カテゴリー「眼科」の記事
おめめパッチリ手術、しめて約5万円なり (3割負担の場合)
2008年3月9日
今いる病院の眼科での手術は、ほとんどが白内障の手術なんですが、時折、まぶた持ち上げ手術をする機会があります。
普通だと、美容形成外科で40万円とかかかるようなんですが、「ものを見るのに支障が出るほど下がっている」場合には、健康保険が使えて3割負担だと両目で5万円くらいのものです。保険を通じて医療機関に入る収入は合計で15万円くらい。先日イタリア人に話したら、「信じられない安さ」だと言ってました。
まあその代わりといってはなんですが、「第一目的は楽に目が開いてよく見えることであって、見た目は二の次」ということになってます。一応患者さんにもそう断っておくんですが、いざメスを握るとマニアックに細かくやりたくなるわけです。
で、こんな風になったりします。(写真使用許諾を頂きました)
特にお歳と共にまぶたが下がってきた方など、疲れ目とか肩こりとかが楽になるし何より楽に見れるようになるので、白内障手術同様に受けるに値する手術だと思います。何より日本の保険医療は激安ですから。
「僕は韓国人じゃない!」 (2002年頃の思い出話)
2007年11月23日
70歳くらいのおばあさん患者さん。思い込みが強く話が噛み合わない人だった。
病状は可哀想なものだった。何ヶ所かで眼の手術を受けたが結果が思わしくなく、このたび私のいる病院に受診したのである。ところが手術を受けた他の病院の紹介状などの情報は全くなし。
「だから、手術を受けた病院で、紹介状を書いてもらったほうがいいです」
「おかしなことを言う先生だー、あんなところにどうして行くの?」
「そのほうが、これまでの治療や今の眼の状態がわかって、これからの治療にいいんですよ」
「その必要はないですよ、私はここに来たのだからここで見てください」
「いや、だからここで診るにしても紹介状がないとこれまでにどんな治療をしたか分からないので…」
「それが分かる必要がどこにありますか? 今見れば分かりますよ!」
こんなやり取りが延々と繰り返された。どうにも面倒になってきた頃、その患者さんの日本語の発音が少しおかしいことに気づき、カマをかけてみた。
「…혹시 한국분이 아니십니까?」 (…もしかして韓国の方ではないですか?)
これを聞いたおばあさん、口あんぐり。そして開口一番
「아니, 당신도 한국사람이노?」 (なんと、あんたも韓国人か?)
「아뇨, 저는 일본사람인데 한국말을 조금 배운겁니다.」 (いえ、私は日本人ですが、韓国語を少し習ったので。)
「아냐, 당신 한국사람이다. 이런데서 한국사람을 만난다니…」 (いや、あんたは韓国人だ。こんなところで韓国人に会うとは…)
「いやいや、私は日本人で…」
「아이 됐어. 말하지 말아~ 한국말 배우는 일본사람이 없어!」 (もういいって。皆まで言うな、韓国語を勉強する日本人なんていないよ!)
すっかり在日韓国人と信じて疑わないのである。
しかしいつまでもバカな会話をしているわけにもいかず、「とにかく…」と、また紹介状の話に戻ったのであるが、そこからまた延々と「紹介状を書いてもらうべし」「いやその必要はない」の押し問答である。
で、その再度の押し問答がひとしきり交わしたのちに、また言うのである。
「ほんとにおかしなことを言う人だ… まあ 한국사람을 만나니까 반갑기는 하는데…」
(まあ韓国人に会ったんだからめでたいといえばめでたいが…)
「いやいやだから僕は韓国人じゃなくて…」
「말하지 말어~ 당신 한국사람이야!」 (言わんでよい、あんたは韓国人だ)
ということで、会話は全くかみ合わないまま時間が過ぎ、無理矢理診察を終了させたのであった。
『目の薬師』新井薬師さんで厄除け
2007年11月18日
思うところあって新井薬師さんに厄除けをお願いに出かけた。新井薬師さんは東京都中野区にある薬師さんである。
30分に及ぶ厄除け法要が終わると、足を抱えてのた打ち回る人が多数出現。筆者も同様。
ところで新井薬師さんは眼病治癒にご利益があるという。ホームページによると、江戸時代に「特に、二代将軍秀忠公の第五子和子の方(東福門院)が患った悪質な眼病が、祈願して快癒したことなどから「目の薬師」と呼ばれ、」ということだ。どんな眼病だったのだろうか。
さて、目医者の私としてはそのご利益を受診される皆さんにもとの思いで、診察室に置くためのお守りを頂いてきた。
こういうものが診察室においてあると、患者さんは却って驚くかもしれないが(笑)、気は心だから、まあいいや。
薬師さんから続く小さな商店街は「薬師あいロード」。シンボルマークも目をモチーフに作られている。
以上、『目の薬師』新井薬師さんへのプチ旅行でした。
本日は目の愛護デーなり
2007年10月10日
10月10日は、「目の愛護デー」。もちろん
一 一
〇 〇
と書いて目の形を想像させるというのが由来である。
これならどこに行っても目の日を選べば10月10日になりそうなものだ。
…… ところが韓国の「目の日」は違うのだという。
10月10日ではなく、11月11日なのである。
一 一
一 一
自覚はしているらしい……






