医師の鑑定内容漏えい事件

まず前回記事の誤りについて。少年事件だから非公開であり、調書漏えいが問題というのは違っていて、少年事件に限らず、調書をみだりに公開すること自体が問題のよ うです。刑事訴訟法281条の3,4,5に、被告人本人や弁護人に対しては、これを公開した場合の罪が規定されていました。1年以下の懲役だそうです。誤解していました。お詫びします。
さてこの事件、表現の自由とかいろいろ紛糾していますが、司法的には本質はそんな問題ではないと思います。
この医師を罰しようとする行動は、調書の漏えいだったとのことです。冒頭のお詫びに書いたとおり、調書の漏えいは重大な問題のようです。それほど調書を公開することに問題があるというならば、ちゃんと鑑定人に対する罰則の条文を用意しておけばよかっただけの話であって、それがないがために 「鑑定が医師の業務に当たる」などという副次的な理由をつけて一般の秘密漏えい罪で有罪なんて、別件逮捕ならぬ別件有罪という感じで、違和感をぬぐえません。

刑法第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を 漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

これがもし建築関係の事件で、建築家が鑑定人だったら、調書を公開しても有罪とする法的根拠がないわけですから。
判決が誤っているとまでは言えないのでしょうが、司法の不備をなんとか取り繕って被告人に無理やり押し付けた、美しくない判決だと思いました。

医師の鑑定内容漏えい事件、あさって判決

明後日(平成21年4月15日)に、少年事件の鑑定などを漏えいした医師に対する刑事訴訟の判決が言い渡されるそうです。
実は、裁判というものは公開で行われることが原則となっているので、これが少年事件でなければ鑑定だろうがなんだろうが、秘密も何もないことになります。むしろ裁判の公正さの担保として、鑑定内容も公開されて然るべきものとすら言えるのではないかと思います。
この事件は少年事件だから少年法が関係してきて、少年事件だから少年法に基づいて裁判を非公開で行う、ということになっています。ではその非公開の内容を鑑定人が漏洩した場合に何の罪になるのか、ということになると、実はどこにも書いていないのではないかと思われるのです。
医師には確かに医師の守秘義務というものがあり、職業上知りえた秘密を公開することは刑法に違反し、罰則もあります。
しかし、鑑定をすることが医師の業務に当たるかというと微妙なことになります。鑑定も医師の業務ということであれば、医師の守秘義務が科されているとの解釈もありうるかも知れません。しかしその場合、同じことが少年事件に限らず一般の訴訟にも言えることになってしまい、そうなると裁判の公開原則と相反することになってしまいます。
結局、法が想定していなかった事態に遭遇して、司法が難儀しているということなのかな、と感じます。そういえば、裁判の傍聴をしていると、証言台に立つ証人に対してまずはじめに裁判官から「ことさらに記憶と違うことを証言すると罰せられることがあります」と説明されます。今回の鑑定医に対しては何かそのような説明があったのでしょうか。おそらくなかったからこそ、ある意図をもって取材者に閲覧させたのだと思います。司法の問題を医師に押し付けるかのような責任追及には違和感を持ちます。罪刑法定主義の観点から、鑑定医に刑罰を科すことにはいささか問題があるように思われました。

鑑定人を罪に問えるか 15日、奈良地裁で判決 医師宅放火殺人調書漏えい 「特集」 (1)
 奈良県の医師宅放火殺人で中等少年院送致された医師の長男(18)を鑑定し、調書類を漏えいしたとして秘密漏示罪に問われた精神科医崎浜盛三(さきはま・もりみつ)被告(51)に15日、奈良地裁で判決が言い渡される。事件は、出版の自由や取材源の秘匿、少年のプライバシーをめぐる議論を呼んだ。しかし、発端となった引用本の著者草薙厚子(くさなぎ・あつこ)さん(44)や講談社の刑事責任は問われない分かりにくい構図の中、裁判の主な争点は「鑑定人が罪の対象となるか」という法律論に絞られている。
 ほとんど適用例がない刑法の秘密漏示罪は、対象となる職業として医師や弁護士、公証人などを列挙。また「正当な理由」があれば罪にならない旨を定めている。
 弁護側は「鑑定人は法がいう医師ではないから対象外」と無罪を主張。根拠として(1)医師には治療や予防目的があるが鑑定人にはない(2)鑑定人の要件は学識経験者で医師資格は関係ない(3)鑑定人に守秘義務を課す具体的な法の規定はない-を挙げた。
 検察側は、被告が医師にしかできない脳波やMRI検査を技師に指示していたことを指摘し、「奈良家裁が鑑定を依頼したのは医師だったからだ。鑑定が医師の業務なのは明白」としている。
 弁護側は「正当な目的」の観点からも無罪を訴えた。
 被告は法廷で「長男の殺人者のレッテルをはがしたかった」と強調。弁護側も「取材に応じたのは、広汎性発達障害を世間に正しく理解してもらうためだった」とし、少年と社会のための正当な行為で違法性は阻却されると主張した。
 弁護側はさらに「調書は法廷に証拠として提出されることを前提として作られる。秘密ではない」との意見も述べたが、検察側は「離婚や成績は他人に知られないことが利益となる情報。秘密に当たる」と否定した。
 崎浜被告は2006年、自宅に放火し義母と弟妹を死亡させた長男を広汎性発達障害だと鑑定。草薙さんは07年5月、講談社から「僕はパパを殺すことに決めた」を出版した。奈良地検は10月、長男の供述調書や鑑定書のコピーを草薙さんらに漏らしたとして秘密漏示容疑で崎浜被告を逮捕。08年4月に始まった公判は、期日間整理手続きを経て12月に再開され、検察側はことし2月に上限の懲役6月を求刑し、結審した。
▽調書漏えい事件
 調書漏えい事件 奈良県田原本町の医師宅放火殺人で、医師の長男(18)=中等少年院送致=の鑑定を担当した精神科医崎浜盛三(さきはま・もりみつ)被告(51)が、草薙厚子(くさなぎ・あつこ)さん(44)に調書を見せたとして秘密漏示容疑で逮捕、起訴された。地検は草薙さんも任意で事情聴取したが、嫌疑不十分で不起訴とした。調書を引用した「僕はパパを殺すことに決めた」をめぐっては、奈良家裁所長が抗議し、当時の法相が「司法秩序、少年法への挑戦だ」と調査を指示した。草薙さんは法廷で「情報源は崎浜被告」と証言。検察側は懲役6月を求刑した。
2009年4月9日共同通信社

蛇足ながら付け加えると、検察側の「医師にしかできない脳波やMRI検査を技師に指示していた」から医師の業務だという主張には説得力が薄いように感じます。なぜなら、今回は確かに脳波やMRI検査を指示していたとしても、もしこれが既に記録されている脳波やMRI結果が存在していてそれを鑑定するだけであれば、医師としての検査指示はなかったことになり、鑑定医としての業務内容は同じであっても、脳波やMRI検査を技師に指示していたから医師の業務であるという主張が崩れることになるからです。