴史を少々知らねばならない。

 角膜に放射状に切り込みを入れて角膜のカーブをゆるめるという手術を,世界ではじめて実施したのは実は日本人で,順天堂大学の佐藤先生という人であった。はじめは円錐角膜という病気の治療のために実施し,後に近視矯正のために実施した。1950年頃のことだ。しかしその手術を受けた患者のほとんどは,後になって目が見えなくなったという。佐藤先生は角膜の表面に切り込みを入れるだけでなく,角膜の内側にまでメスを突っ込み,角膜の内側からも切り込みを入れるという芸当をやってのけたのであった。「なぜ,内側にまで…」と思わずにいられないが,実際これが失敗の原因だった。角膜の内側の面にある細胞は,角膜が吸った水を吐き出させる役目を持っているのだが,これを破壊してしまったために角膜が吸った水を吐き出せずに水ぶくれを起こしたのである。この失敗によって日本では近視矯正手術は封印されてしまったそうだ。もしあの時佐藤先生が,手のかかる角膜内面にわざわざ手を加えず,角膜の表面だけにアッサリと切れ込みを入れていたのなら,近視矯正手術は日本を中心に発展していたかもしれない。その後近視矯正手術の研究の中心はソ連に移った。

 ところで佐藤先生の手術の失敗のため封印されてしまった近視矯正手術だったが,失敗発覚より以前に保険が適用できるようになっていて,その保険適用だけは手術の金額も含めて長いあいだ取り残されていた。それが「近視矯正手術」としての保険適用だったのか,あるいはもっと一般的に「角膜を矯正する手術」としての保険適用だったのかは私にはわからないが,臨床眼科研究所では,RK手術を保険適用でやることにしたのだった。しかし手術に使用するダイヤモンドメスをはじめ,数万円の経費でできるような手術ではない。臨床眼科研究所では療養所を整備し,遠来の患者には1週間くらいそこに泊まってもらうことで埋め合わせをしていたようだ。当時東京近辺でRKをやっていた施設はあったが,保険適用でやっているところはなかった。

 さて,今日電話して訊ねたところ,臨床眼科研究所でも5年ほど前から保険を適用は適応しておらず,さらに言えばPRKやレーシックは行っておらず,RKのみとのことである。


1999/01/17

 試験勉強の息抜きに,メッセージビルダーというお笑いソフトをダウンロードしてみた。下のようなダイアログの絵を簡単に作ることができる。

 なお,メッセージビルダーは,ダイアログで遊ぼう!というページに投稿するためだけに作られたソフトである。


1999/01/18 1ヶ月経過

 手術を受けてからちょうど一ヶ月過ぎた。この1ヶ月いろいろ考えたが,手術を受けて良かったと思う。一時右眼の見え方がやや悪いことに心配したが,これは「手術翌日から視力が出ます」という触れこみにやられたという感がしないでもない。詳しくはいずれまとめたいと思うが,日常生活に問題はなくても,細かい作業をせねばならない人は,回復過程では辛さを強いられる可能性があると思う。前にも書いたが,多少ぼけた見え方でも,視力測定では1.0くらいは出るものだ。そういう意味では「手術翌日から視力が出」るのは確かなのだが,もうちょっと細かい説明が必要に感じた。手術を受ける者はどうしても心配してしまうものだから。

(しかし医学部に通う者としては,手術前にもっと専門書などで予習しておくべきだった,とも言える。)


1999/01/28

 あたかもメガネをかけているかのように,メガネに手をかけて位置を直そうとしてしまうことはこれまでにもままあったことだが,そうしてしまう理由に気がついた。地下鉄の中や,大学の講義室でスライドを見ている時などの,やや暗いところではどうしても見え方が悪くなり,あたかもメガネの位置がずれたような感覚を無意識に持ってしまうためだ。レーシックでは確か,角膜に直径6mm程度にレーザーを当てるが,暗所で瞳孔がそれよりも大きく開くと,レーザーを当てた部分の外側も使ってものを見ることになるため,多少のボケが入るからである。この暗所での視力低下は,若い人ほどそして手術前の視力が悪かった人ほど気になる。私はというと,大学の講堂などでは多少の見えにくさを感じる。

 一連の試験が終わって,01/15のところで触れた専門書をようやく手にした(といっても,図書館で借りたのだが)。専門書とはいえ,カラーの図版が豊富で非常に面白い。合併症などについてもよく書いてある。題名などは下記の通り。読後感などは後日紹介する。

月刊・眼科診療プラクティス36 「屈折矯正手術の正しい進め方」文光堂,本体6000円
ISBN4-8306-3246-1 C3047


1999/02/21

 2月15日に久しぶりに診察に行った。といってもこれは,花粉症の薬をもらうためなので,視力測定などは受けなかった。とはいえ折角病院に出向いたので一応角膜表面を見てもらうと,右の角膜中央には薄い皺があるという。1月11日の項でも書いた通り,右目に見にくさがあることは残っているのはわかっていたが,角膜に皺がいっていれば当然であろう。診察を受けた先生によると,このようなことは割と頻繁におこるとのことだが,「眼科診療プラクティス」にも書いていないし,私の知る限り一般書にも触れられていないのは問題だろう。原因がわかってすっきりはしたが,左目のように綺麗に見えるようになる可能性は低いのではないかと思う。


1999/02/22

 表紙にも絵を描いてあるが,花粉症のシーズンに突入した。私は6〜7年前から花粉症に苦しんでいたのだが,去年花粉症防止作戦に大成功したので,まあ今年も大丈夫だろうとのんびりしていた。しかし去年と違って今年は,自転車に乗って外を走るとメガネがないので目にあたる風がものすごく気になる。花粉症の間は外では伊達眼鏡をかけた方がよさそうだ。


1999/02/25

 夕方自分のアパートに戻って,壁のカレンダーを見てみたら,理由は分からないが,右眼の見え方が劇的に改善されていることに気がついた。朝見た時は昨日までと変わらなかったのだが…。これがこのあとも続くのかどうか,謎だ。


1999/02/27

 右眼の見え方の劇的な改善はその後一退した。昨日今日と,以前に比べて見えやすい時間と,以前と変わらない時間があるのが全くもって謎。昨日は大学で角膜の授業があったのだが,それについては気力があれば明日以降に書くことにする。


1999/03/07

 3月2日から4日間,スキーをした。眼鏡がないのでゴーグルをするのに何の問題もなくすごく楽だ。しかし,右眼の見え方はあまり良いとは言えない日々だった。2月25日の右眼が良く見えた時は,非常にスッキリした視界があったのだが,右眼の調子が悪い時は多少眼前がぼやけるのを感じる。左眼が見えやすいからと言って,左眼だけで見ているわけでは無いようである。


1999/03/19 3ヶ月経過 右0.7 左1.2

RV=0.7(1.2×s-1.25)
LV=1.2(1.2×s-0.25 c-0.5 A100)

 3ヶ月検診に行き,検査を受けた。右眼の角膜の皺は消えているとのことである。右眼の実際の見え方は別に改善していないが,要するに近視が残った状態であるからである。普通の近視用のレンズの使用によって1.2まで楽に見える。右眼は近視は多少残ったが,皺がなくなったことによって解像度は良くなったわけで,非常に安心した。右の見え方が悪いのは実際にものを見る時には多少気になるが,多少の近視が残っているのは,老眼が始まった時に老眼鏡を必要とするまでの時間を延ばしてくれるので,悪いことではない。これまでの視力検査のデータももらってあるので,明日以降に色々書こうと思う。


1999/03/25

 先日このページをご覧になっている方から,がちゃ目になって「気になったり不快になったり、疲れたりしませんか?」との質問を受けたので,その答をここに書いておく。

 私の場合,3月19日に書いた通り気になることはある。そしてそれを気にする自分に対して,多少不快感を持つこともなくはない。しかしそれが原因で疲れることはないと思う。現在の左右差は,度数にして1Dである。視力矯正手術では,目標値の±1Dに収まった場合を一応成功としているようであるので,その意味では私くらいの視力差は出ても何らおかしくないと思うし,それを気にしていては手術はできないだろう。眼鏡やコンタクトと違って,100%満足のいく矯正ができるものとは,考えてはいけないと思う。

 ところで,術前術後の視力検査の詳しい結果をもらって来たので,ここに記しておく(さらに過去の記録の当該日の欄にも追記しておく)。読み方については,リンク「めだまカフェ」の,「視力はこう読む」を参照されたい。

1998/11/27 RV=0.03(1.2×s-8.5D)
LV=0.03(1.2×s-7.5D c-0.75 A180)
1998/01/07 RV=1.2弱(1.2×c-0.25 A30)
LV=1.5(better c-0.5 A140)
1999/03/19 RV=0.7(1.2×s-1.25)
LV=1.2(1.2×s-0.25 c-0.5 A100)

1999/04/02

 ここのところ右目の見え方が割と良かったり悪かったりする。昨日,おとといは割と良かったが,今日は悪い。しかし実際にはあまり気にならなくなった。慣れが出てきたせいだろうか。

 そういえば前回3ヶ月検診に行った時に,術後アンケートに答えた。その選択肢がすごい。例えば見え方についてマルを付けるものでは「天気の日に見にくい」とか「くもり・雨の日に見にくい」なんていう選択肢がある。車の運転については「苦労はない」「夜から見づらい」「夕方から見づらい」「1日中見づらい」などというのがある。また,「一日中運転できない」なんていうのもある。こういう選択肢が並んでいるということは,実際にそういう結果に終わる人もいるということだろうか。ちなみに私は,「苦労なく運転できる」である。特に,冬でも眼鏡がないので視界が曇らないのはありがたいことだ。


1999/04/06

 試験勉強で忙しいはずなのだが,ふと思い立って英語のYahooで"LASIK"を検索してみたら,個人の体験談が6個引っかかり,とりあえず一番上のものを開けてみた。するとこれが雰囲気が何とも私のこの記録に似たものがあって思わず吹き出してしまった。その人も右目の術後経過が思わしくないところがあったらしく,不満を漏らしているところもあった。また,一番最近の記録には,「免許証の更新で裸眼で検査を通過して,生まれてはじめて眼鏡等の制限のない免許証を手にした」と書いてあってまた笑ってしまった。なぜならそれは私も絶対に記録するであろう,とこの体験記を書きはじめた時から考えていたからである。


1999/06/09

 手術を受けてもうすぐ半年になる。見え方のほうは概ね落ち着いたのではないかと思う。ごくたまにメールで「目の調子はどうですか?」という質問を受けるが,質問があまりにも漠然としているし,たった1人の例をもってこの手術を判断してはほしくないと思うので返事は出していない。しかしこういったページを開いている以上この手の質問は絶えないであろうから,これまでに書いてないことをちょっと付け加えておく。左眼で見たときの縦線の左方へのにじみは,時に気になることがある。右目は少々の近視が残っているので,これも時に気になることがある。そして最近わりと気になることが多くなったのは,暗所での視力の低下である。これは例えば,大学の授業でスライドを見るとき,部屋を暗くされるとやや視界がぼやけるといった感じである(眼鏡が必要なほどではない)。また,夜間電灯を見ると光が広がる感じもするようになった。だからといって特に不便を感じるわけではない。裸眼で運動をできるのでたいそうありがたい。

 ところで,以前紹介した「屈折矯正手術の正しい進め方」という本に「RK症候群」というものがあるという。要は「とにかく近視を脱しなければならない」と盲目的に考える人の行動様式をまとめたものであるが,これに当てはまる人は手術は「してはいけない」という。以下に引用するので,参考にしてほしい。正直なところ私もかなり当てはまっていると思う。そして,私が手術結果についていろいろと考え込むことが多くなったのも,RK症候群的性格が関係しているといえる。「もし結果が心配だとしたら,私としては手術は受けないことをお勧めします」

RK症候群
1. 近視に対する強いコンプレックスを持っている。
2. 思い込みが非常に強い。
3. 臆病だが,大胆な行動をとる。
4. 物事に対して執着心が強い。
5. 研究熱心だが,的を得ていない。
(高橋圭三:屈折矯正手術の診療トラブル.眼科診療プラクティス9.屈折異常の診療,丸尾敏夫編,206-207,文光堂,1994)


1999/07/01

 前回,盲目的に近視を脱しなければならないと考える人はこの手術を受けるべきではない,ということを書いた。では逆にどんな人がこの手術を受けるのに適しているだろうか? 私なりの回答はありきたりではあるが,「単に視力良くしたいのではなく,視力を良くすることによってある目標を達成したい人」だと思う。例えば,視力を上げて飛行機を操縦する免許をとるだとか,競馬の騎手免許をとるだとか,あるいはもっと卑近な例では,眼鏡をかけないことによって異性からの好感を得たいといった目標である。特に「異性にもてる」かどうかは,その人の一生を大きく左右する重要な事項であるから,手術という賭けに出るに値する目標だと思う。第一,それが重要だからこそ,歯並びを直すわけだし,エステが繁盛するわけだし,もっと単純な例では女性が化粧をするわけである。

 ただし100%目標が達せられるわけではないことは肝に銘じる必要がある。まず視力が100%目標を達するとは限らないということもあるが,もっと重要なことは,視力が目標通りでも,その後の真の目標が達せられるかどうかは本人にかかっているのだということだ。


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