核心的でない検査をどこまでやる義務があるか

今日の医療訴訟傍聴は,最近えらく医療側に厳しい判決を出している印象のある東京地裁民事第35部,事件番号は東京地裁平成29年(ワ )第11645号。歯科口腔外科の事例。原告は患者本人,被告は大学病院。

右下8番の歯根部周辺?の病変についての治療目的に,近医から紹介された女性。被告病院では右下7番が炎症性病変の責任病巣と判断,5-8番のブリッジを外して7番と8番を抜歯することを検討。原告本人は祖父が口腔癌であったことから心配しつつも,入れ歯になることを嫌って7番の抜歯を拒否し,8番のみを抜歯した(と,被告が主張)。被告病院医師としては,癌を疑う状況ではなかったが,7番を抜歯すれば根尖の生検をして確定診断もできるのでそのように考えていたが,8番は本丸ではなく確実な診断に結びつかないので生検に出すことは考えなかった。後日MRI等から癌が疑われ,生検で顎骨中心性の癌(口腔癌の中でも稀で,かつ診断が難しい)が確定診断された。

傍聴していて気になったのは以下の点。裁判官が持っていた疑問の一つに,7番は抜かずとも8番を抜いた段階でその部位から生検をしていれば癌が判明していた可能性があるのではないか,なぜそれをしなかったのか,というのがあった。被告病院医師は,本丸でない部分を生検しても,確定診断ができるものではなく,何も出なかったときに喜んでしまって却って本丸の診断が遅れる可能性に繋がるので,そのような治療方針は取らない,という。裁判官は,それでも8番から生検をやっていれば癌が発見できていた可能性はあるだろうと訝しがっているように見えたが,如何なものだろうか。

医療訴訟を見ていると,原告側から,医療訴訟では多く行われる,相当程度の可能性喪失に対する慰謝料*1の主張をしていなかったり,また説明義務違反の主張をしていないものがそれなりにある。中には代理人のうっかりミスでそれらを忘れたものもあろうが,中には意図的なもの,つまりそれらを主張すると,本丸の過失=因果関係による損害賠償請求の主張のインパクトが弱くなると考えてのものもあるようである。裁判官とて同じで,どこまで人証申請を認めるかなどは,最後には裁判官の経験から確実に必要と思われる範囲に限定しているのではなかろうか。本件で本丸ではない8番根尖の生検をしなかったのは,例えてみればそういう面もあるだろう。さらに言えば生検とて体の組織を取るものであって,相応の危険性もある。そのようなメリットとデメリットの両面性のあるものを,良い面ばかりを気にして施行義務を科すのだとしたら,当然にそれは妥当な判断とは言えない。

本件で厳しい判断が出るかどうかはフタを開けてみないとわからないが,最近厳しい判決が見られた部の裁判であり,またどこの裁判所と限らずこれまでにもそのような,患者に有利な面ばかりを協調し不利な面を軽視して医師の責任を認めた判決は枚挙にいとまがないので,本件でもそのようなことが起こらなければよいが,と心配するものである。

 

*1 過失があるが因果関係は認められない場合に,因果関係までは認められなくても損害を免れる相当程度の可能性があったとして,相応の慰謝料を主張する方法

「核心的でない検査をどこまでやる義務があるか」への1件のフィードバック

  1. 「右下8番の歯根部周辺?の病変」で紹介依頼されている事実をどう評価するのでしょうか?7番と8番の歯根周囲病巣が連続しているないし近接しているのかもしれません。「7番は抜かずとも8番を抜いた段階で」と裁判官が「訝しがっ」たのは、佐藤哲治(?)裁判長が、歯科医学的知見をそれなりに獲得しているからかも知れませんね。(いくつか歯科裁判経験があるようです。)そうだとすれば、「核心的な検査でない」という主張には疑問の余地があるのでしょう。

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